コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 第13章 暗闇の中の声 〜 地下神殿 〜 ( No.86 )
- 日時: 2016/01/10 20:00
- 名前: 詩織 (ID: 9fVRfUiI)
〜 地下神殿 〜
コツ、コツ。
静寂の中に、2人の足音が響く。
地面に映る2つの影は、ゆっくりと揺らぎながら進んでいく。
マリーはシルファの手を強く握ると、彼に続いて辺りを見回しながら歩いて行った。
魔法の明かりに照らされてなお、薄暗い坑道。
・・・そもそもここは、本当に坑道なのだろうか?
ぱっと見た感じは先ほどまでとあまり変わらない。荒々しく削られた岩や土壁に囲まれた地下の道。だが、灯された明かりの存在や、所々に開いた横穴への入口を見ると、何か他の目的があったように思えてくる。
「それで?分かったことってなんなの?」
マリーの問いに、シルファは少し先を指さした。
「あそこまで行ったら、壁をよく見てごらん。」
「壁?」
マリーは握った手を離すと、シルファが指し示した辺りまで小走りで駆けてゆく。
2人が歩く先の、右手側の、壁。
近づいてみて、そこにあるものに、マリーは初めて気がついた。
「何これ・・・。絵?」
マリーは、その壁の上に描かれていた絵に思わず目を奪われる。
こんなに暗く湿った場所には不釣り合いなほど、美しく色鮮やかな世界が、そこには描かれていた。
(なんで?こんなところに・・誰が・・?)
先ほどまでは気が動転していて、よく見る余裕などなかったし、薄暗さもあって全く気付かなかった。
荒々しく削られた岩壁も、その部分だけはきれいに整えられ、その上から薄く平らな石に描かれた絵が道沿いに並べて掲げられている。
「すごいよね。」
言葉もなくそれらの絵を見上げるマリーの後ろから、シルファが近づき声をかけた。
「こんな場所に・・、おそらくはずいぶん長い間放置されてただろうに。今も、こんなに綺麗だ。特殊な染料なのか、それとも魔法の力なのかな。ここには、魔法の気配が満ちているから。」
「そうなの?」
振り向くマリーに、シルファは頷いた。
「うん。さっきまでの場所とは全く違う。」
マリーは再び目の前の壁に視線を戻す。
確かに、こんな地中にあったにしては余りにも美しく、ほんのりと照らす明かりの下でさえ何の遜色もないほど色彩豊かだ。
「何を描いているのかしら。」
マリーはゆっくりと歩きながら、壁に沿って並ぶその絵を、順を追って眺めてゆく。
———— 緑豊かな大地。
そこに暮らしているらしき人間たち。
黄金色の作物、咲き乱れる花々。
産まれる赤ん坊 ————
「・・・平和に暮らす人々って感じね。不思議な服装・・。こんな服、見たことないわ。」
「僕、何かで見たことあるよ。多分、歴史書だ。確かずっと昔、こんな衣装が一般的だった時代があったはずだよ。」
「じゃあこれはその時代の人が描いた絵なのかしら。・・・あ!」
絵を眺めながら歩いていたマリーが、急に声を上げて立ち止まった。
視線はそこにある一枚の絵、その真ん中に描かれた人物に釘付けになっている。
「シルファ!これって!」
慌ててシルファの服を引っ張った。
「うん。やっぱり気がついた?」
シルファが大きく頷き、2人は目を見合わせる。
「「女神、エルス様!」」
薄い金色の波打つ髪。透き通るような真紅の瞳。
淡い光に包まれて、天に浮かぶ女性。
ノエルの言っていたままの姿だ。
女神エルスであろうその美しき女性は、穏やかな微笑みを浮かべ、人々に手を差し伸べていた。
厳かで気高く、それでいてどこまでも愛に満ちた微笑み。
慈愛の女神、エルス。
そしてそこからは、人々の幸せな暮らしとそれを見守る女神の姿が、何枚にも渡って描かれていた。
「宗教画、っていうのかな。だとすれば、ここに居たのは女神エルスを信仰していた人ってことになるよね。」
シルファが言った。
マリーはまだ、美しいその絵を見つめている。
「みんな、幸せそう・・。」
確かに、描かれた人々は皆一様に幸せそうな笑顔を浮かべている。
豊かな実りに感謝し、祈りを捧げる場面の絵もあった。
そして必ず、彼らと共に描かれているのは、あの美しい女神の神々しい姿。
「でね、マリー。」
シルファはマリーの肩に手を乗せると、今度は反対側、彼らの来た方向から見て左手側の壁を指した。
「次はあっち側の壁を見て欲しいんだ。」
促されるまま、逆側の壁へと近づく。
そして、壁の前に立ち目を凝らした。
「これは・・・。」
心なしか彼女の表情が曇る。
見つめる先にあったのは、先ほどと同じく、絵。
だが。
「あっちのと全然違う。なんか・・、怖い。」
顔をしかめたままマリーは正直な感想を口にしていた。
先ほどのものは、壁画、というよりもむしろ飾られた絵画のようなもので。
見ている者の心に響く美しさがあった。
対して今、目の前にあるものは。
壁に直接書きなぐられている、まさに壁画と呼ばれるもの。
華やかさ、美しさとは真逆の色使い・・、闇のような黒、暗い茶色、そして、どす黒い赤。
生き物は、円と線だけの単調なもので、辛うじて人間だと判別がつくような代物だ。
マリーは無意識に両手で自分の身体を抱きしめながら、壁に描かれたその物語を目で追ってゆく。
何故だか、背筋が寒くなるような嫌な感じがする。
表情のない生き物たちの姿がやけに不気味だ。
暗いこの場所が、一層暗くなったかのような錯覚さえして、マリーは小さく身震いをした。
始まりは、人々が集まり暮らしているような絵だった。
その向こうには、湖・・のような楕円と、なにか大きな建物のような物が見える。
太陽と森があり、人々の日常の様子を表しているらしい。
だが、次の絵で場面は一変する。
湖の向こうの黒く大きな建物から、黒い布を纏った人間たちが大勢やって来て、暮らしていた人々は、やがて追い詰められていく。
逃げ惑う人々、焼かれる森。
炎か、血か。
激しく塗りたくられたどす黒い赤色は、何を表しているのだろう。
闇色に黒く塗りつぶされていく、人々の世界。
彼らは追われるまま、山、そして森の奥へと進んでゆき・・。
その先に描かれていた景色を見て、マリーが悲鳴に近い声を上げた。
「これ!まさか、さっきの?!」
絵の中で人々が逃げる先には、山の斜面にぽっかりと開いた黒い穴。
「私たちが入ってきた、あの入口じゃないの?!」