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Re: はじまりの物語 ( No.87 )
日時: 2015/11/08 14:19
名前: 詩織 (ID: 02GKgGp/)

真っ黒い穴に、人々が逃げ込んでいく。
無造作に描かれた人間たちの中には、子供や赤子を抱いた母親のようなものや、彼らを追う黒い衣の人間らしき人影も混じり合っていた。

マリーは無言で、その絵物語を目で追ってゆく。

その次の絵は、2つに分かれていた。

1つは、暗い道の先に部屋のような空間がある。そこには、逃げた人々が描かれていた。
もう1つは、どこかの森の中のような景色。そこには、追ってきた黒い衣の人間たちがいる。

「見て、ここ。」
シルファがその絵を指さした。
「逃げた人たちは、こっちの絵・・、多分今僕らがいる場所だと思うけど・・、そこに進んでる。それを追ってきた、この黒い人たちはこっち・・、森みたいなところに、いきなり出てきてるだろ?」
「うん。」
「僕はこれがさっきの転送魔法を表してるんじゃないかと思うんだ。」
「転送魔法?って、さっきの?・・あ!そうか、この地下道と部屋みたいなのがある方が私とシルファが飛ばされたトコだとすれば・・・、ジェンとラヴィンはこっちの絵の方・・、森の中のどこかへ飛ばされたんじゃないかってこと?シルファはそう思ったの?」
「そうなんだ!」
ここにきて初めて、シルファが少し嬉しそうな顔をした。

「僕の推測だとね、多分あの場所には転送の魔法陣が仕掛けてあって、何か設定された選別方法で振り分けて、この場所か、森の中のどちらかに送られるんじゃないかって。この絵の中だと味方と敵になるけど・・、振り分ける為に味方だけに共通した何かがあったんだと思う。それで味方だけがこの場所に来れて、敵・・なのかな?・・のような人間たちはここには入れずに、森の中に弾き出されたんじゃないかな!」
「じゃあ、じゃあ私たち4人は、何らかの条件で2人ずつに分けられてしまって。私たちはこっち、ジェンたちは・・・どこか山の森の中にいる!そういうことね!」

マリーの頬に、うっすらと赤みが戻ってきた。
まだ推測の域はでない。
でも、少なくとも壁画の中の黒い衣の人間たちの場面に、あの赤色はない。
森の中を彷徨っているようには見えるけれど、それだけだ。
『少なくとも、命の危険はないと思う。』
シルファの言葉の意味が分かった。
これがこの場所を守る為に仕掛けられた転送で、行き先が普通の森の中ならば。

「あの2人だもの。きっと無事だわ。」
そう思ったとたん、急に力が沸いてきた。

「早く2人と合流する方法を見つけましょ。」
そう言って見上げると、シルファも力強く頷く。
瞳に輝きが戻り始めたマリーを見て、シルファはほっと息をついた。
(大丈夫だ、きっと。)

マリーは壁へと視線を戻す。

次の場面は、逃げ込んだ人々が、地下道の先にある部屋のような空間に集まり、何かに祈りを捧げるような姿勢をとっていた。


そしてこれが、この壁に描かれた壁画の、最後の場面でもあった。

「この人たちはどうなったのかしら・・。」
壁の中の人間たちに視線を向けたまま呟くマリーに、シルファはかぶりを振った。
「分からない。でももし絵の通りここがその場所なら、この道の先に大きな部屋があることは分かった。まずはそこまで行ってみよう。何かわかるかも知れない。」
「うん!」

シルファの言葉にマリーは大きく頷くと、再び彼の手をとって勢いよく歩きだした。
先ほどよりも、ずっとずっと、力強い足取りで。

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

「ねぇシルファ。」
「ん?」
歩きながらマリーが尋ねた。

「ノエルさんの話だと、この山ってそもそも『魔女の棲む山』なんじゃなかったの?エルスさまに戦いを挑んで滅ぼされた、悪い魔女の亡霊がいるっていう。それなのにさっきの絵・・綺麗なほうね、あれを見ると、本当にエルスさまを大切に思ってる人が描いたようにしか見えなかったわ。」
「うん、僕も。」
「どうしてかしら?シルファはさっき、ここに居たのはエルスさまを信仰してたひとじゃないかって言ったけど・・。そうすると、ノエルさんから聞いた伝承とは全く逆になっちゃう。」
「そうなんだ、そこは僕も気になった。でも、前にジェイドさんが言ってたことがあるんだけどね。」
「社長さん?」

首を傾げてシルファを覗き込むマリーに、シルファは神妙な顔で言った。

「そう。いろんな国を旅してた頃の話をしてくれた時にね。・・『語られる歴史は、必ずしも真実ではない』って話。」
「嘘だってこと?」
「ううん。全部ウソっていうんじゃなくて。んーと、確か、『それを語るものによって、歴史は作られるから』って言ってたと思う。」
「ふぅん?」
マリーは漠然と分かったような分からないような、そんな声を返した。

だから、惑わされるな、自分の目を信じることも大切だ、って。
そうシルファは続けた。
僕もまだよく分かんないから受け売りなんだけどね、と小さく笑いながら。

そんな話をしながら2人が歩いていくと、突き当り、大きく開かれた空間に出た。
「ここだ。あの壁画にあった部屋はきっとここのことだね。」

相変わらず薄暗さは変わらない。
魔法の光がほのかに照らす空間に浮かび上がるのは、あの壁画の物語の最後で人々が集まって祈りを捧げていた場所。


「なんにもないわね。」
マリーの声が静かな空間に響く。
シルファはゆっくりと辺りを見回すと、部屋の奥に向かって手を掲げた。
「あ、明るくなった!」
マリーが声を上げた。
シルファが魔法で明かりを増やしたから、辺りが大分見えやすくなったのだ。

「あそこに何かある。」
シルファは部屋の奥を見つめると、そちらに歩き出した。
マリーも急いで後を追う。

「・・女神像か。」
そこにあったのは、優しい顔で見下ろす女性の像。
ここまでの状況を考えると、おそらく、女神エルスの姿をかたどったものだろう。
絵の中で人々が祈りを捧げて頭を垂れていた姿を思い出す。
あれは、この像に向かって祈っていたのだ。

(・・・・・。)
シルファは黙ったまま、微笑みかける女神の顔をじっと見つめた。

「シルファ、こっちは?これもエルスさまかしら?」
シルファがマリーの方を見ると、彼女は少し離れた壁際に立っていた。
そこには、一枚の大きな絵がそっと置かれている。

「最初の綺麗な絵みたいなのがあるの。どう思う?」
シルファがマリーの隣まで歩いていくと、そこにあったのは、マリーの背丈くらいの大きな肖像画。それがそっと、壁に立てかけられていた。

「エルス様・・。いや、でも・・?」
一瞬、エルス様だと無条件に思った。
ここに来てからずっと見続けてきた姿。緩やかなウェーブの髪、美しい紅い瞳。

けれど・・。

「なんか、ちょっと違う気がするな。」
直感的に、そう口にした。

絵の中の少女を、じっと見つめる。

——— そう、それは『少女』だったのだ。