コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 〜 『幻獣の子』 〜 1 ( No.91 )
- 日時: 2018/07/14 16:09
- 名前: 詩織 (ID: NOuHoaA7)
〜 『幻獣の子』 〜
ねぇ、シルファ。ラト族って知ってる?
唐突にそう聞かれて、シルファはただ首を横に振る。
「そう。知らないわよね。知らなくて当然なの。だって、ここからずっと離れた遠い村に住んでるんだもの。外との交流もあまり好まない村だったわ。」
淡々と、マリーは語り始めた。
この国ではない国の、小さな村。
そこで、私は生まれたの。
そして、こう呼ばれていた。
「幻獣の子」って。
「幻獣の子?」
シルファの怪訝そうな声に、マリーは頷いた。
「『幻獣』っていう言葉は知ってる?」
「うん。それは知ってるよ。昔、この世界にいたとされる生き物たちのことだよね?一口に幻獣といってもいろいろな種族がいて、時と共に滅びたものもあれば、今もどこかで生息してるんじゃないかって言われているものもいる。中にはとても強い魔力を持つ種族もいたらしいね。今では希少価値の高いものだから、それを探す研究者やハンターもいるんだって聞いたことあるよ。それがどうかした?」
マリーの真意が分からないながらも、シルファは自分の知っている幻獣の知識を口にした。
「そう、その幻獣。じゃあこれは知ってる?その昔、この地上では幻獣と人間が共存している地域があった。高い知能を持った幻獣の一族と人間たちは共に生き、いつしか血は交わり、両者の血を引く子孫たちが現れ始めた。」
「・・・それは、初めて聞いた。」
驚きを隠せず、シルファはマリーに聞いた。
「じゃあ、今も実際に幻獣の血を引く人々がいるのかい?」
その問いに、マリーは小さく首を傾げる。
「さあ?私の知っている話では、長い時のなかで幻獣の血は薄まり続け、もうほとんど現存しないらしいわ。まぁ、世界は広いしね。この世界中を探したら、あるいは何処かにそんな人たちがいるのかもしれないけど。」
そこで一旦、言葉を切る。
「?」
「少なくとも、うちの村はそういうところだったわ。」
「え・・。」
「私の生まれた村、ラト族。ずっとずっと昔は、幻獣と人間の混血種の人々が住む村だった。けれど、今ではそのほとんどがただの人間。昔幻獣と暮らしてただなんて、ただのお伽話でしかない。・・・でも、『先祖返り』っていうのかしらね。本当に稀にだけれど、幻獣の力を発現してしまう子供が生まれることがある。」
「・・・。」
「それが、『幻獣の子』。私のような、ね。」
物心ついた時の最初の記憶。
泣いている兄弟たちの姿。
物が散乱した室内。割れ飛び散ったガラス窓。
そして。
狂ったように叫ぶ、母親の顔。
「もう嫌!なんなの、なんなのよアンタはっ!なんでこんなことするの!」
母が何を言っているのか、幼いマリーには分からない。
無邪気に伸ばした手は振り払われ、ひどい悲しみに襲われる。
なぜ母に抱きしめて貰えないのか。マリーは泣きながら一歩前に踏み出した。
「来るなっ!そこを動くんじゃないよ!」
恐れと怒りの混ざり合ったような母親の瞳に、マリーは映っていなかった。
映っているのは。
「もう嫌よ!こんな、こんな化け物っ。」
耳に残る、母の悲痛な叫び。
・・・その後どうなったのか、マリーの記憶には残っていない。
「『幻獣の子』はね、見た目はただの人間なの。どこも違わない。でも、幻獣がもっていたとされる不思議な強い力が宿っていて・・。シルファの言う魔力ってことかしら。うちの村みたいにね、もう誰もそんな知識なんて持っていないほど純粋な人間に近い人たちばかりになれば、そんな力、ただの恐れの対象でしかないのよ。しかも、その力の使い方なんて教えてくれる人は誰もいない。訳の分からないうちに、感情と共に暴走してしまう。」
マリーは隣のシルファを見上げて、ふ、と笑った。
「ひとつ間違えれば村に大惨事をもたらすような力を、コントロールなんてできもしない子供が持っているなんて。・・普通の人間から見れば、どれだけ恐ろしいのかしら。そんな子供が村でどんな扱いを受けるかなんて・・想像つくでしょ?」
その笑みは、自嘲のような、諦めのような。
ひどくマリーらしくない表情を、シルファは何も言えずに見返した。
————— それから時々、母親は離れて暮らす自分の父、マリーの祖父に幼いマリーを預けに行った。
「他の子供たちもいるの。この子と一緒には育てられないわ。」
そう言ってマリーを預ける母親は、初めのうちこそその日の夕暮には彼女を迎えに来て、村へ連れて帰った。
捨てられなかっただけお前は幸運だ。
殺されなかっただけありがたいと思え。
そう、マリーの目を見ずに言っていた。
それが次第に1日・・2日・・。10日・・ひと月・・。
ついにはマリーを預けたまま、ほとんど顔を出すことがなくなった。
こうしていつの間にか、マリーと年老いた祖父との、2人暮らしが始まっていた。
母とは結局、一度も手を繋いだことがないままだった。
「私ね、寂しかったとか・・最初の頃のことはもうあまり覚えてないの。小さかったからっていうのもあるけど。おじいちゃんが大好きだったから。大きくって、優しくって、あんまり口数は多くなかったけど、でも、とっても暖かかったの。おじいちゃんの膝にのせてもらうの、ホントに大好きだった。」
黙ったままのシルファに、マリーは再び小さく笑って見せた。
今度の笑みは切なさに満ちていて、シルファは胸が苦しくなる。
マリーの祖父は一人暮らしだった。
祖母を亡くしてから、人付き合いのあまり好きではない、いわゆる「偏屈」と呼ばれる性格であった祖父は、村から少し離れた海の見える場所に簡素な居を構え、漁をしながら暮らしていた。
ほとんど口を開くことのない物静かな祖父であったが、マリーのことはとても大切にしていて、彼女がのびのびと暮らせるようにといつも気にかけていた。
口に出さずとも、その祖父の気持ちはマリーにも伝わった。
山や海に出かける祖父にはいつもついて行ったし、雨の日は暖炉の前で手仕事をする祖父の膝にのりながら、あれこれと話すのがそれはそれは幸せな時間になっていた。
「ジェンとはね、その頃に出会ったの。」
その名を口にした時、少しだけ、彼女の口元がほころんだ。
「ジェンはもともとはその国の研究室の一員でね。植物や生物の研究をしに、おじいちゃんの漁をする海へ来てたんだ。私がおじいちゃんちに行く前からおじいちゃんとは仲良しで、たまに泊まってったりもしてたのよ。」
「へぇ。」
「私のこと知っても、怖がらずに接してくれた。研究室には古代幻獣の研究グループもあるから、普通の人よりはずっと、幻獣のことは知ってるんだって。落ち込んで、ひとりで泣いてた時も、隣に座って慰めてくれた。私、おじいちゃんとジェンのおかげで、すごく幸せになれたの。おじいちゃんもね、いつも静かなのに、ジェンがくるとすごく機嫌が良くて。きっと嬉しかったのね。」
悲しいことがあると、マリーはよく近くの丘へと出かけた。
海の見える丘に座り込み、ある時は凪いだ穏やかな海を、またある時は荒れ狂った灰色の海を、ひとり静かに眺めていた。
そんな時、気配を感じて顔を上げると、いつもそこにはジェンの姿。
穏やかに名を呼ぶ彼の声は、いつもマリーの心を落ち着けてくれる。
何か言おうと思うのだが、心を覆う暗雲は、上手く言葉にならない。
悲しみや、不安、怖れ、寂しさ・・・
いろんな気持ちが混ざり合って、ぐるぐると回り続けていて。
何も言えず、マリーは視線を遠い海へと向ける。
ジェンは黙ったままそっとマリーの隣に座ると、何も聞かず、ただマリーの気持ちに寄り添うように、気の済むまで傍にいてくれた。
そうして、彼女の心が落ち着いた頃、ぽんと頭を撫でて言うのだ。
「帰るか。」と。
それが、マリーにとっては本当にありがたいことだった。
「そっか。・・・良かった。」
シルファは、穏やかな声で言って、マリーに微笑みかけた。
「小さな君に、安心できる居場所ができて。」
「うん。・・でもね・・。」
マリーの表情に、さっと暗く影が落ちる。
「マリー?」
口を引き結んで俯いたまま、マリーはどこか遠くを見ていた。
心が、今、ここにはいない。
そんな表情で。
どこか、暗い心の闇に、囚われてしまっているかのような瞳。
シルファは、マリーに寄り添うと、そっと背中を撫でた。
「・・いいよ、マリー。無理しないで。」
「・・おじいちゃんが・・・。」
シルファの言葉に被るように、マリーが小さく呟いた。
——— その声は、微かに、震えていた。
「おじいちゃんが、亡くなった。」
- 〜 『幻獣の子』 〜 2 ( No.92 )
- 日時: 2016/03/12 23:24
- 名前: 詩織 (ID: 7qD3vIK8)
「〜〜〜〜!やだ!!ねぇ、やだよぉ!おじいちゃんっ!!
どうしてっ?!私も連れてって!置いてかないでっ!
ねえってば!置いてかないでよおぉっ!!」
響く悲鳴。悲痛な鳴き声。
動かなくなった愛する祖父に縋り、ただ、泣き続ける少女。
暖かかったあの祖父の手が、今は、こんなにも冷たい。
「あの頃の私にとって、おじいちゃんとジェンが、世界の全てだった。私が生きる場所そのもの。他に行く場所なんてなかった。2人と過ごす時間が、生きる意味そのものだったのよ。」
厳しい自然の中の暮らしに、年老いた体が悲鳴を上げていたことも、荒れた海での突然の事故だということも、そんな理由などマリーの耳には入らなかった。
ただ、大好きな祖父がもうここにはいない。
その事実を、受け入れることなど出来なかった。
マリーを見つめる愛情深い瞳も、今は静かに閉じられたまま。
あの声は、もう、聞けない。
楽しかった時間は、戻らない。
もう二度と・・
抱きしめることはできない。
私を、抱きしめて貰えない!!!
いくら呼びかけても答えない姿を見ていることが出来なくて。
思わず家を飛び出していた。
「うわああああああああああん!!」
気付いたら、あの丘の上に立ち、荒れる海に向かって泣き叫んでいた。
真っ黒な雲に覆われた空からは、大粒の雨が降りしきる。
雨なのか、涙なのか。それすらも判らないほど、マリーの心は悲しみで溢れていた。
「マリー!!」
後ろから、名を呼ばれた。
ゆっくりと、振り返る。
「マリー・・」
ジェンだ。
雨でびしょ濡れになりながら、マリーに手を差し出す。
帰ろう、と。
その瞳には、深い悲しみの色が浮かんでいて・・・。
それを見た瞬間、マリーの中で、何かが爆発した。
「マリーっ?!」
その衝撃に吹き飛ばされそうになりながらも必死で堪え、ジェンは叫ぶように彼女を呼んだ。
けれど、彼女には聞こえていない。
竜巻のような荒れ狂った風が少女を取り巻き、その柔らかい水色の髪を空へと巻き上げた。
ごうごうと恐ろしい音を立て風が唸る。
雨は一段と激しさを増し、雷鳴が轟いた。
少女の瞳は虚ろで、何も映してはいない。
——— 悲しみによる、魔力の暴走。
目の前が真っ白になる。
「マリー!!!」
ジェンが叫ぶ。そして・・・。
マリーは意識を失った。
「気付いたら、家のベットに寝かされてた。何日も、眠り続けていたんですって。」
膝を抱えたまま、マリーは言った。
シルファは自分の手を強く握りしめる。
マリーの悲しみに、かける言葉が見つからない。
そんなシルファの心を知ってか知らずか、マリーは続きを話し始めた。
「感情によって力の制御ができずに、暴走させてしまったみたい。その日から、なぜなのか、力が使えなくなったの。だから、力は全て使い切ってしまったのかなって思ってた。あの日全てを出し切って、私の中の幻獣の力はもうなくなったんじゃないか、って。」
「ああ、それで・・。」
———『そっか。まだ残ってたのね、私の『魔力』。』———
「あの言葉に繋がるわけか。」
マリーはこくんと頷いた。
「それで?お祖父さんが亡くなって・・その後君はどうしたの?」
「しばらくは、何も出来なかった。なんにも考えられなくて。」
「・・うん。」
「ただ、生きてた。起きて、息をして、寝て。また朝が来て。その繰り返し。」
「うん。」
「ジェンがね。ずっと傍にいてくれたの。私が空っぽになってる間も、いつも隣にいて。ごはんを食べさせて、寝るときはぎゅって抱きしめてくれて。・・そうして、どれくらいたったのかな。日々が過ぎて、私に少しづつ、心が戻ってきた頃・・。」
『一緒に行かないか。』
ジェンはマリーを見ながらそう言った。
俺と一緒に、外の世界を見てみないか、と。