コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

〜暗闇の中の声〜 ( No.98 )
日時: 2016/04/13 21:03
名前: 詩織 (ID: hAeym9pF)

〜 暗闇の中の声 〜

・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


時は少し遡る。

深い森の中、生い茂る草をかき分けて、ひたすら歩く2つの人影。

「・・・マリー、泣いてないかな。」
不安げに呟いたのは、先を行く小柄な少女。
立ち止まって振り返りながら、少女・ラヴィンは後ろを歩くジェンの顔を見上げた。
うす茶色のその瞳が不安げに揺れる。


あの坑道で何かが起きて。
ジェンに起こされて気が付くと、見たことのない森の中に倒れていた。

最初はもちろん動揺した。
魔法の知識のないジェンとラヴィンには、何が起きたのかさっぱり分からない。
分からないながらも、とにかくこの森を抜けて安全な場所へ行き、マリーとシルファを探そうということになり。
2人は初めて見る森の中を、迷いながら歩いていた。

「シルファが一緒なら、きっと大丈夫だろ。これが魔法の力なら、あいつの専門分野だしな。」
落ち着いた声でジェンが言う。
「ん。」
ラヴィンは俯いて唇を噛み締めた。
握る両手に力を込めると、再び前を向いて歩き出す。

ざくざくと、枯葉を踏みしだく音だけが響く。

(マリー・・。シルファ・・!無事でいてね。)

思わず目頭が熱くなるのを堪え、ラヴィンは乱暴に歩みを進めた。
「痛っ!」
飛び出した枝に気づかずに、手の甲に擦り傷ができる。
微かに血が滲んだ。
「もう・・、もうっ!」
思わず立ち止まり、傷を睨む。

そんなラヴィンの様子を見て、ジェンは後ろから近づいた。
ぽん、と彼女の頭に優しく手を置いて。

「落ち着け、ラヴィン。・・大丈夫だから。」
ラヴィンは視線を上げる。
穏やかな顔で自分を見下ろす、黒い瞳を見つめた。
「ジェン。」
「あいつらなら大丈夫だよ。シルファは頼りになるやつだし、マリーだって、案外しっかりしてるんだぜ?気も強いし、最近は口も達者だしな。」
小さく笑う。

「だから、信じてやろうぜ。あいつらもきっと無事で、俺たちを探してる。お前が焦ってケガでもしたら、元も子もないぞ。」
言いながら、ラヴィンの頭を優しく撫でた。
「大丈夫だ。な?」
その声に、ラヴィンは気ばかり焦っていた自分が、すうっと落ち着いてくるのが分かった。

(やっぱ、ジェンはすごい。)
不安でいっぱいになって、思わず取り乱してしまったけれど。
彼の声とあたたかい手で、心に安心感が生まれる。
足元が、しっかりと感じられる。

「分かった。もう大丈夫。・・ごめん、取り乱して。ありがと、ジェン。」
軽く息を吐くと、さっきよりも強い瞳でジェンを見上げる。
ジェンも安心したように頷くと、ラヴィンに笑顔を向けた。

再び、歩き出す2人。
ジェンのお陰で、歩き出す力を貰った。
だが、さっきのジェンの笑顔を見て。
ラヴィンは、安心と同時に、複雑な気分も味わっていた。

ジェンのお陰で落ち着けた。それは本当だ。彼はすごいと思う。
(だけど・・)

懸命に歩きながら、心の中で呟く。
(本当は・・、自分だって不安なのに。)


本当は。

すごく、ものすごく、マリーのことが心配でたまらないくせに。

マリーに何かあったら、って。怖くて仕方ないくせに。


シルファなら、何かあってもきっと対処できるだろうと、ラヴィンだって信頼はしている。
けれど自分とジェンのように、マリーがシルファと共にいられるとは限らない。

ジェンに起こされた時、自分はずいぶん動揺したけれどその時も、ジェンはもう落ち着いていて、ラヴィンに状況を説明してくれた。

先に目を覚ました彼だって、きっと激しく動揺しただろう。
でも、そんな素振りはみせなかった。
(私を安心させる為に、あんな顔するんだ、ジェンは。)

「・・いつもそう。」
呟いた声はあまりに小さく、森を歩く足音にまぎれて彼には耳には届かない。


ジェンはいつも穏やかな声で笑ってくれた。
面倒見がよくて、皆の「お母さん」役だとアレンやラパスからよくからかわれていた。
ラヴィンもマリーも、シルファでさえ、彼の側にいるとなんだか安心すると言った。
だからこそ、つい甘えてしまう、あたたかい場所。

ジェンが激しく怒ったり、取り乱したり・・そんな場面を、ラヴィンは見たことがない。
今だってそうだ。

けれど、少しずつ自分も大人になって、見えるようになったものもある。
ジェンのそれは、一緒にいる誰かを安心させる為。
(本当はすごく心配で、すごく焦ってるくせに。)
ラヴィンを安心させる為に、元気づける為に。
笑ってみせる、ジェン。

(いっつもだ。私やマリーや・・誰かの為に。自分の気持ちは後回しにしちゃう。誰かを守る為に・・。)

それが嬉しくもあり、少し、もどかしくもあった。

出会った頃からずっと、ラヴィンの甘えられる場所。弱音を吐けるところ。
けど、じゃあジェンは?
ジェンの、そんな場所は、どこ?




〜暗闇の中の声〜② ( No.99 )
日時: 2015/11/29 17:08
名前: 詩織 (ID: .WGhLPV.)

「おわっ!」
後ろからジェンの声がして、どさりと音が聞こえたので、ラヴィンは慌てて振り向いた。
ジェンが木の根に足を取られ、転倒したようだ。

「大丈夫?」
駆け寄るラヴィンに、ジェンが苦笑した。
「ああ。参った。ここの森は結構足場が悪いな。慣れてないから思ったよりキツい。」
言いながら立ち上がる。
手を貸しながら、ラヴィンは自分がずいぶん先へ進んでいたことを知った。
考え事をしていたから、早足になっていたらしい。
ジェンとは反対に、ラヴィンはもともとこういう場所には慣れているから、さっきのように取り乱してさえいなければ歩くことは容易いのだ。
ジェンは自分に追いつこうと、少し、無理をしていたのかもしれない。

立ち上がると、彼はぱっぱと手を払った。
少し擦りむいたらしい。イテテ、と傷口の泥を落としている。

その姿をみて。


「あ〜〜〜!もう!!」
ラヴィンは叫んでいた。
パシン、と音を立てて、自分の両手で頬を挟む。
ジェンが「は?」と目を丸くした。

(私、しっかりしなくちゃ!!)
ラヴィンは頬をはさむ両手に力を込める。
自分にいっぱいいっぱいで、後ろを気遣う余裕がなかった。

こんな森の中なら、私の方が慣れてるのに。
洞窟も、気配を探るのも、私のほうが得意なんだ。

それは、どちらが優れているか、なんてことでは全然なくて。

(ジェンはいつも優しい。私たち仲間を、大切にしてくれる。自分の培った知識や技術だって、誰かの為の研究に役立ててる。)

(私は?)

ラヴィンは思う。私も、誰かの力になりたい。
自分の持ってるもの、出来ること。
まだまだ少ないけれど、それを、誰かと自分を助ける為に、幸せにする為に使いたい。
もっと、皆の為に出来ることをしたい。

(今は、私がしっかりしなくちゃ。)

父や叔父から教わったこと。学んできたこと。
冒険の仕方。森の歩き方。迷った時の対処法。
こんな時、どうするか。

(うん!できる。大丈夫。)

「ジェン!」
ラヴィンはジェンの目をキッと見据えて言った。
「大丈夫だから、絶対。この森、抜けてみせるから。私がマリーとシルファのとこ、連れてくからね!」
「ん?あ、ああ。そりゃ頼もしいが・・、どうした?急に。」
「何でもないっ。」
突然の彼女の宣言に、訝しげな表情を浮かべつつ聞くジェンだが、ラヴィンは気にせず彼を見つめる。

「ジェンも言っていいんだよ、困ったときや・・、辛いとか、怖いとか。」
「ラヴィン?お前、何言って・・」
「いつも、大切にしてくれてありがと。でも、私も昔みたいな子どもじゃない。マリーだって・・、姿は子どもでも、きっと心はどんどん成長してる。強くなってる。だって、マリー自身がそう望んでるから。」
「・・・。」
「だから、ジェンだって、私たちを頼ってもいいんだからね?まだ頼りないかもしれないけどさ。たまには、甘えたっていいんだから。」
「ラヴィン・・。」
「わかった?!」
「え?あ、ああ。ハイ。」

言われるがままに、素直な返事を口にして。
ラヴィンの迫力に押され、ジェンはこくりと頷いた。

それを見て、「よし」と頷くと、ラヴィンは前を向いて歩き出す。
———— ジェンは分かってないかもしれない。
なんで突然、自分がこんなことを言いだしたのか、なんて。

でも。

(今は、いいんだ。全部じゃなくても。これから少しずつ・・、ジェンが本当に頼れる場所に、なってやるんだから。)
頼ってもらえる自分になるんだ。
頑張りたい。
心から、信頼できる、安心できる場所になれるように。
安心して、泣いたり、笑ったりできる仲間であれるように。

(『甘えられる場所』は・・、私じゃなくて、あの子の役目かな。)
ふわふわ髪の少女の姿を思い出し、クスリと笑う。

だがすぐに表情を引き締めると、神経を研ぎ澄ませる。
集中し、必要な知識を引っ張りだす。
太陽の位置を確認する。
切り株を見つけ、年輪で方角を見定める。
「よし。」
もう一度呟いて、森の先を見据えた。その瞳は、いつにも増して真剣そのものだった。



———— その後、あちこちに軽い傷を作りながらも無事森を抜け、道にでたとき———
歓声を上げてジェンの手を取るラヴィンに、ジェンは嬉しそうに笑った。
よくやったな、と声をかけて。