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ファリスロイヤ昔語り  〜 君に捧ぐ花の色は 〜 ( No.117 )
日時: 2016/01/08 21:11
名前: 詩織 (ID: 9fVRfUiI)

ファリスロイヤ城の2つの塔は、領内で一番見晴らしが良い。

よく晴れた日にそこに立てば、眼下には緑豊かな領地と、人々が暮らす町の一帯が見渡せた。
その塔の上から北を望めば、町をはさんで向こう側、この城と対をなすような大きな建物が目に入る。

———— 女神エルスの、神殿。

白く美しい石造りの建物は、この地で深く愛され信仰される女神エルスを祀る神聖な場所。そこはファリスロイヤと並んで領民皆が誇る、この地のシンボルであった。


そして今。

そんな神殿の廊下を、神聖さとはかけ離れたやりとりをしながら、ひと組の父子が歩いていた。

「お前は!子供のくせにどこでそんな言葉を覚えた?まったく。来い、きっちりしごいてやる。このバカ息子。」
「離せって言ってんだろ!」

暴れる少年をいとも容易く押さえ込み、彼の父であり、この神殿の長でもあるラウル・クラウン・ファリスはずんずんと廊下を進んでいった。
なかば引きずられるようになりながらも、口だけは元気に動き続ける少年トーヤは、この神殿の長、ラウルの1人息子である。


「あ!神殿長様!」
遠くからラウルを見つけ、1人の男が駆け寄ってきた。
「ああ、ジル。」
「申し訳ありません。目を離した隙にトーヤ様がまた・・、やや!これはトーヤ様!こんなところにいらしたか。探しましたぞ!」
甲冑に身を包んだ神殿の護衛騎士の1人・ジルはラウルの後ろにいた小さなトーヤを見て叫んだ。
大きな声が、神殿の廊下に響く。

「ちっ。見つかったか。」
「何が『ちっ』だ、このばかもの。どうせまた剣の修行抜け出して、遊びまわってたんだろう!仕方ないヤツだ。すまんな、ジル。」
「いえいえ、見つかったならようございました。トーヤ様は大切なこの神殿の後継者ですからね。何かあっては大変だと・・・あっ!」

ジルと話していたラウルの手が緩んだ隙に、トーヤはさっと身を翻し、廊下の反対側へと飛び出した。
子供ならではの身軽さで、あっという間に手の届かない場所へと駆けてゆく。

「あ!コラ待て!」
気づいたラウルが慌てて振り向くが、後の祭りだ。

「へへーんだ。誰が待つかよっ。」

んべー!っと舌を出し笑うと、止めるまもなく、先ほどの部屋の方向へと消えていった。


「はぁ〜〜。」
大きくため息をついて、疲れたように目を閉じるラウルに、ジルが苦笑しながら声をかける。
「まぁ、男の子は元気なのが一番と言いますし。」
「慰めはいい、ジル。夜の鍛錬はいつもの3倍だ。終わるまでは食事は抜き。・・甘やかすなよ?」
「ハイ。仰せのままに。」
苦笑いのまま、頷いた。


「今巫女たちの祈りの時間が終わる頃だから・・あの方向は、リーメイルですね。相変わらず仲が良い。」
「リーメイルにはいい迷惑かもしれんがな、あんな我侭でケンカっ早い頑固者は。誰に似たんだか。」
「またそんなことを。あなた様の息子でしょうに。でも・・。」

言いながら、ジルの強面の顔が優しく緩んだ。

「大きくなりましたよね、2人とも。まだ赤ん坊の頃でしたからね、リーメイルがこの神殿に引き取られてきたのは。」
「ああ。そうだな。」

息子が消えた方向を見つめながら、ラウルも懐かしそうに目を細めた。

雪の降り積もったある朝。
女神エルスにそっくりな容姿の捨て子がいると、神殿に属する養護施設から連絡が来た。
見に行ってみれば、赤ん坊にもかかわらずあまりに美しいその容姿に加え、強い魔力も宿していることが分かって、たいそう驚いたのを覚えている。

あれから早数年。

神殿の巫女見習いとして引き取った赤ん坊は、幼いながらも今では立派に儀式の手伝いをこなし、巫女としてぐんぐんと成長している。ラウルにとっても、まるで自分の娘のように大切な存在になっていた。

「早いもんだな。」
ラウルの言葉に、ジルが笑った。
「ええ。あの2人の成長ぶりには、いつも驚かされます。」

言いながら、外の緑に視線を向ける。
青空から差し込む光に、眩しそうに目を細めた。

「この平和な時が、いつまでも続くといいですね。そしていずれはトーヤ様が立派な跡取りとなり、この神殿を守って下さる。リーメイルもきっと、美しく素晴らしい巫女になるのでしょうね。」
幸せな未来を想像し、楽しげな笑みを浮かべるジルに、ラウルはコホンと咳払いをする。
「ジル、私はまだまだ引退するつもりなんぞないんだがな?あいつの方が神殿長に向いてるか?んん?」
「こ、これは失礼!そういう意味では!言葉のあやというか何というか・・申し訳ありません。」

しどろもどろになりながら頭を下げるジルを見て、ラウルは愉快そうに笑った。
「だが、確かに楽しみだな!あの子らが大人になった時、この地が、この町が・・、どんな風になっているのか。」
その声に顔を上げたジルも、つられて笑った。
「平和で幸せな世の中に決まってるじゃないですか。我々には女神エルス様がついていて下さるのですからね。」
明るい日差しの下、大人たちの楽しげな笑いが神殿に響いていた。



ファリスロイヤがこの地の権威だというならば。

今この時。
女神の神殿は、この地に暮らす全ての民にとっての、平和の象徴そのものであった。