コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: はじまりの物語 ( No.121 )
- 日時: 2016/01/23 22:56
- 名前: 詩織 (ID: 710duu2T)
「もともと女神の神殿は、初代ファリス家当主があの地の領主になった時、女神エルスを祀るために建てたものなんだ。ファリス一族は代々、女神エルスを信仰していたからな。」
映し出される景色を見ながら、トーヤはラヴィンたちにそう語る。
初代当主には2人の息子がいた。
彼は、長男に次期当主の座を、そして次男には神殿の長の座を与える。それからの長い歴史の間、それぞれがファリス一族の本家と分家として、共にファリス領地を治めてきたのだ。
「俺はその神殿長の息子だったから、分家の跡取りってことだ。」
光の中に浮かぶ神殿の風景は穏やかさに満ちていて、トーヤは懐かしさに目を細めた。
小さな頃、2人で駆け回った庭の、鮮やかな緑。
よく笑う、彼女の柔らかい声。
遠くで響く剣戟の音、儀式の鐘の音。
父や、仲間たちの姿。
どれだけ時間が経っても、蘇る、色鮮やかな記憶。
「ずいぶんとやんちゃな次期当主だな。」
ジェンが笑うと、トーヤはフン、と肩をすくめた。
「ま、分家と言っても政治にはほとんど口出ししないからな。本家の奴らに比べりゃのんびりしたもんさ。領主は城に住む本家の当主。それを下から支えるのが俺たちの役目だ。」
「そうなんだ。」
返すラヴィンの隣から、マリーが尋ねた。
「ねぇ、トーヤさんは騎士なんでしょ?跡取りなのに?」
「神殿にいる男たちは、女神に仕える騎士として剣の鍛錬も積むのさ。」
トーヤは腰に差していた剣の柄に手を添える。
「神殿や巫女たち、領地の民たちを護る為に。神殿長になればまた違う役目ももちろんあるが、俺はどっちの修行もしてた。女たちは巫女として、女神に捧げる儀式を執り行ったり、町にでて貧しい民や親のいない子供たちの世話をしたりするんだ。」
そうやって、女神エルスの愛するあの土地と民を護っていくことが、俺たち神殿の者に与えられた使命だったんだ、と。
そう言う彼の口調は、騎士らしく、誇らしげだった。
「あいつ・・リーメイルも、よく町にでて病人や子供の世話をしてたよ。ずいぶん慕われていた。あいつは目立つことは好きじゃなかったけど、結局は皆に請われて巫女長に就くことになったんだ。」
「・・“慕われて”巫女長に、か。」
トーヤの言葉に、シルファは呟いて視線を光の中へと戻す。
そこにいたのは、くるくるとよく働く巫女の少女。
さっきの場面から数年後だろうか、もう子供ではなく成長した彼女の姿が見える。
白い巫女装束をひるがえし、その明るい笑顔はまわりにも伝染していく。
(伝説の『魔女』・・想像とずいぶん違うな。)
映された世界の中で笑う彼女見ているうちに、4人は再び、向こうの世界に引き込まれていった。
———————— ——— —— — — ・・・
「よう。こんなところにいたのか。」
神殿の中庭。
時は流れ、ケンカばかりだった子供時代から十数年が経ったある日。
ずいぶんと若者らしく成長した姿の彼は、探していた人物の後ろ姿を見つけた。
庭の緑の中で、金色の長い髪が風に揺れている。
トーヤが声をかけると、佇んでいたリーメイルはぴくりと肩を揺らす。
そして、ゆっくりと振り返った。
「トーヤ。」
その表情を見て、トーヤは内心ため息をつく。
顔には出さぬよう気をつけながら、努めて明るい口調で話しかけた。
「主役が何やってんだよ、んなとこで。今日はお前の巫女長就任の儀式だろ?皆待ってんぞー。」
トーヤの言葉に、リーメイルは曖昧な笑みを返した。
「ああ、ごめんね。うん、分かってる。そうだよね。そう、なんだけど・・。」
答える言葉は、途中で途切れてしまう。
迷いが振り切れない、そんな様子で困ったような笑顔を浮かべた。
「けど?」
トーヤは聞き返す。
けれど、彼には分かっていた。彼女が、こんな顔をする理由。
「本当に・・、私でいいのかな。」
一瞬彷徨わせた視線を、リーメイルはトーヤに向けた。
その瞳は、頼りなげに揺れている。
自信なさげな、声。
やっぱりな。
胸中でそう呟いて嘆息すると、トーヤはゆっくりと彼女に近づいた。