コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- ファリスロイヤ昔語り 〜 君に捧ぐ花の色は 〜 ( No.124 )
- 日時: 2016/02/07 19:52
- 名前: 詩織 (ID: m.v883sb)
いつの頃からだろう。
時折、リーメイルはこんな表情を見せることがあった。
女神とこの地を、心から愛する彼女。
本人はただ純粋なその想いから、いつも笑顔で働いていた。
けれども、彼女の容姿は本人の意思とは関係なく人々を惹きつける。
目立つことがあまり好きではない彼女にとっては、良いのか悪いのか。
成長する度、女神の姿に近づいていく彼女を、民たちが放っておくはずがなかった。
そんな姿の彼女が、いつも町に出ては人々の為に働き、笑顔を向けるのだ。彼女を慕う民は多かったし、その数は、日を追うごとに増えていく。
加えて、彼女には生まれ持った強力な魔力があった。
深い祈りを捧げる時、彼女は女神からの神託を受け取ることができたのだ。そんなことができるのは、今現在、この神殿でもリーメイルただ1人である。
これは実際、ラウルや上位の神官たちも驚くほどの力であったし、トーヤ自身、初めてそれを目にした時は目を疑った。
自分だって魔力は強いほうだと自負していたのに。ハッキリ言ってかなり悔しかった。
そんなこと、彼女には絶対言わないけれど。
そんな中。
民たちの、彼女への期待が決定的となる出来事が起こる。
女神への、雨乞いの儀式だ。
(あの頃からだよな、こいつのこういう顔。)
自分への過剰な期待や、女神と重ねられひとり歩きするイメージ像。
人々に愛され幸せな反面、戸惑いや不安に悩むこともあったことを、トーヤは知っている。
それでも彼女は、笑顔を絶やさなかった。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
それは、雨の降らない時期が続き、農作物への影響が深刻な悩みとなったある年の夏。
神殿を代表し、巫女であるリーメイルは雨乞いの儀式を行なった。
本人は「自分なんて!」とひたすら恐縮していたが、彼女が神殿の中でも圧倒的な魔力の持ち主であることは、誰もが知っていた。異論を挟む者はいない。
その日、白い絹の衣装に身を包んだリーメイルは、屋外に造られた祭壇の前に立った。
神殿の仲間や民衆に見守られる中、厳かに、儀式は始まりの時を迎える。
晴天の空に舞う、金色の髪。
楽の音に合わせ、女神への祈りの歌が響く。
吹き抜ける夏の風。
白い衣装ははためき、手足につけられた装飾具がシャラシャラと鳴った。
天高く伸ばされる手、その先を見つめる紅い瞳。
魔力の淡い光が彼女を取り巻き、
彼女の澄んだ歌声はのびやかに、高らかにどこまでも響いて。
——— この日見た光景を、あいつの姿を、きっと自分は忘れることはないんだろうな。
祭壇の前で歌うリーメイルを見ながら、トーヤは思う。
そう素直に思えるほど、その日、彼女は美しかった。
誰もが息をのんで彼女を見守る中、リーメイルの声は更に勢いを増してゆく。
荘厳なまでのその場の空気。そこに居た全ての人々の心が、彼女に魅了されていた。
「あ!」
彼女の歌い上げる声が最高潮を迎えた時、誰かが空を見上げて声を上げる。
少しずつ、少しずつ空を覆う影。濃い灰色の、雨雲。
ほどなくして、ぽつりぽつりと降り出した雨に、集まった民衆から歓喜の声がわき上がる。
辺りを包む、喜びの声、声、声。
歌い終えたリーメイルも、ほっと安心したように笑顔を浮かべる。
そんな彼女に、誰かが叫んだ。
「『聖女』リーメイル!!」
女神が遣わした、私たちの、聖女リーメイル。
喜びと賞賛の嵐の中、それはあっという間に民衆の間へと広まり、その日をきっかけに、いつしか彼女は女神エルスの神託を受ける唯一の巫女として、“聖女”リーメイルと呼ばれるようになっていた。
本人が望んだ訳ではなかったけれど。
その後も民からの人気は高まり続け、その支持と実力のもと、彼女は巫女長という立場に身を置くこととなる。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
リーメイルの前まで来ると、トーヤは彼女の顔を見下ろした。
見返してくる紅い瞳には、やはり不安げな色が滲んでいる。
他の者たちの前ではいつも笑顔の彼女だが、自分の前だけで見せるその弱気な顔。
支えてやりたいと強く思う反面、自分だけに見せる昔と変わらない彼女の姿に、どこか嬉しくもあったりして。
内心いろいろ複雑な心境で、トーヤは彼女を見つめた。
「トーヤ?」
リーメイルは彼を見上げ、小さく首を傾げる。
目の前に立つ幼馴染は、何も言わず自分を見下ろしていた。
「どうしたの?」
珍しく神妙な顔でこちらを見ている彼に、リーメイルがきょとんとした顔になる。
もう一度問いかけようとして。
彼女の動きがぴたりと止まった。その瞳が、大きく見開かれる。
「え・・?」
トーヤの左手がそっと、彼女の頬に触れたから。
(え、ええっと?ええっと?)
突然すぎる行動に、リーメイルは彼を見つめたまま固まっていた。
- 第14章 ファリスロイヤ昔語り 〜君に捧ぐ花の色は〜 ( No.125 )
- 日時: 2016/01/23 18:11
- 名前: 詩織 (ID: 710duu2T)
え? ええ??
リーメイルは呆然と、目の前に立つ幼馴染を見つめた。
見慣れているはずの顔なのに、なぜかいつもと違って見える。
(?????)
自分の頬にそっと添えられている、彼の左手。
「えと、・・トーヤ?」
小さな頃からずっと一緒にいたけれど、こんな彼は初めて見る。
触れられた手からほんのりと暖かさが伝わってきて、顔が熱くなるのが分かった。
今、自分の顔はきっと赤い。
リーメイルはなぜかドキドキして止まらなくなってしまった。
目を丸くしてトーヤを見上げていると、今度は彼の右手がスっと動いた。
近づくその手に、思わず身をすくめると、リーメイルはぎゅうっと目をつぶる。
鼓動が更に早くなった。
左側の頬に、右と同じ暖かさを感じて。
次の瞬間。
「・・・へ?」
———— むにゅ、という感触と共に、両側から、頬がつままれるのが分かった。
「???」
何が起きたか全く掴めず、固まったまま、目だけをぱちくりと瞬かせるリーメイル。
その呆けた彼女の顔を見下ろして。
「ぶはっ!」
堪えきれないように、トーヤが思い切り吹き出した。
「・・は?」
呆然とする彼女をよそに、盛大に笑う彼。
「ぶっ、くく、お前っ、変わらねぇよなぁその顔!ガキの頃のままじゃんか。ははっ、『聖女』サマのくせになー。」
「!」
『聖女様』。
この日、このタイミング、この状況でのそのセリフに。
リーメイルの中の何かがぷつんと切れた。
「らによそれ!!なんらのよ!らんで今そのよび名でよぶの?あたしのきもち、ひってるくせに!!」
頬を引っ張られたままだから、微妙に発音が出来てない。
でも、そんなことより、なんで彼がこんなことをするのか分からなくて。
カッとなったまま、リーメイルは声を荒らげて叫んだ。
ただでさえ儀式の前の不安と緊張でいっぱいな時なのに。
っていうか、あんなにドキドキしたのに!
ただのイタズラだったなら、ぜったいぜったい許さないんだから!!
張り詰めていた緊張によるストレスを一気に吐き出すように、リーメイルはトーヤを思いっきり睨みつけた。
「わけわかんらいっ!らにふんのよ、このバカトーヤ!!」
むにょんと頬を伸ばされたまま、彼女にしては滅多にない剣幕でくってかかった。
本人も気づかぬうちに溜まりに溜まっていた何かが、あっという間に溢れ出てくる。
すると。
「バカはお前だろ!このバカメイル!」
それを真っ正面から受け止めるように。
すかさず反撃され、そのままゴン、とおでこに衝撃がきた。
「いひゃっ!」
思わず閉じた目を開けると、すぐ目の前に彼の顔があった。
その瞳が、上から自分を覗き込んでいる。
「らにふんのよぅ。」
思い切り非難の色を浮かべた視線を向けるが、そんなものものともせず、彼は言い放った。
「『聖女』だろうが『悪女』だろうが!いいじゃねーか、呼び名なんてなんだって!」
「あ、悪女って・・。」
「お前はお前だろ!!」
・・・。
リーメイルは目を見張る。
目の前の栗色の瞳の中には、頬をつねられたままの自分の姿が映っていた。
「呼び名なんてなんだって・・、お前はお前なんだろ、リーメイル。」
彼女の目をまっすぐに見据えたまま、強い口調でトーヤは言った。
「確かに、お前のことなんか何も知らずに、ただ見た目や噂で『聖女』っつーシンボルに祭り上げようとしてる奴らがいることも知ってる。お前が必要以上に崇められるのを好んでないこともな。その期待が相当プレッシャーになってることだって見てりゃ分かるよ。けど・・。」
目をそらさずに、語りかける。
「お前が昔から親切にしてきた奴らや、仲良くしてきた奴ら・・、施設の子供たちや、町の年寄り連中とかさ。あいつら、皆お前のことが好きだから。だから、こんなにお前のこと応援してるんだぜ?」
強かった口調が、少しだけ柔らかくなった。
「あいつら、本当にお前のことが好きなんだよ。巫女としてお前にこの土地を守って欲しいって、心底思ってる。神殿の奴らだって皆そうさ。お前だって・・、それは分かってんだろ?」
頬をつままれたまま、リーメイルはコクリと頷いた。
「だったらさ。」
トーヤの顔に、ふっと優しい笑みが浮かぶ。
「信じてやれよ、あいつらのことも・・、自分のこともさ。お前なら、大丈夫だから。」
そこまで言うと、そっと、彼女の顔から手を離した。
リーメイルはやっと解放された頬をさするのも忘れてトーヤを見ている。
頭の中を、彼の言葉がぐるぐるとまわっていた。
- 第14章 ファリスロイヤ昔語り 〜君に捧ぐ花の色は〜 ( No.126 )
- 日時: 2016/01/26 16:45
- 名前: 詩織 (ID: DTH1JhWe)
『お前はお前だろ!!』
トーヤの言葉がリーメイルの中で何度も響いた。
それは静かに、ゆっくりと、心の中に染み込んでくる。
彼の強い口調と、その瞳に映るちょっとまぬけな自分の顔。
嬉しい気持ちとあったかい気持ち、それになんだかちょっぴり可笑しい気持ちが次第に湧き上がってきて。
リーメイルは思わず笑っていた。
「そっか。うん。そうよね。」
照れ屋な彼なりの、これはきっと励ましの言葉。
(ほんとにもう・・、やり方が乱暴なのは昔と変わらないんだから。)
それでも確かに、彼の気持ちは伝わってきた。
(『私』は『私』。)
リーメイルは彼を見上げて言った。
「ありがと、トーヤ。」
さっきは本気で頭に来たけど。
でも、彼とやりあって思いっきり発散したおかげで、溜まっていたモヤモヤはずいぶん吹き飛んだ気がする。
あんなに感情的になったのはひさしぶりだし。
そもそも、あんなケンカする相手なんて彼くらいだし。
なんだか、気持ちが楽になった。
(おっきなお役目だもの。不安だし、怖いけど・・、でも、頑張りたいな、私。みんなも、トーヤもいてくれるんだもの。それに)
『信じてやれよ・・、自分のこともさ。』
(信じたい。みんなのことも・・、自分のことも。)
信じたい。
リーメイルは強く思う。
覚悟は、決まった。
(よし!)
心の中で気合を入れると、リーメイルは明るく言った。
「うん、もう大丈夫。ありがとう。頑張るね!私。」
その笑顔を見下ろして。
トーヤは満足げな表情を浮かべたが、それはほんの短い時間で、すぐにいつものからかいを含んだ笑みに変わった。
「なんだよ、単純だなぁお前。やっぱ昔のままじゃん。泣いてても菓子もらうとすぐに泣き止むとかさ。」
「もー、せっかく感謝したのに!いつも一言余計なのよトーヤは。」
ふん、と笑う彼に、リーメイルは呆れたように言い返した。
まぁ、仕方ないか。
リーメイルは心の中で苦笑する。
照れ屋で意地っ張りな彼が、素直に優しくするなんて出来るわけないもんね。
でも、だからこそ。
さっきの言葉は胸に響いた。彼が本気で言ってくれたのが分かるから。
(本気の言葉を伝えるのは、勇気がいるもの。)
頑張って、伝えてくれたんだなぁと思うと、からかわれても、あまり嫌な気はしなかった。
そんなやりとりをしている中、トーヤの右手がサッと動く。
「ちょ、やめてってば、もう分かったから・・。」
思わず身を引くリーメイル。
だが彼の手は、彼女の顔の横を掠めて、すぐに離れていった。
「?」
彼の手が掠めた場所にある、何かの感触に気づいて、リーメイルはそっと手で触れてみた。
「?これ・・。」
ふわり。
よく知っている香りが漂う。
そこに挿されたものの正体に気づいて、彼女は目を丸くした。
「あの花?いつの間に・・。」
いつの間にとってきたんだろう?
今日は彼だって儀式の準備で、朝から忙しかったはずなのに。
彼女の髪に挿されていた、それはあの赤い花。
神殿の外、森の近くに生えている、リーメイルの大好きな「あの花」だった。
「お前、儀式の日取りが決まってからずっと 『緊張する』って言ってただろ。やるよ。好きな花でもつけてりゃ、ちょっとはましだろうからな。」
御守り代わりにはなるだろ。
そう言う彼の顔は、少し硬い。
口調も先ほどより少しぶっきらぼうな感じがして。
目をまんまるくして彼を見ていたリーメイルは、その意味を悟って、思い切り吹き出していた。
「あはははっ。トーヤ、照れてる!ふふっ。」
「なっ!そんなんじゃねぇよ!お前が大事な儀式でドジやらかしたら神殿の威厳が傷つくだろ!俺は次期神殿長としてだなぁ・・!」
「分かった分かった!あはは、ありがとう、次期神殿長サマっ。」
立場逆転。
いつものお返しとばかり、思い切りからかってみる。
(いいじゃない?たまには、ね。)
リーメイルの楽しげな笑い声に、トーヤはふてくされた様子でふん、と視線を逸らした。
けれどそんな態度すら、どういう顔をしたらいいのか分からない彼の照れ隠しだと知っていたから。
嬉しくて、くすぐったくて。なんだか愛おしい気持ちにもなって。
リーメイルは久しぶりに、心の底から笑った。
そんな彼女を、さてどうしてやろうかと見下ろしていたトーヤだが、ハッと我に返って叫んだ。
「おい!今何時だ?!お前、就任儀式!」
その声に、リーメイルも「あ!」と叫ぶ。
「いけない!神殿長様たちきっとお待ちになってらっしゃるわ!」
2人は慌てて走り出す。
「ほら、いくぞっ!」
トーヤはリーメイルの手を掴むと、一気にスピードを上げた。
「きゃっ、ちょ、待ってっ。」
「待たねーよ!」
繋いだその手を更に強く握って、トーヤとリーメイルは儀式の間へと駆けていく。
2人が去ったその場には、ほのかに、甘い花の香りが漂っていた。
——— その日、皆が感心するほど堂々とした佇まいで儀式を終えると、リーメイルは、名実ともに神殿を代表する巫女となった。
その髪を、可憐な赤色の花が、優しく彩っていた。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
時を同じくして。
神殿と対をなすここファリスロイヤ城は、今まさに、大きな転換期を迎えようとしていた。
「た、大変ですっ、皆様、こちらにいらっしゃいますかっ?!」
バァンと大きな音を立てて扉が開き、衛兵の1人が飛び込んでくる。
尋常ではないその勢いに、ファリスロイヤ城会議の間において今まさに決議の最中だった重臣たちは、何ごとかとそろってそちらに顔を向けた。
「何事だ。今日は大事な決議の日である。場を弁えよ。」
会議をしきっていた重臣の1人・ゾーラが顔をしかめるが、それどころではない様子の衛兵はゾーラが彼を追い出すより前に、早口で伝令を叫んだ。
「城門兵より伝令ですっ!留学中であらせられましたリアン様、たった今、突然のご帰郷とのこと!事前の御連絡もなく、ただ今城内騒然としております!どうか、ご指示を!」