コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- ファリスロイヤ昔語り 〜冥き闇の手を持つ者よ〜 ( No.142 )
- 日時: 2016/05/23 16:30
- 名前: 詩織 (ID: Q8MrRCmf)
「ルーファス・・あなたが?」
言いながら、リーメイルはゆっくりと後ろへと下がった。
警戒心があらわになる。
彼女の表情に、ルーファスは微笑んだまま口を開いた。
「そんなに警戒しなくとも、私はここで貴女に危害を加えることはできない。--- ここは、貴女の夢の中なのだから。」
あまりに落ち着きを払ったルーファスの様子に、リーメイルは不可解な表情を浮かべながらも気丈に言い返した。
「やはり『夢紡ぎの法』ね?書物で読んだことはあったけど、こんな負担の大きな魔法を使えるなんて・・。あなたは一体何者なの?なぜ私の夢に?」
「ああ、この魔法をご存知とは。さすがは聖女殿。」
「質問に答えて。なぜわざわざこんなことをしてまで私に接触を?」
『夢紡ぎの法』。
相手の夢を自由に操作することのできる魔法。
自分の見せたい世界を見せ、必要があれば自分もその世界へ入り込み、相手と意思疎通を図ることもできる。
悪意があれば、毎晩の夢の中で本人に気づかれぬまま、相手を洗脳することも可能だ。
ただしそれなりに準備や道具が必要だったし、かなりの魔力を要するので、乱用されることはほとんどない。・・・一般的には。
「お会いしたかった、と。」
「だからなぜ」
「貴女と話がしてみたかった。私のこれまでの研究と、その成果について。」
「研究?」
リーメイルは訝しげに眉をひそめる。
ルーファスがリーメイルに向かって歩きだした。
リーメイルは身体を強張らせたが、彼はそんな彼女の前を通り過ぎると部屋の中へと進んでいく。
その彼を目で追っていくと。
「これを見た、貴女の感想を聞きたい。」
広々とした部屋のちょうど真ん中辺りで足をとめると、ルーファスはリーメイルを振り返る。
「?」
何を言われているか分からなくて、リーメイルはそろそろと慎重にそちらへと近づいた。
最初にここへ来たときは、暗闇に支配され全貌が分からなかった空間は、今、ルーファスの魔法によって明るくはっきりと照らされていた。
床に、何か描かれている。
最初は絵かと思った。
(この色は・・黒?いえ、黒っぽい、赤・・。)
だが近づくにつれ、それが絵ではなく、古い魔法文字だと分かった。
大きすぎて、すぐには把握できないほどの。
そうして気づく。
広い石床に描かれていたそれは、リーメイルが今まで見たこともないような、巨大な魔方陣であった。
(一体何の?)
どこかで見たことがあるように思う。
けれど、思い出せない。少なくとも、普段自分たちがよく使う類のものではない。
(この文字・・この配列・・)
ぐるりと部屋を見回すと、文字と共に、古びた木の枝や、素晴らしく透明度の高い黄水晶、何かの動物の骨らしきものなど、魔法道具がそこここに配置されていた。
(虹色孔雀の羽に、空色真珠の粉末、それから・・・ロザン山脈のハクエリアスの花?!こんなものまで?!)
滅多に見ることの出来ない希少な品の数々に、リーメイルは驚きで目を瞠る。
どれもこれも一般人にはほとんど手に入らない高価で貴重な材料を使用した魔法道具だ。
一体どれほどの魔法だというのか。
じっとそれらを見ていたリーメイルの脳裏に、ふと、ある魔法の名前が浮かぶ。
(いえ、まさか・・そんなはず・・でも)
思いついてしまったあまりにも不吉なひらめきに、その考えを振り払うようにして、リーメイルは、ひとつの質問を微笑んだまま自分の反応を見つめているルーファスへと投げかけた。
「この文字の赤は・・」
どうか、違って欲しい。
声が、少し掠れた。
そんな彼女の問いに、表情を変えず淡々と、ルーファスは答えた。
「ヤギと羊の血、ですよ。この地で生まれ育った、ね。」
ああ!と呻いて、思わず目を閉じた。
やっぱり、と小さく声が漏れる。
顔を上げ、叫ぶ。
「こんな・・っ!こんなものっ!!」
ルーファスの表情は変わらない。
「何を考えているの!?これは・・・これは・・・っ!」
怒りで震える彼女の声に、しかし楽しそうにルーファスは笑う。
まるで、よく気づいてくれたとでも言うように。
「・・・・・『レフ・ラーレの魔方陣』。」
ルーファスを睨んで。
リーメイルの声が、部屋に響いた。
「こんなものを作るなんて・・、あなた、この地をどうするつもり?!」
- ファリスロイヤ昔語り 〜冥き闇の手を持つ者よ〜 ( No.143 )
- 日時: 2016/05/26 18:51
- 名前: 詩織 (ID: Q8MrRCmf)
「やはり貴女は素晴らしい。この魔法を知っている者など、世にいる魔法使いの中でもほんの一握りしかいないのです。どこでその知識を?」
「あなたに教える必要はないわ。そんなことより!こんな装置で、一体何をしようと言うの?!この魔法は」
「そう、この魔法はこの大地に眠る大いなる力に干渉する為のもの。」
--- 『レフ・ラーレの魔方陣』
古の魔法文字で、大地・力・支配の意。
自然の中には魔力が宿っている。
大地にも、場所によってはとても強い魔力が流れている場所や、特定の力を宿す特別なスポットがあった。
何か強い魔法を使いたいとき、知識のある魔法使いたちなら、その『場所』の力を借りることも多い。
だがこの古代魔法は文字通り、大地の魔力を直接操作する為のもの。支配、隷属。
力をかりるどころではない。
そこにある大きな魔力そのものに干渉し、自分の意思通りに働かせる。
「あなたこそ、こんなものをどこで?これは禁忌魔法のはずよ!」
女神の神殿には、代々神殿の長と巫女長にだけ伝えられる秘密があった。
今ではもう資料もわずかであり、使い手も少ない‘古代魔法‘。
その独特な魔法体系を使うことの出来る生まれつきの能力を授かった者だけが使える魔法。
もしくは、その力に関わりの深いと言われる幻獣種族の血を引くものも、この力を扱えると聞いた。
その貴重な資料や魔法書が保管されている部屋がある。
リーメイルは巫女長の任命式の日、神殿長であるラウルに聞かされて初めてその部屋の存在を知った。
その中には、今は禁忌とされる秘術もあった。
あまりに危険であり、過去に惨事を引き起こしたもの。
その魔法書の中に、この魔法は記されていた。
さらに。
「魔法書にあったのは、こんな巨大なものではなかったわ。」
「そうでしょう。」
詰問するリーメイルに、ルーファスは笑った。
とても、嬉しそうに。
「これは特別です。私が研究してきた、すべての知識を詰め込んだ試作品ですから。」
「試作品?どういうこと?」
「貴女にも、使えるのではないですか?」
質問を無視したルーファスの問いに、リーメイルは無言のまま彼を睨む。
「私には分かるのですよ。貴女は特別な魔力の持ち主だ。私のこのレフ・ラーレの魔方陣、貴女ならこれも自由に使うことが出来る。」
「なぜあなたにそんなことが分かるの!それにもし出来たとしても、私はこんなもの絶対に使わない!あなた、分かっているの?この魔法の恐ろしさを。この場所でこんな大きなものを発動させたら・・・この土地は滅びてしまうかもしれないわ!」
思わず叫んでから、自分から出た言葉の不吉さに、思わず身震いする。
そんな彼女を、ルーファスは不思議そうに眺める。
「滅びる、とは?」
「だからっ」
「この魔法で、大地そのものが完全に滅びることはありません。そもそも、貴女の言う『滅び』の定義とは?」
「定義?何を言ってるの?」
意味が分からない。
イライラしたように返事をぶつける。
「この土地には、エルス様の力が宿っている。エルス様に守られているの、ずっとずっと昔からね!私たちはその愛と恩恵に感謝して、エルス様と共にこの地を守りこの地で穏やかに生きてきた。この大地の力はエルス様のものよ!人間が不自然に手を加えてはいけないの。もしこんなもので自然の魔力に干渉したら・・・大地も森も畑も、バランスを崩してめちゃくちゃになってしまうわ。そうしたらここに暮らす人々はどうなるの?!」
例えば上流から下流へと、勢いよく流れる川の流れがあったとして。
この魔法はその流れの途中に壁を作り、無理やり方向を捻じ曲げるようなもの。
大きなエネルギーが得られる代わりに、一歩間違えれば反動で魔力が暴走しかねない、リスクも大きな魔法なのだ。
だからこそ、それを制御できる力とバランスをとる繊細さが術者に求められる、高度な魔法。
そして過去、それが出来ずに惨事に繋がった為に、歴史の中で禁忌とされた魔法。
「なのに・・『試作品』?あなた、自分が何を言っているか分かっているの?」
「もちろんですよ、聖女殿。しかし、なぜそう感情を荒げるのか、私にはよく分かりませんね。」
「分からない、ですって?」
「ええ。分かりません。多くの土地を旅しましたが、この大地には稀にみるほど強く、大きな魔力が宿っている。貴女も魔法使いなら、この素晴らしい力にこの手で触れてみたいと思いませんか?」
ルーファスは笑う。
その楽しげな顔は、まるで仲間と遊びの相談をする子供のようにあどけない。
「滅び、などと大げさに言うが、魔法が成功し今と何も変わらない可能性だってある。それにもし、たとえ反動で土地が枯れ、天候が狂い、森が死んでも、そんなものは大したことではない。大地は人間よりずっと強いのです。たかだか数年、数十年の時を経れば、また元通り豊かな大地へと戻ってゆくでしょう。そんなことより、たったそれだけの犠牲と引き換えに、大いなる魔力を垣間見ることができるとは---- どれほど素晴らしく魅力的なことか、貴女には分からないのですか。」
まるでここは自分だけの秘密基地で。
大人には内緒で思う存分遊ぶんだと。
そんなことを語る幼子の顔で、口調で、微笑みかけるルーファス。
理解、できない。
リーメイルは戦慄を覚える。
この人物と自分は、分かり合うことは、決してない。
「そこに、住む人々は、どうなるの。」
震えそうになる声を、相手に悟らせないように、低く力を込めて問う。
「さあ。私には分かりませんね。特に関係もないですし。」
興味がないというような顔でさらりと答える。
そんなことより、と。
「私は貴女と、話がしたかった。同じレベルの魔力を持つ貴女と、一度語ってみたかった。」
「何の為に?」
「魔法とは、何なのでしょうね。」
「は?」
突然の質問に面食らう。
そんなリーメイルの様子に構わず、くすくすと笑いながらルーファスは続けた。
「なんなのでしょうか、魔法とは。学び続け、試し続け・・、探求しても探求しても、その世界は広く、深く。光も闇も内包し、その深淵は、まだ誰も見たことがない。私は知りたいのです。魔力の根源、この世界の、理を。・・・この魔法は、そこに近づく一つの道にすぎない。だから、『試作品』なのですよ。できれば」
そこでじっと、リーメイルを見つめる。
その深い海のような瞳。
「貴女にも賛同し、ご助力頂きたかったのですが。そのご様子ですと私の気持ちはご理解いただけなかったようですね。」
「当たり前だわ!今すぐ中止して。」
「それは無理ですね。もうすでに少しずつ魔力はここに集まってきています。もし貴女が無理やり壊そうとすれば、反動がでるかもしれませんよ。」
そんなことはリーメイルにも分かっている。
この魔方陣そのものが、ルーファスの強い魔力で作られているのが分かる。
室内に集められた強力な魔法道具や魔法文字のせいで、不自然で、不安定な魔力がこの部屋の空気を歪めていた。
(あの日感じた淀みは、この魔法のせいだったんだわ。あの時には、もう・・。)
葬儀の日、城で感じた不自然さを思い出し、悔しさに唇を噛む。
「では時間がかかってもいいから、あなたが解除しなさい!城でこんなことをするなんて・・、リアンを何と言って騙したの?私が知ったからには、お城の皆も、神殿も黙ってはいないわ!魔法を解除したら即刻この土地からでていって!」
「リアン様はご承知ですよ。」
当たり前のことを言うように。
さらりと言われた言葉。
「・・え・・?」
リーメイルの動きが止まる。
言い放った言葉への予想だにしない返答に、一瞬、頭の中が真っ白になった。
何を言われたのか分からない。
「リアンが・・え・・、知ってる?この魔法・・を?」
理解が追いつかず呆然とする彼女に、ルーファスは優しく囁いた。
「あの方と私は、お互いの、良き理解者ですから。」
- ファリスロイヤ昔語り〜冥き闇の手を持つ者よ〜 ( No.144 )
- 日時: 2016/06/14 13:17
- 名前: 詩織 (ID: y/HjcuQx)
目を見開いたまま、リーメイルは茫然とルーファスを見つめていた。
相変わらず穏やかな微笑を崩さない彼と、その彼から発せられた言葉が頭の中でうまくかみ合わない。
理解が追い付かなかった。
(リアンが・・知ってる?このことを?)
そんな彼女の様子を見て、ルーファスはゆっくりと語り掛ける。
「あの方は、私の魔法に対する想いを理解している。そして、私もあの方のこの地への想いを理解している。」
「・・・この地への、想い・・?」
「そう。あの方はこの地に対して強い意志をお持ちだ。上を目指す野心、統治者に必要な冷酷さ、計画を実行するだけの資金と権限も。そして私には彼に助力するだけの魔力と知識があった。私たちの利害は一致し、お互いの理想の実現の為に手をとることを約束した。」
「嘘よ!リアンはあなたのいうような人じゃないわ!野心?冷酷?何を言ってるのか分からない。リアンは優しくて思いやりがあって」
「貴女のほうこそ、何も分かっていないのではないですか?あの方の心の内を。」
リーメイルの声を遮り、きっぱりと告げるルーファスに、リーメイルは言葉を失う。
「そもそも貴女方は、なぜこの素晴らしい魔力を宿した土地に在りながら、この力を使おうとしない。女神など、存在しもしない幻想に囚われて、その幻を崇め力を捧げるなど全くもって無意味なことを。」
リーメイルの顔色が変わる。
だが構わず、ルーファスは続けた。
「この地の魔力は女神などというまがいものの所有物ではなく、この大地そのものの力。誰のものでもなく、善でも悪でもない。力そのものに意思など無いのだから。だからこそ我らが自らの手で使いこなせば、この途方もない魔力は我らの意のまま。どれほどのことが成せると思っておいでか?」
存在しない、幻想。幻。・・・まがいものの『女神』。
女神への、明らかなる冒涜だった。
「いい加減にしなさい!!エルス様を侮辱するのは許さないわ。私たちの愛する女神を貶める人間を、リアンやこの地の民だって許すはずない!早くここからでていって!」
「貴女こそ、貴女の価値観に囚われているのではないですか?貴女が女神とやらを愛するのは勝手だ。だがそれをリアン様や他の人間たちに押し付けるのはやめるべきだ。」
「押し付けてなんてっ」
言いかけて、リーメイルは思わず言葉を切った。
---- ルーファスが、笑っていた。
今までとは何かが違う。
酷く冷たい笑みだ。
どれだけ彼女が足掻いても、もう何も揺らぐことはないのだと、そんな余裕が瞳の奥に宿っているような。遥か上から見下ろす視線。
冷酷、と。さっきリアンのことをそう評したルーファスだったが、リーメイルには今のルーファスにこそ、誰の痛みも感じることのない、氷のような無関心を感じていた。
「私は彼らの暮らしをより良くする力を持つ『賢者』ですよ?リアン様も、城の皆も、民も。私を信頼しています・・・多分貴女よりも、ね。」
その言葉に、ふと脳裏にあの日の光景が浮かんだ。
——— リアン様とルーファス様がいて下さって良かった。
——— あの2人がいればこの城も安泰だ。
「・・ねぇ、まさか・・・お城の人たちに『何か』した?」
暗い予感がして、冷たい汗が背中を伝う。
水面下で進められていた計画。
一体、どこまで?
ルーファスの表情が変わった。
その瞬間、リーメイルは悟った。
「っ!!!」
そうだ。そうなのだ。
あの日ルーファスの名を口にする誰もが、安心しきったような表情を浮かべ、その名は何か尊いもののように呼ばれていた。
当たり前のように、誰もが口にするその名前。
尊敬と思慕が含まれる声音。
そういうことだったのか!!
(あの時、もうすでに・・!!)
ギリ、と唇をかんで目の前の魔法使いの男を睨み付け、そして、勢いよく踵を返すと来た方向へと走り出す。
「どこへ行かれるのですか。」
「もうこれ以上、ここにいるのは無駄だわ。あなたと話していても意味はない!」
この魔法使いは分かっているのだ。
自分が彼女よりも完全に優位に立っていることを。
だからこそ、今こんな話を彼女に披露している。
リーメイルがどう動こうと、もはや自分たちの計画に支障はないと思っている。
(甘くみないで、私たちを。)
振り向きもせず、ルーファスの問いに吐き捨てるように答えた後。一度だけ、その金の髪を翻して彼を見据えた。
赤い瞳が、怒りに燃えている。
「私は、絶対に守って見せる。この地も、みんなも、・・・リアンだってね。あなたには渡さないわ。」
低く放つと、二度と振り返らずに、リーメイルはその場から立ち去った。
その姿を、動じることなく、ルーファスは見送っていた。
- ファリスロイヤ昔語り〜冥き闇の手を持つ者よ〜 ( No.145 )
- 日時: 2016/06/18 21:38
- 名前: 詩織 (ID: rjNBQ1VC)
「っはぁっ。」
素早く目をあけて肩で荒い息をする。
見上げる天井はいつもの自室のものだ。
しばらくじっとしながら何とか呼吸を整えると、ベットの上で強張った体を起こし、リーメイルは顔を上げた。
カーテンの外からはまだ日の光は射していない。
ベットから立ち上がり窓から外に目をやると、夜明け前の暗闇が広がっていた。
その先にそびえるファリスロイヤ城をにらむと、くるりと振り返り、手早く着替えと準備を始める。
さきほどまでいた夢の中の世界。
本当にただの夢だったらどれだけいいだろう。けれど、リーメイルには分かっている。あれは夢であって夢ではない。
ルーファスの夢紬ぎの法を自分の魔法で無理やり破り、こちらへと帰ってきた。
普段なら危険がともなうこともありまずやらない技だが、ルーファスと会話が成り立たない以上、リーメイルは一刻も早く目覚めて動き出す必要があると思ったのだ。
(夜が明けたら、すぐに神殿長様のところへいこう。トーヤのところへも。)
素早く準備を終えると、灯りを手にそっと部屋の扉を開ける。
夜明け前の廊下は暗く、冷たくて静かだ。
だがリーメイルには、彼らに報告する前にやることがあった。
(古代魔法・・、レフ・ラーレの魔法陣。人々の心への魔法による干渉。何か方法があるはずよ。)
心の中で呟くと、あの秘密の部屋へと急ぐ。
闇の中に、白い巫女装束が消えていった。
---- けれども。
リーメイルが思っていたよりずっと、事態は深刻だったのだ。
神殿の誰もが気づかぬうちに、あの魔法使いの語る夢は、もう後戻りできぬほどのところまで、深く、静かにこの地を侵食していた。
それは用意周到な計画だった。決して外部には気づかせず、細心の注意が払われ、ゆるやかな坂を下るように、少しずつ少しずつ。そして気づいた時には、動き出している大きな魔力の流れはすでに簡単には止められぬほどの勢いを生み出していることを、彼らは知ることになる -----
「話にならん。」
大きくため息をついて、応接間のソファに腰かけたラウルは組んだ両手に額を乗せた。
目を閉じて眉間にしわを寄せるその表情は、ここまでの交渉がかなり難航していることを示している。
ラウルのため息を聞きながら、隣に座ったリーメイルは姿勢を正したまま、硬い表情を崩さずにテーブルを挟んだ向かいの席を見つめた。
今は空になっているその席の主は、平行線をたどり続けるこの話し合いの途中で、別件の仕事の為に少しの時間席を外している。
このまま続けても答えはでないだろう、少し冷静になるといい。
そんな風に淡々と言い、その席に座っていたこの城の主は部屋の外に消えていった。
リーメイルは膝の上にそろえた両手を強く握る。
さらさらと揺れるオリーブ色のまっすぐな髪。
少し低くなったけれど、あの頃と同じ響きで自分の名を呼ぶ声。
幼かった頃の面影は確かに残っていた。
でも・・。
(リアン・・。あなたいつから・・)
そんな眼を、するようになったの。
今ここにはいない空席の主に、心の中で語り掛ける。
こんな状況であっても、久しぶりの再会が嬉しかったのは本心だ。
思わず笑みが浮かびそうになった。
けれど、目の前に立った彼の顔に、リーメイルの望んでいた笑顔はなかった。
髪と同じ美しい色は変わらないのに、その瞳は酷く冷たくて。
こちらを見ているようでいて、一向に合わない視線。
なんの色も映していない瞳の奥に彼が本当は何を思っているのか、リーメイルには何も感じ取ることはできなかった。
(会えば分かると思っていたのに。)
『リアン様はご承知ですよ。』
ルーファスはそう言っていたけれど、心のどこかでは、まだ信じていた。
否、信じたかったといったほうがいいのかもしれない。
あの彼が、こんなことを許すはずがないと。
(優しくて、可愛くって、ちょっと気が弱くて泣き虫で・・でも、いつも一生懸命だった。)
父親がどんなに厳しくても、たまに寂しそうな笑顔を浮かべながら、それでも父の期待に報いようといつも頑張っていたことを、リーメイルは知っていた。
だからこそ、余計にショックだった。
『書簡に書いた通りだ。何も難しいことはない。』
そうさらりと言ったリアンの言葉には耳を疑った。
リアンはルーファスに騙されて、上手く利用されている。
もしくは、そう、ルーファスの魔力で、自らの思考を操られている。
まずはそれを何とか解かなくては。
事態の根源はルーファスだ。
リーメイルはそう考えて今日この城にやって来た。
なのに、
『ああ、最初に言っておくが僕は別にルーファスからなんの魔法も強制されていない。これが何か分かるだろ?君たちなら。』
話し合いが始まるなり、そう言って彼は右腕の服の袖をめくると2人の前に差し出した。
細身な腕の手首下辺り。昏い青色の染料で特徴的な紋様が描かれている。
魔法知識のある2人にとっては見知ったものだった。
『これは・・契約の魔法印?』
『この紋様は魔法干渉の制御、ですな。』
その答えに、リアンは口の端を上げた。
『正解だ。この意味、分かるだろう。』
そう言って袖を元に戻す。
彼の言わんとするところを理解して、2人は戸惑いの表情を浮かべた。
『この魔法印がある限り、この魔法の主は同意のなく僕を魔法で動かすことはできない。』
リアンの腕に描かれていたのは、魔法により契約を結ぶ際の魔法印だった。
これはお互いの同意の元になされる魔力を介した契約であり、片方の意志だけでは成立しない。
かけた者とかけられた者が、お互いに了承した上で発動する魔法なのだ。
『この魔法印を付けたのは、もちろんルーファスだ。僕と彼は魔法の契約により、互いの合意がなければ魔法で干渉しあうことはできない。』
残念ながら僕は魔法は使えないが、と肩をすくめたあと、リアンはリーメイルに向かって言った。
『リーメイル。ルーファスが君に会ったそうだね。』
『!!聞いたのね?!だったら・・っ!』
勢いよく口を開きかけたリーメイルを手で制して、リアンは鋭い視線を彼女に送る。
『もしかしたら君は、僕がルーファスに騙されて利用されているか、もしくは彼の魔法で操られているかもしれないなどと考えているかもしれないね。』
『っ?!』
思っていたことをずばり指摘され、リーメイルが目を見開く。
そんな彼女の表情を見て、リアンは小さく笑った。
『やはりな。だが、これではっきりしただろう?僕とルーファスはお互いの理想の為に、協力することを約束している。この契約魔法がその証拠だ。これがある限り、ルーファスが僕本人の同意なしに僕に魔法をかけることは在り得ない。つまり、』
------ 僕は僕の意志によって、この計画を推進していくつもりだよ、リーメイル。
- ファリスロイヤ昔語り〜冥き闇の手を持つ者よ〜 ( No.146 )
- 日時: 2016/06/19 16:57
- 名前: 詩織 (ID: rjNBQ1VC)
今まで、この地は古い風習に囚われあまりにも保守的でありすぎたと、リアンは言った。
知恵も魔力も持ち合わせたルーファスに出会い、大いなる大地に宿る魔力を利用できること方法を見つけた今、この地はもっともっと強くなることができるのだと。
魔力を使い、もっと豊かに。もっと強大に。
国の中での地位も、権力も。
手にした力を利用すれば、もっと上に上り詰めることができる。
そう語るリアンの耳には、リーメイルの言葉もラウルの声も意味をなさない。
それがどれほど危険でどれほど不自然で、どれほど民を裏切る行為になるのかと説いても。
最初から、聞き入れるつもりはないのだ。
結局歩み寄ることはできないまま、今日はもう話すことはないと、強引に話し合いは終了した。
長期戦を覚悟し、疲れ切った顔で部屋をでようとする2人に、リアンが声をかけた。
「ああ、すまないが少しだけ、彼女と2人で話がしたい。残ってくれるか、リーメイル。」
ラウルはぴくりと眉を上げ、丁重に断ろうと口を開きかけたが。
「大丈夫です。私も彼と話がしたいと思っていました。・・少しだけ、お時間を頂けますか。」
リーメイルの真剣な表情に、迷った挙句渋々頷く。
心配そうに自分を見つめるラウルに、リーメイルがにこりと笑ってもう一度大丈夫だと告げると、彼は控えの間で待つと言い部屋を後にした。
「さて。」
リアンがリーメイルに向き直る。立ったままの2人の間には距離があったが、なんとなくどちらも動かぬまま話は続けられた。
「ルーファスが夢で君に逢いに行ったことは、僕も今朝聞いたんだ。」
「え?」
「事後報告。まさかこんなに早いタイミングで君に直接計画を明かすなんて思ってなくて、こっちも驚いた。」
「あなたの命令ではないの?」
その言葉にリアンは肩をすくめた。
「彼は僕の協力者であり、むしろ僕は彼の知識の恩恵にあずかる身なんだよ。彼は協力者であって僕の臣下ではない。彼には彼の叶えるべき理想がありそれを邪魔する権限は僕にだってないのさ。彼は自由だ。」
それにしても、とリアンが続ける。
「2人で話すのは本当に・・、久しぶりだね、リーメイル。」
「ええ。でも、本当はもっと楽しい話がしたかったわ、トーヤも一緒に3人でね。」
「トーヤも一緒に、ね。僕と2人では不満かい?」
揶揄うような声音に、リーメイルは首を横に振る。
「そんなこと!ただ私は・・、あの頃みたいに皆で笑って・・」
「あの頃とはもう違うんだ。君もわかってるだろ。」
言い切る言葉があまりにも冷たく響く。
それを聞いたリーメイルは、つい感情が表に出てしまう。
「分からないわ!どうしちゃったのリアン?!あの頃のあなたはこんな危険な計画に耳を貸すような人じゃ・・」
「今は『あの頃』じゃない。もう終わったんだ。それに・・、あの頃の僕と言ったか。僕があの頃何を思っていたかなんて、君に分かるのか?」
突然問われて、リーメイルは言葉を失う。
「友達ぶるのはやめてくれ。そんなものは不快だ。僕が何を思い、何の為に生きてきたかなんて、君には分からない。僕の見ていた世界がどんなものかなんて、分からないよ、一生ね。」
突き放すように言われ、頭が真っ白になり俯く。
けれど、なんと言っていいかわからぬまま、それでも必死に言葉を探した。
彼に、伝えたい。
今、手を離してはダメだ。
「・・分からない・・かもしれない・・けど、でも・・!リアン、私は・・!」
「そんなに心配なら。」
リアンの声が低くなる。
向き合ったまま、ゆっくりと歩く。
2人の距離が近づいた。
「僕の傍で、僕を見張っていればいい。」
リーメイルのすぐ目の前。
影が落ちる。逆光で、表情は分からない。
覗き込むような仕草で彼女を見下ろしたリアンは、静かに、その右手をリーメイルの顎に添えた。
「城へ来るかい、リーメイル?僕の・・・妻として。」
低い声のまま、囁くように告げる。
オリーブ色の瞳には、幼馴染の少女を捉えて。
リーメイルは黙ってリアンを見上げている。
ぶつかる視線。
毅然として見返す赤い瞳は瞬きもせず、じっと彼の瞳を射抜く。
唇を引き結び、一歩も引かず、リーメイルはリアンを見返した。
--- どれほどそうしていただろう。
先に視線をそらしたのは、リアンのほうだった。
「相変わらず強い瞳をしているよ、君は。」
苦笑にも似たため息とともに、あっけなく彼女から体を離すと、部屋の扉へと向かう。
・・・僕の一番嫌いなものと同じ瞳なのにね。
小さな呟きは空気に溶け、彼女の耳には届かなかった。
「どれだけ話しても、僕はこの計画を変える気はない。すでに城の者たちもルーファスに従っているし、ほどなく民衆もそうなるだろう。」
「それは彼らの本当の意志ではないわ!あなた、本当にそんなこと望んでいるの?」
リーメイルの問いに、リアンは答えない。
扉を開けながら振り返り、淡々と告げた。
「神殿の役目は終わりだ、リーメイル。この地の主は僕だ。命令には従ってもらう。・・どんな手を使ってもだ。」
言い終わると同時にリアンの姿は廊下の向こうに消え、ガチャリと扉が閉まる音が聞こえた。
リアンの足音が遠ざかるのを聞きながら、リーメイルは壁に寄りかかると、力が抜けてそのまま床にへたりこんだ。
壁に体重を預けたままそっと目を閉じる。
(・・・エルス様・・。私は・・どうしたらいいのでしょうか。)
やることは山積みであるはずなのに何も頭が働かない。リーメイルは目を閉じたまま深く深く息を吐いた。