コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- ファリスロイヤ昔語り 〜 魔女と呼ばれた聖女 〜 ( No.149 )
- 日時: 2016/07/02 21:54
- 名前: 詩織 (ID: ZHKrBVHH)
ファリスロイヤ昔語り 〜 魔女と呼ばれた聖女 〜
そこからは、あっという間の出来事だった。
それまで水面下で進められていたファリスロイヤ側の計画は、機は熟したとばかり一気に表面化してゆく。
まずは小さなものから次々に、神殿の権限は削り取られ、行動範囲を狭められていった。
もちろんラウルはそのたびに抗議に赴くのだが、リアンが命令を覆すことはない。
戸惑う神殿の人々をよそに、リアンとルーファスはかねてから綿密に張り巡らされた計画を着々と実行に移していく。そんな限られた自由の中でも、神殿の巫女や騎士たちは街にでて、貧しい民たちの生活を支える役目を必死に続けていたのだった。
相変わらず城の中でのルーファスとリアンの権威は絶対であり、
しかしリーメイルたち神殿側にとって一番困惑したのは、それが恐怖政治というわけではなく、城の者たちが心底2人を尊敬し、ルーファスに至ってはその魔力と知識からもはや崇拝に近い念を抱く者たちすら少なくなかったことだった。
そこには確かにルーファスの魔法が関わっていたのだけれど、ルーファスという存在には皮肉にも、もともと十分に人々を惹きつける不思議な魅力がある。リアンと合わせて、一概に魔法のせいだけとは言い切れない求心力となり、それが魔法と相まって、さらに複雑に人々の心を捉えていた。その上、人々自身に魔力に依って魅せられている自覚はない為、皆自分の意志で彼らに信頼を寄せているのだと思い込んでいるのだ。
「その魔法の恐ろしさは、解き方を一歩間違えればそいつの心が壊れてしまうかもしれないってところだ。だからその部分に関しては、悔しいが俺たちには手出し出来なかった。」
トーヤの声にラヴィンたちは後ろを振り返る。
壁に寄りかかって腕を組んだ姿勢は変わらないまま、彼の栗色の双眸は、前方に浮かぶその過去の城を鋭く睨み付けていた。
「心が壊れる?」
自分を見るラヴィンの問いに、トーヤは苦々しい顔のまま答えた。
「本人の知らぬ間に仕掛けられ、まるで乾いた土に染み込む水のようにじわじわと内部へと浸透していく魔法。『魅了と記憶操作』。それを無理やり解除しようとすれば、本人の記憶や精神にダメージを与えかねない。混乱して、自分で自分が分からなくなったりな。
例えるなら、気づかないうちに植えられた『種』がゆっくりと成長し、根を張り葉を伸ばしてくんだ。気づいた時にはもう育ちすぎていて、表の葉を引っ張っても、根が食い込んで抜けないのさ。それを強引に引っこ抜こうとすれば・・・分かるだろ?根と一緒に土台まで崩れてしまう。そういうことだ。」
「・・・厄介な魔法だね。」
シルファが眉間をよせて呟く。
その声は固い。魔法使いとしてのシルファがこの魔法の使い方に対して嫌悪感を抱いているのがラヴィンにはよく分かった。
「君たちの時代はそんな魔法が一般的だったの?」
尋ねるシルファに、トーヤは大きくかぶりを振った。
「そんなわけない!あんなの俺は聞いたこともなかった。リーメイルが過去の資料から突き止めたんだ。あの男が使うのは、禁忌魔法や古い時代に廃れた魔法・・およそ俺たちが見たことないような危険なものばかりだった。言い訳になるが・・だから対応が後手に回ってしまった面もある。ふがいないけどな。」
口惜しいのだろう、トーヤの眉間に刻まれたしわがきつくなる。
ラヴィンは口を開きかけ、けれど、今は何もかけられる言葉が見つからなくて、仕方なく黙って口を閉じた。
「あいつらはまず城の奴らの心を完全に掌握し、その上で街の人間たちにも手を伸ばしていたんだ。」
「街の人たちも魔法でルーファスを支持するようになるってこと?」
マリーの言葉にトーヤは頷く。
「俺たち神殿の者は民たちの中でも主に貧しい地区や立場の弱い者たちへの支援を担ってたんだ。施設で暮らす子供たち、老人、病人・・。だからリアンとルーファスはその逆から取り込もうとした。」
「逆?」
「そう、逆だ。比較的城に近い立場の者、富裕層、知識人とかな。そうやって神殿の人間の居場所を次々と奪っていったのさ。]
「街の皆にばらしちゃうことはしなかったの?お城には証拠の魔法陣だってあるんでしょ?こんなに怖い事しようとしてますよって。皆あんなにエルス様を慕っていたのに。」
ラヴィンに聞かれ、トーヤは肩をすくめた。
「女神への信仰が強く根付いてる土地だってのは奴らも計算済みさ。ルーファスは頭が良かった。少しづつ、確実に自分に惹きつける為に、民衆の前では女神エルス自体は否定しなかったんだ。あくまでもリアンとルーファスが神殿の責務を引き継ぎ継承するという形をとることで、神殿をなくすことへの民たちの抵抗を削いでいった。その上で、具体的な政策を挙げたり、それがいかに得策かを論じて、民衆を味方につけていった。」
言いながら、その顔が苦々しく歪む。
「あの、魔法陣は?」
「俺たちは城へは入れない。入れたのは親父とリーメイルだけだったが、厳しい監視付きで、自由には動けなかったんだ。そうなれば、唯一の情報源はリーメイルの夢だけだ。リアンもルーファスも、最初の会見以来、そのことは一切口にしない。そもそも城の連中はもうルーファスに心酔してるやつらばっかりだからな。証拠が出せなければ単なる言いがかりになっちまう。」
「つまり・・、民衆には魔法や話術を使って自分たちを支持させ、その実彼らがやろうとしていたのは危険極まりない魔法実験と、それには邪魔な存在である神殿を排除しよう、と。そういうことだな?」
ジェンが言った。
「そうだ。リーメイルの話を聞く限り、ルーファスにとっては俺たちは単純にジャマだったんだろうな。---- リアンは・・・。」
「?」
「奴の本心は・・。結局、分からずじまいだったが。」
その名を口にする時のトーヤの表情と声音。
怒り、だけでもなく。
口惜しさ、だけでもなく。
彼の心の奥にあるであろう、他人には分からない複雑な思いが滲んでいるように、ラヴィンには思えた。
言葉を切り、一瞬邂逅の淵に沈んだトーヤだったが、すぐに顔を上げて話を再開する。
「その象徴が、リーメイルとリアンの結婚。つまり城と神殿の一体化だったんだ。」
「でも・・それは・・。」
淡々とその言葉を紡ぐトーヤに、思わずラヴィンは口を開く。
今ここで言っても全く意味がないと分かっているのに、思わず口から声が漏れた。
だって、ちょっと見ただけだって分かってしまった。
リーメイルは、トーヤのことをとても大切に想っていたんだ。絶対に。
トーヤだって・・。
「リーメイル・・さんは・・」
言いかけるラヴィンに、トーヤはふ、と小さく苦笑する。
それはまるで言葉を制されたように感じられて、ラヴィンはその先を続けることが出来なかった。
ラヴィンの言おうとしたことを、きっとトーヤは分かっている。
それは諦めが混じったような、泣きたいのに泣けない時のような、そんな複雑で切なげな顔だったから。
それを見て、ラヴィンはまた、何も言えなくなってしまった。
「あっという間に、全ては変わっていったよ。-------- 均衡ってやつはさ、保つのは難しくても、崩れるのは一瞬のことなんだ。」
----------------- -------- ------ --- --- -- - - -
- ファリスロイヤ昔語り 〜 魔女と呼ばれた聖女 〜② ( No.150 )
- 日時: 2016/07/02 22:17
- 名前: 詩織 (ID: ZHKrBVHH)
------------------------- ----- --- - - - - -
「ルーファスの野郎、陰険な魔法使いやがって!」
吐き捨てるように言うトーヤをいつもなら咎めるラウルだったが、今は何も言わず厳しい顔つきで窓から外を眺めている。
あの書簡から4か月。
たったそれだけで、この地の在り様は一変していた。
平和な時なら日中のこの時間は外で騎士たちの訓練が行われているはずで、この部屋にも、かけ声や剣戟の音が響いてくるのが日常であった。
けれど、今はそれすらも聞こえない。
静かだった。
日々緊迫していく空気の中、城の者たちはそれぞれの役割の為に振り分けられた持ち場についている。
「失礼します。ラウル様、いらっしゃいますか。」
扉の向こうから聞きなれた声がして、ラウルは振り返ってここにいると告げた。
「ただいま戻りました。」
軽く一礼をして、ジルが室内へと入って来る。
「例の場所の準備が整いました。一度確認をお願いできますか。」
「例の場所って、前に言ってた信者たちを匿う場所のことか?」
ジルの言葉にラウルが答えるより早く、トーヤが口を開いた。
今、領地内における神殿の立場はかなり厳しいものとなっている。
城を中心に、ルーファスを讃える者たちが後を絶たない。
そうさせる出来事が、この4か月でもう何度も起きていたからだ。
起こされていた、と言った方が正しいかもしれない。
民衆の心を神殿から引き離す為に、リアンとルーファスは計画を実行する手を緩めることはなかった。
その渦中、民衆の中でも、城を支持する者たちと神殿を慕う者たちの間に少しずつ溝ができている事に、リーメイルを始めラウルや神殿の面々は危機感を抱いていた。
トーヤの質問に頷いて返しながら、ジルは渋面を浮かべる。
「どうした?」
ラウルが問うと、ジルは悔しそうに視線を下げたまま言った。
「・・・帰り道、城下の様子を見てまいりました。やはり、状況は芳しくありませんな。」
「そうか。」
ラウルがため息をつく。
「私は若い頃、修行の為に他国を訪れたことがあります。そこで見た光景を、思い出してしまいました。」
言葉を切ったジルに、ラウルが視線で先を促す。
ジルは言いにくそうに、その重い口を開いた。
「その国には古くから人々に信仰されていた神がいました。ところが、丁度私が滞在していた頃、新しい宗派が起こり、人々は新と旧、それぞれの宗派に分かれて争うようになりました。」
「・・・それで?」
「ええ。新しい宗派が広まる中、古い宗派は追いやられ、異端宗教として・・・迫害が始まりました。歴史の中では、よくあることなのでしょうが。」
「・・・・・」
「私は旅の途中でしたから、その後どうなったかは存じませんが・・。迫害された側の、特に弱き者や貧しい者たちはかなりの苦境を強いられたようでした。ふと、そんなことを思い出してしまって。」
沈黙が落ちる。
その沈黙を破って、トーヤは荒々しく叫んだ。
「そんなこと!させるわけないだろ!大体、なんだよ異端って。神殿派だとか城派だとか言ったってなぁ、結局おなじ女神エルスを信仰する仲間だろ?少なくとも、一般人たちは。ついこないだまであんなに平和にやってきたじゃないか、ずっと、ずっと!!」
堪らないというように、吐き出すと、ラウルに向かって言った。
「ルーファスの魔法を解く方法はまだ見つからないのか?!もう我慢できねえよ!あいつを捕まえて力づくでも追い出そうぜ。魅了だとか記憶操作だとか、結局は洗脳だろ?レフ・ラーレの魔法陣だって、このままじゃ・・・!!」
「落ち着け、トーヤ。」
低い声で、ラウルが制する。
「気持ちは分かる。だが、なんとか方法を探すんだ。あの者は確かに常軌を逸しているが、その魔力は本物だ。こちらも然るべき対策を立てねば。それに無策な強行にでれば、必ずや民にその余波が行く。」
「だけどっ・・」
「今、リーメイルが城に行っているはずだ。」
「!」
「あの子と私で、なんとかリアン様に思いとどまっていただくよう説得を続ける。お前はいざという時の為に、民たちをどう護るかを考えろ。いいな。」
悔しそうに唇を噛み、けれども反論はしない。
神殿長である父親が、どれだけ悩み抜いた上での言葉なのかを、分からないほど子供ではなかった。
今、この事態を最も憂い、そしてこの神殿の責任全てを背負っているのは、まぎれもなく父ラウルであるのだから。
黙ったままのトーヤに、ジルが言った。
「では、トーヤ様にも避難所の件、ご報告致します。ご意見があれば、なんなりと。」
ジルは真剣な顔でトーヤを見ると、傍にあった机の上に手に持っていた資料を広げた。
それは、この辺り一帯の地図だった。
「かねてから進めていた、いざという時に信者たちを匿う為の避難場所計画です。この地よりルル湖を挟んで対岸の、さらに山あいの地中に坑道を利用した隠れ家を準備していたのですが、それがほぼ完成しました。あとは、万が一奴らに感づかれた時の為に、周りに魔法で罠を幾つか仕掛ける予定です。」
- ファリスロイヤ昔語り 〜 魔女と呼ばれた聖女 〜③ ( No.151 )
- 日時: 2016/07/16 21:13
- 名前: 詩織 (ID: cFR5yYoD)
「まだ決心はつかないかい、リーメイル?」
執務机で書き物をしながら、軽い口調でリアンが言う。
来客用のソファにかけたまま、リーメイルは答えた。
「ええ。もちろんよ。あなたに考えを変えてもらうまで、私は諦めないわ。」
今は2人しか居ない自分用の執務室で、書類から目を離さないままリアンは小さく苦笑する。
「君の強さは知ってるよ。だが同じくらい、君の賢さも理解しているつもりだ。・・・このままこうしていても無駄なことくらい、分かってるだろ?」
「お褒めにあずかり光栄だわ。でもね、私、あなたが思う以上に諦めが悪いのよ。それも覚えておいて。」
煽るようなリアンの言葉には乗らず、淡々とした口調でリーメイルは返す。
この数か月、必死に説得をしてきたが、彼の意志が変わることはない。
焦って感情的になればなるほど、彼との溝は大きくなっていくような気がした。
この計画の恐ろしさや無謀さをいくら説いても、もしくはいくら非難しても、リアンは頑なに心を閉ざすばかりで、リーメイルたちの声は届かない。歯がゆいが、リーメイルはやり方を変えることにした。
逸る気持ちを抑え、努めて冷静に振る舞い、少しでも彼の本心へ近づこうと自分を律して、彼との交渉役を引き受けているのだ。
リアンに何があったのかは分からない。
けれど、こうして関係を持っていくうちに、いつか自分に心を開いてくれたら。
自分を信頼し、頼ってくれたなら。
もっと近づけたなら・・・・・ルーファスよりも、もっと近くに。
その様子にリアンは少しばかり目を大きくして彼女をみたが、それはほんの一時で、すぐに視線を書類へと戻した。
「冷静だね。理知的な女性は嫌いじゃない。」
「そう。私もあなたのことは好きよ。大切な友人として。だから」
立ち上がって机の前まで歩く。
目の前に立ち、彼を覗き込むようにして言った。
「計画を中止して。ルーファスを止めて。今なら、まだ間に合うわ。」
お願い、と訴える真剣な目を見上げ、けれどリアンはすぐに視線を下げた。
「今日はこれから会議がある。長くなるだろうから一度帰るか・・、なんならこのまま泊まっていっても僕は一向に構わないが?」
からかうように言いながら席を立つ。
「残念だけど帰らせていただくわ。今、神殿はとても忙しいの。誰かさんのおかげでね。」
リーメイルの返事に肩をすくめ、リアンはそのまま部屋から出て行った。
リーメイルは大きくため息をつき、ソファに腰かける。
やり方を変えてはみたが、果たしてこれでいいのか、自信はなかった。
もう、時間がないのだ。
事態が悪化し先行きが見えなくなるほどに、焦りや不安や怒りが混ざり合ってどうしようもない気持ちになる。
(トーヤたちは大丈夫かしら。ジル様が今日は避難場所の確認に行かれているはず。うまくいっているといいのだけど。)
目を閉じると、神殿の人々や街の人々の顔と共に、最近頻繁に起こる、神殿を貶めるような事件の数々が思い浮かび、リーメイルの表情は暗く沈んだ。
------- はじまりは、小さな噂から。
神殿の騎士が、街の住人に乱暴を働いたという噂が出始めた。
他にも、とにかく小さな被害が頻繁に報告されるようになっていった。
たかが噂。
けれど、リーメイルは嫌な予感がしていた。
レフ・ラーレの魔法陣によってファリスロイヤ城へと集められている魔力。
その影響が、少しずつ現れ始めていたのだ。
空気の中に時折感じる、ピリピリとした妙な気配。
ふとした拍子に感じる平衡感覚のわずかな狂い。
魔法が使える者たちは、その街全体を覆う違和感に不安を隠しきれずにいる。
魔法とは関わりなく暮らす一般の民たちでさえ、なぜかは分からないなりに、妙にそわそわしたり、イライラしたりと感情に波がたちやすくなっていた。
そんな雰囲気の中で、噂は次第にひどくなって広まっていく。
あからさまな嫌がらせだとトーヤは憤っていたが、リーメイルはこれで終わるとは思っていなかった。あのリアンとルーファスが、こんな単純な嫌がらせ程度で事を運べるとは思っていまい。
予想通り、次の手が打たれたのはその翌月。
魔法使いたち数人が、街中を歩き回るようになったのだ。
ルーファスの助手を名乗る、皆見たこともない容貌の、異国の魔法使いたち。
その不思議な雰囲気に加え、ルーファスと同様、彼らも賢かった。
そして、人目を惹く魔法も使った。
街の中では次第に民たちの人気を集め、彼らが街頭に立ちルーファスやリアンの手腕について論じれば、人々は周りを取り囲み、彼らの話に聞き入った。
環境的にも精神的にも不安定になりつつある暮らしの中で、人々の不安感が募れば募るほど、城の魔法使いたちへの人気は増してゆく。
そして、彼らが人々の心を掌握すればするほど、リアンの政策に反論し、抵抗する神殿への疑念は、人々の間に少しずつ波紋を広げていった。
(なんとかしなくちゃ。同じこの地に暮らす皆が、争ってはダメ。)
リアンにはああ言ったけれど、リーメイルの心は揺れ始めていた。
これ以上神殿への不信感が募れば、もう今までのようにはいかないだろう。
このままでは人々が何を信じて良いのか迷い、不安の中でバラバラになってしまう。
大地にも、魔法陣の影響が色濃い。
レフ・ラーレの魔法陣は、今、どんな状況なんだろうか。
暴発の危険は?
いっそのこと、リアンに従い自分が城に入れば。
そうすれば、直接魔法陣に対峙できる。
もう引き返せないほど魔力が集められているとしたら、少しでも被害が少なくて済むよう自分が魔力のコントロールに力を注げば・・。
その対価として、神殿がこれまで通り活動を続けられるよう、リアンに交渉してみようか。神殿で女神に心身を捧げる巫女や騎士たちのことも守れるように。
『聖女』と呼ばれ神殿の象徴となっていた自分が城に入ることで、神殿を守ることができるとしたら。
(神殿と全面的に争うことなく、私の力と民からの支持を手に入れることは、リアンとルーファスにとってもメリットが大きいはず。そうしておいて、ゆっくりと時間をかけて、ルーファスの魔法を解除していけば・・。)
迷いの中、必死に可能性を模索する。
(私は諦めないわ。例え、どんな方法を選んだとしても。皆を、守るの。)
ひとつ大きく深呼吸して、リーメイルは立ち上がると、足早にリアンの部屋を後にした。
けれど彼女の願いもむなしく、再び事件は起きた。
その日、今年も雨乞いの儀式を行う為、リーメイルは前回同様祭壇に立って空を見上げていた。
(・・・空気の流れがおかしい。やはり、魔法陣の影響が強くなってきているんだわ・・)
天候、土の具合、森の生き物たち・・・
最近では魔法の気配だけでなく、この土地を取り巻く様々なものからの歪みのような現象が顕著になっている。
今年の天候不順の原因は分かり切っている。
意を決し、楽の音に魔法の言葉をのせ、高く響かせた。
空に向かい、凛と澄んだ瞳で歌い上げる聖女を、集まった民衆は期待を込めて見つめていた。
からからに晴れていた空が、次第に灰色の雲に覆われてゆく。
人々は、前回の奇跡のような場面を待ち望み、期待を込めて空を見つめた。
けれど、訪れたのは。
「っ!!」
曲の途中で、突然歌が止んだ。
皆が祭壇に目をやれば、そこには苦し気にしゃがみこんだリーメイルの姿。
「リーメイル?!」
後ろで控えていたトーヤがすぐに駆け寄る。
「おい!大丈夫か?!どうした?」
「・・・・れて・・・」
「は?なんだって?」
リーメイルはトーヤの服を掴むと、絞り出すような声で必死に告げた。
「・・皆、ここから離れてっ!!」
その声の直後。
真っ黒く空を覆った雲から鋭い稲光が射し、そのまま恐ろしいほどの轟音が鳴り響いた。
あちこちから悲鳴が泣き声溢れる。
「雷が落ちたぞ!!!」
「雨は降ってないぞ?!儀式はどうなったんだ!」
場は騒然となり、逃げようとする人々はパニック状態に陥りつつある。
怒号が飛び交う中、容赦なく次の稲光が走った。
「トーヤ!!騎士たちで街の皆を誘導して!ここから逃がすのよ!」
トーヤに支えられて立ち上がると、リーメイルは空を見上げた。
「魔力のコントロールが効かないの!思ったよりずっと、磁場が歪んでるんだわっ!とにかく急いで、この場から離れなくちゃ!」
リーメイルの必死な叫びに、トーヤは頷く。
近くにいた巫女たちに彼女のことを頼むと、騎士たちを集めて民たちのもとへと駆けていった。
そのまま倒れそうになったリーメイルは、巫女たちに支えられなんとか避難する。
----- 結局、儀式は失敗に終わった。
死傷者こそ出なかったものの、その恐怖は人々の不安を煽ることとなり、結果的に神殿への更なる攻撃の口実を与えてしまったのである。
- ファリスロイヤ昔語り 〜 魔女と呼ばれた聖女 〜④ ( No.152 )
- 日時: 2016/07/16 21:19
- 名前: 詩織 (ID: cFR5yYoD)
---------- --------- --------- ----- --- - - - - -
「そろそろ・・、潮時でしょう。」
静かに、ルーファスが言った。
「・・・そうかもな。」
リアンは、それだけ答える。
暫くの静寂。
「まだ、未練がおありで?・・・彼女に。」
ルーファスの淡々とした問いに、リアンはふ、と口の端を上げた。
「そんなわけないだろ。あの魔力が魅力的だと言ったのはお前だ、ルーファス。」
ルーファスが微笑む。
「そうでしたね。彼女自らの意志でこちらに加わってくれるなら手間が省けると思って少々遊んでしまいました。けれど、それはあなたも同じでしょう?ご自身の奥方の座を与えてまで呼び寄せようとしたのはあなただ。」
くすくすと笑いを漏らすルーファスに、リアンは表情を変えずに返す。
「分かってる。俺の酔狂だ。気にするな。」
「では。」
ルーファスは、声音を戻した。
「かねてからの計画通りに。よろしいですね?」
「ああ。」
「では、そのように。」
ルーファスは深く一礼をする。
「魔力を引き出させるだけならいくらでも方法はある。・・いい頃合いではないですか。魔法陣は素晴らしく順調。これからしばらくの間、魔力の揺れは激しくなるでしょう。苦しみや・・不安や恐怖が募れば、おのずとはけ口を求めるのが人間というもの。恐怖で歪んだ人間の心ほど、御しやすいものはございません。」
ルーファスの言葉を、リアンは黙って聞いている。
ルーファスも、そのことに返事を求めたりはしなかった。
そのままもう一度会釈をすると、そのまま静かに、部屋から退出していった。
窓辺に佇んで、リアンは呟く。
「僕は選択肢を与えた。・・・選んだのは君だよ、リーメイル。」
- ファリスロイヤ昔語り 〜 魔女と呼ばれた聖女 〜⑤ ( No.153 )
- 日時: 2016/08/14 13:42
- 名前: 詩織 (ID: njcqYR8N)
「これでよし、と。」
ジルはその絵を見上げ満足そうに頷く。
「これで中の整備もほぼ終わりですね。急ごしらえの割には、なんとか安全性を確保できて良かったです。」
「そうだな。」
ジルの言葉に、ラウルも頷きながら飾られた絵を眺める。
「皆、よくやってくれた。」
リアン、ルーファスを支持する街の人々と、神殿を慕う人々の間の溝は、日を追うごとに深くなっていく。
それだけではない。天候不順から農作物や薬草が育たず、不安定な魔力の影響もあり、人々の心は荒んでいた。募る不安やストレスには、はけ口が必要になる。
神殿が関わる人々は、主に貧しく、弱い立場の人たちだ。
荒む人々の攻撃の矛先は、必然的にそこへ向かっていった。
近頃では神殿が援助する養護施設の子供が、城派の家の子供たちに囲まれ暴力を受ける事件も何件か発生していて。ラウルたちは話し合いの末、少しずつ、身を護る術を持たない者たちを隠れ家に誘導し匿うことに決めた。
地下坑道の薄暗い通路に、魔法で灯りをともす。
その壁部分には、それまで神殿に飾られていた女神エルスの絵画を運び込んで飾った。
「この絵を神殿から動かすことになるとは・・。」
ジルが悔しそうに言う。
もしもこのまま話し合いが平行線をたどり、両者の決裂が決定的となった場合。万が一神殿が戦いの場になった時のことを考えて、ラウルたちは事が収まるまでの間、それらをここに置くことを決めたのだ。
代々受け継がれてきたこの美しい女神の肖像を守る為、そして、ここに避難してくる不安を抱えた人々の心の支えとして。
「なに、ほんのしばらくの間さ。すぐにまた平和な暮らしが戻り、民たちも平常心を取り戻す。この地は、女神エルスの守り地だ。」
「そうですね。あとは・・、奥の祈りの間に、女神像を置きましょう。女神への祈りの時間は信者たちにとっての何よりの心の支えですからね。」
目の前の父と仲間のやり取りを聞きながら、トーヤは、幾枚も並べて飾られたその絵を眺める。
生まれた時から毎日見てきた、女神エルスとそれを慕う人々が描かれた絵。
ジルの言うように、まさかこんな場所で見ることになるとは思いもしなかった。
絵の中、幸せそうに微笑む金色の女神を見つめ、トーヤは大切な少女のことを考える。
(女神エルス。どうか、リーメイルを・・神殿の皆を守れるように、俺に力をお与えください。)
握る両手に、思わず力がこもった。
「大変ですっっ!!!」
突然、坑道の中に悲鳴じみた男の声が響き渡った。
「ラウル様っ!!ジル様っ!トーヤ様もっ!大変なことが!!」
「何があったっ?!」
駆けこんできた若い騎士の1人にジルが鋭く問う。
息を切らせた騎士の青年は、青ざめた顔で3人を見回すと、震える声で告げた。
「ファリスロイヤ城から、新たな声明が出されました!リアン様が・・・、神殿が・・城には内密に禁を犯した魔法を使っていると・・。城から独立する為に、魔力をコントロールしこの地の所有権を握ろうとしているのだと仰せられました!最近の異常な天候や街中の不穏な空気も、原因に我らの名を挙げられて・・」
「何をバカな!!それは彼らの方ではないか!」
「待てジル、それより続きを。」
いきり立つジルをラウルが素早く制し、騎士に先を促した。
「人々の心を惑わし均衡を不安定にさせ、なおかつその悪しき魔法の中心であった人物は、女神エルスの名のもとに『聖女』を騙った巫女リーメイル・・」
一瞬言葉を失った3人に、騎士の青年はそのまま一気に告げた。
「城から兵が出されました!リアン様がっ、巫女でありながらこの地を脅かす、ま、『魔女』リーメイルを・・捕らえよと仰せに・・・!!」
「リーメイルはどこだっ?!」
トーヤが騎士に掴みかかるようにして叫ぶ。
「数刻前、施設の子供たちのところへ行くと神殿を出られていて・・!」
「ちっ!!」
大きく舌打ちすると、すぐさま走り出す。
「トーヤ!移動の魔法陣を使え!」
ラウルが叫ぶ。
通常の出入り口とは別に、緊急時用にこの隠れ家と神殿を結ぶ魔法がかけられている魔法陣。
「トーヤ様っ。連絡があってすぐに、神殿に待機していた騎士たち数名が街に救出に向かいました!何かあればすぐこちらにも連絡が!」
「わかった!」
振り向きもせずに返す。
湧き上がる怒りに、目の前が真っ白になる。全身の毛が逆立つのを感じた。
そして、リーメイル。
(どうか、無事でいてくれ!)
祈るような気持ちで、トーヤは移動の為の魔法陣に飛び込んだ。
- ファリスロイヤ昔語り 〜 魔女と呼ばれた聖女 〜⑥ ( No.154 )
- 日時: 2016/07/31 21:19
- 名前: 詩織 (ID: dPcov1U5)
「状況はっ?!」
神殿に到着するなり駆けだしたトーヤは、待機していた騎士を捕まえて問う。
「は、はいっ!先ほどリーメイル様を探しにヤルクたちが数名で街へ・・」
「トーヤ様っ!!」
騎士の男が状況を説明しようとしたその時、入り口の方から数名の騎士たちが駆け寄ってきた。
「ヤルク!リーメイルは?!」
「それが・・」
先頭を駆けてきたヤルクと呼ばれた若い青年騎士が、はぁはぁと荒い息をつきながら頭を下げた。
「申し訳ありません!俺たちがリーメイル様を見つけた時には、既に城の兵たちに囲まれているところで・・。戦ってでも連れ帰ろうと一度は剣を抜いたのですが・・。」
ヤルクは悔しそうに拳を握りしめる。
「リーメイル様が・・・剣を引けと。回りにいる民たちや、私たちのことを考えてのことだと思います。」
『剣を引いて。争ってはダメ。』
毅然としてそう言ったリーメイルは、そこでふと表情を和らげた。
安心して、と言うように。
『城へ行き、リアンと話をしてくるわ。私は大丈夫だと、神殿長様やトーヤたちに伝えて。・・迎えに来てくれて、ありがとう。』
ふわりと笑って、そのまま兵と共にファリスロイヤ城へと連れられて行ったという。
「くそっ!」
トーヤは握った拳を壁に叩きつけると、そのまま踵を返して駆けだした。
「トーヤ様っ?!どこへ・・っ」
「城へ行く!!」
足を止めることなく叫ぶトーヤに、騎士たちは顔を見合わせる。
皆同時に深く頷くと、トーヤの後を追って駆けだした。
--------------- ------ --- -- − - −
「やあ、トーヤ。久しぶりだな。」
ファリスロイヤ城正門前。
トーヤは現れた幼馴染を怒りに満ちた瞳で睨み付ける。
城に抗議に向かった一向は、正門の前で兵たちに行く手を阻まれ、口論の末強行突破しかないと剣に手をかけた時。
門の向こう、たくさんの兵と従者に囲まれたリアンが姿を現した。
「リアン、お前!!リーメイルをどうした?!いい加減に目ぇ覚ませ!」
「相変わらず一方的だな。まあいい。リーメイルは今、城内で査問会にかけられている。口出しは認めない。」
「あいつを捕らえて、一体どうするつもりだ?まさかお前・・・」
口を慎め!とリアンの横にいた兵が怒鳴る。
リアンは表情を変えずトーヤを一瞥した。
その瞳が、今まで見たこともないほど冷たい光を宿しているのを、トーヤはひしひしと感じた。
「彼女は強い。聡明で美しくて・・けれど、もう遅いんだ。神殿なんて捨てて、最初から僕の元にいたらよかったのにな。」
その言葉にこもっている感情が何なのか、トーヤには分からない。
リアンはトーヤたちに背を向けると、そのまま城へと向かって歩き出した。
「おい!待てリアン!」
追いかけようとするトーヤを、兵たちが阻んだ。
「あいつに罪を着せて、神殿つぶして!それでどうするつもりだ?!お前らが手をだした魔法陣は、俺たちがいなくなったって変わらない!この地を破滅させるかもしれないんだぞ!そうまでしてお前が手に入れたいものはなんなんだ?!」」
リアンは答えない。
城へと歩き出しながら、一度だけ振り返った。
「ああ、そういえば彼女からの伝言だ。『私は大丈夫』だと。・・彼女らしいな。」
それだけ言うと、トーヤがいくら呼んでも、もう歩みを止めることはなかった。
「待てリアンっ!!」
思い切り伸ばした手は、叫んだ呼び声は、幾重にも立ちふさがった兵たちに阻まれ彼のもとへは届かない。
けれど、帰るわけにはいかないのだ。
大切なものを、取り戻さなければ。
「・・あいつは、返してもらうぞ。」
トーヤは、荒々しく剣を抜く。
後ろの騎士たちもそれに倣う。
兵たちの顔に緊張が走った。
張り詰める、緊迫した空気。
兵たちの後ろには、目深にフードを被った魔法使いたちが控えている。
ルーファスの助手たちだ。
それを見ても、トーヤは剣を構える姿勢を崩さなかった。
(リーメイルを取り戻す。)
彼の頭の中にあるのは、今、その想いだけだった。
けれど。
「お待ちください!!トーヤ様っ!!」
後ろから飛び込んできたジルに突然後ろから押さえられた。
「ジル?!どうして・・っ。」
驚きと非難の目を向けるトーヤに、ジルは声を潜めて告げる。
「落ち着いてください!こんな人数で城に攻め込んで、勝てるおつもりか?!」
「けど、あいつが・・っ」
「多勢に無勢すぎます!お気持ちは分かりますが一旦引いてください。戻って対策を練るのです。・・ラウル様からも、そのようにと・・。」
「っ」
2人の視線が交錯する。
にらみ合いは、けれどほんの数秒のことで、トーヤは苦し気に息を吐きだすと剣を鞘に納めた。
自分の激情だけで、ここにいる若い騎士たちを危険にさらすわけにはいかない。
「・・・皆、神殿へ戻るぞ。」
吐き捨てるようにそれだけ言うと、兵たちに背を向けた。
気遣うような視線を送りつつ、騎士たちがトーヤの後を追う。
ジルは険しい顔のままファリスロイヤ城を睨み、無言で踵を返した。
(リーメイル・・!待ってろ、必ず助けるからな。)
トーヤは唇を強く噛みしめる。
『私は大丈夫よ、トーヤ。』
健気に微笑む彼女の声が聞こえた気がした。
- ファリスロイヤ昔語り 〜 魔女と呼ばれた聖女 〜⑦ ( No.155 )
- 日時: 2016/08/10 09:05
- 名前: 詩織 (ID: JJibcEj3)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode
----- 名前を呼ばれた気がして、トーヤは目を瞬かせる。
「どこだここ・・?」
気づいたら、そこに立っていた。
なだらかな緑の丘。
その先に広がる湖面は、太陽の光をキラキラと反射させて眩しい。辺り一面に咲き誇るのは、目に鮮やかな紅色の花々。
優しい風の吹く、とても心地の良い場所。
(ここは・・)
それは、よく知っている光景だった。
ルル湖のそば。
昔から2人でよく遊んだ場所。
リーメイルの大好きな、あの、花の咲く場所だ。
(ああ、これは夢だ。)
頭の片隅で思った。
そう言えば、ここにもだいぶ来ていなかった気がする。
少し前までは、当たり前のように2人して眺めていた風景。
なぜだか少し、胸が痛んだ。
「トーヤ。」
今度ははっきりと声が聞こえた。
間違いない。
「リーメイル?」
勢いよく振り返ると、数メートル先、赤い花の中に立っていた彼女が、緩やかな微笑みを浮かべてトーヤを見ていた。
「良かった。繋がったのね。」
ほっとした様子で、近づいてくる。
嬉しそうに笑うその顔に、トーヤにはなぜか幼い頃の彼女の笑顔が重なって見えた。
(そう言えば、ここに来るといつも嬉しそうだったな。この花が大好きだとか言って。)
そんな彼女の姿をしばしぼうっと眺めていたトーヤだったが、彼女が目の前まで来た時、遅ればせながら彼女が言ったセリフに反応しはハッと我に返った。
「は?・・・繋がった?これは・・・夢じゃない・・のか?」
うろたえたような彼の声に、クスッと笑ってリーメイルは答える。
「ええ、夢よ。夢紬の法。やってみたのは初めてだったけど、うまくいったみたいで良かったわ。------- ふふ、 びっくりした?」
からかうような声で言いながら、笑ってこちらを見上げるリーメイルに、トーヤの瞼が半分になる。
「うっせーな。お前はこんな時に何を呑気な・・って、そんなわけないよな。」
リーメイルがあまりにも”いつもの”リーメイルだったので、トーヤもいつものように返しかけ、しかし途中で気づいたように、声のトーンが下がった。
「『夢紬の法』?---- お前、今の状況は?」
大丈夫なのかと聞くトーヤに、リーメイルはええ、と答えた。
「神殿の皆は?」
「ああ。夕刻の話し合いで結論がでた。もうこのままあいつらの好きにさせとくわけにはいかないんだ。残っていた施設の子供たちも全員隠れ家に避難させた。俺たちが行動を起こしても、あいつらが狙われることが無いように対処もした。明日、夜明けが来たら城に救出に向かう。絶対助けるからな。それまで、もう少しだけ待っててくれ。」
強い口調で告げるトーヤに、リーメイルは嬉しそうに微笑む。
「ありがと、トーヤ。」
笑う彼女。
金色の髪が風に舞う。
笑っているのに、その笑顔がなぜかとても儚げに見えて、トーヤは胸がざわつくのを感じた。
「リーメイル?」
トーヤの表情が僅かに曇ったのを見て、リーメイルは困ったような笑顔を浮かべる。
しかしひとつ大きく呼吸をすると、しっかりと彼の視線を受け止めて言った。
「トーヤ。今から私が話すことをよく聞いて。・・・明日、夜が明けたらすぐ、皆を連れて隠れ家へ逃げて。ここには来てはダメ。絶対よ。」
「・・・どういうことだ・・?」
「ここに来て分かったの。・・レフ・ラーレの魔法陣はもう限界よ。このままだといつ暴走するか分からない。私がここで何とか食い止めるけど、きっと余波は出てしまうから。」
「ちょっと待てよ!?リーメイル、話が見えねぇ・・。」
トーヤは困惑しきった視線をリーメイルにぶつけた。
「私は捕らえられたあと、城の最奥、魔法陣のある地下室へと監禁されたの。そして、ルーファスの魔法で強制的に魔法陣と繋がれてる。今、私の魔力は魔法陣を作動させる為に使われてるのよ。」
リーメイルが淡々と語るその内容に、トーヤは目を瞠る。
「お前っ・・、それじゃ今・・!」
「ええ。魔力がどんどん減っていくのが自分でも分かる。それだけこの魔法陣の魔力の吸収力が高いということね。ルーファスはすごい技術の持ち主だけど、最後の最後でコントロールしきれなかったんだわ。この状態で『夢紬の法』も使えるかとても不安だったけど、なんとかあなたに繋がれて良かった。」
「あいつ・・リアンは?!」
「リアンは多分このことを知らないと思う。魔法の知識はないもの、細かいことはルーファスに全て任せているみたい。私も見ただけではここまでひどい状態だとは分からなかったわ。ここに繋がれて初めて分かったの。ルーファスは、リアンに真実を告げるつもりはないんだわ。私が繋がれている場所は魔力の濃度が濃すぎて普通の人間は入れない。動けない私がリアンに会いにいくことはできないし、どちらにしろもう手遅れよ。それにリアンは・・・。リアンが何を考えているのか、私には分からない。でも・・、多分・・。」
リーメイルが視線を落とす。
「彼はエルス様を憎んでる。女神エルスを崇拝する私たち、女神の神殿の存在そのものが許せないんだわ。彼と話をしていて、そう思ったの。」
この数か月の間、彼の心に近づこうとして気がついた。
あの、冷たい視線の向けられる先は、女神エルスに関わる全てだと。
けれどその理由までは、結局たどり着くことができなかった。
「だから、ルーファスの話にのってしまったんだわ。女神エルスという思想そのものを排除して、ルーファスの魔法陣の力で大地の魔力を集め、『エルス様のご加護』としてではない大きな『力』を手に入れる為に・・。」
顔を上げ、トーヤを見る。
紅い瞳と栗色の瞳。
視線が交わる。
「ルーファスは私を使って魔法陣を完成させようとしている。でも無理よ!私の全魔力使ったとしても、このままでは破たんするのは時間の問題。だからね、トーヤ、私・・・。」
視線をそらさずに言った。
「禁忌魔法を使うわ。古代魔法で封印をかけ、ルーファスのレフ・ラーレの魔法陣を凍結させる。」
落ち着いた、けれど強い強い決意をにじませた声だった。
- ファリスロイヤ昔語り 〜 魔女と呼ばれた聖女 〜⑧ ( No.156 )
- 日時: 2016/08/10 09:02
- 名前: 詩織 (ID: JJibcEj3)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel1/index.cgi?mode
トーヤは息を飲んだ。
頭が真っ白で、言葉がうまく出てこない。
今、リーメイルはなんと言った?
(古代魔法・・禁忌・・・・魔法の凍結・・)
「まさか・・・『 眠りの唄 』・・?」
トーヤの呟きに、リーメイルは静かに頷いた。
サッと、トーヤの顔色が変わる。
「バカ!!お前何言って・・っ!!」
声を荒げて叫びながら、その両手は彼女の両肩を掴んでいた。
「あれがどういう魔法か、お前、知らないのか?!あれは・・」
「 ” 一なる魔力の源に 我は呼ばれしか弱き小鳥・・・」
微かな、けれど唄うように滑らな声。
「か弱き小鳥は大地に眠る 友なる魔力を携えながら そは眠りの唄 光となりて 深き眠りのその先にある 闇も光もなき彼(か)の地へと ” 」
リーメイルが詠唱したのは、古代魔法書の中のとあるページに記されている言葉だった。
『 眠りの唄 』。
消滅させることが出来ないような巨大な魔力を『眠らせる』。 --- 封印の魔法。
自分の魔力を凌駕する力に対してさえ、隷属させることができる。
使えるのは、1人につきたった一度だけ。
対価が、術者本人の存在そのものだからだ。
対する魔力を道連れに、自らも共に眠りに落ちる『封印』。
故に、禁忌とされた魔法。
「分かってるなら・・!バカなこと言うなよ!そんなこと、俺は絶対に許さないからなっ!!」
「トーヤ・・。」
必死な表情で、声で。
リーメイルの肩を掴むトーヤの手に力がこもった。
「ねぇ、トーヤ聞いて。」
リーメイルは、静かな声で言った。
「もともとね、選択肢には入れていたの。・・ごめんなさい。きちんと話せなくて。」
「・・・もともと?」
そう、といって彼女は頷いた。
「もしリアンとルーファスを説得できず、最悪の事態としてレフ・ラーレの魔法陣が暴発するようなことになったら・・、『眠りの唄』を実行すると決めていたの。私と、神殿長様で。」
「親父が?!まさか!お前にそんなことさせるわけ・・!!」
「もちろん、神殿長様は私にやらせるつもりなんて全くなかったわ。最終手段として、皆の命を守る為に、ご自分が行うとおっしゃった。でも、私がそれだけでは駄目だと言ったの。」
「・・・・。」
「眠りの唄は、対象である魔法陣に直接繋がらなければ発動しない。あの2人や城の兵たちをかいくぐってたどり着くのはとても困難だと。だから、打てる手は多い方がいい。」
リーメイルはトーヤを見据えて言った。
「神殿長様が長として皆を守る為に命をかけるなら、私も同じよ。」
私は女神エルスの神殿の、巫女長なのだから。
そうきっぱりと言った彼女は、凛として、女神に仕える巫女としての尊厳に満ちていた。
巫女長に就任する前、不安だと揺れていた少女はもう、そこには居なかった。
「眠りの唄が使えるのは私たち2人だけ。万が一の時は、私か神殿長様、どちらか機を掴めたほうが封印を実行すると決めたわ。神殿長様はお優しいから・・、最後まで駄目だとおっしゃったけど、私が説得したの。もちろん最終手段として、ということでね。でも、最悪の事態は起きてしまった。これは私の役目なのよ。だから・・・」
「だからって・・!そんなん納得できるかよ!!俺は嫌だからなっ!!」
リーメイルの話を遮るように、トーヤの声が響いて。
気づいた時、リーメイルは彼の腕の中にいた。
「・・・トーヤ?」
力いっぱい引き寄せられて、強く、強く抱きしめられる。
「・・・嫌だからな、そんなの・・・。」
掠れたような呟き。
顔は見えない。
けれどその体は、微かに震えているようだった。
「トーヤ・・。」
胸が苦しい。
リーメイルは、トーヤの肩にそっと頭を寄せると、静かに目を閉じた。
- ファリスロイヤ昔語り 〜 魔女と呼ばれた聖女 〜⑨ ( No.157 )
- 日時: 2016/08/14 22:39
- 名前: 詩織 (ID: .j7IJSVU)
沈黙が下りる。
永遠とも思える、けれど実際にはほんの短い時間。
2人しかいない、世界。
けれどどれだけきつく抱きしめても、今の2人を包んでいるのは、静かな悲しみの漂う世界だった。
絶対に嫌だと何度叫んでも。
トーヤにも、分かってしまった。
これが、最期だということが。
どれだけ足掻いても、もうこれしか方法がないことが。
そして、それを知ってしまった彼女が決して逃げ出さないことも、分かっていた。
「トーヤ、私ね。」
リーメイルがぽつりと言う。
「この街が、皆が、大好きなの。」
「知ってる。」
そんなの昔っからだろ。
どんだけ隣にいたと思ってんだよ。
リーメイルの髪に顔を埋めたまま、トーヤが呟く。
リーメイルはくすぐったそうに笑うと、彼に体を預けたまま続けた。
「神殿の皆も、神殿長さまも、もちろんエルス様も。捨て子の私は血の繋がった家族を知らないけれど、周りにいてくれた皆が、私の大切な家族だわ。リアンのことだって・・・。できたらリアンとも、もっと早くに分かり合えたら良かった。」
「・・・・」
後悔の響きを含んだ声に、トーヤの手が優しく彼女の頭を撫でる。
言葉に出来ないその痛みを、分かち合うように。
リーメイルはその優しさを受け取って、頬を緩めた。
そして、彼を見上げる。
「ねぇ、ここ、どこだか分かる?」
顔を上げたリーメイルに、トーヤは少し体を離すと呆れたような声で言った。
「当たり前だろ。昔からお前とよく来た場所だ。」
そう言ってしゃがむと、足元に咲く花を一輪手折る。
そのまま立ち上がり、目の前にいる彼女の柔らかい金色の髪にそっと挿した。
「あの日みたいだな。」
あの、就任式の日の中庭で。
同じように、彼女の髪にこの花を挿した。
淡い金色に赤い色がよく映えていた。彼女の紅い瞳と同じように。
まるで昨日のことのように鮮やかに、トーヤの記憶の中で、彼女は笑っていた。
リーメイルが歩き出す。
手を広げて、気持ちよさそうに風を受けて。
「私、幸せだったわ。」
くるりとトーヤのほうを振り返りながら、穏やかな声で言った。
「皆に出会えて、優しくしてもらって。たくさんたくさん、・・・愛してもらった。」
その顔には、満ち足りた笑顔が浮かんでいた。
そんな彼女の様子が切なくて苦しくて、トーヤは唇を噛みしめた。
「この土地も、人も、私は皆愛してるわ。」
「ああ。」
「トーヤ、あなたのこともよ。」
吹く風に髪をなびかせながら、リーメイルはトーヤを見つめる。
その眼差しを受けて。
「ああ。・・・知ってる。」
トーヤも、目を逸らさずに言った。
「俺もだ、リーメイル。」
リーメイルの双眸が大きく見開かれる。
驚きの表情のまま数秒間固まっていたが、ゆっくりと頬が赤く染まってゆく。
そして。
キラキラと輝くような笑顔を浮かべて笑った。
「ふふ、知ってるわ。」
今までで一番幸せそうな笑顔。
巫女としてではなく、トーヤの前だけで見せる、少女のような顔になる。
そのまま、可笑しそうにくすくすと笑い出した。
「なんだよ。」
怪訝そうなトーヤに、リーメイルはからかうように言った。
「トーヤ、耳まで真っ赤よ?やっぱりそういうとこは昔から変わらないわよね。ふふ。」
「うっせえ!余計なこと言うな。」
憮然とした様子で言うトーヤ。
その様子に、リーメイルは更に楽しそうに笑った。
「良かった。」
ひとしきり笑ったあと、リーメイルが言った。
「こうして最後に、あなたと会えたわ。もう一度だけ、いつものあなたと私に戻ってみたかったの。」
「・・・リーメイル。」
苦し気な声で自分の名を呼ぶトーヤを、切なさや悲しさや愛しさが全部混ざったような顔で、リーメイルは見つめた。
そして、困ったような顔で小さく笑う。
「・・時間になっちゃった。」
「っ、待てよっ!まだ・・っ。」
焦ったように近寄るトーヤ。
リーメイルはふわりと微笑むと、今度は自分からトーヤの腕の中へと飛び込んだ。
「ね、トーヤ。私はこの地を愛してる。大切な皆を守れる力があることが嬉しいの。ホントよ。」
「リーメイル!お前、体が・・っ!!」
トーヤが叫ぶ。
リーメイルの姿が、まるで日の光に透けるように薄くなっていた。
それにも構わず、リーメイルはトーヤを見つめて話し続ける。
「今なら私、自分の力を誇りに思える。だから、この選択に後悔はないの。」
胸を張ってそう言った。
「私は死ぬんじゃないわ、トーヤ。」
この地に、還るの。
「私は幸せよ。だから、泣かないで。」
「泣いてなんかっ!」
言ってから、トーヤは気づく。
自分の頬が、濡れていることに。
「リーメイル?!待てよ!」
更に色素の薄くなった彼女の周りを、光の粒子が縁取り始める。
朝日に消えてゆく夏の朝霧のように、リーメイルの姿は儚く消えようとしていた。
「なあ!やっぱり駄目だ!お前は逃げろ!俺たちで何とか別の方法を探すからっ、だから・・・っ」
思わず叫びかけたトーヤは目を瞠る。その声は、そのまま飲み込まれた。
驚きの余り、体が固まったまま動かせない。
-------- それは、一瞬のことだった。
愛し気にトーヤを見つめていたリーメイルはふわりと浮き上がると。
そっと、トーヤに口づけをした。
甘い、花の香り。
「ごめんね。ありがとう、トーヤ!大好きよ!・・・・さよなら。」
光の粒子が風に舞い、彼女の姿をさらっていく。
そのまま光が空に散るようにして、リーメイルはトーヤの世界から姿を消した。
後に残るのは、風に揺れる赤い花たちと、彼女の纏う甘い香り。
・・・・ 彼女の最後の顔は、いつものように、優しく微笑んでいた。
「・・・リー・・メイル・・?」
その場に1人残されたトーヤは、茫然とその名を呼んだ。
「リーメイル・・?リーメイルっ!!」
何度呼んでみても、あの声は聞こえない。
『なあに?また鍛錬さぼって遊びに行くの?』
『トーヤのバカ!!もう大っキライ!!』
『ごめんね、私をかばって・・。ケガ、大丈夫?痛くない?』
『うん、もう大丈夫。ありがとう。頑張るね!私。』
記憶の中でなら、いくらでも彼女の声が、姿が溢れてくるのに。
トーヤはその場にがくりと膝をつくと、両手の拳を夢の大地へと叩きつけた。
「リーメイルっ!!」
どこに向ければいいのか分からぬままに、彼女の名を叫んだ。
叫びながら、トーヤには分かっていた。
自分の声は。
・・・もう、彼女には届かない。