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ファリスロイヤ昔語り 〜 魔女と呼ばれた聖女 〜⑩ ( No.160 )
日時: 2016/08/14 14:13
名前: 詩織 (ID: njcqYR8N)

暗く閉ざされた地下室の一角。

色素の薄い睫毛が微かに震え、鎖で両手を繋がれたリーメイルは閉じていた双眸をゆっくりと開いた。

「・・・はぁっ。」
苦し気に肩で息をする。

魔力を吸い取る鎖は幾重にも彼女を拘束し、僅かな自由さえ許されない。
意識が朦朧とする中、荒い呼吸を繰り返しながら、リーメイルはもう一度目を閉じた。


瞼の裏に浮かぶのは、さきほどまで目の前にいた彼の姿。

髪を撫でてくれた、大きな手。
自分の顔を覗き込む、強くて優しい栗色の瞳。
暖かい彼の腕に包まれて、笑いあったこと。
いくらでも浮かんでくる、大切な、愛しい思い出たち。

「・・・っ。」

小さく、嗚咽が漏れた。
慌てて唇を噛みしめる。
外の見張りに気づかれないよう、リーメイルは溢れだしそうな自分の声を必死に押さえた。

涙がその頬を流れ、ぽたりぽたりと地下室の冷たい床を濡らした。


だが、ひとつ大きく深呼吸をすると、リーメイルは顔を上げる。

闇の中。
何か得体の知れない力が絶えず蠢いているような、そんな異様な雰囲気の漂う部屋の中央。
鈍い光を放つ巨大な魔法陣。

「泣くのは、全てが終わったあとだわ。」

その光景に凛とした眼差しを向けるて呟くと、呼吸を整え、再び集中状態に入った。

(最後の準備をしなくちゃ。)

口の中で小さく呪文を唱えだす。
ふわり、と彼女のまわりを淡い光の粒子が包み始めた。

残り少ない魔力を振り絞り、リーメイルは意識を目的地へと飛ばした。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜



雲に覆われた新月の夜。

空には月も、ひとつの星さえも見えない。

森の漆黒の闇の中に、1人の女性の姿が浮かび上がった。

光の粒子をまとい淡く光るのは、

長く波打つ金色の髪と宝石のように美しい紅い瞳。


辺りを見回し目的のものを見つけると、その顔には微笑みが浮かぶ。

(ラウル様・・・。)

父のように慕った神殿の長の名を心で呟くと、その姿が鮮明に思い浮かんだ。
それと共に、自分を世話してくれた巫女たち、慕ってくれた子供たち、困っていれば手を貸してくれた騎士たち・・・次々と浮かんでは消えていく。

(ジル様・・・ヤルク・・・皆、今までずっとありがとう。大好きよ。)

リーメイルの視線の先、暗闇の中でも彼女にだけはしっかり見えていた。


魔法文字の刻み込まれた、いくつもの特別な『石碑』たち。


ファリスロイヤ城周辺から距離を隔てた場所、ルル湖を挟んで反対側に広がる森の奥。
この最後の魔法の為に、密かに用意されていたものだった。

いざという時はこれを使う、と。
リーメイルはラウルから伝えられていた。
彼はきっと、リーメイルに使わせるつもりはなかったはずだ。
娘のように大切に育ててきた彼女を、ラウルは確かに愛していた。

それでも、リーメイルは決断した。
彼を、彼らを愛しているのは、守りたいのは自分も同じ気持ちだったから。
彼らを護れるのなら、何をしても構わなかった。


リーメイルは大きく息を吸い、唄うように呪文を紡ぐ。
そうして大きくゆっくりと、手をひと振りした。

その動きに合わせて、彼女を取り巻く光がひときわ輝きを増す。
光を放つ彼女を中心に、大きく広がった光の輪が石碑をも包み込む。配置されたひとつひとつの石碑たちが、燦然と輝きだしていた。

光は更に大きくなると、辺り一面を包み込み -------。


・・・そうして、弾けるように辺りに散ると、そのまま空気に溶けるように消えていった。

リーメイルの姿も、光と共に消える。

光の波が去ったあと、

そこにあったのは、静かな森と、元どおりの闇夜だけであった。