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- ファリスロイヤ昔語り 〜 魔女と呼ばれた聖女 〜⑩ ( No.163 )
- 日時: 2016/08/17 10:52
- 名前: 詩織 (ID: .j7IJSVU)
運命の日。
その日も、いつも通りの夜が明けてゆく。
ゆっくりと、静かに、空が白み始めた頃。
街の誰もが気づかぬうちに、神殿の人々は隠れ家へと移動を開始していた。
先頭をゆくラウルの表情は硬い。
早朝、トーヤからリーメイルの伝言を受け取った時から、彼は深い悲しみと後悔、無念さに胸を引き裂かれていた。
(命を懸けるのは、私1人で十分だったのに。私がもっと早く決断していれば・・。)
リーメイルはルーファスの拘束魔法を逆手にとり、眠りの唄発動の為すでに魔法陣と自分の魔力を繋げてしまった。
最愛の娘を守ってやれなかった口惜しさに歯ぎしりする。
けれど自分にはまだやらなければならないことがある。
神殿長として、信者と神殿の者たちを護らねば。
・・・リーメイルの為にも。
そう言い聞かせながら、悲しみを心の奥底に押し込み、人々を導いて進む。
(安心しろ、リーメイル。彼らは必ず私が護る。)
神殿前には、神殿の騎士たちが待機していた。
昨日の今日で、城の側でもこちらの動きを警戒しているはず。
戦えぬ者たちが皆避難を終えるまで、それを悟らせぬよう神殿を警護しているように見せかける為だった。
「トーヤ様っ!」
偵察に出ていたヤルクたち数人の騎士がトーヤのもとに駆け込んできた。
「城からの兵がこちらに向かっています。」
「やっぱり来やがったか。」
トーヤは騎士たちの前にでる。
「いいか、手筈通りいくぞ。絶対に無理はするな。俺たちの仕事は時間稼ぎだ。」
全員の顔を見回して言った。
「目的は戦うことじゃない。全員が無事、生きて避難場所で合流することだ。罠の場所まで逃げ切れば、援護が入る。それまでなんとか踏ん張ってくれ。」
「トーヤ様っ、奴らが来ました!」
トーヤが素早く振り返ると、自分たちの倍はいるだろう兵たちの姿が視界に入って来た。
一気に高まる緊張感の中、トーヤは強い、強い声で言い放つ。
「俺達には、女神エルスと巫女リーメイルの加護がある!胸を張れ!大切なものを俺たちの手で守るんだ!そして全員無事で、必ず例の場所で再会するぞ!いいな!!」
「はいっ!!」
騎士たちから揃って声が上がる。
トーヤは前方、やって来た兵たちを睨んで声を張り上げた。
「我らが神殿に何用か!」
「リアン様からの命である!今回の一連の騒動、魔女リーメイルと神殿の者たちによる城への反逆とみなし、たった今をもって神殿の全権をはく奪!幹部ならびに所属の巫女、騎士一同を拘束し城へ連れ帰るように命ぜられている。特に魔力のある者は魔女と同等の罪として即刻捕らえよとのお達しである!速やかに投降されよ!!」
兵の代表が荒々しく叫ぶ。
そういうことか。
胸中で呟いたトーヤの顔に冷笑が浮かぶ。
『魔力のある者を即刻城へ』。
魔法陣の制御の為に、魔力ある人間を拘束するつもりだ。リーメイルのように。
「・・・させるかよ。」
トーヤが剣を抜き構えをとると、それに合わせて後ろに並んだ騎士たちもそれぞれ剣を構えた。
「反抗する気か?!」
「冤罪に魔女狩りとは、ファリス本家の治世も地に落ちたもんだな!」
「何を言う!抵抗するのならこちらとて容赦しないぞ!全員捕らえよ!!」
指揮官の号令で兵たちが一気に襲い掛かる。
「いくぞ!」
トーヤの声を合図に、騎士たちも声を上げいっせいに駆けだした。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「おい、あれ見ろよ。なんか空が変じゃないか?」
街の中心部、店の軒先にでた店主が空を見上げて不審そうな声を上げた。
「ん?どうした?」
「なんだなんだ?」
人々はつられるように上を見上げ、同じように眉をひそめる。
「なんだありゃ?」
その日は朝から、青く澄んだ快晴の空。
の、はずだった。
最近おかしな天気が続いている中、今日は久しぶりに穏やかな晴天だと人々が胸を撫で下ろしていたはずの空の真ん中。
小さな黒い点のようなものが浮いていた。
真っ黒い小さな浮遊物は、見上げる人々の前で、だんだんと大きく膨らんでいく。
「なんか気持ちわりぃな。雨雲か?」
「バカ言え、こんなカラッカラの雲一つない空のど真ん中に、なんで突然雨雲なんか・・・」
そんなやりとりをしていた街の人々の目の前で、ほんの小さな点だった黒いものは、一気に溢れだし、あっという間に広い空を覆いつくした。
太陽は隠され、真っ黒な雲が街の空を飲み込もうとしている。
突如現れた不気味な光景に、人々の小さなざわめきは大きな動揺となって広がった。
皆が不安げに空を見上げた、その直後。
ドォオオン!!と地響きのような音を立てて、閃光と共に地面が揺れた。
「雷だぁ!街に雷が落ちたぞ!」
「なんで突然?!」
「おい!空が光ってる!またくるぞっ。」
あちこちから悲鳴が上がる。
口々に何かを叫びながら、人々が逃げ惑う。
そんな中。
「おい?!西の空を見ろ!」
「こ、今度はなんだよ?!」
「うわぁ!た、竜巻だ!!」
地面から遥か空高く、一本の荒れ狂った風の渦が立ち上り、ゆっくりと、だが確実にこちらへと向かってくる。
人々は突然の恐怖に言葉を失い、思わずその場に立ち尽くした。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
ファリスロイヤ城、地下室。
(始まった。)
身動き一つせず、拘束されたままの姿で目を閉じていたリーメイルは、静かに瞼を上げた。
外の音など何一つ届かぬこの隔離された空間にいても、巨大な魔力のうねりに空気が上げる悲鳴は、確実に彼女のもとに届いていた。
深く息を吸って、細く長く吐き出す。
目の前、今まさに荒れ狂う魔力が溢れだそうとしている魔法陣を見つめ、心の中で祈りを捧げる。
(女神エルスよ、どうか未熟な私に力をお与えください。今、この地に生きとし生ける全ての命を、この歪んだ魔力の暴走から、どうか守ることができますように。無理やり集められたこの大地の力を沈め、大いなる流れに還すことができますように。)
昨夜、最後の準備を終えてから、ただひたすらに残り少ない魔力を整えることに集中していた。
リーメイルは意を決すると、瞼を半分下し、静かに歌い始めた。
「 一なる魔力の源に 我は呼ばれしか弱き小鳥・・・
・・・彼の地に誘う 眠りの唄に 光となりて連れ立つは 小鳥の命と 友なる魔力 --------- 」