コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

因果は巡る風車 〜 風の向く方向 〜④ ( No.181 )
日時: 2016/10/31 21:52
名前: 詩織 (ID: f2zlL8Mb)

***

夕刻。
石畳に落ちる影が長くなり、もうすぐ日暮れが訪れるころ。ジェイドとラパスが店の扉を開けた。
「お帰りなさい。」
店の奥から、アレンがにこにこと2人を出迎える。
「お疲れ様でした。今回も無事のようで何よりですよ。」
「ああ、荷物はちゃんと届いたか?」
「はい、昼過ぎには。」

視線の先には、今日の午後届いた荷物が積んである。ギリアに着いてからその足で得意先に品物を届けに行ったジェイドとラパスは、それ以外の荷物を全て先に店のほうへと運ばせていたのだ。
「それにしても、一度帰って日を改めれば良かったのに。直接届けに行ったんですか?」
「ずいぶん楽しみにされてた商品がやっと手に入ったからな。直接届けた方が先方も喜ぶと思ったんだ。先ぶれの手紙は向こうから出しといたし。・・・それにこっちにもちょっとばかし用事が出来てよ。まあ、詳しい話は後だ。とにかく風呂と飯!あと酒だ、酒。」
上着を脱ぎながら歩くジェイドの後ろにラパスが続く。
「あ、そういえばアレンさん。ラヴィンたち帰ってきたんすか?」
「ああ、5日前には戻ってきてますよ。なんだかすごいことがあったみたいで、2人にも早く話したくてたまらないって毎日うずうずしてましたね。」
くすくすと笑いながら報告するアレンに、ジェイドとラパスは顔を見合わせる。
「シルファは?どうしてる?」
ジェイドの問いに、笑いを収めたアレンは首を傾げた。
「その・・、今回の旅で分かったことがなかなか複雑な話でして。どうやら魔法が絡んできているらしく結果的にシルファのご実家の方へと対処をお任せする形になったんですよ。それで今は忙しいらしくてしばらく音沙汰ないですねぇ。ラヴィンも会いたがってるんですけど。・・・どうかしましたか?」
黙ったまま考え込んでいるジェイドをアレンが不思議そうに見上げた。
ラパスはジェイドの反応を見守っている。
「それがな、実は」
ジェイドが言いかけた、その時。

「叔父さんっ?!帰ってたんだ!!おかえりなさいっ!!」
歓喜に弾む声と共に、階段の上から彼らを見つけたラヴィンがジェイドめがけて大きくジャンプした。
「おわっ!!」
慌てて両腕を広げたジェイドの胸にラヴィンが飛び込む。勢い余って2,3歩たたらを踏むが、さすがに倒れ込むことはない。思い切り飛んできた姪を力強く抱き止めると、その頭をぐりぐりと撫でて笑った。
「おう!今帰ったぜ。変わらず元気そうで何よりだ。」
「うん!あのね、私たちの調査の旅、すごいことがたくさんあったの!叔父さんも絶対興味津々だよ!」
「そりゃ楽しみだ。さっそく、と言いたいがな。とりあえず風呂入らせてくれ。砂ぼこりがひどくて体中ざらついて気持ちわりーんだよ。おい、アレン。」
「はい。なんですか。」
ラヴィンを抱き上げたままジェイドが振り返る。
「今日はうちで飯にしたいんだ。ゆっくり話したいこともあるしな。俺とラパスは風呂使うから、店閉めたら裏の店でなんか食いもん包んでもらってきてくれ。ジェンとマリーも呼んで6人分。頼むな。」


***


夜。
夕日の最後の輝きが溶けて消えると、あたりは闇に包まれる。だいぶ暖かくなったものの、風の強い今夜は少し肌寒い。ぽつぽつと白い星の光が空に瞬き始めたころ、夕食の支度の整ったジェイドの家のダイニングにはアレン、ラヴィン、それから風呂上がりのジェイドとラパスが集まっていた。
「よし、準備オッケー。じゃあ私、ジェンとマリーを呼びに行ってくるね。」
そう言ってラヴィンは機嫌良さそうに玄関に向かう。

玄関の扉を開けようと手を伸ばしたその時。勢いよくその扉が開いて、ラヴィンは慌てて横に避けた。
「わっ!ジェン?!どしたの急に。」
「なあ、ラヴィン。マリーこっちに来てるか?」
「え?いないけど・・え、どうして・・」

ラヴィンの答えに、ジェンの表情がみるみる曇る。
「昼間でてったきり、こっちには帰ってきてないんだ。てっきり店の方にいるかと思ってたけど、今行ってみたらもう誰もいなくて・・。この家には寄ってないか?」
「う、うん。来てない。私もマリーに会ったのは配達に出る前だから・・。お昼以降会ってない。え、じゃあマリー、1人で外に出たってこと?!今までそんなことなかったのに?!」
「そうだな・・。それにもう外は真っ暗だろ。1人で出かけたにしても、この時間になっても戻ってないってのが・・。おかしいだろ?あいつに限って連絡もなくこんな時間になるなんて。」

マリーの生い立ちはいわゆる『普通』の子供とは違う。この状態がどれだけジェンや周りを心配させることになるか、分からない彼女ではない。


「何かあったのか?」
2人の声を聞きつけて、ジェイドがひょいと顔を出した。後ろにはアレンとラパスもいる。
「皆、大変!マリーがどこかに出掛けたまままだ帰ってきてないみたいなの!」
青ざめた顔で振り向くラヴィンに、3人の顔色も変わった。

「いつからいないんだ?」
靴を履きながらジェイドが聞く。
「俺が話をしたのは午後3時頃です。ラヴィンがアレンさんに呼ばれて仕事に行った後で・・、俺も自分の仕事に集中してて・・。くそ、確かにあいつあの時、何か言いたそうにしてたかもしれない。俺が仕事中だったから気を使ったのかも・・。どこか行きたかったのか?こんなことなら、」
「ジェン。」
顔を歪めるジェンに、ジェイドが冷静な声で言う。
「落ち着け、そういうのは後だ。すぐ探しに行くぞ。アレン、灯りを用意してくれ。手分けしてこの付近を捜す。マリーのことだ、そう遠くへは行かないはずだよな。それからラヴィン、お前はここにいろ。」
「えっ?!どうして?私も探しに・・」
「もしマリーが帰ってきたらどうする。誰かいないとまずいだろ。外は暗いし、裏街はお前でも危ない。俺たち4人で探しに出るから、お前はここで連絡役をしてくれ。」
「・・分かった。」
今はごねている場合ではない。ラヴィンは素直に言う事を聞いた。
ラヴィンの返事と同時にアレンが1人ずつに明かりを灯した外用のカンテラを渡していく。一緒に薄手の上着も。今夜、外は風が強い。
「じゃあ行くぞ。」

「気をつけてねっ!」
足早に玄関を出ていく男たちを見送って、ラヴィンはこみ上げてくる不安を隠せずにその場に立ち尽くした。

風の音がする。
扉を開けた時入ってきた外の空気はいつもより冷たかった。
(マリー・・、今どこにいるの?どうか、無事でいて・・。)
無意識に両手を組み、祈るような気持ちで扉を見つめていた。

第15章  因果は巡る風車  〜風の向く方向〜 ( No.182 )
日時: 2016/11/11 15:21
名前: 詩織 (ID: ArlT0dEi)

4人が必死に走り回ったにも関わらず、結局最初の捜索でマリーを見つけることは出来なかった。時間だけが刻々と過ぎていく中、普段の彼女の行動範囲をどれだけ探しても、マリーの姿は何処にも見えなかったのだ。

今後の方針を決める為に一旦家へと集合した皆を前に、アレンが真剣な口調で言った。
「これ以上はこのまま闇雲に探しても体力と時間の無駄です。とりあえずまだ行ってない街の西側地区から順に当たって行きましょう。」
言いながらジェイドとラパスに視線を向ける。
「社長とラパスは長旅の直後です。まずは私とジェンが出ますから、とりあえず小休憩と食事を。今後の状況によりますが、交代で少しずつ休息も取らなければ。その上で万が一明朝までに見つからなければ役所に捜索願を出しましょう。それと同時に、ラヴィン。シルファの自宅の場所は分かりますね?」
「うん!分かるよ。」
「もし可能なら彼の力も借りましょう。マリーを見つける手立てがあるかもしれません。あそこなら中心街に近いですし遅くまで明るい。移動にそれほど危険はないでしょう。こんな時間ですが、緊急事態ですからね・・。呼びに言ってもらえますか。」
「分かった!すぐ行ってくる。」
上着を片手に飛び出そうとするラヴィンを、ジェイドが止めた。
「待て。シルファのとこに行く前にラヴィンに聞いておきたいことがある、少し時間が欲しい。アレンとジェンは先に行っててくれるか。」
「分かりました。では、また後程。ラヴィン、くれぐれも気をつけて下さいね。」
そう言い残して、アレンとジェンは再び夜の街へと駆けだして行った。


「叔父さん、聞きたいことって?」
逸るような気持ちでラヴィンが聞く。上着を着こみ、ジェイドの話が終わったらいつでも外に出られる体制だ。
そんな彼女をジェイドはとりあえず椅子に座らせると、ラパスと一緒に自分も席に着いた。
「時間がないから単刀直入に聞くぞ。さわりだけはアレンに聞いたが、お前らが旅先で見てきたことを話してくれ。魔法絡みだったからシルファの実家に任せたっていう案件な。」
先の為にも少し食べておけ、と言われ、テーブルの上の食事に手を伸ばしかけていたラヴィンは、ジェイドの言葉に怪訝そうな顔で首をひねった。
「どうして今その話を?」
「ライドネル家の動きを知りたい。・・シルファに話をしに行く前に。」
「ちょ、社長?」
きっぱりと言ったジェイドに、ラパスが少し慌てたように言う。その彼を大丈夫だと手で制し、ジェイドは続ける。
「今から話すことをよく聞け、ラヴィン。マリーがすぐに見つかれば、俺も出来れば話したくなかった情報だ。お前は聞きたくないかもしれないが・・」
「それってマリーに関わること?」
「確証はない。だがもしマリーが単なる迷子なんかじゃなく何かに巻き込まれた、あるいは故意にかどわかされたということだったら・・・、心当たりがないわけじゃないんだ。俺の持ってる情報はまだ断片的で何も見えてこないから、とりあえず状況を整理したい。」
心当たりという単語に、ラヴィンの肩がぴくりと揺れた。
ジェイドは真剣な眼でラヴィンを見る。
叔父のその顔を、ラヴィンも瞳を逸らさずに見返した。
「いいよ。話して。どんな小さなことでも、叔父さんが話すべきだと判断したことなら聞くよ、私。」
「分かった。」
小さなため息とともにそう答えると、ジェイドは語り出した。
自分とラパスが見た出来事と、ギズラードからの情報 ------
-----  ライドネル家と商人クロド、それからグレン公爵の癒着、そしてその3者の目的が、どうやらくだんの城にありそうだということを。
そして、ラヴィンも語った。自分たちが体験した出来事と、現在進行形の課題について。シルファがユサファ・ライドネルに語ったであろうものと、同じ物語を。



**




互いが持つ情報の交換を終えた後、ジェイドはラヴィンと共にライドネル家へ行くと言って席を立った。ラヴィンも急いで後を追う。留守はラパスに任せてきた。
「じゃあ叔父さんはそのクロドって人が怪しいと思ってるの?」
ジェイドと共に夜道を足早に歩きながら、ラヴィンは隣を歩く叔父を見上げる。
「もし仮にマリーが他者の介入によって戻ってこれない状態だとしたら、今思いつく可能性はそいつしかない。そしてもしクロドが関わっているとしたら・・・」
「ライドネル家にもなんらかの情報が届いてるかもしれないってことよね。」
「ああ。」

ジェイドとウォルズ商会に恨みを抱いているクロドとその部下たちが、現在このギリアに滞在し、意図は分からないがライドネル家とただならぬ協力関係を結んでいることは事実だ。
そして、ラヴィンの持ち帰った情報に依れば、マリーの持つ幻獣の魔力はファリスロイヤ城にまつわる封印と同じ流れの力を持つらしい。

シルファ本人は父親が何らかの計画に加担しているということを知らないとすれば、5日前の時点ですでにその話はユサファのもとに流れていると思った方がいい。

万が一、こちらの情報がクロド側に洩れていたとしたら。

(・・・ちっ)
ジェイドは胸中で苦く舌打ちする。

断片的ではあるが、情報は持っていた。クロドが自分を恨んでいるだろうことと、ライドネル家の息子が身近にいることで、念の為の警戒もしていたつもりだ。
なのに。

(ちくしょう。すまねぇ、マリー。)
もっと早くに話しておけば良かったとジェイドは臍を噛む。自分の迷いと留守にしていた5日間のタイムラグがこの結果だ。まだ決まったわけではないけれど、こういう時、自分の予感が外れることはほぼないということをジェイドは知っていた。

ぎりりと奥歯を噛み締める。

ハッキリと確信したのは、先ほどラヴィンの話を聞いてからだった。
ファリスロイヤ城調査団の崩落事故。
魔法使いからの牽制。名前を呼ばれたこと---あの時点でクロドはすでに関わっていたのだきっと。
ギズラードからの情報と忠告。

ラヴィンたちの旅にシルファが同行するための許可が下りたのも、かなり特殊なことだと聞いていた。

(確か名目は、古代魔法文字の調査・・・。どこまで計画が進んでたのかは知らねぇが・・・黙って息子利用したってんなら、相当強かな親父だな、ユサファ・ライドネル殿?)
城で出会ったライドネル家当主の姿が浮かび、胸のうちで語り掛ける。

酒場でギズラードの持ってきた情報もあった。
盗賊を匿った銀の髪と眼を持つ魔法使いがライドネル家の者だとすれば、その盗賊は多分クロドの手下どもで。姿を見られた上魔法使いが盗賊を庇ったという特殊性の為に噂が広まれば、それは双方の、いや、バックにつくグレン公爵の不利益にも繋がる。だから公爵の権力を隠れ蓑に、クロドが部下を使って噂を攪乱させたに違いない。

トーヤという青年の言う封印に手を出している輩とは、十中八九彼らのことだろう。
(ライドネル家が出張ってきてる以上、目的は おそらく封印された魔力とやらだろうな。)
動機までは分からないが、しかし今はそんなことはどうでもいい。

もしマリーの魔力のことが奴らに、特にクロドにバレているとしたら、どうにかしてその力を利用しようとするだろう。そしてそれが即ちジェイドへの意趣返しにもなることを、彼なら理解しているはずだ。魔法のことはよく分からないが、ジェイドの記憶にあるクロドはそんな男だった。

(グレン公爵は知らねぇが・・、あのユサファ・ライドネルが平気でそんなことする奴だとは思いたくねぇけどな。)
ふと、シルファの笑顔が脳裏をよぎり、気持ちが沈みかけた時。





「叔父さんっ!着いた!ここだよ、シルファんち!」
駆けだしたラヴィンが数メートル先にある大きな門の前で足を止め、こちらに向かって叫ぶ。ジェイドは速度を上げラヴィンの隣まで来ると、門の中を覗いた。


月の見えない夜。
轟轟と唸る冷たい夜風に、広い庭園の木々はざわざわと揺れている。
屋敷の窓に見える灯りは思ったより少なく、辺りは静寂に包まれている。

風の音だけが耳に響く。時折、どこか遠くで鳴く獣の声が聞こえた。


ラヴィンは黙ってジェイドを見上げる。
「行くぞ。」
前を睨んだまま、ジェイドが足を踏み出した。

因果は巡る風車 〜 風の向く方向 〜⑥ ( No.183 )
日時: 2016/11/12 16:26
名前: 詩織 (ID: XYO3rYhP)

「失礼致します。」

カチャリと応接室の扉が開く。部屋に入ってきたのは簡単な部屋着に薄手のショールで身を包んだ姿の若い女性だった。ほっそりとした繊細で美しい造作、スラリと伸びた背はラヴィンとシルファの中間くらいだ。動くたびに、真っ直ぐな鈍い銀色-----濃い鉄色、といった方がいいかもしれない-----の髪がさらさらと揺れた。

ラヴィンとジェイドは座っていたソファから急いで立ち上がると女性に向かって会釈をする。
「こんな夜分に申し訳ありません。ですが緊急の事態でしたので、ご無礼を承知でお伺いしました。私はギリアで貿易商を営むジェイド・ドール。それから姪のラヴィンです。こちらのご子息シルファ殿とは懇意にさせていただいき感謝いたしております。」


ライドネル家の玄関を叩き、顔をのぞかせた執事に至急シルファへの面会を希望する旨を伝えると、応接室に案内された。待つこと数分。そして今、現れたのはシルファではなく、けれどシルファにとてもよく似た面立ちの女性だった。

「こちらこそ、ウォルズ商会の皆さまのことはシルファからよく聞いておりますわ。シルファの姉、ライドネル家長女のイルナリアと申します。どうぞお見知りおきを。」
品よく澄んだ声が部屋に響く。2人に頭を下げながら、イルナリアは彼らにソファへと掛けるよう促し自らも向かいの席に座った。
「こんな格好でごめんなさい。今、温かいお茶をご用意していますから。」
「ああ、どうかお気になさらず。こんな遅くにお邪魔したこちらが悪いのですから。」
ジェイドが紳士らしく穏やかな笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。それで、ご挨拶はこの辺ににして。お急ぎなんでしょう?マリーちゃんが行方不明だとか。一体何があったんですの。」
「マリーのことも、知ってるんですか?」
マリーの名を呼ぶイルナリアの声音が、まるで自分の友人か妹を案じるような響きをしているように感じて、ラヴィンは少し驚く。シルファはあまり家や家族の仕事のことは詳しく話さなかったが、ずいぶん厳しいということだけは、いつも感じていたからだ。

イルナリアはラヴィンの方を向くと、柔らかく微笑んだ。
「ええ、もちろん。シルファから聞いているわ。とても可愛らしくて、しっかりしたお嬢さんだそうね。私も会ってみたいといつも思っていたのよ。あなたにもね、ラヴィンさん。」
ふふ、と目を細めるイルナリアの放つ空気は、初対面のはずなのになぜか親しみを感じる。

ああ、シルファに似てるんだ、とラヴィンは思った。

髪と瞳はシルファより少し濃い色をしているけれど、纏う雰囲気と、何より笑った時の表情がそっくりだ。笑う時少し右に首を傾ける、その小さな仕草も。
「ずっとお話ししてみたかった。本当よ。シルファったら、あなた達の話をするとき、いつもすごく楽しそうなんですもの。大好きなのね、皆さんのこと。羨ましいわ。私は身体が弱くて、あまり外へは出られないから・・。元気なら、石碑の謎解きにも一緒についていきたかったくらい。」

少し眉が下がるような表情で笑って見せた彼女に、ラヴィンは思いもかけない好感を抱いている自分を感じた。

ジェイドから、ライドネル家がクロドという商人と、偉い公爵と手を組んで何かをしていることは聞いた。主に関わっているのは当主であるシルファの父ユサファだと聞かされたけれど、他の家族がどこまで関わっているのかは未知だ。シルファのことはもちろん信じているけれど、その兄弟に関しては少なからず警戒心を持ってラヴィンはこの家まできたのに。
なんだか毒気を抜かれた気分だ。

もっと言えば、病弱だと聞いていたから少なくとももう少し影のある、なんというか儚い感じの女性を勝手にイメージしていた。けれど自分の前で笑うイルナリアからは、身体の線の細さは感じられても、「弱さ」は感じられない。親しみやすい微笑みを浮かべるその瞳には、知性の輝きと、芯の強さが見え隠れする。繊細な銀の飾り細工のように美しいのに、そこには揺るがぬ「強さ」があるように思える。不思議なひとだ。
魔法使いって、人の心をつかむ魅了の魔法でもかかってるのか。
(シルファもそういうとこあるもんなぁ。)
ラヴィンはついそんなことを考えた。


「話の腰を折ってすまないが、」
女性2人の会話にジェイドが言葉を挟む。
「ゆっくりと親睦を深めたいのはやまやまなんだが、今はマリーのことを優先しよう。今夜は冷える。出来るだけ早く見つけてやりたいんです。」
「そうですわね。ごめんなさい。お会いできたのが嬉しくて、つい。」
イルナリアが居住まいを正し、ジェイドは視線を扉へと向けた。
「シルファは何か手が離せない用事でもありましたか。こちらから押しかけてすまないが、できたらマリーが見つかるまで彼の手を貸していただきたいのです。お礼には後日きちんと伺います。必要なら、ユサファ殿にもご挨拶を。」
ユサファの名を呼ぶ時、ジェイドの声が堅くなったのにラヴィンは気づいた。
そっと叔父の表情を窺う。
(叔父さん・・、もしシルファのお父さんに会ったらなんて言うつもりなんだろ。)
落ち着かない心で思う。

だが、そんなラヴィンの懸念は無意味に終わった。
なぜなら。


ジェイドの質問に、イルナリアは本当に申し訳なさそうな様子で言ったのだ。


「ごめんなさい。シルファは・・今、いないのです。」


「・・・え?」
「・・・いない?シルファが?!」

完全に虚を突かれた。
こんな時間に、シルファが屋敷にいない?

「え、彼は今・・その、どこに?いつ帰ってくるのですか?」
早口で問うジェイドに、戸惑ったような顔でイルナリアが答えた。
「父に仕事の手伝いを命じられ、兄弟たちと共に父について出かけておりますの。何か、難航していた仕事に急な進展があったとかで。ですから、代わりに私がご挨拶に。------ 場所は・・。すみません、仕事の話は機密事項で・・・、私の一存ではお答えできないのです。私も詳しい話は聞いておりませんが、仕事の内容次第では数日間ギリアを留守にする、と・・」
すまなさそうに言ってから、イルナリアは下げていた視線を2人に戻す。
「私で良ければなんでもお手伝いしますわ。それに、父は兄弟たちと叔父、それから幾人かの弟子たちを連れて出て行きましたけれど、まだここにも残っている一族の魔法使いたちがおります。マリーちゃんは、シルファの代わりに必ず私たちで見つけますから、どうかお気を落とさないで下さい。」

膝の上に置いた両手が震えて、ラヴィンはぎゅ、と力を込める。
イルナリアの声が、どこか遠く聞こえた。

シルファがいない。
それも、お父さんや兄弟や、他の魔法使いと一緒に。
仕事ってなに?まさか・・。え・・、だって、そんな。
マリーは?今、どこにいるの?

頭の中の声がぐるぐるとして止まらない。

そんな彼女の横で、ジェイドはじっと、イルナリアを見た。
言葉の端々や表情から、必死にこちらを気遣おうとする彼女なりの誠実さがうかがえる。髪と同じ、シルファよりも濃い色の瞳。こちらを見つめる双眸は、申し訳なさに揺れてはいるが、宿っているのは真摯な色だ。

素早く逡巡した後。
ジェイドはふう、と大きく息を吐く。

そして、決めた。
自分の直感を信じることに。

(この女性は、嘘はついていない。一か八か・・・掛けてみるか。どうせユサファもクロドも今ここにはいない。)

吉と出るか、凶と出るか。掛けてみなければ分からない。

(だが、もし上手くいけば・・。)

おし、と胸の内で気合を入れ冷静さを取り戻すと、ジェイドはイルナリアを見つめたまま彼女に問うた。
「イルナリア殿。貴女を信頼した上で、私からお話したいことがあります。貴女のお父上にも関わることになりますが・・・どうか聞いていただけませんか。」

第15章  因果は巡る風車  〜風の向く方向〜⑦ ( No.184 )
日時: 2016/12/07 15:46
名前: 詩織 (ID: eqqSR7g/)

パチパチと爆ぜる火の粉が昏い夜空にきらきらと舞い散る様子は、まるで魔法のように美しい。日の暮れた後の森はどこまでも闇に包まれ静かだ。どこかで鳴く獣の声と、風の揺らす木の葉の音だけがその奥深い闇に響いている。
火の番をしていたシルファが手元のまきをくべると、ちょうど吹いてきた風と重なり炎は大きく揺らいだ。
(ラヴィンたち、どうしてるかな。)
見上げた先の夜空に広がる星々を見て、少し前の旅で仲間と共に眺めた星空が思い出された。
家の仕事に関しては口外することができないのは理解しているが、黙って出てきてしまったことが気になってやはり落ち着かない。
(早く帰って話がしたいな。)

「おいシルファ。何ぼーっとしてんだよ。」
「ルージ兄上。」
振り返った先、からかうように口の端を上げて立っていたのは2番目の兄・ルージだった。
「なんだよもうホームシックかぁ?」
「ちがいます!」
口をへの字にして真面目に反論してくる弟に、ルージはケタケタと笑った。
「兄上こそもう寝たんじゃなかったんですか?交代の時間はまだでしょう?」
森の中、少し開けたこの場所には、小さな簡易テントがいくつか設営されていて、その真ん中で燃える炎は先ほど皆の夕食を作るのにつかわれた後、交代で見張り番をつけることになっていた。
「そう怒んなよ、毛を逆立てた犬みてーだぞお前。父上がお呼びだ。交代するからいけよ。」
前半のセリフに反論しようとしていたシルファは、父から呼び出しがあったと聞いて首を傾げた。
「なんだろう?こんな遅くに。明日も早いからちゃんと休めって言ってたの父上ですよね。」
「さあな。出発前バタバタしててお前だけ今回の任務の詳しい説明まだなんだろ?そのことじゃねぇのかな。」
軽く肩をすくめた ルージは椅子替わりの丸太からシルファを押しやると、自分が代わりに火の前に陣取った。
「さっさといけよ。叱られるぞ、遅いってさ。」
ルージに言われ、シルファは立ちあがって服を払うと父の野営テントに向かう。


「父上、お話とは?」
ランプの明かりが揺れるテント内。ユサファのテントは他の者たちより大きめで、大人の男が4、5人は中で動けるようなサイズのものだった。
積まれた資料の横で、シルファはユサファに向き合って座る。
「今回の任務の件ですか?」
ユサファから急な任務同行を告げられた後、シルファは例の魔法文字と古代魔法についての資料まとめを命じられた。何でもシルファが調査してきた古代魔法が、現在父や兄たちが請け負っている内密の任務に役立つかもしれないとのことで、他の兄弟や弟子たちが旅の準備の話し合いをする中、シルファだけは彼の得た知識や情報をまとめる作業に奔走されていたのだった。
だから今回自分がどうしてここに駆り出されているのか、実はよく分からないまま
のシルファだった。
「そうだ。だが今回の仕事内容を話す前に、お前に伝えなければいけないことがある。」
「・・・?」
シルファは黙って父を見つめる。
ユサファは淡々と話を続けた。
「これはこのライドネル一族の中でも、本家当主の直接の血を引く者だけに伝えられてきた伝承。それだけ特別な話だと心得るように。」
言われてシルファは気づく。このテントの周りには中の様子が外からわからぬようにする為の結界が張られている。
思わぬ緊張にシルファの喉が鳴る。
一呼吸おいて、ユサファは昔語りを始めた。
「これは我がライドネル家の初代、つまり魔法使いとしての我ら一族の基礎を築き上げたある兄弟の話であり、我ら子孫に与えられた叶えるべき使命の話でもある。」

**

ラヴィンは内心ハラハラしながら、そっと2人の様子を窺っていた。
ここは疑惑のかかるユサファの本拠地であり、イルナリアはその娘だ。この話をどんな風に受け止めるか分からない。
そんなラヴィンの心配をよそに、あくまで落ち着いた様子でジェイドは一連の出来事をイルナリアに告げている。
ジェイドの話ぶりは実に的確で分かりやすかった。
なるべくイルナリアを刺激しすぎないように、けれど淡々と必要な事実を提示する。感情的にならないように配慮しながら、自分とクロドとの関係も明かすことで、より客観的に事実を述べていることを印象付けさせた。
さすがにユサファやライドネル家への直接の言及は避けたようだが、父親への嫌疑を責め立てるよりも寧ろ父親とクロドの関係を明らかにし、できればクロドから手を引くことを勧める方向で話を進めていくようだ。

(どうか、上手く伝わりますように。)
ラヴィンは祈るようにイルナリアを見る。

「・・・お話は、分かりました。」

一通りジェイドの話が終わった後で、イルナリアは静かに言った。
最初こそ戸惑いを隠せずに、困惑した表情でそれでも決して無礼だと激昂したり2人を追い出すこともせず、黙って話を聞いていた彼女。
けれど途中から、その表情が困惑から何かを考え込むようなものに変わったのを、ジェイドは見逃しはしなかった。
「何でもいいんです。何か少しでも行先に心当たりはありませんか。気になることでもいいんです。最近お父上に、何か変わったことは。」
ジェイドの問いに、イルナリアは少し黙って考えた後、
「少しだけ、お時間を頂けますか。」
と言って頭を下げると、静かに席を立ち部屋から出て行ってしまった。

ラヴィンとジェイドは顔を見合わせた。
さて、どんな返答が返ってくるのか。時間はないが賭けるしかない。
逸る心を押さえながら、2人は長いような短い時間を待つ。

**

「お待たせいたしました。」
随分と長かったように感じられる間をあけて、イルナリアが戻ってきた。
手には、幾枚かの紙切れを持っている。
席についたイルナリアにジェイドが尋ねるような視線を向けると、イルナリアは紙の束を握りしめたまま口を開いた。

「行先が、分かりました。」
「ほんとですかっ?!」
ラヴィンが身を乗り出す。
「ええ。先ほどのお話・・あなた方のことは信用したいと私も思っておりますが、この目で確かめていない以上全てをこの場で信じるわけには参りません。そこは分かっていただきたいのです。」
「当然のことです。」
ジェイドが頷く。
「けれど、実は私にもずっと気になっていたことがあるのです。その・・、最近の父の行動について。」
「ユサファ殿の?」
「ええ。ですから、真実を確かめたいと思ったのです。マリーちゃんを見つけだす為に。そして、私の家族の為にも。」
イルナリアは背筋を正すと、2人の顔を交互に見つめた。
「父たちの行先をお教えしますわ。ただし、条件があります。」
「条件、ですか?」
「はい。」
頷いて、イルナリアはその『条件』を告げた。
「私も一緒に連れて行って下さいませ。」

因果は巡る風車 〜 風の向く方向 〜⑧ ( No.185 )
日時: 2016/12/17 11:16
名前: 詩織 (ID: u5ppepCU)



話し合いののち。
イルナリアは支度がある為少しだけ時間が欲しいといい、後ほど合流することになった。そしてその間に店へと戻ったジェイドとラヴィンに、アレンが一通の封書を差し出した。
「ギズラードからです。」
中身を開くと、一言だけ。
『クロドが動いた。』
「くそ!やっぱりか。」
ぐしゃぐしゃと手紙を握りつぶして、ジェイドは悔しそうに顔を歪める。
「ラヴィン。」
「はい!」
「お前はラパスとジェンと先に行け。俺はまだ、ここでやることがある。」
「うん!分かった。」
「場所は?どこなんすか?」
真剣な眼をしたラパスが問う。
ジェンも、2人を見つめている。その目は必死だ。

「ファリスロイヤだ。」
「ファリスロイヤよ。」

ジェイドとラヴィン、2人の声が揃った。

**

「あれ、シルファ?」
火の番をしていたルージは、ユサファのテントからでてきた弟が自分の寝所ではなくこちらへと戻ってきたのを見て怪訝な顔をした。
「お前の当番は終わったろ。早く寝ろよ。明日はもう現地入りだ」
それとも1人じゃ寝られないって?
そうからかうように言ったルージだったが、弟の様子がいつもと違うのに気づいて笑いを引っ込めた。
「・・・兄上、火の番代わって下さい。どうせこのまますぐには眠れそうもないから」
そう言いながら、シルファはルージの隣に座る。

パチッと音を立てて、薪が爆ぜた。
炎が大きく燃え上がると、昏い夜空に吸い込まれるように、火の粉が舞った。

「・・・次のやつには交代しろよ。明日からが本番だからな」
黙って炎を見つめるシルファにそう言いながら、ルージが立ち上がる。
去り際に聞こえたため息にはいつもとは違う心配の色が滲んでいたのだけれど、深い思考の淵にいたシルファがそのことに気づくことはなかった。

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シルファの去ったテント内で。床に座ったまま、ユサファは1人物思いにふけっていた。
(まさか、こんな形でこの時が来るとは・・。事実は奇なりとはよく言ったものだ)
幼いことからずっと心に誓っていた。この『使命』、祖父との約束は、自分とロンの手できっと果たすと。そのために生きてきたのだから。ずっとずっと、自分は必死だった。

(因果は巡る、か)

シルファの顔が浮かぶ。この計画の鍵はあの子だ。
まだすべてを伝えたわけではないけれど、彼のことだ。もし気づいたとしても、きっと何も言わずに従うだろう。心配ない。計画に不備はないはずだ。

「いよいよ明日ですよ、おじい様」

もうこの世界にはいない祖父に向けて、ユサファは小さく呟いた。