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- 第15章 因果は巡る風車 〜風の集う場所〜② ( No.190 )
- 日時: 2017/01/17 15:10
- 名前: 詩織 (ID: 9hpsnfBu)
2日がかりで完成された巨大な魔法陣は、まだ発動させていない今でさえ、すでに重厚な存在感を放ってそこに在った。使われている魔法道具は全て特別なもので、シルファはこんな大掛かりな魔法を見るのは生まれて初めてのことだ。
城中の空気自体がざわざわと落ち着かなく感じるのは、きっと気のせいではない。魔力が騒いでいるのだ。
「シルファ」
最後の調整をしていたシルファは、父の声に顔を上げる。
「あとはお前のところで最後だ。状況は」
「はい。あとはこの調整で完成です」
頷いて去っていく父の後ろ姿を眺めながら、シルファはあの日の出来事を思い返していた。
石碑の調査から戻ったあと。
シルファの報告を聞く父の様子がいつもと違うような気がしていた。自分も夢中になって話していたから最初は気づかなかったけれど、聞き入る父は見たことがないくらい真剣で、さらに、途中からは兄たちのことも呼び出して、一緒にシルファの話を聞くように命じた。
そして、2日前。
何も知らされず同行させられていた今回の旅の目的を知らされた。
「これは我らが一族の使命だ」
長い年月をかけ、ようやくその場所が特定できたのはまだ最近のことだった。調査の為、諸国を旅していたロンの掴んだ微かな手がかりを頼りに、少しずつ少しずつ、綿密な調査と研究を繰り返し、やっと見つけた事実。古城・ファリスロイヤ。
ずっと解けなかったパズルの最後のピースは、奇しくもシルファの持ってきたトーヤからの情報だった。
ファリスロイヤ城に眠るのは、リーメイルだけではない。暴走する魔力だけではない。我らが何よりも望んでいた始祖の魂。その魔力は、我らの元に取り戻すべきだ。
そう語るユサファの話を、シルファは真っ白な頭でただただ聞いていた。
あまりにもいろんなことがひと時に起きて。
父から聞かされる話もすべてが初めて聞くものばかりで。
動揺を隠せないまま、それでも一度、トーヤに相談できないかと父に頼んだ。魔法陣の封印に無理やり手を出せば、それこそ多大な被害をもたらすかもしれない。
ユサファの答えは「否」だった。
我らライドネル家の威信にかけて、この地への余波は防ぐ。始祖の魔力だけを解放し、他には一切手を出さない。
ユサファの鋭い眼光は、一切の妥協を許さなかった。
シルファは己の答えを見つけることもできないまま、今、ここで父の命令通りに働いていた。
(本当にこのままでいいのか?)
(父上の言うことが間違っていたことはない。父上は絶対だ)
(でも・・。トーヤは?リーメイルはどうなるんだろう。彼との約束は守りたい)
(父上が言ったじゃないか。他には一切手を出さないと)
(本当にそんなこと可能なのかな?こんな規模の魔法でそれは、まるで砂粒をより分けるような繊細な作業だ。万が一バランスを崩せばまたあの時のように)
(そんなはずない。父上や兄上たちがいて、失敗することなんてあるはずないんだ。きっと大丈夫。トーヤたちには終わったら報告に行けばいいんだ。)
自問自答を繰り返し、それでもシルファは、父に従った。
逆らうことなどあり得なかった。
そうして、全ての準備は整っていた。
**
巨大な魔法陣。
すでに仄かな青白い光を孕むその紋様の上に、正装した魔法使いたちが杖を持って並ぶ。
特別製のローブの下には、揃いの装束。
頬には魔法石を粉にした塗料で、赤や青、黒、金銀のペイントを施していた。
目深に被ったフードから覗くのは、銀色の髪、銀色の瞳。赤い宝石のついた銀色の腕輪を身に着けて。誰が誰かも分からなくなるような統一感。
その光景はまるで絵画のようでもあり、荘厳さと得体のしれない暗闇が入り混じった不可思議な空間だった。
シルファはフードの影から足元を覗く。
まわりは見えないから、まるでこの世界に自分一人が取り残されたみたいだった。
誰も何もしゃべらない。皆、これから始まる魔法に備えて意識を集中している。
------------ そんな静寂を破ったのは、場違いに明るい男の声だった。
「おお!これはこれは。準備万端ですかな」
聞いたことがある声だった。姿勢を変えることなく足元を見つめたまま、シルファは記憶を探る。
確か、あの時。一緒にいたのは姉だった。グレン公爵の使いだという黒髪の・・
「クロド殿。大声は控えて下さい。皆精神を集中させておりますゆえ」
ロンの声がする。
(どうしてここにあの人が?)
息を整えながら、シルファの頭に疑問が浮かぶ。普通はあり得ない。こんな時に魔法に耐性のない人間が近くにいるのは危険なのに。しかも、公爵の使いの男がなぜ?
「ああ、ユサファ殿」
クロドがユサファを見つけ声をかけた。
「いやはや流石、仕事が早い」
言いながら、なにか気配がした。クロドの他にも何人かいるらしい部下に、彼が何かを命じたのだ。
「こちらもぬかりなく。必要なものはこれですべて揃いましたな」
(必要なもの?まだ何かあるのか?)
シルファは眉根を寄せる。ユサファは何も喋らない。ロンとクロドが何やら二言三言話すのが聞こえ、そして・・・。
「さあ、こっちだ」
「ちょっと!1人で歩けるわよ!そんなに強く引っ張らないで!」
(・・・え)
突然聞こえてきた、幼い少女の声。
シルファの思考が止まった。
一瞬自分の立場も忘れて勢いよくそちらを振り向く。フードを跳ね上げた視線の先には-----。
「・・・マリーっ?!」
ここにいるはずのない少女。小さな友人。
いかつい男に腕を引かれて入ってきた彼女に、シルファは思わず叫んでいた。