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第15章 因果は巡る風車〜風の集う場所〜⑤ ( No.196 )
日時: 2017/01/24 14:41
名前: 詩織 (ID: lTlVXzN9)

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部屋中に焚かれた不思議な香りに、マリーは意識がぼんやりしていく。
異国の香のようなものからは、匂いだけでなくうっすらとした煙があがり、部屋の中は朝もやに包まれたようにぼやけて見えた。

大きな円を描くように魔法使いたちが並んでいる魔法陣の中心に、マリーは立たされる。彼らは一様に同じ衣装を纏い、顔をフードで隠し、胸の前で両手を組むという同じ態勢で微動だにしない。まるで人形だ。全く同じ人形が、何体も並べられている。
マリーは、自分がどこか別世界に来てしまったのではないかと感じた。
香の煙が自分の中にも入ってくるかのように、思考にかかる靄も次第に濃くなっていく。

(シルファ・・)

人形の一体が動いた。
それはマリーの目の前でかがみ込むと、小さくフードを上げる。
シルファだった。

「マリー。大丈夫だ、僕が近くにいる。いいかい、力を抜いて、ただ誘導の声通りにやればいい。申し訳ないけど・・少しだけ、君の特殊な魔力を貸してほしい。すぐに終わらせるから」
「・・うん・・わかってる・・」
混濁する意識の中で、マリーはシルファの為に笑おうとした。
けれどもう、身体が思う様に動かない。
「シルファ・・・信じてるから・・・」

気を失う様に瞼を下したマリーを見つめながら、シルファは黙ってその髪を撫でる。
本人の意識がなくなっても、マリーの身体はそのままの状態でそこに立たされていた。魔力によって。

「儀式を始める」
シルファが持ち場に立つと同時に、低く厳かな声が響く。ユサファだ。
それを合図に、魔法使いたちは無駄のない動きで胸の前に印を組む。
そして一斉に、囁くように歌い始めた。


「アーー」
「アーー」
「アーー」

最初は低く。少しのずれもなく発せられる一音は、声というより「音」だ。
しばらくして、その一音の響きの中に、かすかに倍音が響く。
そこから重なるように、高低いくつもの音に分かれ、その音量は次第に大きくなってゆく。
大きく、大きく。重なりあい、響きあう。
その間にも、幾重にも鳴る鈴、打楽器。

そして今。
部屋中に響くのは、うなるように重厚な、和音。
他のすべてをかき消すような、異世界のような。

ぶわりと風が起こる。円を描くようにぐるぐると渦を巻くように吹き始めた風により、魔法使いたちのローブが強く煽られ、バサバサと布が暴れる音を立てた。

「・・んっ・・」

そんな中、風の中心、魔法陣の中心から苦し気な声が漏れた。
マリーだった。
シルファははっとして彼女に視線を走らせる。
「うう・・」
苦しげな声とともに、その顔はひどく歪んでいて。
呼吸は浅く速い。
額に滲んだ汗はまるで滝のようだった。
「マリー?!」
思わず声を上げたシルファの前で、風が不自然に乱れ小さな火花が散った。
「っ!!シルファっ!集中しろ!!」
隣からリュイが怒鳴る。反動でまたチリチリと青い閃光が走り、魔法使いたちにかかる圧はずしりと増した。
「和を乱すなシルファ。皆のバランスが崩れる」
冷淡にさえ聞こえる声で制するユサファを、シルファは非難の声を上げて振り返る。
「父上!やはり彼女1人では荷が重すぎます!このままではマリーが・・っ」
シルファの訴えに、けれどユサファは表情を変えない。
非情なまでに淡々と言い放った。
「うろたえるな。皆、かまわず続けろ。シルファ、集中するんだ。これは命令である」

言ったそばから、マリーの痛ましげな叫び声が上がる。
助けて、と。
シルファにはそう言っているように聞こえた。

「父上!!どうか儀式の中止を」
「ならん!!」

ユサファが一喝する。
その瞳は、シルファの知っている父ではなかった。
「・・あと少し・・、あと少しなんだ・・っ!」

熱に浮かされたようにつぶやく姿は、もう父には『使命』という願いを叶えることしか見えていないのだと、シルファに知らせた。



その言葉に。表情に。
シルファは何か自分が大事に大事にしてきたものが、大きな音を立てて折れるのを感じた。それは例えば『信頼』であったり、『信念』とか呼ばれるようなもの。

風はゴウゴウと勢いを増し、魔力の圧がさらに強まる。

誰よりも尊敬していた父と、3人の兄。
生まれた時からもうずっと、自分のはるか先を走り続ける、敵うはずのない存在。
けれど追いつきたくて、認められたくて。
必死に追いかけてきた、目標そして憧れであり続けた。

その「強さ」が欲しかった。
強い自分になりたかった。彼らのように。

−−−− でも。

「こんなの・・・」

のどからでた声は、自分の声とは思えないほど掠れていた。
身体が震える。
その感情は、怒りか、絶望か。

苦しむマリーの姿が目に映る。
その口が小さく動いた。
シルファ、と。

「・・・っ」
次の瞬間、シルファの叫び声が部屋中に響いた。


「こんなのっ!僕の欲しかった『強さ』じゃないっ!!!」


彼のいた場所から爆発音があがる。
そんなことをものともせず、シルファは駆け出していた。

風と火花の荒れ狂う中心部、マリーのいる処へと。