コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 第15章 因果は巡る風車〜欲しかった強さ〜 ( No.197 )
- 日時: 2017/02/02 14:54
- 名前: 詩織 (ID: .WGhLPV.)
「くっ!!マリーっ!!」
シルファは両腕で、その小さな身体を抱え込む。熱くなったマリーの身体はくたりと力なく倒れ、返事はない。
「ごめん。ごめんよマリー」
意識のないマリーを強く抱きしめると、シルファは彼女を抱きあげ立ち上がった。
「シルファ、やめるんだ。彼女を戻して持ち場に戻れ」
ユサファの厳しい声が飛ぶ。
シルファが抜けたことでバランスを崩した魔力が暴走し、他の魔法使いたちを圧迫していた。風は唸り閃光は激しさを増す。
「嫌だ」
そんな中響いた、シルファの凛とした声。
「それはできません、父上」
ユサファが瞠目する。
見返すシルファは視線を反らさない。すでに心は決まっていた。
何が正しいのかなんて自分には分からない。
でも、マリーをこのままにしておくのは絶対に嫌だった。
「・・逃げられると思うのか、この状況で」
父の言葉にシルファは厳しい表情のままちらりと周りを見回す。
意識のないマリーを抱え、何人もの仲間たちに囲まれている現状。
でも。
「僕はマリーを連れて帰ります。・・彼女を待つ人たちの所へ」
父と息子の鋭い視線がぶつかる,極限の緊張感の中。
部屋の入口から聞こえてきたのは、誰もが予想しえなかった人物の声だった。
「シルファを行かせてください、お父様。後は、わたくしが引き継ぎます」
力強い、けれど澄んだその声と共に現れたのは。
「あ、姉上?!」
ここにはいるはずのない、姉・イルナリアの姿だった。
- 第15章 因果は巡る風車〜欲しかった強さ〜② ( No.198 )
- 日時: 2017/02/02 17:22
- 名前: 詩織 (ID: .WGhLPV.)
**
「イルナリア?!お前、一体どうして・・」
完全に虚を突かれたユサファは激しく動揺した。
ギリアの屋敷にいるはずの娘が、なぜここにいるのか。
と同時に、ユサファの目は彼女の装束にくぎ付けになった。
「イルナリア・・まさか、それは」
「ええ、その通りですわ、お父様」
イルナリアが頷く。
「これは、私の覚悟の証です。どうかもう、無茶なことはお止めください」
イルナリアの美しく長い髪は高く結われ、両手足には銀細工に赤い宝石をあしらった装飾具。
けれどその装束は他の誰とも違う、漆黒の布地。
「姉上・・」
姉は身体が弱く、魔法使いとして鍛えられてもいない。
けれど彼女が今身に纏っている服は、着る人間の魔力を引き出し増幅させる為の魔法装束。発動させるのに技術はあまり必要ない代わり、出力のコントロールがとても難しい。つまり、暴走しやすいのが特徴だ。十分に訓練された者ならともかく、こんなものを姉がもし発動させたら・・。
「姉上?!ダメですそんな、何をする気で」
呆然としつつ叫ぶシルファに、イルナリアはせかすように言った。
「いいから早く!マリーちゃんを連れてこっちへ!」
叱咤するような姉の声に、戸惑いながらもシルファはマリーを腕にしっかり抱えると、口の中で呪文を紡いだ。
「っ!よせ、シルファ!許さんぞ」
そう声を荒げながらもユサファは妨害の魔法をかけることをしない。
黒衣を纏ったイルナリアの存在が、確実に、彼を動揺させていた。
荒れ狂う風と光の中、シルファは体当たりするように外へ向かって足を進める。
2人のまわりにはシルファの魔法によって防護の膜がかかっていたが、魔法陣の威力は凄まじく、シルファの身体には電流のような衝撃が何度も走る。
ところどころに裂傷を負いながら、けれどマリーだけ傷つけまいと必死でかばった。
魔力の壁を突き破るようにして、シルファはマリーと共に魔法陣の外に出る。
とたんに身体が軽くなり、たたらを踏んでよろめくと、走り寄って支えたのはイルナリアだった。
「早く部屋の外へ」
言いながらシルファを入口のほうへ押しやった。
「でも・・、姉上は」
「私は大丈夫よ。信じて」
強い姉の声に、シルファは大きくうなずくと、そのまま部屋の外へと駆け出した。
「待てシルファ!私に逆らうのか!」
追う様に一歩踏み出したユサファとシルファの間に、イルナリアは立ちふさがる。
その間にシルファの姿はユサファの視界から消え、足音は遠ざかっていく。
「・・イルナリアお前・・」
低く唸るような声で、ユサファは娘を睨みつけた。
「自分が何をしているか分かっているのか!!」
「分かっています。」
イルナリアは静かに告げた。
「私は、私のやるべきことをする為にここへ参ったのですから」
- 第15章 因果は巡る風車〜欲しかった強さ〜③ ( No.199 )
- 日時: 2017/02/15 11:39
- 名前: 詩織 (ID: q7aY8UsS)
**
意識がふわりと浮かび上がる感覚がして、マリーは薄く目を開けた。
ぼんやりと霞む景色は薄暗い。
寝かされている背中に当たるのは布越しにも固くごつごつとした感触で、少し冷たかった。
「・・マリー?」
名前を呼ばれた気がして、まだ朦朧とする意識のままマリーは視線を彷徨わせた。
気が付くと目の前に、自分をのぞき込む彼がいた。
「・・ジェン・・?」
「ああ、良かったマリー。気が付いたんだな」
心底ほっとしたように頷きながら、ジェンは片手でマリーの顔をそっと撫でた。
マリーは自分の手が、暖かいものに包まれているのに気が付いた。
もう片方の、ジェンの手だ。
「どこか痛いところは?」
マリーは小さく首を横にする。
「そうか。だいぶ無茶なことをしたから、しばらくは動かない方がいいそうだ」
マリーの小さな手を包み込むジェンの手に、ぎゅ、と力が籠る。
「マリー。もう大丈夫だ、皆いる。俺も、ここにいるから」
「・・シルファ、は?だいじょう・・ぶ?どうな・・た・・」
「全部大丈夫だ。お前が心配することは何もないよ。いいから、安心してゆっくり休むんだ」
そう言って微笑むジェンの顔は、どこまでも優しい。
しばらく黙って彼を見つめていたマリーの顔が、突然、くしゃりと歪んだ。
「ごめんなさい」
蚊の鳴くように小さな声。
「迷惑かけて、ごめんなさい」
震える声に、ジェンは驚いたように目を丸くした。
「マリー?お前は何も悪くないだろ」
「でも、私が1人で街に出かけたりしたから・・近道しようとして、人通りの少ない裏道なんて使ったから・・」
心配かけて、ごめんなさい。
絞り出すようにそう言うマリーの瞳からは、大粒の涙がぽろぽろと零れた。
「あのなマリー」
「役に、立ちたかったの」
ジェンの言葉が遮られる。
涙はさらに溢れて止まらない。
「ジェンの役に立ちたかったの。強くなりたかった、もっともっと。魔法が使えるようになったら、きっと堂々とあなたの隣にいられるって思って、焦って、1人で勝手にこんな・・」
「マリー」
何か言おうとするジェンに、マリーは激しくかぶりを振った。
「私がいるから、ジェンはずっと無理してる!いっぱい我慢してる!そんなのもう嫌だったの。私がいなければって、思ったこともあったよ。でも無理だった。私にはもう行く場所はないし、何よりジェンと離れるなんて、私には考えられなかったの。でもそれは私の我儘だから・・。もっと力をつけて、ジェンに、必要とされる人になりたかった。今すぐにでも」
ずっと押し込めてきた想いが溢れだしたら、もう止まらなかった。
わんわんと、マリーは声を上げて泣いた。
今までしたことがないくらい思い切り泣いた。
「私がいると、また今回みたいに力を利用しようとする人たちがいるかもしれない。また、ジェンに迷惑がかかっちゃう。私がいなければ・・ジェンは自由になれるのに」
吐き出すように言って、マリーは唇を噛みしめた。
ジェンはマリーの手を握ったまま、ただ黙って話を聞いていた。
静寂の中、マリーのしゃくりあげる声だけが響き、それも次第に落ち着いて小さくなっていく。
「なあ、マリー」
全部吐き出したマリーが落ち着いたのを見計らって、ジェンが声をかけた。
「お前、ちょっと俺のこと誤解してないか」
一瞬何を言われたのか分からなくて、マリーはきょとんとジェンを見上げた。
ジェンは大きく息を吐いてから、苦笑するような表情を浮かべる。
「俺は義務だけで何でも我慢できるほど大人でもないし、好きでもない奴の為に仕事を辞めたり旅に出たりするほどお人よしでもない。面倒見がいいって言われるのも、下にたくさん兄弟がいたからだろうな。習慣っていうか」
「・・・」
「お前が強くなりたいと思うなら、それもいいと思う。魔法を学ぶのも、他の何かを身につけることも。お前の人生だ。好きなことをすればいいさ。でもなマリー、お前が自分のことを強いと思っていようが弱いと思っていようが、そんなこと俺はどっちだっていいんだ。どっちだって、俺はお前と一緒にいるんだから」
今度はマリーが、その濡れた瞳を丸くする番だった。
「言ったろ。俺は義務でそんなことできるほど、出来た人間じゃないんだよ。お前といるのは、お前の我儘じゃない。俺の我儘だ。俺が、マリーといたいんだよ。だから連れだしたんだ、あの家から」
言いながら、その両手でマリーの小さな手を包む。
「俺は、お前が大事なんだ。だから、これからも・・、いつかお前に他に行きたいところができるまで、ずっと一緒にいるよ」
マリーの瞳に、再び涙が溢れた。先ほどとは違う、暖かな涙だった。
ジェンはマリーをそっと抱き起すと、自分の腕に抱き込んだ。
「ジェン」
「うん」
「ジェン・・っ」
「うん」
柔らかな頬を伝う涙をそっと拭ってやりながら、ジェンは笑った。
「もうずいぶん一緒にいると思ってたけど、まだまだ話したりなかったな、俺たち。帰ったら、またたくさん話をしよう」
「ん」
「皆で帰るんだ」
「うん!」
晴れやかな笑顔で、マリーはジェンの胸に身体を預ける。
そのうち安心したように聞こえてきた小さな寝息に、ジェンは胸をなでおろす。
このまましばらく。
できればこの騒動の決着がつくまで、彼女を存分に休ませたい。
腕の中の小さな身体を抱きなおしながら、ジェンは呟いた。
「さて。あっちはどうなったんだろうな」
- 第15章 因果は巡る風車 〜欲しかった強さ〜④ ( No.200 )
- 日時: 2017/03/06 12:29
- 名前: 詩織 (ID: a1.gBlqJ)
「・・シルファ。トーヤがもうすぐだから準備してくれって」
遠慮がちに声をかけたラヴィンは、返事のない背中にもう一度呼びかける。
「シルファ?」
「え、あ、ラヴィン。ごめん、何か言った?」
抑揚のない声はやっぱり彼らしくない。
「トーヤが、もうすぐだって」
「そっか。分かった、ありがとう」
微笑んでるつもりだろうけど、その笑顔がいつものシルファじゃないことにラヴィンの胸は痛んだ。
ここはトーヤのいる地下の隠れ家だった。
イルナリアの機転により、城に直接ではなくここにある移動魔法陣を使って向こうの隙をつく作戦をとったのだ。
そうして今、イルナリアがユサファたちと対峙している間に、マリーとシルファを連れて一旦こちら側へと戻ってきた。
『眠りの唄の封印は今、無理やり蓋がはがされた状態だ。どちらにしても、もう引き返せない。魔力は溢れ出てくる』
『そんな!どうしたらいいのトーヤ』
『長い年月を経て、魔力はだいぶ薄れている。俺もその一部だからな、分かるんだ。だから思い切って封印を解けばいいと思う』
『そんなことしたら魔力の暴発が』
『聞け。シルファの一族がやろうとしたことは、封印された魔力の中から特定の力だけを選別する魔法だった。マリーの力を上手く起動出来ずに失敗に終わったが、今度は俺の力を使えばいい。俺は封印された魔力の一部だ。今の状態なら力をコントロールできる。そうして呼び出すんだよ』
『呼び出すって・・』
『リーメイルだ』
眠っているリーメイルの魂を呼び出す。そして残された魔力が暴発する前に、正しい流れで自然に還るよう魔法をかけ直してもらう。
『今だからこそ出来る方法。そしてそれが出来るのは、世界でただ1人、リーメイルだけだ』
ラヴィンはシルファに近づくと、静かに隣に座った。
俯く彼の顔は髪に邪魔され、隣からでもその表情は見えない。
「シルファ」
返事はない。
ラヴィンは思い切って手を伸ばすと、優しくシルファの背を撫でた。
「大丈夫。シルファ、大丈夫だよ」
彼の肩にこつんと頭を乗せると、肩を抱くように身を寄せた。
「・・強く、なりたかったんだ」
こぼれた言葉は、微かに震えていた。
「でも、それは僕の欲しかった強さじゃなかった」
僕は、間違ってたのかな。
静かに漏れる嗚咽に、ラヴィンはただ黙ってその背を撫で続けた。
- Re: はじまりの物語 ( No.201 )
- 日時: 2017/03/27 21:48
- 名前: 詩織 (ID: Q8MrRCmf)
**
「どういうことだ、イルナリア」
固い声で問いただす父親を前に、けれどイルナリアは臆することなく向かい合った。
「言った通りです。私は私のやるべき事をする為にここに来ました」
「やるべき事とは」
「もちろん、お父様をお止めすることです」
イルナリアの視線は揺るがない。
ユサファは疲れたようなため息をついた。
今回の要であるマリーとシルファはすでに姿を消している。
計画は失敗だ。
中途半端に放たれた魔力が暴走しないよう、魔法使いたちはバランスをとるので精一杯。このままおけるはずもなく、すぐに今後の処置を考えなければいけない。
「どうして突然・・その恰好はどうした、なぜ魔法使いでないお前が」
「魔法使いではないからこそです」
イルナリアは即答する。
「せっかく素質が認められても、身体が弱く魔法使いとしての道は選べなかった。家族なのに何の役にも立てないのが悔しかった。私だって、お父様やお兄様、シルファや・・皆と一緒に、この家の為に力を尽くしたかった」
ユサファも、その後ろで魔法の渦中にいる3人の兄たちもそろって瞠目していた。
イルナリアがそんな風に自分を語るのは、初めてのことだったから。
「だから決めたのです。直接魔法は使えなくとも、魔法についての知識は誰よりも身に着けようと。魔法道具のことも必死で学びましたわ。いざという時、いつでもお役に立てるように」
「・・それが・・なぜ、今・・」
「お父様。私がそう心に決めていたのは、家族が、一族の皆が大切だったからです。皆が笑っていられるように、私は私なりに大切なあの家を守りたかった。・・お母様のように」
まだ子供たちが年端も行かぬ頃、病で逝った妻。
その面影が浮かぶ。
「殿方というのは大変ですわね。当主、またはそれに準ずる立場になれば尚更。守らなければならないものが増えていく。・・けれど」
—— その中で見失われていくものも、確かにある。
そしてそれはもしかしたら、とても、大切なものかもしれない。
「今、お父様はご自身の本当の心を見失っているように感じます。それはお兄様たちも」
ユサファは立ち尽くしたまま、微動だにしない。
イルナリアは静かに告げた。
「それをお止めするのが、ライドネル家の女としての、私の役割かと。ですから私は私なりに、勤めを果たそうと思います。—— お母様に代わって」
- Re: はじまりの物語 ( No.202 )
- 日時: 2017/03/28 12:22
- 名前: てるてる522 ◆9dE6w2yW3o (ID: VNP3BWQA)
- 参照: http://From iPad@
お久しぶりです!!
……名前をお見かけしてたまらずにコメントさせて頂いてます笑←
前回コメントした時に、参照6000突破の内容だったと思うんですけどあと少しで7000……きっと詩織さんならすぐなんだろうなぁ、とか思ってました。
小説を新コメディ板に移動しました!
最近は忙しいを言い訳になかなか更新出来ていないです←
本当は書こう、と思って時間を作っているのに全く書けなくって。
ここまで捗らないなら……いいや。ってなってしまいます(‾▽‾;)
本当に忙しくて更新の出来ない方に失礼ですよね。←
一更新の文字数もそんなに少なくないはずなのに、なかなか進まない。
ずっと停滞してる状態です笑
あんまりテンポよく進めすぎても、なんだかなぁーって思ってしまいますが私の場合は遅すぎてテンポが悪いどころかまともに刻めてさえいなくて(´;ω;`)
私自身の話ばかりになってしまいましたが、詩織さんの更新見て心に染みるものがありました。
どうやったら、こんなに夢中にさせられるような文章や内容が書けるんだろうとか……。
そのお陰もあってか、今日は少し進めることが出来ました←
この小説が立てられた時から、「すごく面白い」って思った気持ちが今でも離れなくて。
なんて言うんでしょうか、この小説の……虜です笑
本当に素晴らしい作品をありがとうございます!(*´▽`*)
これからも頑張ってください!
応援してます。
色々と書いてしまってすみません(((;°▽°))
byてるてる522
- Re: はじまりの物語 ( No.203 )
- 日時: 2017/03/28 14:28
- 名前: 詩織 (ID: Q8MrRCmf)
>> てるてる522さん
お久しぶりです!お元気そうで何よりです☆
私もなんだかんだで更新が久しぶりになってしまい(しかも短い(;^ω^))サイトを開くのも2週間ぶりくらいです。
「最近は忙しいを言い訳に〜〜」、私もおんなじですよ!
なんとか書く時間は作れるんだけれど、その隙間時間でうまく集中力やモチベーションが保てなくて。
結局停滞させてしまって、読んで下さってる方に申し訳ないなぁといつも思います。
でも文章書いてるいろんな方の話を聞くと、それもひとつの「文字書きあるある」みたいです。
あるプロの方は、
「受賞云々以前に、まず完結させることが難しい」
「書けないから意志が弱いとか自分を責める必要はない。それは小説的筋力がないだけだ。
いきなりフルマラソンをしても完走なんてできない。まずは短距離から筋力をつける。小説も同じで、書き上げることがとても難しいのだから、少しづつ習慣づけて小説的筋力を鍛える」
というようなお話をされてました。
私も小説的筋力は全然ないから、すぐ逃げたくなっちゃう。
好きで書いてるくせにね(^-^;
あと頭の中のイメージではすごく色々浮かぶのに、実際書くと全然それを表現できない自分の実力が目に見えてしまって
そのギャップに自分が耐えられないとか(苦笑)
全力でやるって、残酷なほどに自分のできなさ加減が浮き彫りになりますからね。文章だけじゃなくて、どんなことでも。
でもそれも「あるある」らしいですよ。
割と創作者の皆さん、似たような経験されてる方も多いようです。
私はそれを知って、「なんだ〜自分だけじゃなかったんだ〜。じゃあこつこつやってたらなんとか乗り越えられるかな」と、ちょっとほっとしました(^^)/
こんな私が書き続けられているのは、
てるてるさんのように読んで下さる方、声をかけて下さる方がいるからに尽きます。
1人だったら、絶対続いてない!
だからとっても、本当に感謝してるんですよ。
嬉しいコメントを、どうもありがとう(#^^#)
てるてるさんの作品も、十分に面白いし、私にはない視野と感覚を持ってるので新鮮です。もしかしたらご本人にとっては当たり前すぎることかもしれないけど、他人から見たら意外と新鮮なことってあるんだと思います。自信持ってくださいね♡
素敵なメッセージに感動して、こちらこそ長々と失礼しました<(_ _)>
これからも小説、お互いに楽しみましょう。
- 第15章 因果は巡る風車 〜欲しかった強さ〜⑥ ( No.204 )
- 日時: 2017/03/28 14:39
- 名前: 詩織 (ID: Q8MrRCmf)
記憶の中の彼女は優しくて朗らかで、そのくせ時折見せる頑固さはユサファをもたじろがせるほどだった。
けれどその笑顔はどんな時も、ユサファに安らぎを与えてくれる。
振り返ればいつも、見守っていてくれたひと。
(・・・リリア?)
目の前の娘に重なるのは、遠い記憶の中の妻。
「お父様を責めるつもりなど、私には毛頭ありません。その資格すら、私にはないのですから」
茫然を自分を見つめるユサファから目を逸らさずに、イルナリアは続ける。
「家の為、ご先祖様方の為、そして今を生きる私たち一族皆の為。そうやって全部を背負われて、ご自身の全てを捧げてきたお父様を責めることなど、一族の誰にもできはしません。私たちを守ってきて下さったお父様には心から感謝しております」
けれど、と。
そう言ったイルナリアの瞳が揺れた。
うっすらと透明な雫がひとすじ、その白く柔らかな頬を滑り落ちていく。
「だからこそ、お父様をお止めしたかった。こんな形でご自身を失って欲しくなかった。幸せに、なって欲しかった」
もちろんシルファやマリーの為でもあった。
きっかけはラヴィンとジェイドとの面会だった。
けれどその気持ちの更に奥、ずっとずっと隠してきた父への想いが今言葉に、行動になってあっという間に溢れだしてゆく。
「お父様」
「・・・」
「私、何でもしますわ。お父様のお力になれるよう、もっと頑張ります。だからどうか、お一人で背負わないで下さい。どうか、あの優しかったお父様に戻って、笑って下さいませ。このような、誰かを、自分たちをも犠牲にする行為など、どうかお考え直し下さい。お願い致します」
そこまで言ったイルナリアの身体が、ふいに傾いだ。
「おい!イル!」
くたりと崩れ落ちるイルナリア。素早く駆け寄ったのはリュイだ。
魔法から手を放したことで鋭い火花と痛みが彼を襲ったが、かまうことなく妹を抱き止めた。
「大丈夫か?!」
「・・え、ええ、大丈夫・・です。少し、眩暈がしただけで」
青白い顔をして、それでも気丈に笑みを浮かべようとする妹に、リュイは口元を歪める。苦い思いがこみ上げる。
「バカ。なんて無茶なこと・・」
「リュイ兄様こそ」
魔法よって火傷を負ったリュイの右手を、イルナリアはそっと包み込む。
「シルファと同じことを。やっぱり兄弟ですわね、私たち」
ふ、と嬉しそうに笑った後、イルナリアはリュイの眼を見て言った。
「私、お兄様方にも、幸せになって欲しいと思っています。そんな辛そうな眼をするリュイ兄様も、もう見たくないんです」
「・・イル」
驚いたように瞠目して、それからリュイの表情が崩れた。
困ったような、泣く一歩手前のような、そんな笑みだった。
「ふふ。良かった」
「?」
「リュイ兄様のそんなお顔、久しぶりに見ましたわ。最近はずっと難しい顔で気を張ってらして。シルファにも意地悪ばかり」
「あれは」
「分かっています。あれは兄様なりの愛情表現ですわよね。シルファをからかう時だけは、楽しそうにしてらしたもの」
イルナリアがクスリと笑う。
リュイはぐっと言葉につまった。
「気づいていないとでも思ってらして?見ていれば分かります。お父様もお兄さま方も、だんだん笑わなくなって、苦しそうな顔をすることが多くなって。それを見ているのは、とても、辛かった」
瞳を伏せるイルナリアに、リュイは言葉を見失う。
そして。
「・・・父上」
ユサファの身体がぴくりと揺れた。
「父上。俺はここで降ります。やはりこれはやりすぎです。いくら父上のご命令でも。そしてそれをお止めできなかったのは、長男である俺の責任。どんな後始末でも
俺が全てを懸けてやり遂げますから。どうか父上、イルナリアの願いを、お聞き届け下さい」
「リュイ兄様・・」
ユサファは瞳を閉じる。
目の前の暗闇に、今までの日々が浮かんでは消え過ぎ去ってゆく。
物心ついた時から自分の心の中心にあった使命。
それによって心は勇み、高揚し、いつか必ず叶えると誓った。
ライドネル家の魔法使いであることは、自分の輝かしい誇りだった。
けれどいつの間にかその夢は、強い執着に変わっていたのか。
自分は間違えたのだろうか?
ならばいつ、どこで?
何を見失ってしまったのだろう。
途方もない気持ちでため息を吐き、そっと瞼を上げる。
受け入れるのは苦しい。けれど目の前にいる、子供たちの必死な姿は、想いは。それが今自分が選ぶべき答えだと分からせてくれる。
同時に心のどこかで、まるで憑き物が落ちたような肩の軽さを感じているのも確かだった。
(私も、もう十分いい歳になったと思っていたのに)
いくつになっても、自分の心すら、御するのは難しいものなのだな。
心中で呟いて、ユサファは子供たちを見つめた。
「・・分かった。計画は、ここで正式に中止とする。速やかにこの場を収める術式へと儀式の内容を変更しよう。イルナリア」
「はい!」
喜びに瞳を輝かせるイルナリアと、心からの安堵を浮かべるリュイに向かって、ユサファは呼びかけた。
「お前はすぐにその衣装を脱ぎなさい」
「っ!嫌ですお父様!私も皆と一緒に」
「駄目だ。これ以上ここにいたらお前の身体がどうなるか分からない」
「でも」
「言うことを聞きなさい。私もお前の願いを受け入れた。お前の身に何かあったら、リリアに合わす顔がない。分かってくれるな」
言い聞かせるような声音と、瞳に宿る優しい色。
先ほどまでとは違う、大好きだったあの頃の。
「・・お父様」
瞳を潤ませるイルナリアを、リュイが支え直した。
「イル、ここは危険だ。着替えを済ませたらお前はどこか離れた場所で・・」
「それならご案内します。姉上はどうぞこちらに」
静かに告げる声。
「シルファ!!」
「戻ってきたのか?!」
イルナリアとリュイが叫んで振り返る。
入り口に立つシルファ。その後ろには、赤い髪の少女と、青い瞳の剣士が一緒だ。
それから。
「・・もしかして、トーヤ、殿?」
目を瞠るイルナリアに、シルファの隣に居る・・ように見える、不思議な姿の青年が頷いた。
「俺の名はトーヤ・クラウン・ファリス。この騒動の決着をつける為、提案があってここに来た」
- 第15章 因果は巡る風車〜欲しかった強さ〜⑦ ( No.205 )
- 日時: 2017/04/13 11:56
- 名前: 詩織 (ID: JPqqqGLU)
**
「何ぃ?儀式を中止だと?どういうことだそれは!」
怒鳴りつけるクロドの剣幕に、部下たちは身体をビクッと竦ませる。
「そ、それが俺たちにもよく分からないんです。何か言い合う声が聞こえて、バチバチっとこう、でっけー音が何回も聞こえてきて・・」
見張り番の男たちはしどろもどろに顔を見合わせる。
「魔法使い以外は部屋に近づくなと言われてたから別室で待機してたんでやすが、音が収まったから近づいてみたら、ユサファ・ライドネルの声で『儀式は中止する』って。なあ?」
「お、おう。確かにそう言ってやしたぜ」
不安げに自分を見る部下たちを無視して、クロドは拳を壁に叩きつける。
「クソ!まさか裏切る気かユサファ・ライドネルめ!!」
儀式の場所付近は危険だからと、最奥であるその部屋から1番離れた城跡入り口側に待機していた。それが仇となり、クロドは事態の急変に気づけなかった。
「どうしやすクロド様、このまま計画は中止で?」
「バカ野郎!!」
おどおどと尋ねる部下を一喝し、クロドは
「ここまでどれだけの時間と労力費やしてきたと思ってんだ!」
荒い呼吸を繰り返しながら気持ちを落ち着けると、クロドは胸ポケットに手を入れる。
「それにこちらにはグレン公爵がついている。ここで逃げることは公爵を裏切ること。そんなことをすればライドネル家とてただでは済まないことくらい、あの男なら分かってるはずだ。お家大事のあの男がそんな危険を冒すはずがないわ」
公爵の名のもとに、ユサファ・ライドネルと自分の名で交わした盟約の書。
これがある限り、彼は裏切ることは出来ない。
「町で待機してる奴らをすぐに呼んで来い、全員だ!集めた流れ者たちもな。武器の準備も怠るなよ」
**
「聖女リーメイルを呼び出す?そんな事が本当に可能なのか?」
今だ困惑気な表情を見せるユサファに、トーヤは強く頷いた。
すでにトーヤの指示のもと、封印解除の儀式へと魔法使いたちは慌ただしく走り回っている。
ユサファを初めライドネル家の誰も見たことのない術式。トーヤの使う、特別な古代魔法だった。
「封印を綻ばせることに成功したら、次はその魔力の流れの中から眠っているリーメイルの意識を呼び出す。さっきあんたたちがやろうとしてた方法だろ」
「ああ、だが失敗した。もし彼女の意識が目覚めなければ、溢れた魔力が制御できない。年月が経っているとはいえ、何が起こるか分からないぞ」
「中心でのコントロールは俺がやる。俺とリーメイルの意識は必ず共鳴するはずだ。俺が絶対に、リーメイルを見つけてみせるさ」
トーヤは見る間に塗り替えられていく魔法陣を、鋭い瞳で見つめた。
魔法使いたちは円になる。
中心には浮かぶのはトーヤの姿。
「ではいくぞ、トーヤ・クラウン・ファリス」
ユサファの厳かに響く声に、ユサファは頷いて目を閉じる。
閉じる前の一瞬に、シルファと目が合った。
(頼んだぞ、シルファ)
目でそう語りかければ、真剣な銀の瞳が強く視線を返した。
魔法使いたちの詠唱と共に、トーヤは意識を深く沈める。
残り少なくなった最後の魔力を全て解放する。
そうして静かに、愛する者への言葉を紡いだ。
聞こえるか、リーメイル。
長い間、1人にして悪かった。
今、迎えに行くから。もう1度、必ずお前を見つけてみせるから。
だから俺と一緒に、お前の愛したこの地を守ろう。
なあ、リーメイル。
- 第16章 継がれゆく光 ( No.206 )
- 日時: 2017/04/16 19:17
- 名前: 詩織 (ID: fpEl6qfM)
第16章 継がれゆく光 〜 目覚め 〜
深い、深い眠りの底にいた。
眠っていることすら忘れる程に深い場所。
大きな力と一体となり、個の意識など無くなる場所。
永遠に続くような深く静かな眠りの中で、一瞬・・意識が揺らいだ。
”何か、聴こえる”
”ここは・・。私は・・?”
「私」?私、なんて存在が、ここにはあったの?
それすらも曖昧な世界。
揺らいだ意識の中で問いは続く。
未だ微睡みの中で、何も思い出すことは出来ないけれど・・。
”聴いたことがある・・『声』・・?”
「リーメイル」
その言葉の意味は分からないけれど、なぜか無性に揺さぶられた。
「リーメイル」
懐かしくて優しい声は、何度も何度も、『彼女』を呼んだ。
意識が暗い水底から水面へと浮かび上がるように、その『声』にゆっくりと導かれてゆく。
それは光の射す方から、聞こえる気がした。
**
強い風が髪をうねらせていく。
空は分厚い雲に覆われ、昼間だとは思えないほど暗い。嵐の前の様な風が、唸りを上げて彼らの間を通り過ぎた。
「シルファ、大丈夫かな」
マリーの呟きに、ラヴィンは握った拳に力を込める。
「大丈夫だよ、シルファだもん。それにトーヤも、皆もいる」
眼下に広がる景色から目を離さずに言った。
「信じてようよ」
ラヴィンの隣でマリーが頷く。
その肩を抱いて寄り添うように立つジェンも、真剣な表情で丘の下・・エイベリー村を見つめていた。その向こうには、空を映した灰色のルル湖が広がる。
『この魔法を発動させるには、ファリスロイヤ城の魔法陣、それから封印の石碑で同時に術をかけなければならない。広範囲に分散してもらう必要があるんだ。それから移動の為坑道の移動魔法陣にも待機を。ひとりひとりの負担はかなり重いものになるが、やれるか?』
トーヤの問いに、ユサファは即答した。
「ここにいるのは我がライドネル家の中でも上級の使い手たち。我が一族の誇りと威信を賭けて成し遂げてみせよう」
「頼もしいな、それは」
ライドネル家の魔法使い達は坑道を通り、エイベリー村の石碑の元へ。
村長に面識のあるラヴィンは村人たちを一時避難させる為共に村へと向かった。村人たちと共にマリーとジェンにも隣村へ避難するよう伝えたのだが、マリーは頑として首を縦には振らなかった。
「私も行く」
強い口調でそう言った。
「駄目だよマリー。まだ体調が」
「平気。ねぇお願いラヴィン。私も見届けたいの、ちゃんと、最後まで」
ジェンに支えられながら訴えるマリーに、ラヴィンはそっとジェンを見上げる。
「マリーのしたいようにさせてやろう。俺が、ちゃんとついてるから」
そうして3人は今、村の見渡せる小高い丘から魔法使い達の動向を見守っているのだった。
(シルファ・・、トーヤ、どうか無事で。魔法がちゃんと成功しますように、誰もケガなんてしませんように)
ラヴィンは心で強く祈りながら、村人の居ない村を見つめた。
- 第16章 継がれゆく光 ( No.207 )
- 日時: 2019/05/23 08:16
- 名前: 詩織 (ID: 32zLlHLc)
ふと、名前を呼ばれた気がした。
ゆっくりと目を開けると、そこは真っ白な世界。
(精神世界か?)
トーヤは冷静に考える。視界とは裏腹に頭は冴えていて、心は静かだった。
現実の世界ではライドネル家の魔法使いたちによる儀式の最中だ。その中心にいたトーヤの意識は今、魔力と溶け合い別次元の空間に繋がれていた。
ふ、と。
名前を呼ばれた気がして振り返る。
息が、止まった。
「……リーメイル…?」
金色の長く美しい髪。
赤く澄んだ瞳。
忘れるわけがない。あの日から、1日だって忘れたことなんてない。
「リーメイルっ!!」
視線の先、焦がれ続けたその姿に向かって、トーヤは夢中で駆け出していた。
**
「おい、何だお前は!そこで何をしている?!」
いら立ちを隠さず怒鳴るクロドに、通路に立っていたラパスはあっさり答えた。
「見りゃ分かるでしょー見張り番」
儀式の行われている部屋の入口はこの奥になる。
「ユサファ・ライドネルはどこだっ!今すぐ呼んで来い!」
「それは無理。今大事な用事で取り込み中なんだ」
「黙れ!いいか、何を考えてるか知らんがこっちには奴らの署名した盟約状とグレン公爵の後ろ盾があるんだぞ。裏切ったらどうなるか……っ痛!」
怒りに身を任せラパスの胸倉を掴もうとしたクロドは、悲鳴と共に慌てて手を引いた。
後ろに控えていた部下たちにもどよめきが起きる。
「くそ!魔法か?!」
「そ。怪我したくなかったら近づかないほうがいいってさ。ユサファ殿からの伝言」
にっこり笑って返すラパスに、クロドは盛大に床を蹴りつけた。
「馬鹿にしやがって!!」
ぎりぎりと歯ぎしりの音をさせながら踵を返すと、荒い足取りで来た道を戻っていく。
仲間を連れに入口に戻ったのだ。
ふむ、と一息つくと、ラパスは目に見えない壁を見上げた。
(やっぱりそうくるよなー。とりあえず、もう少し頑張ってくれよ)
今回の計画に執着しているクロドは自分の決定に必ず反対するはずだと、そう言ったのはユサファだった。最初の魔法が失敗に終わった後、ユサファが簡単に語った今回の計画内容。この土地に眠る魔力を解放することで、所有する土地を豊かにし他の貴族に対抗する為の富を得たいグレン公爵、手足となって動くことで報酬の金品と商売の権利を約束されているクロド、ふたりに利用されていると知った上で自分たちの目的の為実行者となったユサファ。ここまで来て、心変わりを理由に計画を手放すことを、クロドは許さないだろう。
「全てが終われば、私が責任を持ってカタをつける。ただ、今は時間がない。とりあえず結界を張っておくが、皆本来の儀式に集中するので精一杯だ。万が一途中で解けた時には、すまんが時間稼ぎを頼む」
頭を下げたユサファに、ラパスはニッと笑うと剣の柄に手をかけた。
「任せてもらっていいっすよ。うちの仲間を護るのが今回の俺の仕事。社長命令ですから」
ユサファは彼らの大切な仲間を危険に晒した。
それでも、『うちの仲間』の中に己の息子が含まれていることを読み取って、彼はもう一度深く頭を下げる。
「恩に着る」
そうして儀式は始まった。
「頑張れよ、シルファ」
前を見据えたまま、ラパスは強く呟いた。
- Re: はじまりの物語→→再開しました! ( No.208 )
- 日時: 2017/07/03 17:02
- 名前: 詩織 (ID: JPqqqGLU)
「リーメイルっ!!」
体の動くままに駆け寄って抱きしめる。
華奢な身体は、あの頃の記憶のままだった。
「リーメイル」
何度も何度も、トーヤはリーメイルの名前を呼ぶ。
もう一度会えるなんて、思っていなかった。
時が流れ自分の意識が消えるまで、ただ静かにこの土地を見守ってゆくつもりだった。
なのに今、彼女は自分の腕の中にいる。あの頃と変わらぬ姿で。
「リーメイル」
こみ上げる愛しさに、抱きしめる腕の強さが制御できない。
「……トーヤ?」
囁くような声で呼ばれ、トーヤはやっと我に返る。腕の力を少しだけ弱めると、リーメイルがゆるゆると顔を上げた。
「トーヤ?」
「ああ」
トーヤが頷いて見せる。その顔をじっと見つめていた赤い瞳がふるりと震えたかと思うと、あっという間に潤んで、その滴が幾筋も白磁の頬を伝った。
「リーメイル?」
「……トーヤぁっ」
彼女の整った顔がくしゃりと歪んだ。
「え、おい、リーメイル?」
慌てて頬に手を添えると、トーヤはその溢れる涙を拭ってやる。
リーメイルが泣いていた。
巫女長に選ばれてからどんな時も——あの最後の日でさえ、涙を見せなかった彼女が。
子供のように声を上げて肩を震わせるリーメイルに、トーヤは小さく笑った。
「お前がそんな風に泣くの、どれくらいぶりだ?」
そんなの分からないわよ。
答えようとして、言葉にならなかったのだろう。リーメイルはふるふると首を横に振った。その反応が可笑しくて可愛くて、なんだかとても懐かしくなって、トーヤは思わず添えていた手で彼女の柔らかな頬を引っ張ってみる。
「ちょっと!トーヤ?」
泣き顔のまま、リーメイルが声を上げる。その顔に、トーヤが噴き出す。
くすぐったさが心の底から溢れてきて、トーヤは笑った。リーメイルは一瞬非難の表情を浮かべたが、それはすぐに柔らかく崩れ、声を立てて笑いだした。1度ぐいっと涙を拭い視線を上げると、2人の目が合った。
優しくて暖かくて、ちょっとだけ意地悪な栗色の瞳。
ああ、本当にトーヤなんだ。
リーメイルは頬を緩めたまま、もう一度彼の胸にしがみつく。
その彼女を、トーヤも強く抱きしめなおした。
お互いが確かにここにいる、その存在を抱きしめる。
暫くの抱擁の後、そっと腕の力を緩めながらトーヤが口を開いた。
「リーメイル。お前に頼みがあるんだ」
「大まかなことは分かるわ。意識が浮上してからずっと、外の世界から魔力が流れ込んできている」
トーヤに抱かれたまま、リーメイルが答えた。
トーヤが状況を素早く伝える。少しの間瞳を閉じて考えを纏めると、リーメイルは顔を上げた。
「分かったわ。やってみる。眠っている魔力を、世界に還しましょう」
強い光を宿した双眸は赤く燃えている。もう泣いてはいない。そこにあるのはあの日、最期まで必死に人々を救おうとした、この地を愛する聖女の瞳だった。
**
ラヴィン・ドールは視力が良い。見下ろしていた丘の上からでも、その異変を見逃さなかった。
「どうかしたのか?」
先ほどから1点を凝視したまま動きを止めたラヴィンに、ジェンが声をかける。
「……なんか、様子がおかしくない?ほらあそこ」
彼女の示す先を追って、ジェンとマリーも目を凝らした。バラバラと点在する石碑にそれぞれ魔法使いが1人ずつ配置され、儀式が始まってからは均一な淡い光が彼らを繋ぎ、丘の上からは大きく歪んだ光の環のように見えていた。その中のひとつの光がうっすらと点滅し、よく見ればその石碑の傍らに立っていたはずの魔法使いが地面にうずくまっている。不安定に点滅する光は周りにも影響を及ぼしているようで、少しずつ均衡が崩れていくように見える。
「ねえ、隣見て!あっちの人も!」
ラヴィンが更に斜め上を指さして叫んだ。
隣に引きずられるように、立っている魔法使いが少しずつ体勢を崩していく。まるで何か見えない圧力が彼を襲っているかのように。耐えきれなかったのか、彼の膝が折れ地についた。
「……っ!私ちょっと行ってくる!」
「あ、おいラヴィン!」
移動用の魔法陣へ向かってラヴィンが駆け出し、ジェンとマリーも後を追う。
3人が通路にたどり着くとそこには、焦った様子で通信用魔法道具を覗く魔法使いの姿があった。彼は魔法使いたちの移動の為にこの場に待機していたはずである。
「何かあったの?!」
ラヴィンが駆け込むと、彼が弾かれたように顔を上げた。
「クロドが……」
3人の顔色が変わる。魔法使いは早口で言った。
「クロドがユサファ様の裏切りを知って儀式の邪魔をしているようです。こちらの魔法使いたちは儀式に手いっぱいで……今ウォルズ商会の剣士殿が食い止めているそうですが、いかんせん多勢に無勢の為、向こうは混乱している様子」
「待てラヴィン!どうする気だ?!」
話の途中で移動用魔法陣に向かって飛び出したラヴィンにジェンが叫んだ。
「あたしも加勢しに行く!ジェンとマリーはここで待ってて」
「ラヴィン、大丈夫?」
不安そうに見上げるマリーに、ラヴィンは強い声で答える。
「大丈夫!ラパスもいてくれるし、それに」
シルファを助けたいんだ。
そう言って、ラヴィンは魔法使いの方を向いた。
「本当にいいんですか?」
不安げな魔法使いの問いに、ラヴィンは大きく頷く。
そうして彼の移動魔法の呪文と共に、ラヴィンの姿はかき消えた。
- Re: はじまりの物語→→再開しました! ( No.209 )
- 日時: 2017/07/07 14:44
- 名前: 詩織 (ID: JzqNbpzc)
「ハッ!」
鋭い声を上げラパスは剣を振るう。唸りを上げて弧を描く切っ先に、幾人かの男たちは悲鳴を上げて体勢を崩した。儀式が行われている部屋への通路を背にしたラパスは、大広間から通路へ侵入しようとするクロドの部下たちを前に孤軍奮闘中である。通路の途中には魔法で防壁も張られているが、ライドネル家の者たちが余分な魔力など使えない現在、どこまで持つかは不明だ。できるだけ通路前のここで侵入を食い止めておきたい。しかしながら明らかな多勢に無勢とあり、すでに数人がすり抜けて奥へと駆けて行ってしまった。とにかく、これ以上行かせてなるかとラパスは再び構えの姿勢をとる。
「やるじゃないか若いの」
余裕ぶった態度で言うクロドだが、その声は少し上ずっていた。無理やり作った笑顔もぴくぴくと引きつっている。50人近くいた力自慢の荒くれたちがたった1人の若い男に次々と打ちのめされていくのだ。クロドの腹の中は今まさに煮えくり返って爆発しそうだった。
「だがそろそろ遊びは終わりだ。こちらも暇じゃないんだからな」
脅し文句のようなクロドのセリフに、組み合っていた3人を同時に床へ転がしながらラパスが答える。
「だったらさっさと帰ればいいのに」
「誰のせいでこんなことになってると思ってるんだ?!」
「俺じゃぁないよ」
呑気な口調とは裏腹に剣呑な目つきで自分を射抜くラパスに、クロドは顔を顰めたその時。クロドの後方からラパス目がけて一陣の強く鋭い風が走った。
何かを考える間もなくそのまま後方床に叩きつけられる。
咄嗟に受け身を取った為何とか頭部への打撃は免れたが、したたかに身体を打ったせいで呼吸が詰まる。苦し気に咳込むラパスの前に、1人の男が進み出た。
真新しそうな該当を纏った男は、倒れているラパスを一瞥する。
「おお、遅かったじゃないか。何やってたんだ」
クロドが安心したような声で呼びかけた。
「来るのが遅いぞ。前金いくら払ってると思ってるんだ、まったく」
文句を言いながらも、先ほどより随分顔色が良い。
(……流しの魔法使いを雇ってたのか)
ラパスは立ち上がりながら素早く男を観察する。今の攻撃は明らかに魔法の力だ。見た所、魔法の使い手はこの男1人。そもそも基本的に希少価値の魔法使いは、はぐれ者とて雇うのに法外な金がかかる。どこで見つけてきたのか知らないが、さすがクロドといったところか。
「ただの剣士が、魔法の業に勝てる道理はない。身を引け」
男が低い声で言う。片手には酒の小瓶。金欲しさに雇われたのだろう。魔法知識のないラパスには、実力のほどは分からない。
「やだよ」
短く返し、再び剣を構える。
魔法に対抗する術は、自分は持っていない。攻撃を上手く避け、隙をついてなんとかこちらから仕掛けるしかない。ラパスは息を整える。
引く様子のないラパスに、男は面倒臭そうに片手を上げた。
「燃えろ」
- Re: はじまりの物語→→再開しました! ( No.210 )
- 日時: 2017/07/14 11:38
- 名前: 詩織 (ID: JPqqqGLU)
それは一瞬の事だった。
荒れ狂う真っ赤な炎が眼前に迫り、熱を伴う風圧に身体が押さえつけられる。
息が出来なくて、ラパスは咄嗟に両腕で顔面をかばった。
なすすべなく渦に飲まれる。
(くっそ!こりゃ駄目か?)
覚悟を決める。
が、突然ふっと身体が軽くなった。
「?」
圧に負けるまいと力んでいた足がたたらを踏む。
呼吸が楽になる。
ラパスを取り巻いていた炎の魔法は、音もなくかき消されていた。
顔を上げると、魔法使いの男は目を見開いていた。が、男の視線がある一点を捉えると、その顔は一気に苦渋に満ちたものになる。
男が大きく舌打ちした。
「来やがったな」
ラパスは男の視線を追って振り返る。多少身体に痛みはあるが、あの炎をまともに食らったらこんなものでは済まなかっただろう。こんな事が出来るのは、より上位の魔法使いだけ……。
「任せきりですまなかった。怪我はないか」
切れ長の瞳に凛々しい顔立ち。儀式用のフードを被っていても、その銀色の髪と瞳の輝きは見るものを圧倒する。シルファより幾分大人びた容姿の青年は、片手の手のひらを男に向けて構えたままラパスの傍らに立った。ライドネル家長男、リュイ・ライドネル。
「儀式はいいのか?シルファの……兄弟、かイトコさん?」
「兄だ。いいとは言えない、ギリギリだ。父上が、俺の分の負荷を全て受けて下さってなんとか保っている状態だ。こちらで魔法の気配がしたからな。このままなだれ込まれたら儀式自体が崩され魔力が暴走する」
「悪いな力不足で」
視線はクロドの一団に向けたまま、ラパスは軽口めいた様子で言った。リュイは横に首を振る。
「たった1人でここまで抑えてくれたことが奇跡的なんだ。一族を代表して礼を言う」
殊勝なリュイの言葉にラパスの口元が上がる。
「なぁんか、シルファに聞いてたより随分物分かりが良さそうじゃん」
「それはどういう……」
ぴくりと片眉を上げたリュイをそのままに、ラパスは剣を構えながら言った。
「それは全部終わってからな。礼もだ、ライドネル兄」
「リュイだ。リュイ・ライドネル」
「了解。じゃあリュイ、ここはひとつ、共闘と行こうぜ」
ラパスは不敵な笑みを浮かべて、剣を構えた。
**
「シルファっ!!」
やっとのことで儀式の間が見えてくる。ラヴィンは息を切らせて部屋に飛び込んだ。
移動の魔法陣で城に入った後、予想外に幾人ものクロドの部下に遭遇した。ラパスの姿が見えないのは、きっと表側の入口を守っているのだろうと判断する。クロドたちが把握している入場ルートは一カ所だけのはずだった。計画を外部からの侵入者に邪魔されない為、事前調査の段階で他の侵入経路には結界を張っているとユサファから聞いている。逆側のこの通路には本来入れないはずなのに……。
(きっとクロドが何かしたんだ)
出会ったクロドの部下たちを叩きのめしながら、ラヴィンはとにかく走り続けた。
儀式の間に入る。そこにも、すでに男たちはいた。それぞれ大声で喚きながら、見えない壁を手に持った武器で荒々しく攻撃している。結界が張られているのだ。
「っ! シルファっ!」
部屋の奥。魔法陣の一角に、シルファの姿が見えた。
苦し気に口を引き結び、瞳は閉じられている。フードで顔は良く見えないが、流れる汗は尋常ではない。
「ちょっと!やめなさいよ!」
叫ぶラヴィンに男たちが振り返った。
「お前……赤毛の……ジェイド・ドールの身内だな?!」
「ああ!クロドさんが言ってた奴か!」
ざわつく彼らに視線を走らせ、ラヴィンは畳みかけるように怒鳴った。
「そうだよ!私はジェイド・ドールの姪ラヴィン・ドール!あんたたちの相手は私!今すぐここから出ていくか、私の相手をするか、さっさと選んで!」
- Re: はじまりの物語→→再開しました! ( No.211 )
- 日時: 2017/07/21 14:24
- 名前: 詩織 (ID: vMb14CZS)
「おっりゃぁぁーっ!」
激しい気合の声と共に、ラヴィンの身体が宙に舞う。身軽さを生かし壁を蹴って飛び上がると、自分の倍くらいある男の顔に飛び蹴りを食らわせる。儀式の間前の廊下。ラヴィンのスピードに翻弄されたクロドの部下たちは、ひとり、またひとりと床にのびていく。
「はぁっはぁっ……、あ、待ちなさいこら!」
汗を拭って、ラヴィンは地面を蹴った。目の前の敵に集中している間にも、儀式の邪魔をしようとする者があとからあとから部屋に入り込もうとするからだ。いくら武術の心得があるといっても、きりなく侵入してくる男たちを相手に、さすがのラヴィンも苦しそうな呼吸で肩を上下させている。
(いっぺんにこないだけ、ありがたいけど……何とかしないと、このままじゃ
もたない)
細工をした入口からの侵入は人数が限られているようで、一度に大勢入ることはできないようだ。だが結局全体数が違い過ぎて、持久戦になれば明らかにこちらが不利である。
(とにかく、やれるとこまでやるしかない)
儀式が始まって随分経つ。なんとか終了まで、魔法使いたちを守りたい。
脇をすり抜ける男の1人を捕まえて関節を捻り、蹴り飛ばし、素早く振り返った。
「っ?! ひゃっ!」
乱暴に掴まれた腕を引っ張り上げられる。
「ったく、なんてガキだ」
「ちょっと!ガキじゃな……痛っ!」
いつの間にこんな近くに来ていたのか。筋肉質で長身な男は遠慮などせずラヴィンの腕を捻り上げた。
「いた、たたた! 痛いってばおじさん!」
「おじさんだと?! お兄さんだろこのガキ!」
「どう見てもおじさんだよおじさん! そっちこそ女の子に向かってガキとはなによ!」
「うるせー、とにかくお前は邪魔だ!」
男がラヴィンを床に抑え込もうとのしかかってくる。
その間にも、1人、また1人とすり抜けていくクロドの部下たちの足元を視界の端で捉える。
「待ちなさいっ…あ!」
汗ばんだ巨体の男は、そのままラヴィンを組み伏せた。頬に走る、冷たい床とざらつく砂埃の感触。
「ちょ、や、やだぁっ!!」
思わず目を固く閉じて、ラヴィンは叫んだ。
ゴン。
鈍い音がした。
直後、カツンカツンと何か固いものが床に転がる音。
おそるおそる目を開くと、ラヴィンの腕をとったまま、男は目を見開いていた。
「え、何……」
ラヴィンが戸惑う目の前で、男は物も言わず、そのままずるずると床に崩れ落ちていった。
その隙間から、床に転がる小さな物体が見える。
「石?」
「ラヴィン! 大丈夫ですか?!」
聞きなれた声が辺りに響いて、ラヴィンは弾かれたように顔を上げた。
「アレン?! え、叔父さんも!!」
廊下の向こう側から駆けてくる3人の姿を見つけて、ラヴィンの頬が一息に紅潮していく。
「わぁ! ギズもいるの?! 皆、来てくれたんだ」
ラヴィンの元に駆け付けたアレンが、倒れた男の腕からラヴィンを助け出した。
「怪我は? 腕は動きますか? あああもう! 女の子がこんなに傷だらけになって」
ラヴィンに怪我がないか一通り確かめてから、ほっと息を吐き出すと、アレンは彼らしい柔らかな笑みを浮かべてラヴィンの顔を覗き込んだ。
「1人で、よく頑張りましたね」
その瞳がとても優しかったから、ラヴィンは安心感と同時に、胸と目元がじんわりと暖かくなるのを感じた。
「ラヴィン」
横を向くと、ギズラードが、彼もそのダークブラウンの双眸にありったけの安堵と労いを込めて、ラヴィンを見下ろしていた。
彼の腕が、優しくラヴィンの肩を抱く。
「お疲れさん」
「ギズ……」
思わず涙腺が緩みそうになったラヴィン……の耳に、威勢の良すぎる怒鳴り声が響いた。
「こぉらてめーら! よっくもうちの姪に手ぇ出してくれたなぁ!!」
怒声と同時に鈍い音がして、見るとちょうど、ジェイドのごつい拳が敵の顔面に決まったところだった。辺りには同じく顔面や腹を抑えてうずくまる男たちが数人。
「あ、う、くっそぉ」
突然の援軍にたじたじになった敵方は、ジェイドの周りから逃げるように駆け出した。
元来た道と、それから儀式の間の前、ラヴィンたちのいる方向へ。
「あーあー、昔のまんまだなぁありゃ。ケンカっ早いのは仲間内でナンバーワン」
「なんだか楽しそうですねぇ。イキイキしちゃってまぁ」
呑気にそんな事を言い合うギズとアレンの正面にも、必死の形相で男たちが駆けてくる。
「ちょ、アレン? ギズ!」
ラヴィンを背後に庇ったまま、2人は動こうとしない。
迫る手が落ち着き払った2人に届く寸前、男たちの足がつんのめるようにもつれた。
「こンのやろっ」
あっという間に追いついたジェイドが、後ろから同時に2人の男の服を掴み、ついでにもう1人の足を引っかけて転ばせたのだ。
「おりゃっ!」
掛け声とともに勢いよく身体を捻れば、引っ張られた男たちは遠心力も伴ってあらぬ方向へと吹っ飛ばされていった。そのままパタリと動かなくなる。完全にのびていた。
「ったく。こら!ギズ、アレン!」
片手で汗を拭いながら、ジェイドが睨んだ。
「なにボーっとしてんだ、逃げるか戦うかどっちかにしろよ」
「いやぁ、社長があんまり楽しそうなもんで。ここはお譲りしようかなと」
「そうそう、ダンナ、体力おばけだしー。平気っしょ」
しれっと答えるアレンに、隣ではうんうん頷くギズラード。
ジェイドの眉毛が呆れたようにがくっと下がった。
「お前らなー。人を化けモンみたいにいうなよ。こちとらもうおっさんなの、疲れんの!ちったぁ手伝えよ」
嘆息する叔父の姿にちょっぴり同情を覚えるラヴィンだったが、やっぱりその動きは圧倒的で。逃げ遅れた残党もあっという間にひっ捕らえて、ロープでぐるぐる巻きにしてしまった。
「よっしゃ。ここはもう大丈夫だな」
「あとはクロドですね」
頷きながら、大人3人は視線を交わす。
「ここ頼んでいいか」
「もちろんです」
「了解。ダンナほどは暴れらんないけどね。なんかあったら呼びに行くよ」
ジェイドは深く頷いて2人の肩を叩くと、ラヴィンを促して歩き出した。
「クロドに話をつけに行く」
「え、え? 叔父さんが?」
慌てて後を追いかけながら、ラヴィンは驚いた顔でジェイドを見上げる。
不思議そうに問う姪に、ちらりと振り返ったジェイドがニヤリと笑った。
「ま、見てな。商人には商人のやり方があんのさ」
- 第16章 継がれゆくもの ( No.212 )
- 日時: 2018/07/16 21:05
- 名前: しおり (ID: NOuHoaA7)
おひさしぶりです!
しおりです。
忙しくて少しお休みするつもりが、バタバタする中であっという間の約1年……
ちゅうとはんばなところで途切れてしまい、読んでくださる方々には申し訳なく思っていました。
ここからまた、完結を目指して頑張りたいと思います。
もしよろしければ、あと少しだけ、このお話にお付き合いください。
時間が空いてしまったの、再録ではありますが、人物紹介とこれまでのストーリーの要約を載せておきますね。
↓↓↓
<<< 登場人物紹介パート2 >>>
※コメント ラヴィン、ラパス、ジェイド、ジェン=そのまんま
シ=シルファ、ア=アレン、マ=マリー、ギ=ギズラード
<ラヴィン・ドール>
・小柄で赤毛の見た目可愛らしい少女。
(ラヴィン「・・見た目?」シ「ラヴィン、お、落ち着いて!ラヴィンは中身も可愛いよ!」)
・好奇心旺盛な16歳。考えるより行動派。とにかく動きが素早く武闘には長けている。
(シ「初めて会った時はびっくりした。かっこよかったよ。」)
・旅は大好き。完全にアウトドア派。
(ジェイド「さっすが俺の姪!」ア「怖いもの知らずなとこは嫌になるくらいそっっっくりですよ。」シ(いつも苦労してるんだろうなぁアレンさん・・))
・明るく素直、割と単純。
・かわいいもの好き
(マ「ちょ!ラヴィン抱き着きすぎっ・・うう」ラヴィン「だってぇふわふわであったかくってマリーかーわーいーいー」ジェン「おーい、息継ぎはさせてやれよー。」)
<シルファ・ライドネル>
・銀色の髪の少年。背が高い。(ラヴィン「すごーく綺麗な髪と瞳。神秘的っていうのかな。目が引き寄せられちゃう。」シ「/////(照)」)
・魔法使いの名門ライドネル家の末弟、17歳。
・魔法の修行中。悩めるお年頃。
(ラパス「ま、そういう年頃だよなー」マ「悩んでるのがシルファって感じもするわね。」シ「ええっ?!ちょっとマリーそれは・・」ラヴィン「眉毛下がったシルファもかわいいよね」マ「ね。」シ「・・・(無言でジェンを見る)」ジェン「・・・(笑いを堪えてる)」)
・父や兄たちには内心コンプレックス (シ「・・・(お悩み中)」)
・魔法の研究や魔法書の読解が趣味
・図書館大好きっ子で確実にインドア派。
・・だったけれど、最近はラヴィンに引きずられめっきりアウトドア。
〜 ウォルズ商会の仲間たち 〜
<ジェイド・ドール>
・ラヴィンの叔父さん。茶髪で色黒。
・体つきががっしりしていて一見海の男っぽい(ラヴィン談)
・王都に店をもつ貿易商で、昔は兄であるラヴィンの父と世界中旅した冒険家。今では地元の名士。(ラヴィン「尊敬するっ!」ラパス「カッケーっ!」2人ともきらきらのお目目で。)
・姪っ子ラブ。(ギ「本気で怒るんだもんなー怖ぇー」)
・大雑把で荒っぽく見えるが、心根は優しい。(ア「まぁね。それは認めます。」)
・酒好き、うまいもの好き。(シルファ「姉上と気が合うだろうなぁ。」)
・剣術が得意、体術もできる武闘派。(ア「ストレス解消に喜々として振るってますね。人の言う事もちょっとは聞いてください。」)
<アレン>
・ジェイドの相棒。灰色の髪と瞳。
・ウォルズ商会幹部
・冷静で頭が良い
・性格、生い立ちはまるっきり正反対だが、ジェイドのよき親友。
・尊敬も呆れも入り混じった態度。(ラパス「そうそう、いつもそう。ホントは好きなくせにー」ラヴィン「ね!アレン、叔父さん大好きだもんねっ。」ア「・・・(何て返すか本気で考え中)」)
<ラパス>
・金髪、碧眼。体育会系の青年。(ラヴィン「金髪がねーとってもきれいなの。目はね、夏の海の濃いとこみたいなね、とにかく夏が似合うイメージなんだ。」)
・以前は王宮騎士団に所属していた。幼い頃から騎士になるための教育を受けてきたが、ジェイドに憧れウォルズ商会での護衛の仕事に転身。
・性格はサッパリきっぱりで正直。一見爽やかだが、思ったことはズバっと言う。
<ジェン>
・漆黒の瞳の青年。同じく漆黒の髪を後ろでひとつに括っている。
・お兄さんというか「お母さん」または「保護者」。
(皆一斉に頷く。後ろで1人肩を落とす本人)
・もともとは他国の研究員。
・研究には寝食忘れるタイプだが、それ以外は割とのんびり。
(ラヴィン「目の前のことに没頭するタイプよね。あと基本おおらかで落ち着いてるなー。」シ「うんうん。冷静だし大人って感じでかっこいいよね。ねっマリー。」マ「っ、そ、そうねっ。」ラヴィン「あれ、どしたのマリー?顔赤いよ?風邪?」マ「なんでもないっ!」(睨まれてシルファ目を逸らす))
<マリー>
・見た目は10〜12歳?くらいの少女。綺麗な水色の髪。
(ラヴィン「ふわんふわんで柔らかい猫ッ毛でね!めちゃくちゃ可愛いの!」)
・ジェンの妹ということになっているがそれは建前で、真実はラト族の村出身。身寄りのない彼女をジェンが引き取った。
・村では古代幻獣の力を持つ『幻獣の子』として恐れられており、未だに人と関わることが苦手。けれど最近は少しずつ、外の世界にも興味を持つようになりつつある。
(ア「いい傾向ですね。店でお客さんに話しかけられても、隠れることが減りましたし。」(裏のない笑顔)
ジェイド「そうだなぁー。俺たちと話すことも増えたしな。」(嬉しそうに顎をさする。)
2人とも娘を見る父のような、もしくは孫を見る爺のような雰囲気。
ラパス「笑顔も可愛いしなぁ。悪い虫がつかないといーっすね。」
ジェイド「ああ?そんな野郎速攻でぶっとばしてやんよ。(ドス声)」
ア「社長が出張らなくても私がすぐに手を回しますからご心配なく(黒い笑顔)」
ラパス「あー、まっっったく心配なさそうっすねー。」)
・ジェンには特別な好意を寄せている。
・・でも誰にもナイショ(シルファにだけはバレている)
(シ「マリーがんば!」)
<ギズラード・ミシェル(ギズ)>
・ダークブラウンのくしゃくしゃクセっ毛に、薄茶色の瞳の小柄な男。そばかすの浮いた憎めない顔。
・ジェイドの昔馴染みで、仕事でも手を組む間柄。
・メインの仕事は交渉人だが、情報通で情報屋としての顔も持つ。今回は武器商人クロドとグレン公爵、ライドネル家の繋がりに気づいてジェイドに打ち明けた。
・小さな頃から知っているラヴィンがお気に入り。
・へらへら飄々としていて実は何を考えているかよく分からない人物
(ギ「ひでー!そんなことないよなダンナ?」ジェイド「あ?まんまだろボケ。」)
続く
- Re: はじまりの物語 再開しました!7/16 ( No.213 )
- 日時: 2018/07/16 21:06
- 名前: しおり (ID: NOuHoaA7)
<<< 登場人物紹介パート2 >>> ②
〜 ライドネル家の人々 〜 ・・シルファの家族
<ユサファ>(シルファの父)
・ライドネル家現当主であり、シルファにとっては厳格な父親。
・歴代の中でも指折りの実力者で、一族内では絶対の存在。
・王宮付き魔法使いたちの長として王宮に努める。
(シ「とにかく凄い。絶対的な存在。」イルナリア「私たちが小さなころはもう少し柔らかく笑うことも多かった気がするわ。まだ、お母様がいらしたころ・・」)
<ロン>(ユサファの弟、シルファの叔父)
・当主の補佐を務める。
・生真面目で几帳面。
・ユサファを尊敬している。
(イル「真面目な方よねぇ、たまには冗談とか仰ってもいいのに。」シ「うーん、それはそれで・・怖い・・かも・・?」イル「まぁ失礼ね。あとで叔父様にお伝えしちゃおーっと。」シ「あ、姉上ぇぇ」)
<リュイ>(長男)24歳 (シルファは4男で末っ子。以下年齢順。)
・いつもシルファをからかって遊ぶ兄3人組の1番上。兄弟で1番背が高い。
・皮肉屋で、シルファの前では意地悪な笑顔を浮かべることが多いが、仕事に関しては真面目で有能。頭が良くユサファの片腕として王宮で働いている。
(イル「兄上はほんと、シルファで遊ぶの大好きよね〜。」シ「姉上・・、遊ぶって言い方止めてください・・」イル「あ、リュイ兄様だけじゃなくってルージ兄様とレイもだったわね。」シ「・・・」イル「気持ちは分かるけど(にっこり)」シ「・・・え?!」)
<ルージ>(次男)23歳
ユサファ、リュイと共に王宮で働く。
<イルナリア>(長女)19歳
・おいしいものが大好きなシルファの姉。
・ストレートの長い髪。色は母に似て濃い鉄色
・身体が弱い為、魔法使いとしての修行はしていない。シルファの良き相談相手であり、母代わりでもある。
・見た目は繊細で美しい女性だが、芯は強い。
・趣味はお取り寄せ。
(シ「はー、姉上のお取り寄せは年々パワーアップしてきますね。」イル「だって大好きなんですもの!まだまだ食べてみたいお菓子はたくさんあるのよ。ええとね・・」(延々と続くお取り寄せ商品名) シ「わわ、分かりましたっ!よーっく分かりました!」イル「ちゃんと聞いてよ、それからね、隣国のフルーツの砂糖漬けに、あとはシロップで煮詰めた甘い木の実の云々・・」シ「・・・(黙って聞いてあげる優しい弟シルファ少年)」)
<レイ>(3男)18歳
・お調子者で賑やかな3番目の兄。
・近々グレン公爵家へと務めることが決まっている。
(シ「レイ兄上、もうすぐグレン公爵家での仕事が始まりますね。」
イル「・・(浮かない顔)」シ「大丈夫ですよ。レイ兄上なら上手くやりますって。」イル「シルファ・・」シ「あの人世渡り上手ですし。」イル「・・伝えておくわね。」)
〜 なにやら怪しい気配のひとびと 〜
・隣国に拠点を置く武器商人クロドとその部下たち
・代替わりしたばかりの若きグレン公爵
〜 これまでのお話をかんたんに 〜
第Ⅰ部 王都ギリア編
ベルリルの町から叔父に会いに王都へとやって来た赤毛の少女ラヴィン・ドール。無事叔父や仲間たちと喜びの再会を果たし、久しぶりのギリアでの生活に胸を躍らせる。叔父たちの話から興味を持った古い遺跡ファリスロイヤ城について王都図書館へと調べに出掛けた彼女は、帰り道、ガラの悪い男たちに絡まれたところを魔法使いの少年シルファに助けられた。
次第に打ち解けていくラヴィンとシルファ、それにウォルズ商会の面々。
己の立場や将来の夢に迷うシルファは、彼らとの関わりのなかで少しずつ自分と向き合っていく。
そんな中、ジェンの仕事中のスケッチを発端に、ルル湖付近にある村エイベリーの石碑に魔法文字が使われていることをシルファが発見。
大いに興味を惹かれたラヴィン、シルファ、ジェン、マリーの4人は、ジェンの仕事ついでにエイベリー村へ調査の旅に出かけることにした。
けれど、実は叔父のジェイド・ドールには僅かな懸念材料があった。
昔馴染みのギズラードに相談しつつ、なりゆきを見守るジェイド。
叔父の心配をよそに、ラヴィンたちはうきうきと、謎の石碑が待つエイベリー村を目指し、ギリアを発っていった。
第Ⅱ部 過去編 〜ファリスリヤ昔語り〜
エイベリー村で石碑を調査するうちに、村の老人ノエルから女神エルスと魔女についての伝承を聞くことができたラヴィンとシルファは、魔女に呪われるとのいわくつきの場所『魔女の住む山』を探索中、坑道らしき謎の入り口を発見。
翌日ジェンとマリーを伴って、4人は坑道を探索。
途中仕掛けられた魔法によってバラバラにされるも、なんとか合流することができた。
そこで出会った不思議な青年トーヤからこの地にまつわる物語を聞かされ、それと共に彼に力を貸してほしいと懇願される。
以下 『ファリスロイヤ昔語り』参照
最終部 おわりとはじまりの物語
旅から帰ったラヴィンたち一行と入れ違いに、ジェイドとラパスは離れた街の一角でギズから新たな情報を聞き出していた。ライドネル家とクロド及びグレン公爵の動きを追いながら、ジェイドはシルファのことが気がかりだった。
そして彼らが王都に帰った夜、事件は起きた。
1人で外出したマリーが帰ってこないのだ。マリーの行方を追って、ジェイドとラヴィンはライドネル家を訪ねる。
折しも当主ユサファやシルファをはじめライドネル家の魔法使いたちは任務の為ファリスロイヤへ向かった後だったが、父とクロドの関係を憂う長女イルナリアの計らいで、ラヴィンもファリスロイヤへと向かうことに。ジェイドはまだやることがあると言い、王都に残った。
ユサファとクロドの計略により、儀式の為に協力させられるマリー。シルファは反対するも、父からの説得により、彼女の安全を約束した上で儀式に参加する。
しかし、負荷のかかり過ぎたマリーの苦しむ姿を見て、シルファは父や兄たちに抗ってマリーを奪還。マリーを連れ逃げる彼を手助けしたのは、王都にいるはずの姉・イルナリアだった。
使命への執着により変わってしまった父に、想いを打ち明けるイルナリア。そしてユサファは、子供たちの言葉を受け入れる。
マリーをジェンに預け、シルファはトーヤと共に家族の元に戻ると、今後についての計画を持ち掛ける。結果、この地に封じられた魔力の暴走を防ぐ為、聖女イルナリアを目覚めさせ、魔力を世界へと還す(正しい方法で解放する)ことになった。
シルファの助けとなる為に城へ向かったラヴィン、そこへ合流したジェイド、アレン、ギズラード。クロドの足止めの為に共闘するラパスとシルファの兄・リュイ。
それぞれが奮闘する中、ジェイドはクロドとの交渉に臨む。
そして……
- 第16章 継がれゆくもの 〜目覚め〜 ( No.214 )
- 日時: 2018/07/16 21:21
- 名前: しおり (ID: NOuHoaA7)
再開 H30.7.16
本文続きです↓
「……なんだと?……どういうことだ!」
「ファリスロイヤから手を引け、と言ったんだ。この先このままここにいても、お前に益はない」
呆然と目を見開くクロドに対峙して、ジェイドは1枚の書状を掲げた。
「グレン公爵はこの件から手を引くそうだ。完全にな」
「ばかな! なぜ貴様がそんなことを」
荒々しく床を蹴りジェイドに歩み寄ると、彼の手から書状を奪い取るようにして、クロドは内容に視線を走らせる。
読み進めるうちに、眉間のシワは深くなり、力のこもりすぎた両手はぶるぶると震えている。ぎり、と奥歯を噛みしめる音まで聞こえてきそうだ。
「貴様の差し金か」
クロドが血走った眼でジェイドを睨んだ。
「ショイル公爵と言えば貴族議会の中でも古参の実力者だろう! なぜそんな大物の名が出てくる? グレン公爵に圧力をかけさせたのか?」
「まさか。俺は一介の商人だ。貴族同士の駆け引きに口を挟めるはずはない。ただお客への納品の際、巷の様子を聞かれて少々私見を述べただけだ」
「やはり貴様の仕業ではないか!」
現在、王都の貿易商ウォルズ商会と言えば、その信頼と実績に置いて5本の指に入る人気店だ。独自ルートで希少な品も手に入れられる確率が高いということもあり、貴族から頼られることもある。
あまり表では知られていないが、御年60のショイル公爵もウォルズ商会の品と息子のような歳の社長ジェイド・ドールを気に入っていて、商品だけではなく、ジェイドの持つ人脈や情報にも信を置いていた。
クロドはもちろんそのことを知っている。
「何を吹き込んだ?」
「だから何も。俺がでしゃばるまでもなく、グレン公爵が裏で動いているという情報はショイル公爵の耳に入ってたよ。あのじいさ……、んん、老巧な公爵を侮るな。俺は自分の知っている情報は伝えたが、結局、動いたのは公爵の意思だ」
貴族議会の重鎮であるショイル公爵は、若き野心家グレン公爵が不穏な動きをしていることを知り、独自に調査していた。そしてジェイドからの情報提供と助言を受け、グレン公爵に密書を送ったのだろう。この件からは手を引くようにと。
「言っとくけど本物だぜ」
「分かっている! 今まで俺がどれだけ、グレン公と密書のやり取りをしてきたと思ってるんだ」
クロドが吐き捨てる。
2人を取り囲むように、ラヴィンやラパス、リュイ、そしてクロドの部下たちが固唾を飲んで見守っていた。
「これは取り引きだ、クロド。公爵同士でどんな交渉があったのか知らないが、お互いのメリットデメリットを駆け引きした結果、グレン公爵は手を引いた。そしてお前にも、速やかに手を引くことを条件に全額じゃあないが約束の報酬の何割かは保証すると言っている。俺は2人の公爵の代理、交渉人という役目を負ってここに来た。取り引きに応じるか、否か。今ここで決めてもらう」
その口調には、有無を言わさぬ迫力と威厳があった。
クロドはしばし無言のまま唇を引き結んでいたが、やがて目を閉じるとため息とともに答えを返した。
「応じるしかないだろう」
天を振り仰いだのち、ぐるりと周りを見舞わず。ラパスとリュイが組んだことで、クロドの陣の戦力は壊滅的と言っていい。やけになっても力では勝ち目はないだろう。そしてそもそも、クロドはそんな無益なことをする男ではなかった。
手元の書状に視線を移す。
恐らくは今後のいざこざの芽を摘む為だろうが、強制的に切り捨てられる訳ではなくこちらにも報酬は与えられるようだ。今なら。
応じるか否か、どちらが自分に利益をもたらすかは明白だった。クロドは商人として、自分の進退を決した。
「取り引きに応じよう!」
腹の底から声を張り上げると、部下たちを引き連れジェイドに背を向ける。
去っていく男たちのうしろ姿を見送って、ラヴィンはやっと、肩の力を抜いた。
クロド一行の姿が見えなくなった頃、城の奥の間——儀式の行われていた部屋の方角からバタバタと幾つもの足音が近づいてきた。
「兄上っ! ラヴィン!」
振り返った彼らの目に飛び込んできたのは、一斉に奥から駆けてくる魔法使いたちの姿だった。
「何があった!」
鋭く問うたのはリュイだ。
先頭を走っていたシルファが叫ぶ。
「魔法陣の解放が完了しました! 全員急いで城の外へ! 」
「魔力の器は?」
「恐らく湖上空です!」
短い会話で全てを把握したリュイは、そこにいた全員を誘導し外へと駆け出す。
「行くよラヴィン!」
立ち尽くすラヴィンの所まで来ると、シルファは彼女の手を取り再び走り出す。
「魔力の器って?!」
走りながら尋ねるラヴィンに、シルファは振り向かないまま答えた。
「リーメイルだよ。やれることはやった。あとはもう、彼女に託すしかない」
リーメイルとトーヤ、2人の力を信じよう。
シルファの手に力がこもったのを感じ、ラヴィンも強く、握り返した。
- 最終章 おわりとはじまりの物語 〜光の歌〜 ( No.215 )
- 日時: 2018/08/04 12:39
- 名前: 詩織 (ID: RSw5RuTO)
最終章 おわりとはじまりの物語
〜 光の歌 〜
ルル湖の周りに駆け付けたラヴィンとシルファも、満身創痍のライドネル家やウォルズ商会の面々も。
遠く離れた場所に避難した村人たちや、この地を去ろうと足を進めるクロドたちでさえ、みな空を見上げたまま息をのんだ。
湖のちょうど真ん中、灰色の雲に覆われた昏い空と湖面の間に浮かぶ光。
その中心にあるのは、——光の粒子をまとい揺らめくリーメイルの姿だった。
「……歌、が」
誰かが呟く。
聖女の姿から目が離せないままの彼らの耳に、女性の歌声が聴こえる。
空から降るような歌声は限りなく透明で、何にも遮られることなく聞く者の心に入り込む。
「リーメイルが歌ってるんだ……」
ラヴィンの口から、かすれた声が漏れた。
リーメイルは、閉じていた瞼をゆっくりと上げる。
魔力のうねりと風の悲鳴が渦をまいている。
重い空気に逆らうように、両手を空へと差し出した。
全身から声を響かせ歌う。女神の歌、言祝ぎの歌を。
歌う彼女の眼前で、空気が陽炎のように歪んだ。
リーメイルは歌い続ける。
そして陽炎はゆっくりと変化し、次第に人の形を作っていった。
(ああ)
リーメイルが小さく微笑みを浮かべる。
(久しぶりね。——リアン)
名前を呼ばれた人影は……リアン・クロウド・ファリスの姿をしていた。
黙ったまま、唇を噛みしめているかつての幼馴染を、リーメイルは優しいまなざしで見つめた。
分かってしまったから。ひとつの魔力になって、長い間眠っていたから。
彼の、『ほんとうの』気持ち、が。
(大丈夫よ、リアン)
怖がらないで。大丈夫。
もうすべて、終わったのだから。
”リーメイル”
リアンの形をした陽炎の、口元が動いた。
オリーブ色の瞳を、紅い瞳が見つめ返す。
どこまでも強く優しい紅色に、リアンの表情が歪んだ。
”僕は間違えたのだろうか?”
「何が間違いで何が正しいのかなんて、私たちには分からないわ。今更それを裁くことにも意味はない」
魂が会話する間も、リーメイルの歌声が止むことはない。
”力を手に入れたら、楽になれると思ったのに”
いつも苦しかった。悲しかった。——愛してくれた母を亡くしてから。
厳しい父。孤独。
きっと助けてくれると信じた女神は母を助けてはくれなかった。
信じた分だけ、襲う絶望。
何も信じられなくなった。
大切な友人だと思っていた相手さえ、嘘つきだった。彼らの女神は自分を見捨てた。
全部壊してしまえば、つきまとう苦しみが恨みが憎しみが消えると思った。
それなのに。
”消えないんだ、ずっと”
痛みは痛みのままで、苦しみは苦しみのままだった。
”全部壊して消してしまえば、居もしない女神なんかより強い力を手に入れられれば、この感覚も消えるのだと思っていたのに”
悲しみ、怒り、憎しみ、狂気。
「リアン、あなたは……本当は何が欲しかったの」
沈黙ののち。
視線を落としたリアンは微かに呟く。
”……よく分からない。ただ……幸せになりたかった。笑いたかった。笑いかけて欲しかった。誰かに助けて欲しかった。
——愛されたかった。”
でも、どうしたら救われるのか、いくら考えても分からなかった。
リーメイルはリアンに近づくと、その魂をそっと抱きしめる。
「ねぇリアン。何が正しかったのか、間違えたのか、私たちには分からない。でももう十分よ。あなたも、皆も、たくさん傷ついて苦しんできた。闇の中で、もがいて、苦しんで、それでも最期まで懸命に生きた」
リアンの頬を両手で包んで、柔らかく微笑む。
「あなたはちゃんと、最期まで生きたのよ、リアン。そして、ちゃんと愛されていたし、今も愛されているわ。ここから解放されて、還りましょう—— 一緒に」
ゆるゆると、リアンの瞼が上がる。
そのオリーブ色の瞳に、愛と光を称えた笑顔が、幼かった彼が愛した少女の花の咲くような笑顔が映っている。
「また、みんなで一緒に笑いましょうよ」
あの頃いつも自分に向けられていた、掛け値なしの笑顔。
ああ、なんだ。
こんなところにあったのか。
リアンの強ばった心から力が抜けていく。
頑なで強固な結び目が、溶けるようにほどけていく。
失くしたと思っていた。僕が笑える場所も、愛する場所も、ずっとここにあったのか。
”まだ、大丈夫かな”
リーメイルの頬を両手で包かえしながら、リアンはその瞳を覗き込む。
久しぶりに見る、穏やかな表情の自分がいた。
”僕も、一緒にいけるのかな”
”当たり前じゃない。ずっと一緒よ、私たち”
ふふ、と楽し気な声でささやくリーメイルに、全身が愛しさでいっぱいになる。
リアンは、幸福だった。
”いろいろと済まなかった、リーメイル。……ありがとう”
リアンの姿が、淡い光に包まれる。
「すべて終わったら、私もすぐにいくから」
晴れやかな笑顔を浮かべ、解放されたリアンは風に溶けた。
- はじまりの物語 ( No.216 )
- 日時: 2019/04/30 21:01
- 名前: 詩織 (ID: 7JU8JzHD)
風が吹き上げる。
渦巻く空に吸い上げられるような流れのなか、
目の前の光景に、ユサファは目を見開く。
思わず呼吸を忘れた。
向こうが透けて見えるほど薄い光の粒子。
それでも見間違いようのないその顔立ち、瞳、舞い上がるのは銀色の——。
「……あなた、は……」
波打つ野原の中で、柔らかな笑みを湛えてこちらを見ている『彼』を、ユサファはじっと見つめた。
「ああ」
間違いない。
姿など知らないはずなのに、本能が告げる。
祖父が、自分たち兄弟が、ずっとずっと待ち焦がれた瞬間だ。
気付けば一筋、温かいものが頬を伝っていた。
「やっとお会いできましたね」
背中から静かに声がかけられた。リュイだ。長男として、次期当主として、唯一ユサファの胸中を知っていた息子である。
「ああ」
振り返らずにユサファは呟いた。自分でも驚くほど、穏やかな声がでた。
あんな手を使ってでも望みを叶えようとした父親を責めるでもなく、自分に寄り添おうとしてくれる息子に、ユサファは感謝した。
幻想の風に銀髪をなびかせながら佇んでいた『彼』の顔が、くしゃ、と笑み崩れた。
兄のもとへ行かせてくれて。
一族を守ってくれて。
ここまで、逢いに来てくれて。
『ありがとう』
音にはならない声なき声はその場にいたライドネル家の者すべてに届き、隠されていたすべてを伝えた。
(やっと、終わったな)
はるか遠くから運んできた大きな荷物を届けるべき場所に納められたというような、寂寥感とも達成感ともひとことでは言い表せない感情とともにユサファは空を見上げていた。
「ジェン、これって……」
湖のほとりまでやって来ていたマリーは息を飲み、繋いだジェンの手を強く握る。
「あの赤い花……?」
リーメイルの歌声に合わせて、ルル湖の周りの野には赤い花の幻想が浮かび上がっていた。
咲き誇る赤い花弁が、現実の風に合わせてさわさわと揺れる。
リーメイルが好きだったあの、赤。
一面を美しく彩っている。まるで、祝福するかのように。
歌声が一層高くなった。
- はじまりの物語 最終章 おわりとはじまりの物語 ( No.217 )
- 日時: 2019/06/20 15:01
- 名前: 詩織 (ID: sNU/fhM0)
ごうと空が唸り、重く立ちこめた雲が中心から渦巻くようにうねる。
リーメイルから光がほとばしる。
うねりは大きくなり、雲の隙間から幾筋もの光のはしごが降りてくる。
次の瞬間。
光は輝きをいっそう強め視界を埋め尽くし、ラヴィンは思わず腕で目をかばった。
「シルファ?!」
隣に立っていたシルファが突然座りこんだため、ラヴィンは慌ててそばにしゃがむと、光をよけながらその顔をのぞき込んむ。
「大丈夫シルファ! どうしたの?」
「・・・・・・魔力の圧、が」
「え?」
消えた。
かすれたようなつぶやきと同時に、あれほど強く世界を支配していた光が視界から消え去った。反射した夏の日差しのように、煌めいて飛散した。
何が起こったかわからず困惑するラヴィンの背後、バタバタと音がして振り返れば、あちこちで同じように膝をつく魔法使いたちの姿があった。皆一様に呆けた様子で今までリーメイルがいた場所ーー雲は消え去り、高く抜けるように広がる青空ーーを見上げている。
嘘のような静けさが漂う中、ラヴィンはハッとして声を上げた。
「圧が消えたって・・・・・・魔法が解けたってこと? え、じゃあリーメイルは? トーヤは? どうなったの」
魔法使いたちは一様に動けないまま、茫洋とした表情で空を見つめるだけ。
答えはない。
まさか。
「このままお別れってこと・・・・・・?」
トーヤは、ちゃんとリーメイルに会えたのだろうか。
魔法は解けたというけれど、リーメイルは解放されたのだろうか?
自分には何もわからないままなのに。
『大丈夫だ、ラヴィン』
風に乗って、低く落ち着いた声が届いた。
「トーヤ!」
かすかなその声は、確かに彼のものだった。
必死にあたりを見回すラヴィンの服の裾をシルファが引いた。
「ラヴィン、こっち」
ラヴィンがシルファの視線をたどるとそこには、向こうの景色が透けて見えるほどうっすらとした人影がふたつある。
「トーヤ」
安堵の声をもらすラヴィンの呼びかけに、
トーヤは微笑みを浮かべる。彼の隣には、寄り添うように立つ女性がいた。地下の隠れ家で見た肖像画を思い出す。聖女、リーメイル。その表情は穏やかで満ち足りていて、紅い瞳は清々しい輝きを放っていた。
描かれた姿よりずっときれいで、ずっとずっと、幸せそうに微笑んでいる。
『ありがとう』
トーヤが言う。声と言うよりも、音だ。耳からではなく身体全体に直接響いてくるから、言葉を超えた彼の感情そのものが伝わってきて共鳴する。
『すべて終わった。歪んだ魔法の力は、すべて世界に還った。お前たちのおかげだ』
常に滲んでいた憂いは消え去り、晴れ晴れとした面持ちだった。
その腕はしっかりと、リーメイルを抱きしめている。
「良かったね、彼女と再会できて」
世界ももちろん大切だけれど、今目の前の二人から溢れる幸福感がラヴィンは何よりも嬉しい。
照れくさそうに、けれど素直にうなずくトーヤに、リーメイルがクスリと笑った。
『良かったねトーヤ。会いたかったでしょう? 私に』
トーヤは顔をしかめてみせようとしたが、結局、仕方ないなというように笑った。
長い長い別離を経ても、二人の間は変わらない。
リーメイルが声を上げて笑う。
空気がぱあっと華やぐ。
(わあ、このひと、すごく可愛い)
綺麗で強くて、確かに女神みたいにもみえる人だけれど、くすぐったそうな顔でころころと笑う姿は間違いなく人間で、自分たちと変わらない一人の女性だ。
何も変わらない、一人の優しい女の子なんだ。
ラヴィンはゆっくり立ち上がると、まぶしげに目を細めて二人を見上げているシルファに手を差し出した。シルファも同じような気持ちでいるような気がする。伸ばしたてのひらを、シルファの大きくて見た目よりもがっしりとした手がつかんだ。
つないだ手は暖かかった。
『あなたが、魔法の力を分けてくれたのね』
つ、と動いたリーメイルの視線の先、同じように手を携えたマリーとジェンが近づいてきた
ゆっくりと歩み出て神妙な顔
で自分を見上げるマリーに、リーメイルはふわりとしゃがみ込むと、まだあどけない水色の瞳に目線を合わせる。
『はじめまして。あなたはラト族の子よね』
「知ってるの?」
『ええ』
うなずいて、そっとマリーの頭をなでる。優しい手つきだ。経験はないけれど、母から受ける愛情というのはこん
な感じなのだろうか。心地よい。
言葉はないけれど、リーメイルはすべてを知ってくれているんだとマリーには分かった。
唇をきゅっと結ぶ。
これまでの人生を、生き方を、ねぎらい認めてもらえた気がして、どうしてか泣きたい気持ちが生まれた。
リーメイルは微笑んでいる。
彼女の纏う空気は安らかで、例えるなら癒やしとか浄化とか、そんな風に強ばった心を溶かしてくれる。そう、優しい春の日差しのようだ。
『その姿と力のせいで悲しい思いをたくさんしてきたのでしょう』
「うん」
マリーは正直に答えた。
『私はあなたの力に救われたわ。トーヤも、この地自体もね。大きすぎる力
は諸刃の剣だから、今まであなた自身もたくさん傷ついてきたでしょう。でも私には分かるの。あなたなら必ず、その力を自分のものにすることができる。ちゃんと、力をあなたの味方につけることができる。だから、お願い。どんなときも、あなたはあなたを大切にして。自分を価値のないものだとみて諦めてしまわないで。あなたは幸せになれる。絶対よ。だから、あなたとして生まれてきたあなたを嫌ったりしないでほしいの』
黙って聞いているマリーに、リーメイルがにっこりと微笑みかける。
『あなたが幸せでいることが、あなたの大切な人の幸せにつながるわ』
優しい手が肩に置かれ顔をあげると、いつも彼女を見守ってくれる彼の瞳がマリーを見下ろしていた。愛情深い、大好きな人。
「・・・・・・ジェン」
視線を合わせて小さくうなずくと、マリーはリーメイルを見た。
「分かったわ。約束する。私、ちゃんと自分を大事にするわ。まわりのみんなのことも幸せにするわ」
静かな決意を湛える少女に、過ぎ去った世界の巫女と戦士は慈しむような眼差しを向けた。
「わっ! え、ちょ、ラヴィン?」
後ろから思い切り抱きしめられて戸惑うマリーの耳元で、彼女の頭に額をつけたラヴィンはそっと告げた。大好きよ、と。
そんな少女たちの光景を、まわり
の人間たちも眩しげに眺めていた。
『さあ、お別れの時間だ』
トーヤの声と同時に、彼らの姿から急速に色が失われていく。瞬きをするような間に、ぼんやりとした光に包まれ、そのまま巻き上がる風にさらわれていく。
『ありがとう! ほんとうに』
『ありがとう』
出会えて、よかった。
二人の声が高らかに響き光が一瞬強くなる。
そうして__。
光は中心から外側へと散っていき、水に溶けるように消えていく。光も二人の笑みも空気に溶ける。
「花が!」
髪を煽られながら、マリーが叫んだ。幻想と現実、混ざり合う赤い花びらは風に舞い上がり、空に吸い込まれていく。
永遠のような、一瞬の幻のような。煌めく光と風、空。
いつしか風は止み、皆が顔をあげるとそこには、一点の陰りもない青空だけがどこまでも穏やかに広がっていた。
- はじまりの物語 最終章 おわりとはじまりの物語 ( No.218 )
- 日時: 2020/01/05 16:14
- 名前: 詩織 (ID: pUqzJmkp)
最終話 おわりとはじまりの物語
「おめでとうございます」
自室から出たところで、廊下の向こう側からやってくる兄に気づいたシルファは歩み寄って声をかけた。それに気づき、リュイも足を止める。
明るい午前の日差しは窓のかたちに足下を照らしている。
「王宮付き魔法使いに就任の儀、無事終
わったそうですね。よかった」
「当たり前だ。お前、まさか俺がなにか失敗するとでも思ってたのか?」
廊下の真ん中でにこにこと屈託のない笑顔を浮かべる弟に、リュイはふんと鼻を鳴らす。
「お前こそ、どうしたんだこんなところで。戻るのは来週じゃなかったのか、そうか、さっそくクビにな
ったか」
「違いますっ! 天候が良かったので予定より早く帰ってこられたんですよ、もう」
これでもなかなかいい働きっぷりだって褒められたんですから。
そう言い返すシルファを眺め、リュイは微かに目を細めた。まぶしげに。
あの事件から三ヶ月。
季節はすっかり夏になっていた。
開け放たれた窓からは、風に乗って鳥のさえずりが聞こえる。
カーテンが揺れ、庭の緑が陽を反射してきらきらと眩しい。
「次の行き先はルーガの街だそうだな」
「姉上から聞いたんですか?」
「近いんだろ、ベルリル」
「ええ」
「あの娘にもよろしく伝えておいてくれ」
「はい」
「せいぜい格好つけていくことだな。忘れられてないよう祈っててやる」
相変わらず意地の悪い笑みを浮かべてみせる兄に、シルファは苦笑する。
「一言余計ですよ、兄上」
今までさんざん繰り返されてきたやりとり。2人の関係にはなんら変わりはないのに、どこか大人びて見える弟の表情を、リュイは不思議な気持ちで眺めていた。
事件後、父ユサファは第一線を退き、王宮付き魔法使いという皆が羨む立場も自ら辞した。
表沙汰にはなっていない出来事だったが、父なりのけじめだったのだろう。
リュイはユサファの跡を引き継ぐことになった。
シルファはライドネル家を出て行った。
ジェイドの計らいで、しばしの間、ウォルズ商会を手伝うことになったのだ。
『まだ若いんだ。いつか叶える自分の夢のために、ちょっとばかし世界をみてみるのも悪くないぜ』
豪快に笑うジェイドの、シルファを見る目は優しかった。
今までずっとライドネル家の、ユサファの価値観に従って生きてきたシルファ
。
いつでも自分たちを追いかけ、比べ、浮かない顔をしていた末の弟。
どこか自分に自信がなくて、強く意見することもなかった弟。
そんなシルファが変わったのは、あの娘に出会ってからだ。
新しい世界に気付きだした弟へ、新たな経験をするための選択肢をジェイドが与えてくれたことに、
リュイは心から感謝した。
「ーー変わるもんだな」
「え? なにがですか?」
「なんでもない。それより仕事はいいのか?」
「あ! もういかなきゃ、荷物をとりにきただけなんで」
じゃあ戻ります。兄上もがんばってくださいね!
小走りに駆けていく弟の、いつの間にか頼もしくなった背中を
、リュイは感慨深く見送った。
***
爽やかなミントの香りにジェンが視線をあげると、書き物机の上にそっとグラスが置かれるところだった。
「ミント水か?」
「うん。少しレモンも搾ってあるの。さっぱりしておいしいよ」
アレンさんに教えてもらったの。
そう言ってにっこりとマリーは笑う。
2人でグラスの水を飲むと、爽涼感が喉を駆けた。
いつもの日々。
店の方からはお客と談笑する店員たちの声や、商品を運びこむ物音が聞こえる。
今までと変わらない、ここでの生活。
でも、確かに変わったものもある。
これまで心の隅にいつもあった「本当にここに自分がいてもいい
のか」という暗い不安が、「ここで生きていく」という確信に変わったことを、マリーは実感していた。
しあわせになることを諦めないで。
リーメイルの言葉と、私をとりまくみんなのおかげ。
「どうした?」
視線の先には穏やかに笑うジェンの、優しい瞳。
大切にしたい、私の人生。生きていく場所。
「なんでもない! これ飲んだら私、お店の手伝いしてくるね。夜はシルファに勉強みてもらう約束してるし」
「おう、がんばれ。あんま無理すんなよ」
大きなてのひらが頭をなでてくれるから、マリーはとてもしあわせになった。
***
夏の風を受けて、赤い髪が踊る。
ベルリルの丘の上、青々と光る草の絨毯に足を投げ出して、ラヴィンは空を見上げた。
緑と土と夏の太陽の匂いがする風を思い切り吸い込んで目を閉じると、まぶたに透ける光とともに大好きなひとたちの声が聞こえた気がした。
あの寒い朝、ここを発ったときは、まさかあんな冒険をすることにな
るなんてちっとも思っていなかったなぁ。
叔父さんの無事を確認して、何日か泊めてもらってみんなとごはんを食べて。
それからまたこの町に戻ってきて、ここでいつもの春を迎えると思ってたのに。
縁って不思議だ。
帰宅してから何度も思った事実が頭の中を巡る。
運命とか、あるのかどうかなんて分からないけど、でもあの冷たい朝にはラヴィンはシルファの存在を知らず、シルファもラヴィンのことなどこの世界のどこにも認めていなかった。
けれど、2人はこの世界に確かに生きていて。
世界は2人が出逢う未来を知っていたのだろうか。
あのとき、目には見えなくても、すでにはじまっていた2人の出会い。
「出逢えて、良かった」
そんなひとりごとを呟いたラヴィンの耳に、遠くで自分を呼ぶ声がした。
ハッとして跳ね起き振り返る。
呼んでいる母親の隣に、数ヶ月ぶりにみる彼の姿を見つけて心が跳ねる。
ちょっと背が伸びた?
予定よりずいぶん早いけど、そんなことはどうだっていい。
「シルファ!」
笑顔で腕を広げるシルファに、ラヴィンは思いきり飛びついた。
2人の笑い声が、夏の光にはじけて散った。
**
風に運ばれ、出会うは人と人の物語。
彼と彼女の、はじまりの物語。
そしてここから、また、始まる物語。
fin
- はじまりの物語 あとがき ( No.219 )
- 日時: 2020/01/15 19:40
- 名前: 詩織 (ID: rNQHbR8H)
かれこれ5年、ゆっくりゆっくり書いてきたお話が、本日終了いたしました。
5年前、冬から春に移るころ、ふと思い立って衝動的に始めた、初めての小説。
長期間お休みしたり、ぼちぼちマイペースで書いていたものですが、なんとか最終話まで辿り着くことができてほっとしています。
今まで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
メッセージくださった方、めちゃくちゃ嬉しかったです。
おかげさまでこんなところまで書くことができました。
チャレンジできたのも続けられたのも、みなさんの存在のおかげです。
感謝(^ ^)
みなさんの毎日が、楽しくて幸せな日々であることを祈って。
ありがとうございました。
追伸 よろしければ感想でもメッセージでも聞かせてもらえると嬉しいです。
ひとことでも結構ですので、ぜひ(^^)
お願いしますm(_ _)m
詩織