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- 第15章 因果は巡る風車〜欲しかった強さ〜③ ( No.199 )
- 日時: 2017/02/15 11:39
- 名前: 詩織 (ID: q7aY8UsS)
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意識がふわりと浮かび上がる感覚がして、マリーは薄く目を開けた。
ぼんやりと霞む景色は薄暗い。
寝かされている背中に当たるのは布越しにも固くごつごつとした感触で、少し冷たかった。
「・・マリー?」
名前を呼ばれた気がして、まだ朦朧とする意識のままマリーは視線を彷徨わせた。
気が付くと目の前に、自分をのぞき込む彼がいた。
「・・ジェン・・?」
「ああ、良かったマリー。気が付いたんだな」
心底ほっとしたように頷きながら、ジェンは片手でマリーの顔をそっと撫でた。
マリーは自分の手が、暖かいものに包まれているのに気が付いた。
もう片方の、ジェンの手だ。
「どこか痛いところは?」
マリーは小さく首を横にする。
「そうか。だいぶ無茶なことをしたから、しばらくは動かない方がいいそうだ」
マリーの小さな手を包み込むジェンの手に、ぎゅ、と力が籠る。
「マリー。もう大丈夫だ、皆いる。俺も、ここにいるから」
「・・シルファ、は?だいじょう・・ぶ?どうな・・た・・」
「全部大丈夫だ。お前が心配することは何もないよ。いいから、安心してゆっくり休むんだ」
そう言って微笑むジェンの顔は、どこまでも優しい。
しばらく黙って彼を見つめていたマリーの顔が、突然、くしゃりと歪んだ。
「ごめんなさい」
蚊の鳴くように小さな声。
「迷惑かけて、ごめんなさい」
震える声に、ジェンは驚いたように目を丸くした。
「マリー?お前は何も悪くないだろ」
「でも、私が1人で街に出かけたりしたから・・近道しようとして、人通りの少ない裏道なんて使ったから・・」
心配かけて、ごめんなさい。
絞り出すようにそう言うマリーの瞳からは、大粒の涙がぽろぽろと零れた。
「あのなマリー」
「役に、立ちたかったの」
ジェンの言葉が遮られる。
涙はさらに溢れて止まらない。
「ジェンの役に立ちたかったの。強くなりたかった、もっともっと。魔法が使えるようになったら、きっと堂々とあなたの隣にいられるって思って、焦って、1人で勝手にこんな・・」
「マリー」
何か言おうとするジェンに、マリーは激しくかぶりを振った。
「私がいるから、ジェンはずっと無理してる!いっぱい我慢してる!そんなのもう嫌だったの。私がいなければって、思ったこともあったよ。でも無理だった。私にはもう行く場所はないし、何よりジェンと離れるなんて、私には考えられなかったの。でもそれは私の我儘だから・・。もっと力をつけて、ジェンに、必要とされる人になりたかった。今すぐにでも」
ずっと押し込めてきた想いが溢れだしたら、もう止まらなかった。
わんわんと、マリーは声を上げて泣いた。
今までしたことがないくらい思い切り泣いた。
「私がいると、また今回みたいに力を利用しようとする人たちがいるかもしれない。また、ジェンに迷惑がかかっちゃう。私がいなければ・・ジェンは自由になれるのに」
吐き出すように言って、マリーは唇を噛みしめた。
ジェンはマリーの手を握ったまま、ただ黙って話を聞いていた。
静寂の中、マリーのしゃくりあげる声だけが響き、それも次第に落ち着いて小さくなっていく。
「なあ、マリー」
全部吐き出したマリーが落ち着いたのを見計らって、ジェンが声をかけた。
「お前、ちょっと俺のこと誤解してないか」
一瞬何を言われたのか分からなくて、マリーはきょとんとジェンを見上げた。
ジェンは大きく息を吐いてから、苦笑するような表情を浮かべる。
「俺は義務だけで何でも我慢できるほど大人でもないし、好きでもない奴の為に仕事を辞めたり旅に出たりするほどお人よしでもない。面倒見がいいって言われるのも、下にたくさん兄弟がいたからだろうな。習慣っていうか」
「・・・」
「お前が強くなりたいと思うなら、それもいいと思う。魔法を学ぶのも、他の何かを身につけることも。お前の人生だ。好きなことをすればいいさ。でもなマリー、お前が自分のことを強いと思っていようが弱いと思っていようが、そんなこと俺はどっちだっていいんだ。どっちだって、俺はお前と一緒にいるんだから」
今度はマリーが、その濡れた瞳を丸くする番だった。
「言ったろ。俺は義務でそんなことできるほど、出来た人間じゃないんだよ。お前といるのは、お前の我儘じゃない。俺の我儘だ。俺が、マリーといたいんだよ。だから連れだしたんだ、あの家から」
言いながら、その両手でマリーの小さな手を包む。
「俺は、お前が大事なんだ。だから、これからも・・、いつかお前に他に行きたいところができるまで、ずっと一緒にいるよ」
マリーの瞳に、再び涙が溢れた。先ほどとは違う、暖かな涙だった。
ジェンはマリーをそっと抱き起すと、自分の腕に抱き込んだ。
「ジェン」
「うん」
「ジェン・・っ」
「うん」
柔らかな頬を伝う涙をそっと拭ってやりながら、ジェンは笑った。
「もうずいぶん一緒にいると思ってたけど、まだまだ話したりなかったな、俺たち。帰ったら、またたくさん話をしよう」
「ん」
「皆で帰るんだ」
「うん!」
晴れやかな笑顔で、マリーはジェンの胸に身体を預ける。
そのうち安心したように聞こえてきた小さな寝息に、ジェンは胸をなでおろす。
このまましばらく。
できればこの騒動の決着がつくまで、彼女を存分に休ませたい。
腕の中の小さな身体を抱きなおしながら、ジェンは呟いた。
「さて。あっちはどうなったんだろうな」