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第15章  因果は巡る風車  〜欲しかった強さ〜⑥ ( No.204 )
日時: 2017/03/28 14:39
名前: 詩織 (ID: Q8MrRCmf)

記憶の中の彼女は優しくて朗らかで、そのくせ時折見せる頑固さはユサファをもたじろがせるほどだった。
けれどその笑顔はどんな時も、ユサファに安らぎを与えてくれる。
振り返ればいつも、見守っていてくれたひと。
(・・・リリア?)
目の前の娘に重なるのは、遠い記憶の中の妻。


「お父様を責めるつもりなど、私には毛頭ありません。その資格すら、私にはないのですから」
茫然を自分を見つめるユサファから目を逸らさずに、イルナリアは続ける。
「家の為、ご先祖様方の為、そして今を生きる私たち一族皆の為。そうやって全部を背負われて、ご自身の全てを捧げてきたお父様を責めることなど、一族の誰にもできはしません。私たちを守ってきて下さったお父様には心から感謝しております」

けれど、と。
そう言ったイルナリアの瞳が揺れた。
うっすらと透明な雫がひとすじ、その白く柔らかな頬を滑り落ちていく。
「だからこそ、お父様をお止めしたかった。こんな形でご自身を失って欲しくなかった。幸せに、なって欲しかった」
もちろんシルファやマリーの為でもあった。
きっかけはラヴィンとジェイドとの面会だった。
けれどその気持ちの更に奥、ずっとずっと隠してきた父への想いが今言葉に、行動になってあっという間に溢れだしてゆく。

「お父様」
「・・・」
「私、何でもしますわ。お父様のお力になれるよう、もっと頑張ります。だからどうか、お一人で背負わないで下さい。どうか、あの優しかったお父様に戻って、笑って下さいませ。このような、誰かを、自分たちをも犠牲にする行為など、どうかお考え直し下さい。お願い致します」

そこまで言ったイルナリアの身体が、ふいに傾いだ。
「おい!イル!」
くたりと崩れ落ちるイルナリア。素早く駆け寄ったのはリュイだ。
魔法から手を放したことで鋭い火花と痛みが彼を襲ったが、かまうことなく妹を抱き止めた。
「大丈夫か?!」
「・・え、ええ、大丈夫・・です。少し、眩暈がしただけで」
青白い顔をして、それでも気丈に笑みを浮かべようとする妹に、リュイは口元を歪める。苦い思いがこみ上げる。
「バカ。なんて無茶なこと・・」
「リュイ兄様こそ」
魔法よって火傷を負ったリュイの右手を、イルナリアはそっと包み込む。
「シルファと同じことを。やっぱり兄弟ですわね、私たち」
ふ、と嬉しそうに笑った後、イルナリアはリュイの眼を見て言った。

「私、お兄様方にも、幸せになって欲しいと思っています。そんな辛そうな眼をするリュイ兄様も、もう見たくないんです」
「・・イル」
驚いたように瞠目して、それからリュイの表情が崩れた。
困ったような、泣く一歩手前のような、そんな笑みだった。

「ふふ。良かった」
「?」
「リュイ兄様のそんなお顔、久しぶりに見ましたわ。最近はずっと難しい顔で気を張ってらして。シルファにも意地悪ばかり」
「あれは」
「分かっています。あれは兄様なりの愛情表現ですわよね。シルファをからかう時だけは、楽しそうにしてらしたもの」
イルナリアがクスリと笑う。
リュイはぐっと言葉につまった。
「気づいていないとでも思ってらして?見ていれば分かります。お父様もお兄さま方も、だんだん笑わなくなって、苦しそうな顔をすることが多くなって。それを見ているのは、とても、辛かった」
瞳を伏せるイルナリアに、リュイは言葉を見失う。
そして。

「・・・父上」
ユサファの身体がぴくりと揺れた。
「父上。俺はここで降ります。やはりこれはやりすぎです。いくら父上のご命令でも。そしてそれをお止めできなかったのは、長男である俺の責任。どんな後始末でも
俺が全てを懸けてやり遂げますから。どうか父上、イルナリアの願いを、お聞き届け下さい」
「リュイ兄様・・」

ユサファは瞳を閉じる。

目の前の暗闇に、今までの日々が浮かんでは消え過ぎ去ってゆく。
物心ついた時から自分の心の中心にあった使命。
それによって心は勇み、高揚し、いつか必ず叶えると誓った。
ライドネル家の魔法使いであることは、自分の輝かしい誇りだった。

けれどいつの間にかその夢は、強い執着に変わっていたのか。
自分は間違えたのだろうか?
ならばいつ、どこで?
何を見失ってしまったのだろう。

途方もない気持ちでため息を吐き、そっと瞼を上げる。
受け入れるのは苦しい。けれど目の前にいる、子供たちの必死な姿は、想いは。それが今自分が選ぶべき答えだと分からせてくれる。
同時に心のどこかで、まるで憑き物が落ちたような肩の軽さを感じているのも確かだった。
(私も、もう十分いい歳になったと思っていたのに)

いくつになっても、自分の心すら、御するのは難しいものなのだな。
心中で呟いて、ユサファは子供たちを見つめた。

「・・分かった。計画は、ここで正式に中止とする。速やかにこの場を収める術式へと儀式の内容を変更しよう。イルナリア」
「はい!」
喜びに瞳を輝かせるイルナリアと、心からの安堵を浮かべるリュイに向かって、ユサファは呼びかけた。
「お前はすぐにその衣装を脱ぎなさい」
「っ!嫌ですお父様!私も皆と一緒に」
「駄目だ。これ以上ここにいたらお前の身体がどうなるか分からない」
「でも」
「言うことを聞きなさい。私もお前の願いを受け入れた。お前の身に何かあったら、リリアに合わす顔がない。分かってくれるな」
言い聞かせるような声音と、瞳に宿る優しい色。
先ほどまでとは違う、大好きだったあの頃の。
「・・お父様」
瞳を潤ませるイルナリアを、リュイが支え直した。
「イル、ここは危険だ。着替えを済ませたらお前はどこか離れた場所で・・」

「それならご案内します。姉上はどうぞこちらに」

静かに告げる声。

「シルファ!!」
「戻ってきたのか?!」
イルナリアとリュイが叫んで振り返る。
入り口に立つシルファ。その後ろには、赤い髪の少女と、青い瞳の剣士が一緒だ。
それから。
「・・もしかして、トーヤ、殿?」
目を瞠るイルナリアに、シルファの隣に居る・・ように見える、不思議な姿の青年が頷いた。
「俺の名はトーヤ・クラウン・ファリス。この騒動の決着をつける為、提案があってここに来た」