コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

第16章 継がれゆく光  ( No.206 )
日時: 2017/04/16 19:17
名前: 詩織 (ID: fpEl6qfM)

第16章 継がれゆく光  〜 目覚め 〜


深い、深い眠りの底にいた。

眠っていることすら忘れる程に深い場所。

大きな力と一体となり、個の意識など無くなる場所。

永遠に続くような深く静かな眠りの中で、一瞬・・意識が揺らいだ。


”何か、聴こえる”

”ここは・・。私は・・?”

「私」?私、なんて存在が、ここにはあったの?
それすらも曖昧な世界。
揺らいだ意識の中で問いは続く。

未だ微睡みの中で、何も思い出すことは出来ないけれど・・。
”聴いたことがある・・『声』・・?”

「リーメイル」

その言葉の意味は分からないけれど、なぜか無性に揺さぶられた。

「リーメイル」
懐かしくて優しい声は、何度も何度も、『彼女』を呼んだ。
意識が暗い水底から水面へと浮かび上がるように、その『声』にゆっくりと導かれてゆく。

それは光の射す方から、聞こえる気がした。


**


強い風が髪をうねらせていく。
空は分厚い雲に覆われ、昼間だとは思えないほど暗い。嵐の前の様な風が、唸りを上げて彼らの間を通り過ぎた。
「シルファ、大丈夫かな」
マリーの呟きに、ラヴィンは握った拳に力を込める。
「大丈夫だよ、シルファだもん。それにトーヤも、皆もいる」
眼下に広がる景色から目を離さずに言った。
「信じてようよ」
ラヴィンの隣でマリーが頷く。
その肩を抱いて寄り添うように立つジェンも、真剣な表情で丘の下・・エイベリー村を見つめていた。その向こうには、空を映した灰色のルル湖が広がる。

『この魔法を発動させるには、ファリスロイヤ城の魔法陣、それから封印の石碑で同時に術をかけなければならない。広範囲に分散してもらう必要があるんだ。それから移動の為坑道の移動魔法陣にも待機を。ひとりひとりの負担はかなり重いものになるが、やれるか?』
トーヤの問いに、ユサファは即答した。
「ここにいるのは我がライドネル家の中でも上級の使い手たち。我が一族の誇りと威信を賭けて成し遂げてみせよう」
「頼もしいな、それは」

ライドネル家の魔法使い達は坑道を通り、エイベリー村の石碑の元へ。
村長に面識のあるラヴィンは村人たちを一時避難させる為共に村へと向かった。村人たちと共にマリーとジェンにも隣村へ避難するよう伝えたのだが、マリーは頑として首を縦には振らなかった。
「私も行く」
強い口調でそう言った。
「駄目だよマリー。まだ体調が」
「平気。ねぇお願いラヴィン。私も見届けたいの、ちゃんと、最後まで」
ジェンに支えられながら訴えるマリーに、ラヴィンはそっとジェンを見上げる。
「マリーのしたいようにさせてやろう。俺が、ちゃんとついてるから」
そうして3人は今、村の見渡せる小高い丘から魔法使い達の動向を見守っているのだった。
(シルファ・・、トーヤ、どうか無事で。魔法がちゃんと成功しますように、誰もケガなんてしませんように)
ラヴィンは心で強く祈りながら、村人の居ない村を見つめた。

第16章 継がれゆく光 ( No.207 )
日時: 2019/05/23 08:16
名前: 詩織 (ID: 32zLlHLc)

ふと、名前を呼ばれた気がした。
ゆっくりと目を開けると、そこは真っ白な世界。

(精神世界か?)

トーヤは冷静に考える。視界とは裏腹に頭は冴えていて、心は静かだった。
現実の世界ではライドネル家の魔法使いたちによる儀式の最中だ。その中心にいたトーヤの意識は今、魔力と溶け合い別次元の空間に繋がれていた。
ふ、と。
名前を呼ばれた気がして振り返る。
息が、止まった。
「……リーメイル…?」

金色の長く美しい髪。
赤く澄んだ瞳。
忘れるわけがない。あの日から、1日だって忘れたことなんてない。
「リーメイルっ!!」

視線の先、焦がれ続けたその姿に向かって、トーヤは夢中で駆け出していた。


**


「おい、何だお前は!そこで何をしている?!」
いら立ちを隠さず怒鳴るクロドに、通路に立っていたラパスはあっさり答えた。
「見りゃ分かるでしょー見張り番」
儀式の行われている部屋の入口はこの奥になる。
「ユサファ・ライドネルはどこだっ!今すぐ呼んで来い!」
「それは無理。今大事な用事で取り込み中なんだ」
「黙れ!いいか、何を考えてるか知らんがこっちには奴らの署名した盟約状とグレン公爵の後ろ盾があるんだぞ。裏切ったらどうなるか……っ痛!」
怒りに身を任せラパスの胸倉を掴もうとしたクロドは、悲鳴と共に慌てて手を引いた。
後ろに控えていた部下たちにもどよめきが起きる。
「くそ!魔法か?!」
「そ。怪我したくなかったら近づかないほうがいいってさ。ユサファ殿からの伝言」
にっこり笑って返すラパスに、クロドは盛大に床を蹴りつけた。
「馬鹿にしやがって!!」
ぎりぎりと歯ぎしりの音をさせながら踵を返すと、荒い足取りで来た道を戻っていく。
仲間を連れに入口に戻ったのだ。
ふむ、と一息つくと、ラパスは目に見えない壁を見上げた。
(やっぱりそうくるよなー。とりあえず、もう少し頑張ってくれよ)
今回の計画に執着しているクロドは自分の決定に必ず反対するはずだと、そう言ったのはユサファだった。最初の魔法が失敗に終わった後、ユサファが簡単に語った今回の計画内容。この土地に眠る魔力を解放することで、所有する土地を豊かにし他の貴族に対抗する為の富を得たいグレン公爵、手足となって動くことで報酬の金品と商売の権利を約束されているクロド、ふたりに利用されていると知った上で自分たちの目的の為実行者となったユサファ。ここまで来て、心変わりを理由に計画を手放すことを、クロドは許さないだろう。
「全てが終われば、私が責任を持ってカタをつける。ただ、今は時間がない。とりあえず結界を張っておくが、皆本来の儀式に集中するので精一杯だ。万が一途中で解けた時には、すまんが時間稼ぎを頼む」
頭を下げたユサファに、ラパスはニッと笑うと剣の柄に手をかけた。
「任せてもらっていいっすよ。うちの仲間を護るのが今回の俺の仕事。社長命令ですから」

ユサファは彼らの大切な仲間を危険に晒した。
それでも、『うちの仲間』の中に己の息子が含まれていることを読み取って、彼はもう一度深く頭を下げる。
「恩に着る」
そうして儀式は始まった。

「頑張れよ、シルファ」
前を見据えたまま、ラパスは強く呟いた。

Re: はじまりの物語→→再開しました! ( No.208 )
日時: 2017/07/03 17:02
名前: 詩織 (ID: JPqqqGLU)

「リーメイルっ!!」
体の動くままに駆け寄って抱きしめる。
華奢な身体は、あの頃の記憶のままだった。
「リーメイル」
何度も何度も、トーヤはリーメイルの名前を呼ぶ。
もう一度会えるなんて、思っていなかった。
時が流れ自分の意識が消えるまで、ただ静かにこの土地を見守ってゆくつもりだった。
なのに今、彼女は自分の腕の中にいる。あの頃と変わらぬ姿で。
「リーメイル」
こみ上げる愛しさに、抱きしめる腕の強さが制御できない。
「……トーヤ?」
囁くような声で呼ばれ、トーヤはやっと我に返る。腕の力を少しだけ弱めると、リーメイルがゆるゆると顔を上げた。
「トーヤ?」
「ああ」
トーヤが頷いて見せる。その顔をじっと見つめていた赤い瞳がふるりと震えたかと思うと、あっという間に潤んで、その滴が幾筋も白磁の頬を伝った。
「リーメイル?」
「……トーヤぁっ」
彼女の整った顔がくしゃりと歪んだ。
「え、おい、リーメイル?」
慌てて頬に手を添えると、トーヤはその溢れる涙を拭ってやる。
リーメイルが泣いていた。
巫女長に選ばれてからどんな時も——あの最後の日でさえ、涙を見せなかった彼女が。
子供のように声を上げて肩を震わせるリーメイルに、トーヤは小さく笑った。
「お前がそんな風に泣くの、どれくらいぶりだ?」
そんなの分からないわよ。
答えようとして、言葉にならなかったのだろう。リーメイルはふるふると首を横に振った。その反応が可笑しくて可愛くて、なんだかとても懐かしくなって、トーヤは思わず添えていた手で彼女の柔らかな頬を引っ張ってみる。
「ちょっと!トーヤ?」
泣き顔のまま、リーメイルが声を上げる。その顔に、トーヤが噴き出す。
くすぐったさが心の底から溢れてきて、トーヤは笑った。リーメイルは一瞬非難の表情を浮かべたが、それはすぐに柔らかく崩れ、声を立てて笑いだした。1度ぐいっと涙を拭い視線を上げると、2人の目が合った。
優しくて暖かくて、ちょっとだけ意地悪な栗色の瞳。
ああ、本当にトーヤなんだ。
リーメイルは頬を緩めたまま、もう一度彼の胸にしがみつく。
その彼女を、トーヤも強く抱きしめなおした。
お互いが確かにここにいる、その存在を抱きしめる。


暫くの抱擁の後、そっと腕の力を緩めながらトーヤが口を開いた。
「リーメイル。お前に頼みがあるんだ」
「大まかなことは分かるわ。意識が浮上してからずっと、外の世界から魔力が流れ込んできている」
トーヤに抱かれたまま、リーメイルが答えた。
トーヤが状況を素早く伝える。少しの間瞳を閉じて考えを纏めると、リーメイルは顔を上げた。
「分かったわ。やってみる。眠っている魔力を、世界に還しましょう」
強い光を宿した双眸は赤く燃えている。もう泣いてはいない。そこにあるのはあの日、最期まで必死に人々を救おうとした、この地を愛する聖女の瞳だった。


**

ラヴィン・ドールは視力が良い。見下ろしていた丘の上からでも、その異変を見逃さなかった。
「どうかしたのか?」
先ほどから1点を凝視したまま動きを止めたラヴィンに、ジェンが声をかける。
「……なんか、様子がおかしくない?ほらあそこ」
彼女の示す先を追って、ジェンとマリーも目を凝らした。バラバラと点在する石碑にそれぞれ魔法使いが1人ずつ配置され、儀式が始まってからは均一な淡い光が彼らを繋ぎ、丘の上からは大きく歪んだ光の環のように見えていた。その中のひとつの光がうっすらと点滅し、よく見ればその石碑の傍らに立っていたはずの魔法使いが地面にうずくまっている。不安定に点滅する光は周りにも影響を及ぼしているようで、少しずつ均衡が崩れていくように見える。
「ねえ、隣見て!あっちの人も!」
ラヴィンが更に斜め上を指さして叫んだ。
隣に引きずられるように、立っている魔法使いが少しずつ体勢を崩していく。まるで何か見えない圧力が彼を襲っているかのように。耐えきれなかったのか、彼の膝が折れ地についた。
「……っ!私ちょっと行ってくる!」
「あ、おいラヴィン!」
移動用の魔法陣へ向かってラヴィンが駆け出し、ジェンとマリーも後を追う。
3人が通路にたどり着くとそこには、焦った様子で通信用魔法道具を覗く魔法使いの姿があった。彼は魔法使いたちの移動の為にこの場に待機していたはずである。
「何かあったの?!」
ラヴィンが駆け込むと、彼が弾かれたように顔を上げた。
「クロドが……」
3人の顔色が変わる。魔法使いは早口で言った。
「クロドがユサファ様の裏切りを知って儀式の邪魔をしているようです。こちらの魔法使いたちは儀式に手いっぱいで……今ウォルズ商会の剣士殿が食い止めているそうですが、いかんせん多勢に無勢の為、向こうは混乱している様子」
「待てラヴィン!どうする気だ?!」
話の途中で移動用魔法陣に向かって飛び出したラヴィンにジェンが叫んだ。
「あたしも加勢しに行く!ジェンとマリーはここで待ってて」
「ラヴィン、大丈夫?」
不安そうに見上げるマリーに、ラヴィンは強い声で答える。
「大丈夫!ラパスもいてくれるし、それに」
シルファを助けたいんだ。
そう言って、ラヴィンは魔法使いの方を向いた。
「本当にいいんですか?」
不安げな魔法使いの問いに、ラヴィンは大きく頷く。
そうして彼の移動魔法の呪文と共に、ラヴィンの姿はかき消えた。

Re: はじまりの物語→→再開しました! ( No.209 )
日時: 2017/07/07 14:44
名前: 詩織 (ID: JzqNbpzc)

「ハッ!」
鋭い声を上げラパスは剣を振るう。唸りを上げて弧を描く切っ先に、幾人かの男たちは悲鳴を上げて体勢を崩した。儀式が行われている部屋への通路を背にしたラパスは、大広間から通路へ侵入しようとするクロドの部下たちを前に孤軍奮闘中である。通路の途中には魔法で防壁も張られているが、ライドネル家の者たちが余分な魔力など使えない現在、どこまで持つかは不明だ。できるだけ通路前のここで侵入を食い止めておきたい。しかしながら明らかな多勢に無勢とあり、すでに数人がすり抜けて奥へと駆けて行ってしまった。とにかく、これ以上行かせてなるかとラパスは再び構えの姿勢をとる。
「やるじゃないか若いの」
余裕ぶった態度で言うクロドだが、その声は少し上ずっていた。無理やり作った笑顔もぴくぴくと引きつっている。50人近くいた力自慢の荒くれたちがたった1人の若い男に次々と打ちのめされていくのだ。クロドの腹の中は今まさに煮えくり返って爆発しそうだった。
「だがそろそろ遊びは終わりだ。こちらも暇じゃないんだからな」
脅し文句のようなクロドのセリフに、組み合っていた3人を同時に床へ転がしながらラパスが答える。
「だったらさっさと帰ればいいのに」
「誰のせいでこんなことになってると思ってるんだ?!」
「俺じゃぁないよ」
呑気な口調とは裏腹に剣呑な目つきで自分を射抜くラパスに、クロドは顔を顰めたその時。クロドの後方からラパス目がけて一陣の強く鋭い風が走った。
何かを考える間もなくそのまま後方床に叩きつけられる。
咄嗟に受け身を取った為何とか頭部への打撃は免れたが、したたかに身体を打ったせいで呼吸が詰まる。苦し気に咳込むラパスの前に、1人の男が進み出た。
真新しそうな該当を纏った男は、倒れているラパスを一瞥する。
「おお、遅かったじゃないか。何やってたんだ」
クロドが安心したような声で呼びかけた。
「来るのが遅いぞ。前金いくら払ってると思ってるんだ、まったく」
文句を言いながらも、先ほどより随分顔色が良い。
(……流しの魔法使いを雇ってたのか)
ラパスは立ち上がりながら素早く男を観察する。今の攻撃は明らかに魔法の力だ。見た所、魔法の使い手はこの男1人。そもそも基本的に希少価値の魔法使いは、はぐれ者とて雇うのに法外な金がかかる。どこで見つけてきたのか知らないが、さすがクロドといったところか。
「ただの剣士が、魔法の業に勝てる道理はない。身を引け」
男が低い声で言う。片手には酒の小瓶。金欲しさに雇われたのだろう。魔法知識のないラパスには、実力のほどは分からない。
「やだよ」
短く返し、再び剣を構える。

魔法に対抗する術は、自分は持っていない。攻撃を上手く避け、隙をついてなんとかこちらから仕掛けるしかない。ラパスは息を整える。
引く様子のないラパスに、男は面倒臭そうに片手を上げた。
「燃えろ」

Re: はじまりの物語→→再開しました! ( No.210 )
日時: 2017/07/14 11:38
名前: 詩織 (ID: JPqqqGLU)

それは一瞬の事だった。
荒れ狂う真っ赤な炎が眼前に迫り、熱を伴う風圧に身体が押さえつけられる。
息が出来なくて、ラパスは咄嗟に両腕で顔面をかばった。
なすすべなく渦に飲まれる。
(くっそ!こりゃ駄目か?)
覚悟を決める。
が、突然ふっと身体が軽くなった。
「?」
圧に負けるまいと力んでいた足がたたらを踏む。
呼吸が楽になる。
ラパスを取り巻いていた炎の魔法は、音もなくかき消されていた。
顔を上げると、魔法使いの男は目を見開いていた。が、男の視線がある一点を捉えると、その顔は一気に苦渋に満ちたものになる。
男が大きく舌打ちした。
「来やがったな」

ラパスは男の視線を追って振り返る。多少身体に痛みはあるが、あの炎をまともに食らったらこんなものでは済まなかっただろう。こんな事が出来るのは、より上位の魔法使いだけ……。
「任せきりですまなかった。怪我はないか」
切れ長の瞳に凛々しい顔立ち。儀式用のフードを被っていても、その銀色の髪と瞳の輝きは見るものを圧倒する。シルファより幾分大人びた容姿の青年は、片手の手のひらを男に向けて構えたままラパスの傍らに立った。ライドネル家長男、リュイ・ライドネル。
「儀式はいいのか?シルファの……兄弟、かイトコさん?」
「兄だ。いいとは言えない、ギリギリだ。父上が、俺の分の負荷を全て受けて下さってなんとか保っている状態だ。こちらで魔法の気配がしたからな。このままなだれ込まれたら儀式自体が崩され魔力が暴走する」
「悪いな力不足で」
視線はクロドの一団に向けたまま、ラパスは軽口めいた様子で言った。リュイは横に首を振る。
「たった1人でここまで抑えてくれたことが奇跡的なんだ。一族を代表して礼を言う」
殊勝なリュイの言葉にラパスの口元が上がる。
「なぁんか、シルファに聞いてたより随分物分かりが良さそうじゃん」
「それはどういう……」
ぴくりと片眉を上げたリュイをそのままに、ラパスは剣を構えながら言った。
「それは全部終わってからな。礼もだ、ライドネル兄」
「リュイだ。リュイ・ライドネル」
「了解。じゃあリュイ、ここはひとつ、共闘と行こうぜ」
ラパスは不敵な笑みを浮かべて、剣を構えた。

**

「シルファっ!!」
やっとのことで儀式の間が見えてくる。ラヴィンは息を切らせて部屋に飛び込んだ。
移動の魔法陣で城に入った後、予想外に幾人ものクロドの部下に遭遇した。ラパスの姿が見えないのは、きっと表側の入口を守っているのだろうと判断する。クロドたちが把握している入場ルートは一カ所だけのはずだった。計画を外部からの侵入者に邪魔されない為、事前調査の段階で他の侵入経路には結界を張っているとユサファから聞いている。逆側のこの通路には本来入れないはずなのに……。
(きっとクロドが何かしたんだ)
出会ったクロドの部下たちを叩きのめしながら、ラヴィンはとにかく走り続けた。

儀式の間に入る。そこにも、すでに男たちはいた。それぞれ大声で喚きながら、見えない壁を手に持った武器で荒々しく攻撃している。結界が張られているのだ。
「っ! シルファっ!」
部屋の奥。魔法陣の一角に、シルファの姿が見えた。
苦し気に口を引き結び、瞳は閉じられている。フードで顔は良く見えないが、流れる汗は尋常ではない。
「ちょっと!やめなさいよ!」
叫ぶラヴィンに男たちが振り返った。
「お前……赤毛の……ジェイド・ドールの身内だな?!」
「ああ!クロドさんが言ってた奴か!」
ざわつく彼らに視線を走らせ、ラヴィンは畳みかけるように怒鳴った。
「そうだよ!私はジェイド・ドールの姪ラヴィン・ドール!あんたたちの相手は私!今すぐここから出ていくか、私の相手をするか、さっさと選んで!」

Re: はじまりの物語→→再開しました! ( No.211 )
日時: 2017/07/21 14:24
名前: 詩織 (ID: vMb14CZS)

「おっりゃぁぁーっ!」
激しい気合の声と共に、ラヴィンの身体が宙に舞う。身軽さを生かし壁を蹴って飛び上がると、自分の倍くらいある男の顔に飛び蹴りを食らわせる。儀式の間前の廊下。ラヴィンのスピードに翻弄されたクロドの部下たちは、ひとり、またひとりと床にのびていく。
「はぁっはぁっ……、あ、待ちなさいこら!」
汗を拭って、ラヴィンは地面を蹴った。目の前の敵に集中している間にも、儀式の邪魔をしようとする者があとからあとから部屋に入り込もうとするからだ。いくら武術の心得があるといっても、きりなく侵入してくる男たちを相手に、さすがのラヴィンも苦しそうな呼吸で肩を上下させている。
(いっぺんにこないだけ、ありがたいけど……何とかしないと、このままじゃ
もたない)
細工をした入口からの侵入は人数が限られているようで、一度に大勢入ることはできないようだ。だが結局全体数が違い過ぎて、持久戦になれば明らかにこちらが不利である。
(とにかく、やれるとこまでやるしかない)
儀式が始まって随分経つ。なんとか終了まで、魔法使いたちを守りたい。
脇をすり抜ける男の1人を捕まえて関節を捻り、蹴り飛ばし、素早く振り返った。

「っ?! ひゃっ!」
乱暴に掴まれた腕を引っ張り上げられる。
「ったく、なんてガキだ」
「ちょっと!ガキじゃな……痛っ!」
いつの間にこんな近くに来ていたのか。筋肉質で長身な男は遠慮などせずラヴィンの腕を捻り上げた。
「いた、たたた! 痛いってばおじさん!」
「おじさんだと?! お兄さんだろこのガキ!」
「どう見てもおじさんだよおじさん! そっちこそ女の子に向かってガキとはなによ!」
「うるせー、とにかくお前は邪魔だ!」
男がラヴィンを床に抑え込もうとのしかかってくる。
その間にも、1人、また1人とすり抜けていくクロドの部下たちの足元を視界の端で捉える。
「待ちなさいっ…あ!」
汗ばんだ巨体の男は、そのままラヴィンを組み伏せた。頬に走る、冷たい床とざらつく砂埃の感触。
「ちょ、や、やだぁっ!!」
思わず目を固く閉じて、ラヴィンは叫んだ。


ゴン。

鈍い音がした。
直後、カツンカツンと何か固いものが床に転がる音。

おそるおそる目を開くと、ラヴィンの腕をとったまま、男は目を見開いていた。
「え、何……」

ラヴィンが戸惑う目の前で、男は物も言わず、そのままずるずると床に崩れ落ちていった。
その隙間から、床に転がる小さな物体が見える。
「石?」
「ラヴィン! 大丈夫ですか?!」
聞きなれた声が辺りに響いて、ラヴィンは弾かれたように顔を上げた。
「アレン?! え、叔父さんも!!」
廊下の向こう側から駆けてくる3人の姿を見つけて、ラヴィンの頬が一息に紅潮していく。
「わぁ! ギズもいるの?! 皆、来てくれたんだ」
ラヴィンの元に駆け付けたアレンが、倒れた男の腕からラヴィンを助け出した。
「怪我は? 腕は動きますか? あああもう! 女の子がこんなに傷だらけになって」
ラヴィンに怪我がないか一通り確かめてから、ほっと息を吐き出すと、アレンは彼らしい柔らかな笑みを浮かべてラヴィンの顔を覗き込んだ。
「1人で、よく頑張りましたね」
その瞳がとても優しかったから、ラヴィンは安心感と同時に、胸と目元がじんわりと暖かくなるのを感じた。
「ラヴィン」
横を向くと、ギズラードが、彼もそのダークブラウンの双眸にありったけの安堵と労いを込めて、ラヴィンを見下ろしていた。
彼の腕が、優しくラヴィンの肩を抱く。
「お疲れさん」
「ギズ……」
思わず涙腺が緩みそうになったラヴィン……の耳に、威勢の良すぎる怒鳴り声が響いた。
「こぉらてめーら! よっくもうちの姪に手ぇ出してくれたなぁ!!」
怒声と同時に鈍い音がして、見るとちょうど、ジェイドのごつい拳が敵の顔面に決まったところだった。辺りには同じく顔面や腹を抑えてうずくまる男たちが数人。
「あ、う、くっそぉ」
突然の援軍にたじたじになった敵方は、ジェイドの周りから逃げるように駆け出した。
元来た道と、それから儀式の間の前、ラヴィンたちのいる方向へ。
「あーあー、昔のまんまだなぁありゃ。ケンカっ早いのは仲間内でナンバーワン」
「なんだか楽しそうですねぇ。イキイキしちゃってまぁ」
呑気にそんな事を言い合うギズとアレンの正面にも、必死の形相で男たちが駆けてくる。
「ちょ、アレン? ギズ!」
ラヴィンを背後に庇ったまま、2人は動こうとしない。
迫る手が落ち着き払った2人に届く寸前、男たちの足がつんのめるようにもつれた。
「こンのやろっ」
あっという間に追いついたジェイドが、後ろから同時に2人の男の服を掴み、ついでにもう1人の足を引っかけて転ばせたのだ。
「おりゃっ!」
掛け声とともに勢いよく身体を捻れば、引っ張られた男たちは遠心力も伴ってあらぬ方向へと吹っ飛ばされていった。そのままパタリと動かなくなる。完全にのびていた。
「ったく。こら!ギズ、アレン!」
片手で汗を拭いながら、ジェイドが睨んだ。
「なにボーっとしてんだ、逃げるか戦うかどっちかにしろよ」
「いやぁ、社長があんまり楽しそうなもんで。ここはお譲りしようかなと」
「そうそう、ダンナ、体力おばけだしー。平気っしょ」
しれっと答えるアレンに、隣ではうんうん頷くギズラード。
ジェイドの眉毛が呆れたようにがくっと下がった。
「お前らなー。人を化けモンみたいにいうなよ。こちとらもうおっさんなの、疲れんの!ちったぁ手伝えよ」
嘆息する叔父の姿にちょっぴり同情を覚えるラヴィンだったが、やっぱりその動きは圧倒的で。逃げ遅れた残党もあっという間にひっ捕らえて、ロープでぐるぐる巻きにしてしまった。
「よっしゃ。ここはもう大丈夫だな」
「あとはクロドですね」
頷きながら、大人3人は視線を交わす。
「ここ頼んでいいか」
「もちろんです」
「了解。ダンナほどは暴れらんないけどね。なんかあったら呼びに行くよ」
ジェイドは深く頷いて2人の肩を叩くと、ラヴィンを促して歩き出した。
「クロドに話をつけに行く」
「え、え? 叔父さんが?」
慌てて後を追いかけながら、ラヴィンは驚いた顔でジェイドを見上げる。
不思議そうに問う姪に、ちらりと振り返ったジェイドがニヤリと笑った。
「ま、見てな。商人には商人のやり方があんのさ」