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第16章 継がれゆくもの 〜目覚め〜 ( No.214 )
日時: 2018/07/16 21:21
名前: しおり (ID: NOuHoaA7)

再開 H30.7.16

本文続きです↓


「……なんだと?……どういうことだ!」
「ファリスロイヤから手を引け、と言ったんだ。この先このままここにいても、お前に益はない」
呆然と目を見開くクロドに対峙して、ジェイドは1枚の書状を掲げた。
「グレン公爵はこの件から手を引くそうだ。完全にな」
「ばかな! なぜ貴様がそんなことを」
荒々しく床を蹴りジェイドに歩み寄ると、彼の手から書状を奪い取るようにして、クロドは内容に視線を走らせる。
読み進めるうちに、眉間のシワは深くなり、力のこもりすぎた両手はぶるぶると震えている。ぎり、と奥歯を噛みしめる音まで聞こえてきそうだ。
「貴様の差し金か」
クロドが血走った眼でジェイドを睨んだ。
「ショイル公爵と言えば貴族議会の中でも古参の実力者だろう! なぜそんな大物の名が出てくる? グレン公爵に圧力をかけさせたのか?」
「まさか。俺は一介の商人だ。貴族同士の駆け引きに口を挟めるはずはない。ただお客への納品の際、巷の様子を聞かれて少々私見を述べただけだ」
「やはり貴様の仕業ではないか!」
現在、王都の貿易商ウォルズ商会と言えば、その信頼と実績に置いて5本の指に入る人気店だ。独自ルートで希少な品も手に入れられる確率が高いということもあり、貴族から頼られることもある。
あまり表では知られていないが、御年60のショイル公爵もウォルズ商会の品と息子のような歳の社長ジェイド・ドールを気に入っていて、商品だけではなく、ジェイドの持つ人脈や情報にも信を置いていた。
クロドはもちろんそのことを知っている。
「何を吹き込んだ?」
「だから何も。俺がでしゃばるまでもなく、グレン公爵が裏で動いているという情報はショイル公爵の耳に入ってたよ。あのじいさ……、んん、老巧な公爵を侮るな。俺は自分の知っている情報は伝えたが、結局、動いたのは公爵の意思だ」
貴族議会の重鎮であるショイル公爵は、若き野心家グレン公爵が不穏な動きをしていることを知り、独自に調査していた。そしてジェイドからの情報提供と助言を受け、グレン公爵に密書を送ったのだろう。この件からは手を引くようにと。
「言っとくけど本物だぜ」
「分かっている! 今まで俺がどれだけ、グレン公と密書のやり取りをしてきたと思ってるんだ」
クロドが吐き捨てる。
2人を取り囲むように、ラヴィンやラパス、リュイ、そしてクロドの部下たちが固唾を飲んで見守っていた。
「これは取り引きだ、クロド。公爵同士でどんな交渉があったのか知らないが、お互いのメリットデメリットを駆け引きした結果、グレン公爵は手を引いた。そしてお前にも、速やかに手を引くことを条件に全額じゃあないが約束の報酬の何割かは保証すると言っている。俺は2人の公爵の代理、交渉人という役目を負ってここに来た。取り引きに応じるか、否か。今ここで決めてもらう」
その口調には、有無を言わさぬ迫力と威厳があった。
クロドはしばし無言のまま唇を引き結んでいたが、やがて目を閉じるとため息とともに答えを返した。
「応じるしかないだろう」
天を振り仰いだのち、ぐるりと周りを見舞わず。ラパスとリュイが組んだことで、クロドの陣の戦力は壊滅的と言っていい。やけになっても力では勝ち目はないだろう。そしてそもそも、クロドはそんな無益なことをする男ではなかった。
手元の書状に視線を移す。
恐らくは今後のいざこざの芽を摘む為だろうが、強制的に切り捨てられる訳ではなくこちらにも報酬は与えられるようだ。今なら。
応じるか否か、どちらが自分に利益をもたらすかは明白だった。クロドは商人として、自分の進退を決した。
「取り引きに応じよう!」
腹の底から声を張り上げると、部下たちを引き連れジェイドに背を向ける。
去っていく男たちのうしろ姿を見送って、ラヴィンはやっと、肩の力を抜いた。



クロド一行の姿が見えなくなった頃、城の奥の間——儀式の行われていた部屋の方角からバタバタと幾つもの足音が近づいてきた。
「兄上っ! ラヴィン!」
振り返った彼らの目に飛び込んできたのは、一斉に奥から駆けてくる魔法使いたちの姿だった。
「何があった!」
鋭く問うたのはリュイだ。
先頭を走っていたシルファが叫ぶ。
「魔法陣の解放が完了しました! 全員急いで城の外へ! 」
「魔力の器は?」
「恐らく湖上空です!」
短い会話で全てを把握したリュイは、そこにいた全員を誘導し外へと駆け出す。
「行くよラヴィン!」
立ち尽くすラヴィンの所まで来ると、シルファは彼女の手を取り再び走り出す。

「魔力の器って?!」
走りながら尋ねるラヴィンに、シルファは振り向かないまま答えた。
「リーメイルだよ。やれることはやった。あとはもう、彼女に託すしかない」
リーメイルとトーヤ、2人の力を信じよう。
シルファの手に力がこもったのを感じ、ラヴィンも強く、握り返した。