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はじまりの物語 最終章 おわりとはじまりの物語 ( No.218 )
日時: 2020/01/05 16:14
名前: 詩織 (ID: pUqzJmkp)

最終話 おわりとはじまりの物語



「おめでとうございます」
自室から出たところで、廊下の向こう側からやってくる兄に気づいたシルファは歩み寄って声をかけた。それに気づき、リュイも足を止める。
明るい午前の日差しは窓のかたちに足下を照らしている。
「王宮付き魔法使いに就任の儀、無事終
わったそうですね。よかった」
「当たり前だ。お前、まさか俺がなにか失敗するとでも思ってたのか?」
廊下の真ん中でにこにこと屈託のない笑顔を浮かべる弟に、リュイはふんと鼻を鳴らす。
「お前こそ、どうしたんだこんなところで。戻るのは来週じゃなかったのか、そうか、さっそくクビにな
ったか」
「違いますっ! 天候が良かったので予定より早く帰ってこられたんですよ、もう」
これでもなかなかいい働きっぷりだって褒められたんですから。
そう言い返すシルファを眺め、リュイは微かに目を細めた。まぶしげに。


あの事件から三ヶ月。
季節はすっかり夏になっていた。
開け放たれた窓からは、風に乗って鳥のさえずりが聞こえる。
カーテンが揺れ、庭の緑が陽を反射してきらきらと眩しい。
「次の行き先はルーガの街だそうだな」
「姉上から聞いたんですか?」
「近いんだろ、ベルリル」
「ええ」
「あの娘にもよろしく伝えておいてくれ」
「はい」
「せいぜい格好つけていくことだな。忘れられてないよう祈っててやる」
相変わらず意地の悪い笑みを浮かべてみせる兄に、シルファは苦笑する。
「一言余計ですよ、兄上」
今までさんざん繰り返されてきたやりとり。2人の関係にはなんら変わりはないのに、どこか大人びて見える弟の表情を、リュイは不思議な気持ちで眺めていた。
事件後、父ユサファは第一線を退き、王宮付き魔法使いという皆が羨む立場も自ら辞した。
表沙汰にはなっていない出来事だったが、父なりのけじめだったのだろう。
リュイはユサファの跡を引き継ぐことになった。

シルファはライドネル家を出て行った。
ジェイドの計らいで、しばしの間、ウォルズ商会を手伝うことになったのだ。
『まだ若いんだ。いつか叶える自分の夢のために、ちょっとばかし世界をみてみるのも悪くないぜ』
豪快に笑うジェイドの、シルファを見る目は優しかった。

今までずっとライドネル家の、ユサファの価値観に従って生きてきたシルファ

いつでも自分たちを追いかけ、比べ、浮かない顔をしていた末の弟。
どこか自分に自信がなくて、強く意見することもなかった弟。

そんなシルファが変わったのは、あの娘に出会ってからだ。

新しい世界に気付きだした弟へ、新たな経験をするための選択肢をジェイドが与えてくれたことに、
リュイは心から感謝した。
「ーー変わるもんだな」
「え? なにがですか?」
「なんでもない。それより仕事はいいのか?」
「あ! もういかなきゃ、荷物をとりにきただけなんで」
じゃあ戻ります。兄上もがんばってくださいね!
小走りに駆けていく弟の、いつの間にか頼もしくなった背中を
、リュイは感慨深く見送った。

***


爽やかなミントの香りにジェンが視線をあげると、書き物机の上にそっとグラスが置かれるところだった。
「ミント水か?」
「うん。少しレモンも搾ってあるの。さっぱりしておいしいよ」
アレンさんに教えてもらったの。
そう言ってにっこりとマリーは笑う。
2人でグラスの水を飲むと、爽涼感が喉を駆けた。

いつもの日々。
店の方からはお客と談笑する店員たちの声や、商品を運びこむ物音が聞こえる。
今までと変わらない、ここでの生活。
でも、確かに変わったものもある。
これまで心の隅にいつもあった「本当にここに自分がいてもいい
のか」という暗い不安が、「ここで生きていく」という確信に変わったことを、マリーは実感していた。

しあわせになることを諦めないで。

リーメイルの言葉と、私をとりまくみんなのおかげ。

「どうした?」
視線の先には穏やかに笑うジェンの、優しい瞳。
大切にしたい、私の人生。生きていく場所。

「なんでもない! これ飲んだら私、お店の手伝いしてくるね。夜はシルファに勉強みてもらう約束してるし」
「おう、がんばれ。あんま無理すんなよ」
大きなてのひらが頭をなでてくれるから、マリーはとてもしあわせになった。
 

***

 
夏の風を受けて、赤い髪が踊る。

ベルリルの丘の上、青々と光る草の絨毯に足を投げ出して、ラヴィンは空を見上げた。
緑と土と夏の太陽の匂いがする風を思い切り吸い込んで目を閉じると、まぶたに透ける光とともに大好きなひとたちの声が聞こえた気がした。

あの寒い朝、ここを発ったときは、まさかあんな冒険をすることにな
るなんてちっとも思っていなかったなぁ。

叔父さんの無事を確認して、何日か泊めてもらってみんなとごはんを食べて。
それからまたこの町に戻ってきて、ここでいつもの春を迎えると思ってたのに。

縁って不思議だ。

帰宅してから何度も思った事実が頭の中を巡る。
運命とか、あるのかどうかなんて分からないけど、でもあの冷たい朝にはラヴィンはシルファの存在を知らず、シルファもラヴィンのことなどこの世界のどこにも認めていなかった。
けれど、2人はこの世界に確かに生きていて。
世界は2人が出逢う未来を知っていたのだろうか。
あのとき、目には見えなくても、すでにはじまっていた2人の出会い。

「出逢えて、良かった」

そんなひとりごとを呟いたラヴィンの耳に、遠くで自分を呼ぶ声がした。
ハッとして跳ね起き振り返る。
呼んでいる母親の隣に、数ヶ月ぶりにみる彼の姿を見つけて心が跳ねる。
ちょっと背が伸びた?
予定よりずいぶん早いけど、そんなことはどうだっていい。

「シルファ!」

笑顔で腕を広げるシルファに、ラヴィンは思いきり飛びついた。
2人の笑い声が、夏の光にはじけて散った。


**


風に運ばれ、出会うは人と人の物語。
彼と彼女の、はじまりの物語。


そしてここから、また、始まる物語。






                fin