コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 私には、みんなには視えないものが視えている ( No.6 )
- 日時: 2015/11/28 20:32
- 名前: 未来 (ID: HHprIQBP)
No 6 阿部海斗の秘密
「…何してるんだ、神崎さん…」
心臓がバクバクとうるさい。
(落ち着け、落ち着け、落ち着け、)
呪文のように念じても、脳内の大部分を占めているのは、阿部君におかしい奴と思われてしまったのではないかという恐怖。
黒璃と———妖怪と話しているのを、見られた…?
周囲から見たら、誰もいない空間に向かって話をしている、頭のおかしい可哀想な人と認識されるはずだ。
最悪のパターンを想像して手は震えるし、焦りから制服に嫌な汗がべっとりと染み込んでいく。
———でも、何とか誤魔化さないと。
もし見られていたとしてもどうにか何か理由をつけたら、せめて変人という枠で収まるかもしれない。
気付かれないようにゆっくりと息を吐き出す。
…うん、いくらか落ち着いた。
「忘れ物に気付いて、教室に取りに戻ってきたんだよ」
(よし。いたって普通に、自然に返事が出来たはず。)
「………」
「…阿部君…?」
正常のペースへと戻った未優の鼓動と精神状態も、阿部の沈黙から再び不安で染め上げられた。
「…落ち着け。
多分俺達が話をしていたのは見られてないはずだ…俺は今からここを去る。
気にせず自然体でいろよ、未優」
振り向きそうになるのを堪えじっとしつつ、背後からの黒璃の言葉を聞いた。
幾分か安心した未優は、それに小声で答える。
「うん…ありがとう。気を付けて…」
別れの形としては味気なさを感じたけれど、しのごの言っている場合ではないと分かっているため沈黙を貫いた。
阿部が立ち尽くしている、教室の出入り口であるドアへ黒璃が近付いていくのを、固唾を呑んで見送る未優。
———黒璃は前だけを見据え、阿部を一切見ようとしなかった。
だから、気付かなかったのだろう。
「…お前、妖怪か」
腹の底から響かせたような、低く暗く、場を支配するかのような威圧感を含んだ声が、黒璃の耳に届いた。
———”この人間に自分は見えていない”という、至極当たり前な思い込みをしてしまっていたから、睨まれていたことに…自分の姿を視認されているという衝撃の事実に気付くのが、遅れた。
「…っ、はっ…!?」
とんでもない殺気をすぐ間近に感じて、全身が粟立った黒璃はばっと勢いよく顔を上げながら、反射的に距離をとる。
「…っ、な、何者だ…!?」
「………」
「…ただの、普通の人間では、ないというのか…」
一瞬で数メートルも後方に跳んだ少年の身体能力に、見慣れているであろう未優はともかくとして、ごく普通の高校生だと思っていた阿部海斗に特に驚いた様子はなかった事実に、黒璃の心は更に焦り荒ぶる。
堂々とした姿しか見せなかった黒璃の、心の底から焦っている不安定な声に未優は驚きで目を見開いた。
「!?こ、黒璃…!?」
思わず呼んでしまったけれど…黒璃は私の声が聞こえていないのか、こちらに反応せずずっと阿部君を見ていた。
———感情が、色々と入り混じる。
何で黒璃は阿部君にこんなに警戒しているのか。
何で阿部君は黒璃が見えているかのように、黒璃のいる一点を凝視しているのか。
どうして阿部君は、憎いものと立ち会っているかのような、とても怖い顔をしているのか。
何で、何で、なんで、なんで…
疑問と不安と緊張と、淡くとても小さな期待。
それが私の中でぐるぐると回っていく。
…でも、期待の方はすぐに否定する。
そうしないと、絶望が大きくなるから。
悲しい現実に、打ちひしがれてしまうから。
そんなのは、もうごめんだった。
(視える人なんて、いる訳がない。そう都合良く、存在する訳がないんだ。)
自虐的な思考回路に陥る前に、拳をきつく、とても強く握りしめた。
「…まさ、か……嘘、だ…」
震えた声、向けられた視線、これ以上開かないだろうと言いたいくらいに見開かれた双眼、今にも壊れそうな泣き出しそうな表情。
それら一つ一つが———私に瞬きを忘れさせた。
「…か、かんざき、さん……
神崎さんも…妖怪が…みえ、るのか…?」
———この言葉には…呼吸どころか、何もかも全て忘れ去ってしまったかのような錯覚を覚えた。