コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 私には、みんなには視えないものが視えている ( No.16 )
- 日時: 2015/08/24 09:02
- 名前: 未来 (ID: 1aSbdoxj)
No 9 優しさ故に
「…祓い人、か」
クスリ、と笑えるのは、優位な状況に立っているからか。
そんな阿部に未優は戸惑いを隠せない。
「俺は正式な祓い人ではないけど…まぁ祓い人っちゃ祓い人だな」
息も切れ切れな黒璃。その姿が阿部に優越感を与え、現状を楽しんでいるかの様に口角を上げ、言葉を紡ぐ。
「正式ではない…?まぁそんなことはこの際どうでもいい。
貴様が術を使う厄介な人間であることに、変わりはない」
乱れた息を整えながら、黒璃は目を閉じる。一瞬の後にまた開かれた彼の瞳には、強い光が宿っていた。
「…お前が不利なのは変わりない。ボロボロなお前と、まだまだ札を持っている俺。まだ戦うつもりなのか?」
「誰が、不利だと?」
投げた札をあっさり避けられ、驚愕で目を見開く阿部。そんな彼に驚愕させた張本人の黒璃は、不敵な笑みを浮かべていた。
「………結構強力な術だったのに…動けるのかよ」
ぽそりと、しかし憎々しげに呟きながら再び戦闘態勢に入る阿部に、脳内の許容範囲が限界に近付いている未優は、何も言えずその場から動くことも出来なかった。
「さっきは油断していたが…警戒している今、もうお前の思い通りになることはない」
「ちっ」
札を投げてはかわされる。かわされた札から発動可能な術を使っても、それすらも凌がれた。この応酬ばかりが数分も続く。
思わず舌打ちする。
———手持ちも残り少ない。それも全て避けられたら、もうあの妖怪を祓う方法はない。
…駄目だ。妖怪は祓わないと。逃すなんて許さない。
阿部の眼が妖しく光る。
影で覆われたその瞳から只ならぬ圧力を感じて、黒璃は戦慄した。
「…っ、はぁ、はぁ…」
客観的に見れば黒璃に余裕が見えるだろうこの状況。
しかし未優には、優勢なはずの黒璃が少し苦しげに映る。全て避け続け余裕に見えていた彼だけれど、最初に受けた術が相当強力なものだったのか。
僅かさえも動けなかった未優だが、阿部の動きが止まった一瞬に、前へと飛び出していた。
「神崎さん!?」
「…駄目!!阿部君!」
「…未優…?」
飛び出して、黒璃の前で腕を広げる。
「何でだ神崎さん!?何で妖怪のとこに…!」
戸惑いながら動きを止める阿部に、未優は精一杯主張する。
「止めて…黒璃に、攻撃しないで…!」
苦しげに歪んだ未優の表情が、そうさせる理由が、阿部には理解出来なかった。
「…なんで、妖怪を庇うんだ…妖怪は、悪いものなのに…」
「…っ、確かにその通りかもしれない。
邪悪なものもいるし、危ないものもいる。
でも、黒璃は優しい妖だから…いい妖だから…」
「いいも悪いもあるか!
妖怪は、全て祓わなければいけない存在…消し去らないと駄目だ」
ぞくり、と全身が粟立つ。
何が、ここまで彼を———
阿部君の妖怪への感情にどす黒い何かが見える、気がする。
「…っ」
何か、何か言わないと。
黒璃は私にとって大切な存在だ。ついさっき出会ったばかりだし、友人と呼べるものではないけれど、繋がった縁は素敵なものだと思う。
それを、理解してもらいたい。
そう思って、気持ちの整理も出来ず伝えたい言葉も定まっていないまま口を開けようとした。
けれど、背後の黒璃に遮られてしまった。
「…未優。気に食わないが、あいつの言う通りだ。
…妖怪には、関わらない方がいい」
「黒璃…」
何故か分からないけれど、どこか虚しさを覚えながら、私は呆然と黒璃を見つめていた。
「お前はその優しさ故に、その身を滅ぼすことになるかもしれない」
「…え……」
一体、どういう———
抽象的で、よく意味が分からない。
口を開きかけたところで、眼前に強風が吹き渦を巻く。
「そいつに何かされる前に、俺は去る。邪魔したな」
「逃がすか!…っ!?」
宙に浮かび風を吹き出す黒璃。
とうとうお別れだ。けれどまだ、別れたくなかった。妖怪は苦手だけれど、彼には好意を寄せているのだ。
なのに。
「…さらばだ」
「黒璃…待っ」
吹きすさぶ一陣の風に思わず視界を閉ざし、はっとして再び開いた時にはもう。
静寂に包まれたいつも通りの放課後の教室が、夕焼け色と共にあるだけだった。