コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 私には、みんなには視えないものが視えている ( No.17 )
- 日時: 2015/11/13 00:06
- 名前: 未来 (ID: 1aSbdoxj)
No 10 幸福の一端
帰り道。私は阿部君と、帰路を共にしていた。
というよりは、家の方向がどうやら同じらしく、たまたま隣に並んで歩いているだけだけれど。
****
非日常から日常へと戻った空間内で、二人はしばし無言で立ち尽くしていた。
『阿部に…神崎さん?もう教室閉めるから、早く出なさい』
数分後に現れた担任の山田先生ののほほんとした声が、二人の硬直を解いた。
慌てて鞄を手にしながら、気を付けて帰りなさいよ〜という声を背後に、二人は宵闇に包まれ始めた教室を飛び出したのだった。
しばらくは無言が続いていて、かなり気まずい思いをしているのは私だけではないはず。
「…あのさ、」
先に沈黙を破ったのは、阿部君だった。
緊張から私は、顔をゆっくりと上げていた。
「…あいつって…あの妖怪って、神崎さんの知り合い?」
「ううん…今日知り合ったよ。
学校に入ったら迷ったみたいで、どうやったら出られるか道筋を教えてたんだけど」
言葉が止まる。不機嫌な表情をした阿部君が、何だか怖かったから。
「神崎さん。妖怪とは関わってはいけない。
———あいつらは危険だ」
———分かっている。分かってはいるのだけれど。
危険な妖や邪悪な妖もいれば、優しい妖も、少なくないのだ。
面白いものだっているだろうし、弱々しく邪気のないものもいるだろう。
人の様に。
人に近い形をしたもの、そうでないもの。その容姿に関係なく、自分達人間とほとんど変わりないような気がする。
力とか能力とかではなく、内側の…もっと深いところが。根本的なところで。
恐れながらも、結局憎むことが出来なかった。嫌いになれなかった。
彼らのことは苦手だけれど。
視えることが嫌で嫌で、悲しくて、辛くて、煩わしいと感じていたけれど。
———どうしてだか、嫌いになれなかったのだ。
****
阿部君の家はどこか知らないけれど、彼とそろそろ別れることになる。私の家が近付いてきたからだった。
———この小道を歩いていけば、私の家だ。
「じゃあ、」
阿部君に体を向けて、また明日と続けようとしたら、引き止められた。
何か躊躇っている様に、迷っている様に、中々言葉を紡げなさそうな阿部君を、私は急かさず待った。
「…俺さ。ずっと、誰か他に視える人はいないのかって、探し続けてたんだ。
でも高1の今でも誰もいなくて…一人だっていなくて……だから、だからさ」
「俺…嬉しかったんだ。
視える人に———神崎さんに、出会えたことが」
そう言う阿部君は、いつも見せるニカっとした明るい笑顔ではなく、優しく暖かな笑顔を見せた。
それは何かを慈しむような、見ている者を安心させる様なものだった。
そんな彼の発した純粋で真っ直ぐな言葉が、胸一杯に染み渡る。
「…私も…私もだよ。視える人なんていないって、諦めてたから」
脳内には思い出したくない辛かった時の頃の記憶が蘇り、つい虚しさから苦笑してしまう。
けれど、今はどうか。
———なんて幸せすぎる日々なのだろう。
自分には勿体ないのではないか。
「本当に、夢…みたいだなぁ。仲間になれたみたいで…」
「仲間になれたみたい、じゃない。もう俺たち、仲間だろ。
視える者同士…俺は、そう思ってるんだけど。考え方は違うけど、さ」
…私はどんなに涙脆いんだろう。
視界がぼやける。泣いてしまうと阿部君を困らせてしまうから、泣かないようにぐっと堪える。
でもそれだけじゃ駄目みたいで、顔を逸らしながら歯を食いしばった。
泣いて、たまるもんか。
「神崎さん」
「阿部君」
彼の声と被ってしまった。
一瞬の沈黙の後、向けられる暖かな視線が私に先を譲ってくれた。
「私達って、クラスメイトだよね」
「…ああ」
「仲間って、言ってくれた」
「ああ」
「ありがとう」
唐突に当たり前のことを言い始めた私に疑問を覚えながらも返答してくれた阿部君。
最後の言葉には、軽く目を見張っていた。
彼とは妖怪への考え方、見方が違う。
それでも、仲間だと言ってくれた。
嬉しかった。
とても、嬉しかったのだ。
「…ああ」
短く返された、たった一言だったけれど。阿部君は柔らかな笑顔を見せてくれていた。
そんな朗らかな空気に、とても幸福な気持ちになった。