コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 最強次元師!!【2スレ目突入】 ( No.7 )
日時: 2015/05/24 01:10
名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: u/FYQltH)

第304次元 生きる為の武器

 初めの十分は良かった。まだ彼女も、ゆるゆるとそれを振り回していた。
 もう一人の彼女はそれでも精一杯だった。間もなく反転する世界。一瞬一秒移り変わる景色。初めて、自分と同じ武器を持つ自分と同じ位置に立つ人間と向き合ってみたが、話にならない。
 美しい銀の髪はまるで胡蝶だ。綺麗なばかりではない、凄まじい闘争心に、押し潰されそうになった。

 「く……ぅう——ッ」
 「——ッ!」

 彼女の、銀髪の——千年前に手に入れた百槍という名が、力を入れた。
 弾かれた金色の髪に紛れて、切っ先は何より悍ましく少女を、襲った。

 「はあ……はっ……」
 「……ったく、まだまだね——キールア」

 小さい精霊の時とはまた違う、大人びた声色に乗せて百槍は吐いた。
 キールアより少しだけ背丈が低い。然し幼いにしては、可愛いというより綺麗といった言葉の方が似つかわしい。お人形さんのようだとは良くいったものだ。
 腰まで真っ直ぐ伸びた銀の髪を左右に揺らして、キールアと同じ槍を片手に歩み寄る。
 銀槍はキールアの背丈より高いというのに、百槍はより小さな体で同じものを握っていた。幼い少女が持つにはあまりに重たすぎるそれを握りしめた彼女を、キールアは初めてその目にした。
 戦争を経験し、英雄の名を手に入れた少女、今の名は百槍。
 駆け出した彼女はぐんと槍を振り回して、キールアのそれと衝突した。

 「……ッ!」
 「バカね。槍はその柄で身を守るだけの武器じゃないわ。振り回し過ぎるのも好ましくない。貴方の腕が疲れてしまうだけだと、何故気付かないの?」
 「く……っ」
 「良い? 良く覚えておきなさい。槍の最大の武器は、この————」

 百槍は器用に槍を回して、柄でキールアの槍の矛先を下へ弾き飛ばした。
 下がる切っ先。力を入れる事に夢中だったキールアのバランスが崩れた時。

 百槍は既に、その槍を“横”に倒し————真っ直ぐ、キールアに突き刺した。

 「え……——っ?」

 何が起こったのが分からなかった。速すぎた。気が付けば、脇腹に冷たいものを感じていた。
 力が抜けて握った槍を落としそうになる。緩く指に引っ掛かったままの柄が、カタカタ震えて。
 落ち着いてから見下ろした自分の、淡い紫のシャツに————じわじわと広がる“何か”。

 「う、そ……——百、そ……!?」
 「この————絶対的な“貫通力”よ」

 無常だった。卑劣だった。百槍は言い放ってから、銀槍を勢い良く引き抜いた。
 同時に飛び出した赤につられて、キールアが前のめりになる。ガクンと落とした、膝をついて蹲った。
 止まらない、感触を取り戻しながら、漸く——痛いと、思い始めた。

 「う、ぐ……ぁ……!」
 「剣は長い刃を持ち、敵を切り裂き目立った傷を残す事に長けている。矢も貫通力を持つけれど、どちらかというと“命中力”、ね。遠距離からの攻撃に向いているの。じゃあキールア、槍はどうかしら?」
 「……や、槍……?」
 「そう。貴方が持つ、私が持つ。この槍は、敵を傷つける事、遠くから狙う事、どちらも他の武器に劣ってしまう。さっきも言ったでしょう。槍が唯一他の武器より勝る点は、一体何?」
 「か……貫通、力……」
 「傷をつける、遠くから狙うなんて“生ぬるい”わ————槍は、“必殺”の武器よ」

 そう、槍にはじわじわ敵を痛めつける力がない。
 その尖った切っ先で全てを貫き、痛覚も覚えぬうちに、命を奪う武器。
 百槍は言った。
 槍は、戦場に置いて最も残酷な武器であると。

 「派手に傷つける事は出来ないの。手加減が、きかないの。狙う事はイコール、“殺す”事。槍をその手にした時、貴方に許されるのは、敵が降伏を乞うまで苦痛を味わわせる事じゃない。殺す事よ」
 「——!」
 「槍はね、その手に残るのよ、“感触”が。矢は腕と、殺した相手が繋がっていないでしょう? 斬って捨てる剣とも違うわ。棍棒も貫く武器じゃない。銃もそう。短剣も、一撃では致命傷を負わせられない。……もう、分かるわよね? 最も死んだ相手と、繋がっていられるのは何?」
 「……」
 「嫌でも残酷になるわ。貴方もいずれ知ってしまうでしょう——槍がどれだけ、非道なものであるかをね」

 敵の身体を貫いた時、また命を奪った瞬間、柄を掴んだ槍は、人の、死ぬ瞬間に立ち会ってしまう。
 嫌でも見えてしまう。腕に残ってしまう。百槍の言葉を聞いたキールアが、遂に言葉を失った。
 人の命を救ってきた人間に、託された唯一の武器は。
 人の命を奪っていく瞬間に、立ち会うが為の武器で。

 「じゃ、あ……百、槍は……」
 「他の英雄達も言われているでしょうね、“甘さを棄てろ”、と。キールア・シーホリー、貴方には最も辛い選択だと分かってる。でも貴方が生きる為に、貴方が神に、打ち勝つ為には……これ以外の、これ以上の言葉はないわ」
 「……」
 「貴方が槍に、なれたら良かったのにね。生かすか殺すかしかない。単純で良いわ、槍っていうのは。貴方みたいに、優しさを持った人間が、持つ冪武器ではないもの」

 痛みも忘れて百槍の話を聞いていたキールアの手から、だんだん力が遠ざかっていく。
 優しさを持った人間が手にする武器ではない。まして医者に、他人を傷つける為の武器を与える冪ではない。
 百槍はほんの少し前の、千年前の。景色を思い出して目の前の、キールアと“彼女”とを重ねて、首を振るった。

 「私が……私が、生きる為に、必要な選択?」
 「? ……ええ、そうよ」
 「その選択を選べば私は——生きられるの?」

 ドクン——百槍の、冷たい心臓が嫌に跳ねた。
 この感覚を彼女は知っている。
 過去に、二回。同じようなものを、極最近、味わった覚えがある。
 キールアが、顔を上げた。

 「——!」
 「答えて百槍……百槍の言う、選択を選べば私は——強く、なれるの……?」

 (っ……まずい、このままじゃ……そんなつもりじゃ——!)

 「だったら選ぶよ百槍————だって、私」

 その先の言葉を、うっかり聞いてしまった百槍の耳に。
 突き刺さったのは、音と——尖った切っ先だった。
 しまったと思い直して、自分から身を離した。噴き出した血液は僅かだった。
 足の裏に力を入れたキールアの腕と槍が伸びてくる。槍を縦に起こして、百槍は間一髪、その刃先を止めた。
 まだ力が足りない。然し不意を突かれた事に、少なからず感心し、恐怖する。

 ああ、“二度目”だ。百槍は思い出して————恐ろしくて、槍を離した。

 「捨てろと言うなら、棄てるよ。生かすか殺すかしかないなら……従うよ。……私は、戦争で命を落とす訳には、いかないもの」
 「……キールア、やっぱり貴方……」
 「分かってるんでしょ、百槍? 私が一体何を————望んでいるのか」

 突き刺した筈の、脇腹から痛みが引いた。いや、それが気にならない程、今のキールアにとって考える冪ものが、変わった。
 その眼を百槍は知っている。槍を手にした人間の、辿ってはならない末路を。
 その目にしたから嫌だった。槍を手にした女性が、辿ってはならない結末を。

 「ええ、分かっているわ。だからこそ今この状況が“絶好”なんじゃない。此処には私達以外、いないのだから」
 「じゃあ、教えてくれるよね? ——百槍、貴方の“使い方”を、今此処で」

 なんて好戦的な瞳だ。誠につい最近まで、メスや注射器を持っていた、その手に槍を握らせて。
 彼女はただ、強くなりたいだけなのに。
 誰にも心配を掛けないように、誰にも劣らぬようにただ。

 「……良いわ、キールア。かかってきなさい。貴方がどれ程、未熟であるかをその全身で——感じなさい!!」

 百夜の槍術師。千年前の肩書きは、決して肩書きだけで終わらない。
 メルギースの裏切り者。軍隊一つ、兵隊云千人の胸をたった一人で貫き倒した。
 友の命を奪った英雄の名など嫌っていた。がその名に、憧れる者がいるというのなら。

 (戦ってあげるわキールア……貴方が望むのなら、何度でも————だって)

 ——私にもあったもの。より強くなりたいと、ただ望んでいただけの頃が。