コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 星屑チョコレート【短編集】 ( No.42 )
- 日時: 2015/05/04 21:31
- 名前: 蒼 ◆udrqXHSxjI (ID: A9wxTbZM)
【 恋情スキャンダル 】
小さな思いが降り注いで、何時の間にか大きな『何か』になった。子供過ぎた自分には、姿が見られなかったんだ。だけど、もう少しで手が届きそう。——それは、確かに存在するのだから。
*
偶然、といえば偶然で。
運命、といえば運命で。
「あ」
「あっ」
しまった。が、既に遅く、彼女は此方に向かって走り出していた。逃げようか、いや、此処で逃げたとしても付いて来るだろうし。そうなった場合、周りから恐ろしい目で見られる事は確実だ。何としてでも防ぎたい。なので、俺は出来るだけ優しく笑い、手を振る。向こうも、嬉しそうに笑い返して来た。うっ、この笑顔が苦手なのか、何時も変な気分になる。
「飛鳥(あすか)くん、お久しぶりです。あの、今から帰りますか?」
「ええ……まあ」
「もし良かったら、一緒に帰りたいのですが。も、勿論! 会話は盛り上がる様、努力します!」
何処か申し訳なさそうな雰囲気に「嫌だ」とは言えず、自分でも聞き取れないくらいの音量で返事した。何故俺まで謝ったのだろうか。姿が見えなくなると、深い溜息が口から出た。……あ。何処で待ち合わせするか訊くのを忘れた。大丈夫だよな、玄関で待っていれば——どうしよ。あの人、確か方向音痴じゃなかったっけ? そういえば。
*
「すっ、すみませんでした! 間違えて、東側へ行ってしまい……。気が付いたら、非常階段の所に」
何がどうなって、そんな結果になったのか。不思議だ。毎日帰る時、かなり大変だと思う。頭を下げる彼女を何とか止め、手を引いて校門を潜る。傍にいた生徒何人かに驚いた顔をされたけど、気にしない。
「……痛っ」
「え? うわ、ごめんなさい。力を入れ過ぎちゃいました?」
思わず繋いでいた片手を離す。もし、これで手首を痛めたとか言われたら、謝罪以外どうしようも出来ないのだが。しかし、彼女が触った場所は手首では無く、足首だった。急いでいたつもりはないけど、引っ張っていたのかも知れない。この前、悪友から「飛鳥、スピード速いよ」と怒られた程なのだ。やはり。
「手当てします! こういう時は、何が必要何だ? んー……」
「違うんです。元々痛めていて」
「でも、俺の所為で悪化させてしまった訳なので。両親いませんけど、1回家に来てもらえますか。背負うので」
「ええっ、流石にそこまでは——ひゃっ」
視線を動かした彼女は、何かを見て悲鳴を漏らす。それだけなら、まだ良かったのかも知れないが、倒れ込んでしまい、思わず抱き締めてしまった。体重に任せ、そのまま地面へ仰向けで寝転ぶ。背中から物凄い痛みが伝わって来るけど、今此処で彼女を責める訳にもいかないし。忘れよ。
「先輩、大丈夫でしたか。気を付け、て?」
「やっ……」
両手を握り締め、羊が狼に食べられる時みたいな怯えをし始めた。いきなり、どうしたんだ。疑問が浮かんだが、直ぐに消え去った。
「! ちょっ——おい!」
小石を蹴る音がするなと思っていたら、全身黒ずくめの如何にも怪しい奴が、彼女に襲いかかって来た。……彼女の下にいた俺が起き上がり、手袋をした左手を止めたんだけど。
「何すんだ!!」
「こっちの台詞だって」
急に不気味な程、黒で染まった服を着て、絶対交換していないマスク。そして、長髪を隠すかの様にフードを被った人間が、知人を襲いかけていたら、そりゃ止めるだろ。普通。明らかに不審者だし。裾を引っ張られた気がしたので振り向くと、声を殺して泣いている彼女がいた。相当怖かったらしい。こんなんされたら、誰だって怖い。
「もう平気ですから、泣かないで下さいよ。俺が苛めた感じに見られるじゃないですか」
震える身体を落ち着かせ様と、笑顔を作った。しゃくり上げ、ハンカチで涙を拭きとると、俺の手を強く握る。「さっきの人は?」と、途切れながら言う彼女で思い出した。
「ああ。手を掴んだ時に捻っておいたので、何か叫びながら走って行きましたよ。先輩が泣いている間に」
これに関しては自信がある。今頃、不審者の左手は腫れ上がっている事だろう。でも、彼女を襲おうとした罰だと思ってもらいたい。そのつもりで、やったのだから。
「それよりも、災難でしたね……。もしかして、こういう事、前にもあったりしました?」
「なっ……くはない、です」
「やっぱり」
道理であんなに怯えていた訳だ。今思えば、不審者の行動は慣れていた感じがする。初めてやる雰囲気じゃないというか。逃がしたのが悔しいな。交番に突き出せば良かった。息を吐き、彼女を見る。目元が若干赤い。先程泣いていたからだろう。
「仕方ないな。先輩、今日の所は俺の家に泊まって下さい」
「ふえ?」
「また狙われでもしたら危ないですし。両親は仕事で帰って来ないと思いますから。驚く事じゃない気が」
「そんな、ご迷惑に。このまま帰ります」
目を瞑って両手を振り続ける姿が、失礼だけど、何処か幼く見えた。可愛らしい。しかし、何で真っ赤なのだろうか。顔とか耳の辺り。熱があるのかも知れない。尚更1人に出来ないから、無理矢理だけど歩かせる。行き先は俺の家だ。
「飛鳥くん!? 本当に、平気です。だ、だから、お邪魔させて頂かなくても」
「先輩の遠慮がちな所って、直した方が良いと思います。これを機に頑張って直しましょう。手伝いますから」
「そういう問題では……」
「そういう問題です」
人差し指を彼女の唇に当て、喋らせない様にした。徐々に力が抜けて行くのを感じる。照れ笑いした彼女に、遂、俺も笑みを零してしまった。
——やっぱ、俺はこの笑顔が苦手らしい。今にも吸い込まれそうな気がして、言葉にならない感情が湧いた。
*
【 友情スキャンダル 】の番外編です。前回の話とは続いていませんが。急速に進んで行く恋愛も良いですけど、こういうゆっくりと近付く愛も良いと思います。ピュア。先輩の苗字が出て来ていませんでした。菊月(きくづき)です。彼女みたいな御淑やか系美女も好き。前向き活発系も好きだけどね。私の好みは置いといて、この2人が恋人に発展するかは、皆様の自由なので。ええ。