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Re: 星屑チョコレート【短編集】 ( No.57 )
日時: 2015/05/29 22:39
名前: 蒼 ◆udrqXHSxjI (ID: A9wxTbZM)


【 甘味な罠 】


 正気を失いそうな程、身体に匂いが染みついて。
 目が回りそうな程、君の後ろ姿へ手を伸ばして。
 
 追う者が俺じゃない気分だ。





 終わりの号令で、皆が一斉に出口へ走って行く。その様子を横目で確認してから、窓際に1人で座る君を見た。……また本を読んでいるみたいで。何というか、趣味が違い過ぎて話の糸口が見つからない。自分が読書家だったなら、と。吐き出した息はやけに重くて、そのままへたり込みそうになる。友人に本好きがいるけど、男同士なので別の話題が生まれるから……。少しでも興味を持てば良かったのに、今まで何に熱中していたんだ! あ、サッカーか。今日も、君に話しかけられないまま時が過ぎる。もう帰ってしまおうか。どうせ出来ないんだし。色々辛くなってきて、机に入っている教科書をバッグにつめ込む。

「わっ」

 肘が筆入れに当たって、中身が床に散らばる。何故きちんと閉めておかなかったのだろう。半分泣きながらペンや消しゴムを拾っていると、頭上から「あの……」と小さな声が聞こえた。何だい、慰めなら要らないよ。それくらい自分で出来る。

「これ」
「あああああ!? 天瀬(あませ)さん!? な、なな、何で!? え!?」
「落としていたから……、驚かせちゃったよね。ごめんなさい」
「いっ、いえ! ああああ、あり、ありが」

 我ながら情けない。本当に情けない。此処に穴が開いているならば、直ちに飛び込んでしまいたい。何時も見ている子の前だというのに、何コレ、噛み過ぎだろう。絶対可笑しい奴だと思われた。嫌だ、自分を変えられるのなら、そうしたい所だ。両手を顔に当て、隙間から表情を窺う。終了、大恥をかいてまで、生きる目的はないよ。


「どういたしまして」


 蝶が舞うかの様に美しい微笑を浮かべた君は、完全に俺を虜にした。綺麗を通り越して女神。女神に違いない。抱きしめたい衝動を後少しの所で抑え、インク切れの赤ペンを受け取ると、丁寧に磨かれた爪に似合う長い指に触れた。

「ひゃっ」

 女の声が、まさか自分の口から出て来るとは思わなかった。引く、今度こそ引く。ゆっくり顔を上げてみたら、頬を薄ら薔薇色に染めた君がいたので驚いた。不思議に思った瞬間、自分の指から君の指へ絡めている光景が。な、何と……!! めが、女神の指先を汚してしまった!! 大変大変大変、俺は世界で1番してはいけない事をしてしまったのだ。死んでも償い切れない大罪を。


「やあああああああ! すみません!! 本当すみませ、止め!! 止めてくれ!! 汚れたああ!!」
「ごっ、ごめんなさい。何か付いていましたか? ハンカチ使って」
「ちが! 違うんです!! あ、でもハンカチは貸してください。記念に」


 これ以上女神を汚したりしない様、最善の注意を払ってハンカチを貸してもらった。これが女神的存在である君の私有物……。今、俺は神を越した。飛び越したよ。神の強大な力でか、気付いた事がある。俺が触ったハンカチをこのまま返してしまうと、またも汚してしまうのではないか!? どうしよ、はっ、俺が一生ガラスケースの中で保管しておけば良いんじゃ!! 「取れました?」と垂れ気味の二重瞼がいきなり近付いた事を理由に、煩かった脳内が更に大騒ぎ。静まれ、1回静まって。心臓の音で、折角の機会が台無しになる。

「あ……う、はい、もう、だっ、だいじょ、返し」

 喋っているのか判らない音量で、残念過ぎる程呂律が回らない。そんな俺を慰めようとしたのかは不明だが、遠くから「泉水(いずみ)!」と声が響く。廊下から……この声は担任。確かに沈黙じゃなくなったけども、大声で叫ばなくても良いだろうに。というか、用件は何だよ。大した事でないなら、行かないからな。俺にとっては、この女神と2人だけで密室(教室)にいる方が大切だから。

「泉水! 手伝ってくれ、力仕事はお前の唯一の取り柄だろう」
「違いますー! それに俺、他にも取り柄あるんでー!! ……きっと!!」

 俺と女神の世界に入ってこようとする、邪悪な輩を退治しようとするが、どうにも上手く行かない。あの担任、何でか嫌いになれないんだよな。仕方がない、すっ、直ぐ行って戻って来よう。危ないけど、走れば帰ってしまうまでには間に合うと思うし。隣を見てみると、小さい身体を慌ただしく動かしているが……。本を探しているみたいだ。これなら抜けても気付かない、君は大の本好きだものね。





 長かった、凄く。運ぶのは早く終わったのに、途中から雑談が始まるとか、誰が注意出来たんだ。俺は出来なかったよ、ふんっ。あーあ、遅くなっちゃったし、帰っただろうなぁ。もっと2人でいたかったのに……、何も喋れないけどさ。溜息を吐きながら、教室のドアを開ける。ほら、鼠1匹いな——あ。


「お、お疲れ様です」


 控えめに優しく微笑んだ君が、そこにはいた。瞬間、俺は悟る。此処は夢の中だと。だって、あの気配りが出来て次元が違う君に、「お疲れ様」と言われたんだよ? 現実では有り得ん、望んでしまった罰なのかも知れない。確かめるべく、俺は自らの手で顔を殴った。——痛い、夢じゃない。

「い! 泉水くん!? どうしました!?」
「その声で俺の名を呼ばないで!! 絶対明日死んじゃうから!! 何で!? 何で今日、こんな良い日なの!? そっか、俺死んじゃうからか!! どうせなら覚めるなよ!! 頼むから!!」

 君が1歩近づいて来る度に、身体中が飛び上がって思わず下がる。またも近付いて、下がり、近付いてを繰り返していたら、考えず後ろに下がっていた俺が、壁際に追い込まれてしまう。頭良いな、流石女神。

「もう! どうして逃げるんですか!」

 不満そうに頬を膨らませる君。可愛い、綺麗、2つの言葉を越した表情に、俺の心は青春の鐘を鳴らす。全人類の宝だろ。そんな宝を独り占めしている俺は、神にも憧れられる存在だ。

「そっ、れは……あ、あの」
「言い訳は聞きませんよ。私は別に、泉水くんの事を待っていたんじゃありませんもん!」

 怒っているからか、若干ツンデレ要素が混じっている気がする。何だ、まだ褒美をくれるのか。ありがとう、一生分の感謝を此処に。震える両手に力を籠め、息を吸って吐く。


「天瀬さんが! 可愛いからです!!」


 ……自分のした事を脳が理解するのに、約10秒。しかし、身体は先に解っていた様で、湯船につかっているみたいに熱される。恥ずかしさのあまり、君の顔を直視出来なくて、バッグを急いで掴み、廊下へ逃げ出そうとした。——君に呼び止められるまでは。


「待って……どういう意味ですか。かわっ、いっ」
「知りません! 俺、きょ、今日はこれから用事があって、帰らせていただきます。さっきの無かった事にしてください」
「っ、そんなの嫌です! 教えてもらえるまで、か、帰らせません!!」


 上手い言葉が思い付かなくて、口から出て来る下手な言葉を並べる。すると、大人しい君が大声で叫んでくるので、吃驚しながら後ろを向く。いや、可愛いって初めて女子に言ったけど、誰もが羨む美貌を持つ君なら、俺以外にも普通に言われているだろう。何故引き止めるんだ? 疑問が頭を回り続けて、呼吸の仕方を忘れた。

「初めてで、可愛いと言われるの……。その、嬉しくて。話しかけられる事ないのに、い、泉水くんとは楽しいから」

 顔を赤くして話す君が、この世の者とは思えないくらい可愛い。それに加えて、俺と話すのは楽しいと思ってくれていたと知り、緊張が俺を支配する。つまり、可能性があるという事で良いのか? 今、告白をしたら——2人きりの教室に優しい色が入り込んで。触れられない女神に近寄り、手を伸ばす。窓際で面白そうに本を読む君が、ずっと、ずっと前から。


「天瀬さんと、とも、友達! 友達になりたくて!! 優しくて素敵なので……あはは、嫌ですよね、急に言われても! すみませんっ」


 残り1歩の所で勇気が萎んでしまった。勇気とは別に膨らむ思いを伝えられたら、どれだけ良いだろうか。チャンスを掴めない自分が悔しくて、誰かに当たってしまいたい。そう思っていたら「分かりました!」と喜びに溢れた声が耳に入る。顔を上げたら、俺の大好きな笑顔が目に飛び込んだ。


「始めましょう、お友達! ね、泉水くん」


 ほらね、君の罠に嵌まったら、後戻りは出来ないよ。
 甘い香りに誘われて、底の見えない愛に堕ちて行く。





 久しぶりの長文でした。短編じゃ1番かな? 何故こんな文字数になったかといいますと、時間の都合で長時間パソコン使えなかったから、少しずつ書いていたら長くなりました。私は半分くらいで疲れ果てるので、長編はやる気でないと書けません(涙)。でもまぁ、この作品はまた書きたいなー。罠に嵌まったのは2人共だよねって事で。