コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 星屑チョコレート【短編集】 ( No.69 )
- 日時: 2015/09/18 15:41
- 名前: 蒼 ◆udrqXHSxjI (ID: A9wxTbZM)
【 1段下の束縛 】
最初は同情に過ぎなかった。
何処にでもある、誰にでもある、そんな軽い同情。だからこれが“特別”になるとは、考えも想像もしなかった。してはいけなかった、のかも知れない。今となってはどうでも良いが。
「僕に——魔術を教えてください」
あの日、貴方に出逢わなければ。何度そう願った事だろう。変わらない時なら、押し殺してしまえば良いのだ。軽かったはずの同情なんて。
*
風雨の酷い脇道を嫌がる顔1つせずに貴方は歩く。目的地もないまま。折角魔術を仕込んでいるのだから使ってほしいのだが、返ってくるのは、勿体ない。何が勿体ないのかと問えば「久しぶりに降った雨を止ませるのは、かわいそう」と決まって言われる。確かに降り辛いこの地域では、数ヶ月に1度のペースになる。しかし、私の知る限りでの貴方は雨が嫌いだったはずだ。つまり「かわいそう」とは村人達を指している。時折滲む、不器用な優しさを感じるのが、私の喜びを齎すの。
「——好きです」
唐突だった。まさか歩いて顔も見られない時に言われるとは。流石に私でも避けるのは不可能。一時は落ち着いた雨も、それにつられて騒音になっていく。もっと降り注いで。そうしたら、気付かないで終われる。
「僕は、先生が好きです」
疑う余地のない『愛』に然程戸惑わないでいられた。前々からそれらしい素振りはあったのだ。今頃驚いたら先生失格だろう。なのに妙に速まる鼓動。感情を沈めて笑みを作る。不自然にならぬよう、何時も通り。何時も通りの私。
「ありがとう。私も貴方が大好きよ」
「だって」
「——生徒だからね」
前を行く貴方と声が重なる。偶然。いや、貴方なら事前に予想していたはずだ。私が何と返すかを。自分に教える先生として、魔女の血が流れる者として。
貴方は進む足を止めた。私が急停止するのと同時に、小柄とも呼べる華奢な身体の向きを変え、私を見上げる。その目は棘があって突き刺さっては痛む。数歩此方に歩いて来ると私の胸元に垂れたネクタイを引っ張り、自分へ引き寄せた。
「そう。何時だってあんたは、関係で収めようとする。好きだけど、好きだから、あんたに腹が立つ。振るなら振れよ。何で引き延ばすんだよ。本当は嫌いなんでしょ? 僕が」
「ちが——」
「じゃあその『好き』って何ですか。何を表して、何の意味を持ちますか。僕が求めているのは生徒の好きじゃない。人間で異性の僕に対してだ。それ以外要らない。あんたの『好き』でも要らない」
威勢の良い声に似合わず、ネクタイを掴む手は小刻みに震えているのに気付く。言い終わると零れてしまいそうだった透明な雫に限界がきたようで、泥の匂いがする雨と同化した。その姿を見て、私の中で悲鳴が上がる。空気を吸う為に開いた唇から、見本にならない声が出て行く。
「……わた、しも、貴方が、貴方だけが、好き。好きなの。でもね、貴方は人間で、私は魔女。魔女なのよ。種族が異なると解り合うのは難しい」
「そんなのどうにでもなるよ。先生は人間と魔女の混血だしさ。……結局は逃げているんだ。先生が言っていた。『自分の気持ちにはどんな時でも素直になりなさい』って」
「——!!」
「先生。僕はたとえ望みに合わない答えだとしても、納得するつもり。でも一生聞かされないで、うやむやにされるのは嫌だ」
私の数秒で終わるような言葉で、貴方は何故そこまで必死になれるの。奥底に潜む感情が暴れ出してしまいそう。幼く小さかった貴方に、こんな感情を抱くとは思わなくて。掴んでいた手の力が緩まり、貴方と私を繋ぐものはなくなった。微かな事だというのに、凄く悲しく感じるのは、一体。
「最後にしましょう。僕は貴方を愛しています。この気持ちだけは誰にも負けません。もしも貴方が、生徒と先生に囚われているのなら、僕は生徒を辞めたっていい」
「だから、どうか信じてください」
*
関係が変わるのを……終わるのを恐れる先生と、何もかもの覚悟を決めた生徒。
今作は別に魔法使いを書こうと思っていた訳ではないのですが、普通の男子高校生と女性教師のお話は書き辛かったもので。好きなんですけどね(汗)。
余談ですが一人前の先生は勿論、見習い中とはいえど少年も、相手の記憶を消したり操作する事や相手を無理矢理自分のものにする事は可能です。それでもしなかったのは……。