コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 第1話 さん ( No.8 )
- 日時: 2015/04/06 21:20
- 名前: 占部 流句 ◆PCElJfhlwQ (ID: h5.UUysM)
「ああ……そうですね。お疲れですか。そして原因はお孫さんでは?」
「ここは手相なんかやっているのか?」
老人はかなり驚いた様子で籠本寺の目を見つめる。
「いえ。手の具合、血流なんかでも色々な事がわかるんです」
籠本寺の診断は、ただ見るだけのものではなかった。
「まず、爪の伸び具合。結構伸びていますよね、これは切る余裕がない証拠です。色々悩んでいるのでしょう」
驚きっぱなしで言葉の出ない老人を前に、まだまだ続ける。
「そして手が少し冷たいのは血流が悪いということ。腕の青アザなんかを見ると、何か衝撃が加わった事がわかります。お年を召した方だと転んでできることがありますが、腕の内側、しかも小さくて丸くというのは転んでできるものではない。強めに殴られたりしない限りはこんな形になりません。もしかして、お孫さんに殴られたりした痕なのでは、と。」
今まで声を出さなかった、というより出せなかった老人は、やっと喋ることができた。
「ああ。そうだよ」
「あまりお勧めしませんが、精神安定剤を出すこともできますよ」
「薬は要らない」
残念な事に、今居る医師の中で、八年の歳月を掛けた知恵を全て使っている者は少ない。今のだって、素人でもわかることだ。籠本寺は、時に様々な診療をしてう。その患者一人一人に向き合う事がモットーなのだ。
「今度出張として、お宅に伺わせていただけませんか」
「是非頼む」
老人は二つ返事で了承した。
「それでは、ロビーでお待ち下さい」
老人は深々とお辞儀をして、診察室を後にした。
(やっと俺の腕の見せどころだな)
籠本寺は単純に嬉しかった。自分を信じて、頼ってくれる人がいることを。
籠本寺の顔からは、笑みがこぼれた。
そのあと、カルテとペンを取り、名前から書き始める。一通り書き終わると、カウンターへ行き、籠本寺の助手であり、経理とその他諸々担当の大森明彦〈おおもり あきひこ〉をカウンターの裏に引き込んだ。
「大森、今度の定休日はいつだ?」
「えーと。水曜、水曜……そしたら、明後日の二十五日です」
「時間が無いな。じゃあ、その日は予定を入れるなよ。この宮口さんって人の家に行きからな」
「えっ。その日は僕デ……デートですよ」
高身長の大森は、デートというところだけ籠本寺の身長に合わせて腰を曲げ、ひそひそ声で言った。
「キャンセルだな」
「はあ……。わかりました」
「じゃあ、呼んでくれ」
カルテを手渡し、大森が「宮口さん」と呼ぶのを聞いてから、籠本寺は診察室へと戻った。
□■□
二日という時間はすぐに過ぎ去り、十月の二十五日が訪れた。木々の木の葉は全て落ち、より一層寒さが増した。
「おはよう、大森」
〝こもれびクリニック〟の前に現れたのは、グレーのコートを羽織り、メガネを掛けたいかにも頭が良さそうな大森。一方の籠本寺は長袖のシャツの上に全国チェーンしている衣服店の安い上着を着ていた。
「もう、彼女を怒らせないように慎重に来たんですからね」
「あはは。ごめんごめん。ちゃんと給料は出すからな」
大森は「では、こちらです」と言い、早速歩き出した。