コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

第一話 なな ( No.12 )
日時: 2015/04/20 21:33
名前: 占部 流句 ◆PCElJfhlwQ (ID: h5.UUysM)


 そう言った瞬間、少年がパッと顔を上げた。
「なぜかって?」と、籠本寺は続ける。
「お前はさあ、いいよなぁ。顔もいいし。この賞状、学級委員だろ? 頭もいいようだし。なんせ家に金がある」
 すると、少年が「やめろ」と小さな声で言った。
「でもよ、ぐちぐちぐちぐち縮こまって、なんだ? さっきの音楽だって。悪趣味だしな。どうせ学級委員としても特に何もしてないんだろ?」
「やめろよ……」少年は少し口を濁した。
「だから、お前のそこ。心は、全治不能。わかった?」
「やだ、そんなのやだよ」
 その時、籠本寺の足元に不意に何かが当たった。何かと思い、ベッドの下へと手を伸ばすと、少し厚めの雑誌のような本が手に当たった。
「あっ」少年が気付いて凍り付いた。
「ん、なんだこれ? ほう。いい本持ってるじゃないか」
 その雑誌の表紙には、大胆な水色の水着をまとった女性が、セクシーなポーズでうつっていた。
 少年の顔が熟したリンゴのように、真っ赤になっていくのが手に取るようにわかった。
「照れるなよ。俺もお前くらいの時には持ってた。でも、もっといい隠し場所は無いのか?」
「お、お前っ! 絶対ババアには言うなよ」
 と、言うなり少年は籠本寺の手にある本を取り上げた。
「お母さん、だろ」
 カッコつけて籠本寺がそう言うと、少年は微笑して「カッコつけんなよ」と言った。お見通しのようだ。
「いいか、おっさん。俺は全治不能じゃない。バレたらなんかスカッとした。あと三冊あるよ」
 と、いって少年はころっと表情を変える。少年はベッドの下に手を入れると、言った通り雑誌を三冊取り出した。
「……それだけ?」
「それだけ。あーあ、何にも言わないでやり過ごそうと思ったのに」
 意外だった。全く予知していない展開だった。籠本寺(と大森)はてっきり少年がいじめられでもしているかと思っていたのだ。理由は、うちがお金持ちだから。
(しまったー)
 青春はやはり理解に時間がかかる。診断ミスは医師として許されない事だ。しかし、理由がわかったからには、帰らなければいけない。残業扱いになってしまう。
「じゃあ、もう帰るよ。もう殴るなよ」
「はーい」
 さっきまでのやりとりが嘘のように少年は笑顔を見せ、「じゃあね」と籠本寺を見送った。
「先生? あれ。もう済んだのですか」
 案の定、大森も、宮口老人も、女性も困惑していた。

 帰り道、事実を大森に話すと、あははと笑い出した。
「とんだミスでしたね。まあ、良かったじゃないですか」
 そんなこんなで本日の仕事は終了した。空はいつの間にか日が傾き、二人の笑顔を明るく照らしていた。