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Re: 文才が切実に欲しい《短編集》 ( No.2 )
日時: 2015/04/03 08:42
名前: 未来 (ID: Qvwcv6K1)


 「…前原さぁ。いい加減そろそろちゃんと食べたら?」

 「…いらない。食べたくない。食べられない。だから…ほっといてよ」

 食欲なんて出るわけないじゃん。空腹なんて訪れるわけないじゃん。

 大切な家族を失って、自己嫌悪に陥って、そんな中、食事が喉を通るわけないじゃん。

 しかもなんであんたなんかが心配してくるんだよ。気にせず自分の給食食べてたらいいじゃん。



 「弟が死んだのはご愁傷さまとしか言えないけどさぁ。

  そんなあからさまに陰気な顔して一切食事に手をつけない姿

  見せられてもさー、こっちまで嫌な気分になるんだけど」

 隣の席の斎藤敦の発言に周囲がどよめいた。

 そこまで言わなくても、とか斎藤を非難する言葉が飛び交うのが聞こえてきた。

 でもそういうのも、斎藤の言葉も。何もかもがどうでもよかった。

 言われた本人よりも周りが熱くなろうが、由美には怒りも気まずさも何も感じなかった。

 「そうだね。ごめん」

 そう答えた途端、葬式を終えて登校した日から今日まで一口も手をつけなかった給食を黙々と食べ始めた由美に、クラスメイトだけでなく敦でさえも驚きで彼女を凝視してしまった。



 前原由美という人間は自分の意見をはっきりと言う。

 相手が不良だろうと先生だろうと親しくない女子であろうと、臆することなく向かっていく。そんな少女だった。



 それが怒ってもいい今の状況の中逆に謝罪し、箸を手にとり食べ始めたのだ。

 キッと睨みつけてきて言い争う場面を想像していた敦は拍子抜けした。



 ———だが由美の食事風景を見ていると、収まっていたイライラが再び敦を支配した。

 目の前の少女は、食事に美味しさを感じることなく、害のない物質を口に入れて咀嚼しているだけだと気付いたからだ。

 事務的に指を動かし、腕を動かし、口を動かし、喉を動かしているだけ。その瞳に光はなかった。



 少しでも食べてほしいと思っていた給食の食器が空になっていくのを見ても、心が晴れるどころか一層曇った自分に敦は更にイライラした。



 ****



 放課後一人でとぼとぼと歩いているあいつの頼りない背中を見つけ、声をかけた。

 「おい、前原」

 立ち止まって振り向くのを待つと、あの光のない真っ暗な目とかち合う。

 その間に隣に並び、再び歩き始める。すると前原も歩を進めた。

 「お前、もし弟と自分の立場を交換出来る、って言われたら、どうする」

 「…何なの?」

 「事故に遭って死んだのは自分。

  で、弟は今のお前のように生きていられる。

  ってなったら、お前、どうすんの?」

 「大輝の生を選ぶ」

 間髪入れず即答しやがったところをみると、もしもと仮定しながらも今のようなありえない話を考え続けていたんだろう。

 こいつらしくもなく。

 …ああイライラする。

 こいつは弟じゃなくて俺が死んでいたら、俺の命と自分の命、どっちを選ぶのだろうか。柄にもなく大輝に嫉妬する。

 前原に愛されていた弟。

 家族として愛されて当たり前の弟という存在に、ここまで嫉妬している自分自身にもイライラする。














 どうして俺は、こいつなんかを好きになってしまったんだ。

 誰だろうと真っ直ぐに、偽りなく言葉をぶつけてくるこいつを。

 素直に気持ちを伝えてくるこいつを。

 一匹狼で、友達とベタベタ群れず、周りに流されず自分のとりたい行動をとれるこいつを。

 誰だろうと、苦手な奴だろうと嫌いな人間だろうと、俺みたいに冷たいことや酷いことを言っている奴にさえも、困っていたら手を差し伸べる優しさを持つこいつを。



 この前なんか、不良に絡まれている高校生の間に割って入って、不良の股間を蹴り上げてやがった。

 どんな度胸だよ。どんだけ恐れを知らないんだよ。

 思わず一人で爆笑してしまった。

 恋とかくだらないと思ってた。女とか、女に限らず軽く人間という存在を見下していた。

 でもこいつは、前原は何か違う。

 淡々としてるけど、地味に面白くて、すごく隠れた優しさを持っていて。

 こいつとなら、一緒にいたいと思った。



 「———だから」

 「…何?」

 訝しげに目を細めた、眼前の痩せ細った少女の腕を掴んで、抱き寄せた。

 「…斎藤?」

 「弟のために自分を諦められるなら、お前を俺にくれよ」

 色恋事に一切興味ない前原に、同じく色恋事に興味ない俺が、伝わるだろうか人生初の告白をした。