コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- —— Short × Story —— ( No.1 )
- 日時: 2015/05/31 18:03
- 名前: 御子柴 ◆InzVIXj7Ds (ID: SnkfRJLh)
ピピピピッ、と体温計が鳴る。その表示された数字を見て、溜め息を吐いた。
久々に風邪を引いてしまった。熱っぽかったり怠かったり、なんていうのは高校に入学してからも何度かあったけれど、こんな本格的に熱が出て吐き気がしてというのは小中学生の時以来だと思う。
初めは「すぐ治るわ、こんなもん」なんて軽い気持ちで二日ほど過ごしていたけれど、流石に熱が38度を超えたあたりからヤバイなって気にはなってた。今じゃ起き上がる事すら儘ならない。
この部屋には薬も何も無いし、ご飯を作ろうにも食材が無いし、そもそも食欲が全く無い。ずっとポカリを飲んでいるだけ。けれど何も食べていない筈なのに、胃液は上がってくるからそれはそれは困ったもので。高校生で一人暮らしをしている私にとって、何とも言えない不安が込み上げてくる。そんな不安を誤魔化す様に、私は目を閉じた。
▽ ▲
三日間吐きまくったところで、この部屋に彼がやって来た。同級生の彼とは高校で初めて会い、なんやかんやあって、恋人同士の関係となっている。
約一週間ほど学校を欠席している私との連絡が付かない事を不審に思ったらしいその彼は、スーパーの袋を両手に持って私の部屋を訪ねてきた。この人、学校はどうしたのだろうか。時計を見ると現在午前10時過ぎ。がっつり授業中だ。多分心配してサボってきたのだろうけど、正直なところ素直に喜べない。
何故かって、部屋の中は片付けていないからぐちゃぐちゃ。私自身も化粧をしていないどころかお風呂にも入っていないから酷いし、室内の空気はきっと吐瀉物臭が酷い。何より、もうすぐ野球の試合があるどうのこうのと言っていたから、そんな大切な時期に私の風邪がうつったらどうするのさ、と。心配そうに額の汗を拭いてくれる彼には悪いけれど、『なんで来るの、バカ』と熱でガンガンしている頭でそう思った。
「大丈夫か? 薬買ってきたから飲めよ。あー先になんか胃に入れねーとな」
「ありがと……も、だいじょうぶ、だから……後で飲むから、置いといて……」
「んなこと言って、お前絶対飲まないだろ」
よくご存じで。
流石恋人歴二年とちょっと。よく分かってらっしゃる彼は私の額に手を当てる。ひんやりしていて、少しかさついた手。野球部で沢山練習しているのだろう、マメが出来ている。それがひどく心地良かった。
「まだ大分あるな」
「……うつったらどうすんのさ、……ほら、もうすぐ試合があるんでしょ……? もしうつったら、どうするんですか、あほ……」
「アホはねぇだろ。んな心配してる暇あったら風邪菌と闘っとけアホ」
「…………あほ言うな……」
彼のかさついた手が額から離れる。その瞬間寂しさが襲ってきて、涙が出た。なにこれ、風邪ってこんなにセンチメンタルになるもんだっけ? 彼に涙を見られたが、熱の所為と勘違いしたのか、大丈夫かと心配してきたので、私は訂正せずにそのまま涙を手で拭った。
「お粥とか食べられそうか?」
「む、り……かも」
「ゼリーはどうだ? パイン缶とかも買ってきたけど、他になんか食えそうなもんあるか?」
「……ううん……なにも食べたくない……」
「そらそうだろうけどよ、胃になんか入れねぇと薬飲めねえだろ」
うん、分かってる。彼の言う通りだって事は分ってる。薬飲まなきゃいけない事も、薬を飲むには何か食べなきゃいけない事も分かってるんですよ。でも、身体が言うこと聞かないっていうか、拒否してるっていうか。あとパイン缶のチョイス。
「……なんか、摂食障害にでもなった気分」
「はぁ? 何言ってんだよお前。頭までおかしくなったか? あぁ、元からか」
「うるさい……、それはあんたでしょ……」
「ま、軽口叩けるくらいには元気ってことだろ。取り敢えずポカリ飲め。それからパイン食え」
「…………ごめんなさい」
「ごめんね、こんな大切な時期にこんな事になって。迷惑掛けてごめんね」
そんなことを呟いてしまったからにはもう止まらない。次々と“ごめんね”の言葉が溢れる。いつも生意気な口利いてごめんねだとか、うるさくてごめんねだとか。拭ったばかりの涙がまた流れ出し、頬を伝う。熱の所為だ。
そんな私を見た彼は、少し驚いた顔をしてから柔らかく笑った。そして私の髪をガシガシと乱暴に撫でる。
「なーに言ってんだお前は。風邪ん時くらい頼れよ。学校でお前の顔見れなかったし、お前のそのうるさーい声が聞けなかったの、ちょっと寂しかったんだからな」
「……うつしちゃいけない、って思って」
「いいじゃねーかよ、うつせうつせ。彼女の看病して自分が風邪引くってなんか良くね?」
「……ちっとも良くないよ、ばか」
もういいから、あまり近づかないで。それに頭、お風呂に入ってないんだから触らないでよ、もう。
「ほら、人にうつしたら早く治るって言わね?」そう言って笑う彼は、次の瞬間とんでもない行動に出た。
「キスしたらうつるか?」
その言葉と共に、私のかさかさな唇に自分の唇を押し付けやがった。風邪っぴきの、風邪菌の通気口であるその口に。
「……やっぱこいつ、ばかだ……、ばかです、こいつ……」
「反復すんな。つーかこれくらいでうつんねーって」
それに、と彼は笑って続ける。
「お前の風邪なら悪くねぇ」
■ 発熱38℃
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サブタイトル『〜伝染るんです。〜』