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- Re: つれづれなるままに、カオス(ミルクソテー風味) ( No.9 )
- 日時: 2015/07/05 08:05
- 名前: コーラマスター ◆4oV.043d76 (ID: OHW7LcLj)
抜けない。ちくわが、指から抜けない。
目の前の少女は目を輝かせて待っているだけに、言いづらい。
というか、言ったら自分の命に関わりそうで、言いづらい。
さっきまで死のうとか考えていたくせに、竹本さん(愚かな独身男)は命が惜しくなりはじめたのだ。
「なんでこのちくわを欲しがってるんだい?」
口角を不自然に上げて、露骨に時間稼ぎする。
しかし少女は気に留める様子も無く、少し遠い目をして言った。
「——それで、村が救えるからよ」
「そのちくわがあれば、『ヤツラ』を倒せる」
うれしそうに語る、その目には酔ったような雰囲気があった。
ちくわで村が救えるとか頭大丈夫だろうか、という思いを押し潰す。
きっと、このちくわもさっきのように光弾を発射できるのだろう。
しかも、さっきよりずっと強力なものが。
だとしたらなおさら抜かなければならない。
もう一度試す。それでもちくわは抜けません。現実は非情である。
竹本さん(おっさん)の額に汗が光る。
「へー、『ヤツラ』か、それは大変だね」
「ところで」
ぎこちない満面の笑みを作る。
「このちくわ、抜けないんだけど」
「はあぁ!?」
少女の笑顔が驚愕に変わる。
さっきまできらきらと輝いていた目が大きく見開かれる。
「う、嘘よ! そんなわけないでしょうが!」
少女は竹本さん(30代後半)につかつかと歩み寄り、ちくわを引っ張る。
抜けない。再度。ぬけない。もう一度。残念、抜けないよ。
それから何度も少女は引き抜こうとするが、ちくわはそれを冷笑するかのようにびくともしない。
それどころか、あまり強く引っ張ると竹本さん(繰り返すが30代後半である)のほうが痛い。
しばらく、ちくわを引き抜くだけの簡単なお仕事を続けていた少女だったが、ついに観念したのか近くの岩に座り込む。
「ああもう、どうしてくれるのよ・・・・・・。『でんせつのちくわ』よそれ・・・・・・」
「『でんせつのちくわ』?」
「そう、従来のちくわでは魔力を固めて発射することしかできない。
でも、『でんせつのちくわ』は使用するだけで魔物を追い払える、そう伝わってるわ」
「それがこのちくわなのか?」
竹本さん(漂う犯罪臭)は少女の隣に腰を下ろす。
「多分そう。異様に細長いちくわなんてそうそうあるもんじゃないから」
少女は、うつむいて地面に筒状の何かおぞましい物体を描いた。これがちくわだとしたら相当残念な絵心である。
「ってさりげなく隣に座ってんじゃないわよ!」
少女は竹本さん(ざまあみろ)を突き飛ばし、真っ白に燃え尽きたポーズで顔を伏せた。
竹本さん(これが報いだおっさんよ)は少しよろめいて立ち上がり、空を見上げる。木々に隠れて青空が見えない。
「———これから、どうするんだい?」
竹本さん(哀しきかな)は目の前の少女を単純に可哀相だと感じた。
自分の家族を救うかもしれない救世主が中年男性のよりにもよって左薬指にはまったまま抜けないのだ。
掴めると思った藁は、さぞ丈夫だったことだろう。
少女はしばらくの間うつむいて考えていた。額に汗が浮かぶ。
そして、ようやく顔を上げた。神妙な顔をしている。
「つ、ついてきて。村に案内する」
少女は茂みをかきわけて歩き始めた。
相変わらず、草木に隠れて空は見えない。
だが、その空が暗雲に覆われているとは限らない。
雲ひとつ無い晴天かもしれない。
ただ。ひとつだけわかることがあった。
嫌に生ぬるい風が、吹き始めた。