コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

渦の日 ( No.3 )
日時: 2015/07/01 21:56
名前: りゅく ◆n8SB85sXM6 (ID: XLYzVf2W)
参照: え?なんで毎回トリップ変わるんですか?どうしたら変わらなくなるのかわからない…

「おねさん、買ってかないの?」
 とっさに手を払おうと肩をグッと前に持ってくるが、そうさせない。周りの人もチラチラとこちらを見てくるが、助けるという選択肢は皆無なのだろう。すぐに何も無かったように他の店へと入る。
「やめて下さい」
 中国人は手を離すどころか、自分の方に手を引く。どんどん力が強くなって、彼女の体力も無くなってきた。
「やめっ……わわ」
 大声を出した瞬間に肩にかかっていた力が一気に抜けた。彼女は勢いで前に大きく投げ出され、踏ん張る暇も与えず前に倒れた。
「あ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
 上側から聞こえてくるのは、青年のような男性の声。前を向くと、白っぽい手が差し伸べられていた。
「大丈夫ですので。ありがとうございます」
 折角差し伸べられていた手だったが、使うのは自分が弱者ということを認める事になるので、使わずに自力で立ち上がった。アスファルトに思いっきりついた手に小石が食い込んでヒリヒリする。
「ここらへんは、荷物狙いの中国人も多いので、気を付けないと駄目ですよ」
「本当にすみませんでした」
「お礼はいいんです。ここには何の目的で?」
 残念だが、ここ横浜に用は無い。唯一大阪から繋がる地。
「東京に、行きたいんです」
 彼女がそう言うと、青年はあからさまに驚いた顔を見せて「東京に?」と返してきた。
「ええ」
「無理ですよ、もう車も機能して無いし。徒歩で行ったら、日数歩きますよ?」
 すると、彼女はガクッと肩を落とし、少し考えてからもう一回肩を落とした。
「あ、うち来ますか? ここで話すのも危ないし、近くなんです」
「じゃあ、そうしようかしら。ごめんなさいね。私は西宮実織[にしみや みおり]」
「僕は黒沢透也[くろさわ とうや] です。では、こっちに」



◇◇◇



 黒沢透也と名乗る青年に連れられてやっとこ辿り着いたのは、小高い丘の中腹にある家だった。
「ここ、うちです」
 家に続く砂利の小道の前には、洋風の小さな門。右隣には青く塗られたシャッターのかかるガレージ。砂利の小道の左右には芝が青々と茂っており、ガーベラも咲いている。家の方も、重そうなドアの半分くらいまでは赤煉瓦[あかれんが]で、その上は漆喰の壁。屋根はゆっくりと斜めになっていて、下から見ると芝の青さが反射している。ちょっと小洒落た洋館のような趣を見せるその家の表札には〈雫谷[しずくや]〉と明記してあった。
「あ、ここ。元は祖父の家だったんですよ。さ、どうぞどうぞ」
 あまり話そうとしない実織を背に、黒沢透也は軽快に家の中へと足を進めた。

 ギィという鈍くドアの開く音。とても風流な音とも取れるが、毎回これでは耳が痛くなりそうだ。そういえば、鍵はかかっていないらしい。
「ただいまぁ」と、黒沢。
 それに続いて「お邪魔させていただきます」と緊張がちに実織が言う。
「母さん、いる……? いないか」
 黒沢はそのまま靴を脱ぎ捨て家に入り、実織にこっちと軽く手招きをした。実織は黒沢の散らされた靴を揃えてから、玄関を上がる。フローリングの木が少しずつ靴下の下から冷気を送ってくれている。蒸し暑い今日なんかはとても快適だ。
「リビングに。汚いけれど」
「失礼します」
 少しの間ぎこちない会話が続き、実織はリビングへと入った。