コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

渦の日 ( No.5 )
日時: 2015/07/12 18:31
名前: りゅく ◆n8SB85sXM6 (ID: yJbSBs4g)
参照: 参照120↑ Thanks!


 玄関も中々の出来であれば、リビングもそれと比例するものだ。全面フローリングの温もりに包まれる空間には、中世ヨーロッパを思わせる細かく彫刻の施された黒木目調のテーブルと椅子。白いソファーが別にあり、テレビは稀に見る壁掛けのもの。少なくとも四十五インチはあるだろうか。白い壁の中に存在感を放っている。
「そこ、腰掛けといて下さい」
 黒沢のそこと指す先は白いソファーだ。実織が「ありがとう」と軽く言い腰掛けると、彼女の身体が三センチ沈んだ。
「今、お茶淹れますね」
「いいよ、お水とかで」
 実織はそう言ったものの、黒沢はキッチンに立ち、何やら湯を沸かし始めた。ほんの数秒で電気ポットがピピピと音を放ち、上方に付いたランプが点灯する。
 彼は電気ポットを持ち、二つの硝子[がらす]のコップへと中身を注いだ。何メートルか離れたこちらでも、甘くゆったりとした香りが漂ってくる。
 紅茶だ!
「アイスでいいですよね? 氷入れますね」
 冷蔵庫から氷を五、六個持ち、コップへと入れていく。カランカランカラン……。音が風流だ。
「どうぞ。ごめんなさい、僕の趣味で」
「ありがとう。ううん、美味しそうだよ」
 実織が淡いピンク色の紅茶が入ったコップに口を付けると、口の中で桃の香りが広がった。後から来るのはミントだろうか。
「美味しい、美味しいね。これ」
「ありがとうございます。母さんの好きなやつなんですよ」
 良い趣味してるなぁ。実織はそんな事を思っていると、黒沢がテーブルを挟んだ床に腰掛ける。
「そうそう、さっきから気になってたんですけど、そのリュックの中身は?」
 実織の背筋が一瞬にして凍り付いた。時間が流れるのがやけにゆっくりに感じる。
 黒沢の睨み付けるような視線を受け、口を開く。
「しょ、食料品とか、色々。女の子なんだから……さ」
 嘘だ。
「ふうん。ならいいのですが。物騒な物が入っていると困りますからね」
 黒沢はそう言いながら、ニカッと笑顔を見せた。そして再び立ち上がると、キッチンに戻り小さな白いリモコンを手にした。ピッという短い音が聞こえると、実織の肩には涼しげな風がおりた。
「あっ、冷房なんて、いいんだよ」
「いえ、家は電気も水も通常通りですし。窓開けてる方が怖いじゃないですか」
 黒沢の言う事はどれも正論。確かにこんな世の中だったら、窓を閉め切った方が安全だ。
 実織はもう一度紅茶に口を付けると、ふぅ、と息をはいた。
「ねえ、東京に行くのだったらどのくらいかかるの?」
「いやあ、早くて五日。徒歩だったら一週間は越しますよ」
「じゃあ、例えば自転車だったら?」
「それならある程度は時間短縮できるかもしれませんね。うちのガレージに二台……」
 〝ありますけど〟と黒沢が言おうとした瞬間、実織が立ち上がった。
「そうしよ、そうしよ! ね? だって早いもんっ」
 自信が溢れ出て、まるでひょっとこような実織の顔。黒沢はくふっと笑い返事をした。
「……いいでしょう。明日出発です。用意して置いて下さい。今日の夜はソファーで我慢してください。リビングしかエアコンないんです」
 実織は「よしっ」と勢い良くガッツポーズ。しかし、数秒静止して、首を傾げた。
「黒沢君は、どこで寝るの?」
「僕は自分の部屋で」
「え、いいよいいよ。ここで」
「いや……あ、大丈夫、です」
「だって暑いでしょ?」
「えっ、えーっと……。でも、女の子と二人というのは」
「はい、決定」
「あ、はい……」
「じゃあ、準備しなきゃ。顔、赤くなってるよ?」
 黒沢の顔は真っ赤に熟したサクランボのようになっていた。