コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: *家出神さんと、男子美術部。 ( No.3 )
日時: 2016/03/23 11:12
名前: miru (ID: .pUthb6u)


#1


「失礼しました……」

目の前で扉が閉まる。

わーさすが金持ち学校ー。

音がしない。
きゅいきゅいと、古い木製ならではのあの音くらい、奏でてもいいと思うけどなぁ。好きだよ、あの音。

でも、機械的に音がしないんじゃなくて、手技的なのが好感が持てる。きっと誰かが一生懸命考えて造ったんだ。

「……あ、こんにちは」
「特待生さんね。こんにちは」

ここは理事長室前。
この綺麗なメガネのクールビューティーな女の人は、理事長の秘書だろうか。自分と入れ替わるように扉をノックした。コンコン、と軽い。
軽く会釈してその場を後にする。
女の人が動くと、髪が揺らいだ。肩で切り揃えられた前下がりの髪は、触れると指が切れてしまいそうだ。
秘書はメガネの色気系女子。理事長の趣味全開なのではないだろうか。
にっこりと微笑まれる。
……はっ!思考を読まれたか。

くるりと振り返ると、ゆっくりと校門に向かって歩き始めた。
どこだったっけ。広いな、もう。

絨毯を敷き詰めた豪華な廊下はどこまでも続いていきそうで、その先の見えない暗さはこれからの学校生活を想う和泉を不安にさせた。

これから3年間。そして大事な最初の1年。
『僕』として、バレないようにやっていかなくてはならない。

「『僕』……、僕は竜胆和泉(りんどういずみ)といいます……?」

あー、なんか変。
でも、俺とかの性でもないしな。

それしても、男と偽ったままでも入れるものなんだな。やっぱり、お金の力か? あ、でも、あの父さんが娘なんかのためにお金を使わないよなぁ。
もしくは本当にバレていないのか、と和泉は自分の胸を見下ろした。もちろん、清々しいくらいに障害物なく足元まで見える。
……む、むしろ、男となるなら好都合だ。

でも、もしかしたら偽っていると理事長は知っていたのかもしれない。その上で、自分を入れたのか。そういえば、こちらをじぃっと見て、ドキドキ、ワクワクの展開だねっと言った理事長の目は、とてもキラキラと輝いていた。
ドラマやアニメの主人公みたいなシチュエーションを、自ら作ってあげたのだ、という興奮だろう。とてもお若い精神をお持ちだ……。

ふっ、と冷たい、外の風が前から吹いてきた。乾いた風はひゅうひゅうと音を立て、邪魔だというように和泉の髪を押しのけていく。
前髪が割れそうになった和泉は、そっと前髪を押さえた。長い前髪がしっかりと顔を、眼を覆っていることに安心する。

やっと外か。理事長室からは近いはずなんだけどな……。
今後絶対迷う。

靴を履き替えると、村に帰るために裏門へむかった。
石畳みの桜並木は、春を待ってまだ固い蕾のままだ。入学式の頃には、ちょうど咲き誇るだろう。

準備は整った。とてもいい塩梅に。
なのに、何故こんなに胸が騒ぐのか。不安なのか……。

歴史ある伝統校。秋桜院学園。
この校舎から漂う、独特の不思議な雰囲気は、自分を歓迎してくれているのだろうか。もしくは……。

自分はもともと、人が好きじゃない。というより、人と関わることが苦手なのだから、仕様がない。
……この1年は特に、関わらないこと。気をつけて生活しなくては。




瞳を閉じ込めた少女が、雲のない空を見上げるのは、春が近づく冬の終わり。