コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: *家出神さんと、男子美術部。 ( No.7 )
日時: 2015/07/29 00:28
名前: miru (ID: .pUthb6u)



#3


「じゃあ、いただきましょうか……では、和泉ちゃんの入学を祝って、乾杯!」
「かんぱーい!」

清子さんの掛け声で、少しだけご馳走になった今日の夕ご飯に皆、手をつけ始める。夕ご飯は、皆で集まって食べるのだ。これは星下荘の数少ない決まりである。

今日は、星下荘の住人である夕さんが唐突に大きな魚を買ってきて、和泉の入学祝いをしようと言い出したのだ。
それを聞いて、管理人兼料理人の清子さんがナイスアイディーアね! と妙に発音良く、張り切って夕ご飯をご馳走にしてくれた。とても美味しい。

夕さんはいつも唐突で、したいときにしたいようにする人だ。
斜め向かいに座って、バフバフとご馳走をほおばる夕さんを横目で盗み見る。
今日は入学祝いを口実に、ただご馳走が食べたかっただけと見た。大きな魚、ひとりで食べてるし。

「和泉の入学祝いでしょ? ぼけっとしないで食べてよー」
「水城。昼間はあんなに入学否定してたのに?」
「ご馳走となったら別でしょー」

そう言いながら、水城は和泉のエビ天をかすめ取る。

「あ!」

エビ天が密かな好物である和泉は、エビ天の行方を必死に目で追う。
水城、それを好物と知っての所為かっ!

「和泉これ好きでしょー?」

和泉の目の前で器用にエビ天を左右に振る。
そしてやがて、水城の口元へと向かうエビ天を、諦めた和泉は恨みがましく見送った。

そして、和泉は新たなターゲットに的を絞る。

「ふふふふふ……」

不気味な笑い声と共に、和泉は水城の煮物から、タケノコの先の方である柔らかい部分を抜き出した。ササッとみっつほど。
水城のコアな好物である。

「くっ……」

これはなかなかダメージが大きかったらしく、エビ天を口へ運ぼうとしていた水城の手が止まる。

「はいはいそこまでー。なかなか面白い対決だけど、そんなに欲しいならあげるから」

仲裁に入った樹は、ひょいひょいとそれぞれのお皿にそれぞれの好物を置き、呆れたように水城を見やる。

「なんで俺だけ見るの?」
「水城が先でしょー」

樹の分が減り、もとどおりになった好物たち。和泉と水城は、気まずそうに皿を見、互いを見た。
そしてどもりながらごめんと言い合う。
ふふっ、と吹き出したふたりは、次に樹にお礼を言いかけた。

「樹、ごめん。ありが……」
「はい、ただし里芋もらうね」

ひょいひょいひょいひょいと樹は豚汁から里芋を抜き出した。崩れそうなほど柔らかい里芋を、器用にかっさらっていく。
こ、これは、ダメージがデカい。

「うおー……」

清子さんの豚汁の里芋は言わずと知れた皆の好物の花形なのだ。

「えちょっと待って、持ってったのなんか多くない?」
「プラス手数料」

きりのない好物取り合戦は樹の勝利に終わった。
そして清子さんはくふふふと嬉しそうに笑い、夕さんはバフバフと空の皿を積み上げつつあった。

「あぁ、そうそう」

そのとき清子さんが、まさにあぁそういえばと言うように切り出した。

「ご存知の通り、明日、星下荘に新しい子が来るのよ。皆、仲良くねっ」

和泉は、里芋の入っていない豚汁をブッと吹き出した。

「清子さん?! 聞いてないですよ」
「あら? 和泉ちゃんに言ってなかったかしら……あら、ふふふ、ごめんなさいね」

人によっては天敵である和泉にとって、新しい住人はとても重要なことであって。
もし、面倒な人だったら……。ただでさえ、今も面倒くさい人たちに囲まれているのに……。

「あ、和泉、今失礼なこと考えてたでしょ」

視線に気づいた樹が、ムッとして言う。
なぜバレた。

でも、こんなところに来る人なんて、そうそう警戒するレベルの人は来ないだろう。きっと大丈夫……。

「和泉ちゃんと同い年くらいの男の子よー。あ、確か秋桜に入るんじゃなかったかしら。そう、秋桜に入るからここに住むんだったわ」
「うおー……、男……秋桜……」

警戒レベル最大の人でした。

「まー、和泉」

ニヤニヤと樹がこちらを見る。
机に伏せた顔を横向きに上げて、和泉は樹を見た。

「ガンバ☆」




中指を立てる和泉を、水城が少しだけ心配そうに見つめるのは、入学式三日前の夕方。