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Re: *家出神さんと、男子美術部。 ( No.12 )
日時: 2015/08/03 15:31
名前: miru (ID: .pUthb6u)


#4


ゴクリ。和泉はつばを飲み込んだ。
清子さんによると、カウントダウンは10分を切ったという。

「いやいや和泉。そんな構えなくても、ね?」
「さっきばぁちゃんに10分くらいで着くって連絡きたばっかじゃん」

ばぁちゃんとは、清子さんのことである。
何を隠そう、双子は清子さんの孫なのだ。

「あれ……? 水城と樹、最近よく来るね……」

双子は星下荘ではなく、清子さんのもともとの自宅に住んでいる。

「うわっ、なんでそんなに弱ってんの?」
「ていうか、構え過ぎてると逆に怪しまれるから。ただでさえその格好はさ……ごふっ」
「あ、大丈夫そう」

失礼なことを言いかけた水城に、和泉は制裁を与えた。

「和泉ちゃんー! それにすいちゃん、いっちゃん! そろそろみたい、出てきてちょうだいー」

清子さんは、水城と樹のことを、すいちゃんいっちゃんと呼ぶ。
清子さんからの、カウントダウン終了間近の最後のひと声。

「だから、そんなにびびらなくても」

ニヤニヤと樹に言われ、腹が立った和泉は、ふたりより先に外に出るためにスタッと立ち上がった。



「ホラ、なんてことなかったじゃん」
「むしろ、和泉影薄すぎてて、相手に気づかれてなかったんじゃん……ごふっ」


先ほど。新しい住人は、清子さんに肩を押されて門から入ってきた。

「今日から新しい仲間になります! 鈴原千歳くんでーす!」
「?!」

清子さんのテンションの高さに一同ぎょっとする。
清子さん、新しい人イケメンだったんだね……。

「あ……鈴原、千歳、です。よろしく……お願いします」

あ、普通だ。普通の人だ。
樹がショックを受けたように言う。

「変人が集まると有名な星下荘に、ついに普通の人が……」

新人の灰色がかった髪は、くるくると自由に伸びている。ひと房長い髪が頭の後ろでひとつに束ねられ、その毛先もふわふわしている。わー、すっごい癖っ毛。
門のそばに立つ新人は、目を伏せ、顔も俯き加減なので、顔がよくわからない。

私も会うのは初めてなのよ、とウキウキの清子さんは玄関でコソッと言った。
そうだよなぁ、近所のアイドル的なちょっとしたイケメンもいないこの地で、イケメンな若い人が来たらこのテンションにもなるよなぁ……。え、ちょっと、俺らは? という水城の視線は無視した。
そして、あれよあれよと言う間に、清子さんが新人に星下荘を案内し、手取り足取り教えている。
案内、よろしくお願いしますね、と昨日水城たちに言っていた清子さんの言葉は跡形もない。

予期せずヒマになった和泉たちは、畳の居間でゴロゴロすることにした。

「2階が千歳くんの部屋になるわね〜」

時々、廊下などで、ピコピコとはねる新人の髪が見える。

「あの髪、ふわふわの猫みたいだねー……」

確かに……。

「ホラ、なんてことなかったじゃん」
「むしろ、和泉影薄すぎてて、相手に気づかれてなかったんじゃん……ごふっ」

そして今に至る。



詳しい自己紹介もないまま、夕ご飯の時間になってしまった。
言わずもがな、今日もご馳走である。あの清子さんのウキウキぶりを見ると、しばらくはご馳走続き、もしくは手の込んだ料理が多くなるだろう。手伝わねば。
そこで和泉は、はたと気がついた。昨日、夕さんが急きょご馳走にしたのは、1日でも多くご馳走を食べたい夕さんの策略だったのでは……。

「じゃあ改めて……。今日からここに住むことになりました、鈴原くんです。これからよろしくお願いしますね」
「鈴原、千歳です。秋桜院学園高等科、1年になります……。これからよろしくお願いします」

鈴原くんはそう言うと、深々と頭を下げた。
ふっ、と顔を上げた新人は、まっすぐ和泉を見た。
初めて目を見た和泉は驚く。アッシモーブの瞳……?

「あ……同じ高等科1年って、清子さんから聞きました……。これからよろしく……」

和泉はまじまじと顔を見た。先程は見間違ったか、今度は普通の茶色い目に見える。

「よ、よろしく……」

正直よろしくしたく無い。
新人は未だに、じぃっと和泉を見続けている。
そしておもむろに口を開いた。

「前髪……長い、よね」
「ぶっ」

和泉は吹き出した水城をジトっと睨みつけた。
そして和泉は、新人の視線を誤魔化すように、料理に目を移した。

「さぁさ、食べましょう! 冷めちゃう前に!」
「そうだね、君も食べよう! 清子さんの料理は絶品だ」

なにせ、山の神に認められた腕だからね、とずっと喋らなかった夕さんが、ここぞとばかりに意味深に言う。
ずっと早く食べたかったに違いない。

「それでは! 新たな仲間が増えたことを祝って、乾杯!」
「かんぱーい!」

ご馳走が続くことの幸せを噛み締め、皆、美味しい料理を思い思いに頬張った。

いただきますと、もうひとり分増えた男の子の声。
清子さんも嬉しそうだ。

だけれどそれはそれ。和泉は内なる決意を固める。

さて……。
……どう避けるか。




和泉に、苦手なものがひとつ増えたのは、星下荘に新たな仲間が加わった日。