コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: *家出神さんと、男子美術部。 ( No.16 )
- 日時: 2015/08/07 00:05
- 名前: miru (ID: .pUthb6u)
#5
新人紹介から一夜明けた、朝早く。
和泉はもう起きだしていて、まだ目覚めきらない早朝の村へと繰り出していた。
空気は澄んでいて、まだ寒い。東の海からは朝日が昇り、前髪の隙間から差す光はとても眩しい。
「前髪、ね……」
和泉は、昨日の新人の言葉を思いだしていた。
今ではもう、厚いベールとなってしまった前髪。ここ最近は、梳こうとさえ考えていなかった。
未知の生物にでも触るように、和泉は前髪をちょいちょいと触って持ち上げた。目に光が入りすぎて痛い。目を開けていられなくなる。
まぁ、確かに、自分みたいな男と道ですれ違ったら、うわっきもっ、と思うかもしれないいや思う。
それでも切ろうと思わないのは……。
まぁ、今はいいと思い直し、和泉は伸びをした。
「あ、でも新学期大丈夫かなぁ」
校則違反とか。
「あ、和泉ー」
「樹? 最近、よく会うね」
適当にふらふらしていた和泉は、空腹を感じたので星下荘に戻ることにした。もう陽は高く昇り、暖かい昼になっている。
すると、前から袋を提げた樹がやって来た。
「和泉はすぐ気づいてくれるよね。普通の人ならわかんないよ? 俺たちー」
似てるからね、と樹は笑った。
どうやら和泉がすぐに双子を見分けることに対して言っているようだ。
容姿はもちろん、性格の悪さ、仕草、笑い方の全てが似ているふたり。
正直、似てるのレベルじゃないというのが皆の意見。
少しにやにやしながら、でも和泉の答えが気になるのか、目で問いかける。
その視線に真に迫ったものを感じて、若干引き気味に和泉は答えた。
「まぁ、慣れかな……?」
「あっそう」
思ったよりもつまらない答えであったのか、即座に返事をする。
それじゃあ困るんだけど、という呟きが聞こえた気がして、え? と和泉は顔を上げる。
和泉が確認するより先に、樹が口を開いた。
「今から戻んの?」
「……そうだよ。樹は何してるの……あれ? 水城は?」
「ん? 家じゃない? 僕はほら、」
樹は手の袋を肩まで持ち上げた。
「買い物の帰りでさ。今日の夕飯の買い出し。一緒に行こうと思ったんだけどねー、見あたんなくて」
見あたらない、とは水城のことだろうか。珍しい。
「家で寂しがってるかもね?」
「かもねー」
樹はにやっとする。
デキてるんじゃないか、と密かに和泉が疑うくらい、双子は大抵行動を共にしている。水城は置いて行かれたと思うかもしれない。
悪いヤツだ。
「急いで帰る。またな」
「あ、あぁ、うん、じゃあね」
双子の家は、もともと清子さんの家だ。
反対方向のふたりは、手を振って別れた。
「ただいまー」
ほどなくして星下荘へと着く。
ガラガラガラと音を立て、戸を引く。
ただいま、と星下荘に来たばかりの頃は言えなかった言葉が、すんなりと口をついて出ていることに気がついた。
「あら、おかえりなさい、和泉ちゃん」
丁度そこに清子さんがいた。立ち止まって、清子さんはニコニコと出迎えてくれる。いつも清子さんのいる星下荘。そのことでとても安心できる。
そういえば、樹は今日の夕飯の買い出し、と言っていたから、双子は今日ご飯を食べに来ないのか。
和泉は、玄関の前を通り過ぎる清子さんを呼び止めた。
「あ、清子さん、今日は双子は来ないそうです」
「あら、残念ね〜」
今日もご馳走なのに、と頬に手を添えて残念そうに清子さんは言った。
ここの住人は、この清子さんの温かな手によって賄われている。
洋風と和風の入り混じるドア襖を開け、和泉は自室に戻ると、椅子に深く腰掛けた。
「いたっ」
すると、パーカーのひもが後ろに回っているのに気がついた。先の飾りが背中に食い込んで痛い。
そして痛みに顔をしかめながら、目の前の机に向き直る。そしてもっと顔をしかめる。
やばい。
最近ずっと机に向かっていなかった。
秋桜では、入学そうそう、外部生用のテストが用意されていると聞いている。当然、特待生で入学する和泉もその対象だ。
勉強しないと……。
「そのためにもまず腹ごしらえだよね」
和泉は勢いよく椅子を引いた。
和泉は、もともと書斎だった本だらけの自室を出ると、お昼ご飯を求めて台所へと向かった。
立派で便利な台所。清子さんが最も好きな場所だ。
「あら、和泉ちゃん。お腹すいた? オムライスいる?」
「あ、すみません」
頭を掻きながら和泉が言うと、清子さんはくふふと笑った。
その笑顔が、和泉は好きだ。和泉だけじゃなく、みんなの好きな笑み。とても安心する笑み。
「いただきます、ありがとうございます」
「じゃあ、ちょっと待ってね〜。卵焼くの」
「はい」
手際の良い手元をじっと眺める。
あっという間に卵が割られかき混ぜられ、砂糖とドッキング。フライパンに落とされれば、半熟卵。
クライマックス、オムライスにふわりとかけられた。
「おいしそう……」
「ふふ、どうぞ。ケチャップかけるの私苦手なの、自分でかけてくださいな」
「はい」
「あ、あとこっちの分も持って行ってちょうだい」
「清子さんも食べるんですか?」
「ううん、あの子の分よ」
ふふーと嬉しそうに笑う清子さんを見て、和泉は新人を連想した。えぇー……。
和泉は千歳の痛い視線に耐え、緊張で味のしない昼食を取った。
目に力の入っていないぼーっとした視線でも、じっと見つめられるとこたえる。男装とバレることはないと思うけれど……。自分で思って悲しくなるが。
空の食器を清子さんの元へ戻しに行く。
「ご馳走さまでした、清子さん……」
「あら、どうもお粗末様です。ふふふ」
そして和泉は皿を洗うと、自室に戻ろうとする。
「じゃあ、勉強しないと……」
「あっ、そうそう和泉ちゃん! 大きい荷物が届いてるわよ。お父さまからかしらね」
「父から……ですか? なんだろう、ありがとうございます」
清子さんからダンボールを受け取り、和泉は自室に戻った。
そして、和泉がダンボールを開け、驚愕するのは少し後のこと。