コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: *家出神さんと、男子美術部。 ( No.25 )
- 日時: 2015/08/23 19:28
- 名前: miru (ID: iTHoKTwe)
#2
「わー……」
まるで童話にすら出てこなそうな、不気味な塔が和泉の前にそびえ立っていた。
桜の花びらも届かない、名前もわからない木に囲まれ、完全な陰になってしまっているこの場所は、どうしても暗い。唯一、高い塔の途中から陽が当たっていた。
近寄って見てみると、真っ黒だと思っていた塔の煉瓦の壁は、濃い茶色のようだった。ツタが巻き付いていてさらに不気味だが、ちゃんと陽が当たっていれば、雰囲気のある素敵なコントラストになるに違いない。
山のへりにあるこの場所は大きな建物を建てるには向かないので、広い土地が残ってしまったのだろう。
「あれ……?」
大きな塔の周りには、その無気味さに似合わず、木や花が溢れている。
その咲き誇る花々が、よく手入れされているように見えて、和泉は不思議に首をかしげた。
誰かが手入れをしているのだろうか……。
見つけたその場所は、入学式から日が経つにつれ、和泉のお気に入りの場所になった。
生徒同士で打ち解け、教室内が少しずつ賑やかになるほど、和泉はそこから離れた。生徒と関わるのが怖かったのだ。
ただ、向こうがこちらを気にしているのはわかる。内部生から見れば、自分は珍しい存在で、なにしろ外部生の中のトップなのだ。内部生にしろ、外部生にしろ気になるのだろう。チラチラと視線が痛い。
授業が終われば、和泉はそそくさと教室を出た。
そんなこともお構いなく、新人だけは話しかけてくるが。
そういえば、あの拾ったピンも渡せていない。
こんなので、ちゃんと目的を達成できるのか。もっと堂々と、淡々とすべきだとは思う。けれど……。
和泉は綺麗に咲いている花々を見つめた。
誰か手入れしてるのかな……。
帰り道、鬱屈した空間から解放されると、自然とこちらに足が向いた。かれこれ二週間、ここへ通い続けている和泉にとって、人の気を感じさせないこの空間は落ち着く場所だったのだ。
そして、綺麗に咲く花々を見るうちに、誰かが手入れをしているのだろうという予想が確信に変わっていった。そして、その人に会いたいとも……。
最近、悲しいことにもうすでに学校内のことに疎くなっている和泉だったが、部活動への勧誘が始まっていることは知っていた。
そういえば、それも新人がつぶやいていたことだよなぁ、と和泉は思った。
まぁ、関係ないことだけれど。和泉は瞳をクリンと動かし、肩をすくめた。
部活動に入る気など一切起きない、面倒くさがりな和泉は、それよか勉強したいと頭をポリポリ掻いた。
あ、そういえば、テストが。
焦燥感に駆られ、和泉はスタッと立ち上がる。
「……________」
すると突然、話し声が聞こえ、和泉はビクッとした。
「え、誰かいるの? ここ」
急な出来事に、和泉はポカンと塔を見上げた。
まだ声は続いていて、その声は塔の中から聞こえる。
和泉は、声を警戒することよりも先に、この不気味な塔に人がいたことに驚いていた。
「ガラの悪い人たちがお取込み中?」
和泉は顎に手を置き、考えてみる。基本的に和泉はどんな状況でもいたってマイペースなのだ。
髪を染めた不良男子が、気の弱そうな生徒をアアン? と吊り上げている図が頭に思い浮かぶ。ここは学院内でも外れのほうだ。そういう人たちが溜まるには絶好の場所だろう。
いやいやまて。ここは全国屈指の名門私立校だぞ。そんな人種いるわけないだろう。
(事務の人が見回ってる?)
こんな時間から? 早すぎる。
(まさか幽霊とか?)
いやいやまて。こんな時間から? それこそ早すぎる。もっとありえない。
和泉は自分の考えに苦笑する。
「……じゃあ誰だ?」
そのとき、ぼうっと耳元で勢いよく風がなった。
「う、わ……っ」
風が海のほうから吹き上がってくる。微かに潮の香りがした。
和泉の長い前髪がばたつき、和泉は目をギュッと瞑った。
風が過ぎ去り、そろ……と和泉は目を開ける。
塔から突き出た足場に、風に巻かれる人影が見える。
その人影を、割れた前髪の隙間から見上げた和泉は目を見開く。
妖しげにこちらを見下ろす、狐が立っていた。
フードを被った人型の。
「……そっち系ですかー」
…………え?
和泉が不審者と出会ったのは、皮肉にも和泉のお気に入りの場所。