コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: *家出神さんと、男子美術部。 ( No.30 )
日時: 2015/08/31 20:05
名前: miru* (ID: .pUthb6u)


#5


「…………」

和泉はぽーっとした頭を抱えたまま、星下荘に帰る。

「……あれ? おかえり、和泉」
「ただいま、樹、水城」

途中、道の脇で座り込む双子と遭遇する。

だんだん頭がさめてきた和泉は思う。
何してんだお前ら。

「あー……どうだった? ガッコ」

水城が立ち上がりながら言う。
それに続いて、つまんないでしょ、とこちらを見上げ樹が笑う。
和泉はうなずき、「まあね」と言葉を濁した。

「ていうより、何してるの? ふたりとも」

和泉は疑問を口にする。
何もない田んぼ道で、土手に座り込む双子に問いかけた。

「やー、夕陽が見たいと思ってさー。春が終われば、ゆっくり沈まなくなんじゃん? 」
「て、水城が言い出すから。ゆっくり夕陽を見ようとずっと座り込んでるんだけど」
「あはは……なんだか今日はロマンチックだね、水城」

そろそろ陽も沈み始め、三人の頬を優しく染め始める。

そうか、夕陽か、と和泉は視線を沈む陽に向けた。
夕陽なんて、最近気にしたこともなかったなぁ、と和泉は思った。

「自分も一緒させてもらおうかな」

たまには夕陽が見たくなった和泉は、土手に腰を下ろした。制服のままだけど、少しだけなら大丈夫かな。
それを見て、同じように腰を下ろしつつ、水城はにやっと笑った。

「お? なんか珍しいんじゃない? 和泉がそういうの」
「ロマンチスト水城、煽らない」
「そう言う樹って、もしかして煽ってる?」

この地域では、陽は山に沈む。そして朝日は海から昇るのだ。
山に遮られ、赤い陽が見えるのは一瞬で、用心深く夕陽にたしなまないと、見逃してしまう。

赤くなりきらない夕陽が山に掛かり始めると、三人は口を閉じて夕陽に見入った。
ふちがつらつらと揺れる夕陽を見ながら、和泉は何故かきゅっと胸が苦しくなった。

「……なんかさー、夕陽って懐かしく感じるんだよね。なんでか」

唐突に水城が言った。体を後ろで支えていた右手を左に差し替えると、眩しそうに目を細める。

樹がハッとしたように、一瞬水城を見た。

和泉はそれに気づかず、前を向いたままその声を心地よく聞いた。そして、同感だと口を開く。

「それは分かるかもしれない。なんでかな、誰かを思い出してる気がするんだよ」

樹は目線は夕陽から外さず、ふっと目を細めた。苦笑で口元が歪んでいる。
そして、んー……と考えるように間を置くと、笑いながら言う。

「……まぁ、僕たち、山に囲まれたこの村で育った訳だし。育ての親でもあるんじゃない? この山がさ。
……この景色っていうのが、心に響くんだと思うよー?」

景色、かぁ……。和泉はきゅっと締まる胸の中にある面影を探す。

綺麗な夕陽に重なって見えるのは、母さんの笑顔だった。お伽話と写真が好きだったひと。母さんは瞳を溢れそうに細めてニッと笑う。
夕陽に照らされて光る雲の裏側の、澄んだ青色はその瞳と同じ色だった。

母さんの好きなカメラを持って、この景色を切り取りたい。
和泉は時折感じる衝動に、ぎゅっと胸が締め付けられた。先程とは違った鈍い痛みに、和泉は伸ばしていた脚を抱え込んで、頭を膝にうずめる。
その頭の裏にも、夕陽が優しく当たっているのが分かって、和泉は苦しかった。

……母さん、兄さん。どうして行ってしまったの……?

「じゃー、そろそろ行く?」

樹が後手をついて、反りながら言う。長い間座ってて腰が痛い、と言っているのが聞こえた。

「…………」

何も言わないまま立ち上がった和泉を、樹は横目で盗み見る。そして樹は動こうとしない水城の横顔に目を戻し、じっと見つめた。

水城が何も表情を浮かべずにただ真っ直ぐ夕陽を見ている。

その視線に樹は背筋が強張った。


「…………」

和泉は無言でスタスタと歩き出した。
星下荘の方へ歩いているので、帰るのだろう。

何かでいっぱいいっぱいになっちゃうとただ黙っちゃうとこ、水城とよく似てるよなー、と樹は渋い思いだった。

「暗くなっちゃったら、何も見えなくなるんだから、急いで帰るよ? 水城ー?」

ほらほら、と樹は水城を立たせる。
もちろん返事はない。




和泉は温かい夕陽を見て、苦しい過去を思い出す、7年後の春。