コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: *家出神さんと、男子美術部。 ( No.32 )
- 日時: 2015/09/13 11:37
- 名前: miru* (ID: .pUthb6u)
#6
「あげは様ですわっ! 今日も狐のお面を付けていらっしゃるのね〜」
「あのお面はトレードマークですもの。あの仮面の下に隠された謎! ミステリアスで、あげは様はずっとわたくしの心を放してくれませんわ……っ」
四月××日 木曜 晴れ
今日廊下で、また変な人を見かけた。
アレが受け入れられている。しかも、尊敬され、生徒たちに愛されているようだ。しかも主に女子生徒に。自分には、信者たちが崇めているようにしか見えないが。
未だに信じられない思いだった。
……そういう異世界もあるのだなぁ……。
ここに来て、初めての経験をよくする。
しみじみ思った。
目線のずっと先にいたはずの狐の変な人が、こちらに気づいてなぜか笑顔? で寄ってくる。
「おーい! また会えて嬉しいよ、特待せ、ごふっ」
視界が狭いのか、角から出てきた生徒と運命的な感じでぶつかった。生徒が抱えていた紙の束が舞う。
誰っ?! あげは様はどなたに話しかけたのっ?!
女子たちは一斉にこちらの方をギンッと見た。ちょっとは、本人を気にかけてはどうですか。
……自分のこととは信じられない。
今のうちに全力で逃げようと思う。
それではっ─────
「ふっ、はぁはぁ……はぁ」
ダメだった。
運動神経には自信があった方の和泉だったが、神的な運動能力を持った狐にもう少しで追いつかれる。
お面を被った男に追い掛け回されるなんて、いいトラウマになりそ……。
おい、聞いているのか?! と背後で叫び声が聞こえた気がするが、自分にそれを聞き取る余裕はない。
「なんで、いつも逃げるのだ! もう、ただ話したいだけなのにっ」
あと少しで振り切れそうだったのに、校舎の造りをよく知らないのがダメだった。
突然目の前に現れた行き止まりに狼狽える。
最近、狐を見かけるたびにあからさまに避けまくっていた和泉。
全然知らない相手なのだから無視してくれていいものを、狐が追い掛けてき始めたのは数日前。
今までなんとか逃げ切っていたのだが……。
「なんで逃げるの!?」
狐が憤慨したように言う。
やばい何か怒っていらっしゃるー?!
あからさまだと寂しいとかなんとか聞こえた気がするが……。
バッと振り返った和泉は、新たな事実に気づき、絶望した。
狐の隣にもうひとりいる……。
和泉はその男に一瞥をくれ、一瞬で分析をする。
逆光で全く顔は見えないが、男のようだ。背は高いが、筋肉質ではなさそう。闘って勝てるだろうか。
だがしかし……。
2対1……勝てる気がしない、か……。ふっ……。
そもそも何の目的で自分に近づくのか。
全くわからないのが、また恐怖だった。
こうなっては仕方がない。様子を見て、隙があれば逃げよう。
追い詰めて安心したのか、ふーっと息を吐くと、早く話さなければとわたわたとして狐が話し始めた。
「竜胆くん、だよね! 特待生が来たって言うのですごく気になってたんだが、君みたいな子だとは思わぬもので。特待生ってやっぱり、ガリ勉ーって感じなのだな!」
よかった、怒ってない……。
ほっと和泉が胸をなでおろしたのも束の間、狐の言葉がん? と引っかかった。
お面の下は満面の笑顔であろうヤツは、悪意なく失礼なことを言う。一生懸命会話を繋げようとしているようだが、口から出たのは暴言だ。このやろう。
その隣で、本人は堪えているつもりだろうが、思いっきり笑っちゃってらっしゃる狐の子分。
イラッとくるな、こいつら(笑)
「なんですか何の用ですかイヤミですか」
「ぇなんで怒ってるのだ……」
「…………」
「えほん。え、えっとだな、僕たちは君を、正式に僕たちの部活に招待しに来たのだが!」
「……は」
「いやぁ、君を見ているうちに、面白い子だなぁと気になってしまって。うふ」
……なぜ照れる。
ほ、本当に部活やってたんだな、この人……。そしてまだ自分を誘う気だったのか。
「嫌ですよ」
はっきりとそう告げる和泉。
狐の背後でガーン! ゴロゴロピッシャーン! と謎の効果音が鳴り響き、当の本人は目が少女漫画仕様になり口元に手を当て、全身で驚きを表現する。もちろん悪い意味で。
どうなってんだろ、面白いなぁ、これ。
「ま、まだ部活名も告げていないだろう?!」
「あ、そういえばそうでしたね!」
「なんで何の部活か知らないのに嫌がるのだ…………ぶつぶつ」
さすがに、貴方が好きじゃなくてとは言えなかった和泉は、少しだけすまなそうな顔を作って「部活ってなんですか?」と聞いた。
「おおっ」
途端にテンションが再浮上する狐。尻尾があるならブンブンと振っているだろう。
やっぱり面白いな、この人と和泉はこっそりニヤッとして思った。
「ええっとだな、まだ新しい部活で、部員も少ないのだが、とても素晴らしい部なのだ!
僕が部長のあげはで、こちらが副部長の城野だ」
「よろしくね」
ニコッと笑って小首をかしげ城野は言う。
サラサラの柔らかそうな黒髪が額を滑った。
目と口元に言うにいわれぬ愛嬌をもってにこにこしている。
だんだん顔がわかってきたが、こいつは相当なイケメンのようだ。イケメンとは面倒な。
笑顔で心の内を隠しながら、和泉は会釈を返す。
おい狐。どうでもいいから。前置き長。
一瞬城野と目が合い、城野が笑みを深める。心の内を読まれたか。
いえいえそんなこと思ってもないですわ、おほほほほ。
城野の目線がようやく外れ、和泉は胸をなでおろした。
……こわっ。
唐突に流れ始めるダカダカダカダカ……とドラムの音。狐にスポットライトが当たる。おおー、すげっ。
ダカダカダカダカ……ジャンッ。
「そう……僕たちの部活は、男子美術部!!
この学院唯一の、男子文化部であるっ!!……」
……おおーぱちぱちぱちぱち。
これまでの間に少しずつ移動し、脱出路を背中に確保していた和泉は、笑顔で拍手を送る。
ねぇ城野ー、なんで男子美術部!! のところ一緒に言ってくれなかったのー、狐さん、先に言ってくれないとわからないかな、などと会話している狐と城野。
よし、さて行こうか。
そろ〜りと抜け出そうとする和泉の肩に、トンと誰かの手が乗った。
「そうそう、竜胆くん。で、君は入ってくれるのー?」
城野の手だった。その手の乗る左肩が異常に重い。その手から、まさか逃げるつもりじゃなかったよね? という声が聞こえる。
有無を言わさぬ、なんつー威圧感。
ガクガクブルブル。
「……えっと、今すぐには決められないかなー、と思います」
城野と目が合わせられず、ものすごい横を見ながら和泉は答える。
「ほんとうか?! じゃあ、前向きに考えてくれているのだな、よし! 部活見学は今日の放課後からいいぞ!」
ものすごくご機嫌そうな狐さんは、用が済んだとばかりに行き止まりを出て行った。見学なんて、行く訳がない。
和泉はそれを、涙ながらに見送る。こいつも連れてって……。
「……ねぇ竜胆くん、君は知ってるかな。この学院にはね、ちょうど理事長の息子さんが通ってるんだよ。僕もよく知ってる人でね。多分、君もよく知ってる人だと思うな」
唐突に和泉に話しかけた城野は、ふっと優しく笑った。
優しい笑顔に緊張が緩む。だが和泉はイヤーな予感から逃れられなかった。
なんで急にそんな話。
理事長の息子といったら、理事長はあの大皇(おおきみ)グループのトップなのだから、その御曹司じゃないか。それに、自分の学費は学院から出ているのだから、巡り巡ってその人にも自分はお世話になっていることになるのか……。
絶対に粗相のないようにしなければならないひとだ……。
考え込む和泉を何と思ったか、少しニターっとして城野はまた喋り出す。
「理事長とよく似て、破天荒な人だけど、みんなにとてもよく好かれていてね。面倒な人でも、僕も嫌いじゃないんだ。なにせ幼馴染みだしね」
ほ、ほぉ……。
城野とその人は幼馴染みなのか。
まずいな、城野からよくないことを伝えられたら……。城野にも気をつけよう……。
それにしても、みんなに好かれる、かぁ。きっと素敵な人なんだろうな。理事長と似て、イケメンだろうし。
破天荒で、面倒な人なだけの人ならひとり知ってるけど。
ん? とヤな予感がまた頭を掠めた和泉。
いや、まさかねあはは……と冷や汗が伝う和泉を、完全にニタニタしながら見る城野がまた口を開く。
「訳あってお面を被ってるその人は、多分、君もよく知ってる人だろうなぁ。なにせ君は、その人が僕たちの部活にわざわざ招待しにまで来たのに、一度はねのけてるもんねぇ?
怖いよねぇ、まるで昼ドラのようだよねぇ。理事長息に逆らって学院から追放だなんて、昼ドラでしか見たことがないけど、まさかこの目で見れることになりそうとは、ねぇ、竜胆くん?」
笑顔だが、全く目の笑っていない城野が暗にチラつかせる、一つの脅迫が和泉に迫る。
あ、あいつかぁー! あの狐、理事長のボンボンだったのかぁーっ! 全然イケメンじゃない!!
動揺をなんとか笑顔で取り繕って、和泉はカクカクする口を開いた。
「ほ、放課後、お邪魔させていただきます」
「よし! 楽しみに待ってるよ」
それじゃあねと言うようにヒラヒラと城野は行き止まりを出て行った。
圧縮された、肩の圧力から解放される。左肩が痛い……。
ドッドッドッドッと鳴る心臓を抑え、和泉は廊下に手をついた。
お、終わった……。最も関わってはいけない人と、もう既に関わってしまっていた……。
こうなってしまった以上、あの狐に逆らうようなことは許されないだろう。なんてことだ。
「……放課後が運命を左右する……か」
とりあえず、放課後あの塔に行かなくてはならない。命が惜しくば。
狐を避けるため、縁遠くなってしまっていた塔。まさかその狐に会いに、もう一度あの場所行くことになろうとは……。
放課後が一生来なければいいのに、と和泉が思うのはテスト一週間前の昼休み。