コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: *家出神さんと、男子美術部。 ( No.38 )
日時: 2015/09/11 22:39
名前: miru* (ID: .pUthb6u)


#7


「はぁ……」

来てしまった。この時が。

和泉は今、塔の目の前にいた。
そう、目の前の無駄に重厚感のある扉を引き、もしくは押し開ければいいのだが、それができずに塔の周りをうろちょろと、もう既に10分は経過している。


それを狐たち(主に城野が)上から覗いているとは知らずに。

「狐さん、ほら。来たみたいだよ」
「おおっ、本当か!!」

塔の小窓のそばで、城野がちょいちょいと手を振り狐を呼ぶ。

かれこれ10分は竜胆を観察している。
基本的に顔や行動に出やすいタイプなのだろう、上から見ていても面白い。
さっきの昼休みも少しからかってみたが、あれはからかい甲斐がありそうだ。

「本当に来るとはね」
「城野、お前がなんかしていたのは知っているぞー。お前も気に入ったのか? 僕も面白いと思ってだな……!」
「いや別に、そんなわけないじゃん」

笑顔で城野は言い放つ。だろうな、とあげはは頭を掻いた。
少し残念そうな狐を見て、はははと城野は声に出して笑った。

「大丈夫だよ、面白いとは思うよ」
「ほら! 思うだろう!」
「でも別に、無理矢理この部活に入れなくてもいいんじゃないの?」
「な! なぜだ」

一瞬瞳が輝いた狐は、またすぐにしゅんとした。
でもまだ納得できないので、城野に食い下がる。
城野はいつものように、にっこり笑うと狐に説明した。

「だってさ、あの子は稀に見る特待生なわけで。勉強して、良い成績を残すために、この学院に引っ張り込まれたわけでしょ? 狐さんのお父様に」
「う、うむ……」
「部活なんかより、勉強に集中したいんじゃないかな?」
「そ、そうか……だからあんなに嫌がって……」

城野は心優しいので、お前のルックスのせいだよ、とは言わない。

「だがなぁ、どうしても嫌だったら、見学に来てもいいぞ、なんて返事もしていない口約束だろ? 守らなくていいじゃないか。だが彼は今来てるぞ? 希望を持ってもいいんじゃないか?」

狐は最後の希望を投げつけるとばかりに、城野に質問を投げかけた。

「そうだねぇ。でも気づいてる? 狐さん。狐さんは、理事長の息子なんだよ? そんな君を、特待生のあの子が無視できるはずがないんだよ」
「…………!」

そうか……! と唖然とする狐。
来るようにけしかけたのは城野なので、城野はもう大爆笑したいところだった。ぷ、と漏らしたが堪える。
あは、おもしろ、と城野は小窓の外を見た。
あ、まだいる。

「…………」

狐は何やら考え込む。お面をしているので表情はわからないが、あらかた、さりげなく竜胆を解放してあげよう、と考えているのだろうと城野は思った。

「それじゃあ狐さん。あの調子じゃ、入って来ないだろうから、お迎えに参りましょうか」
「うむ……!」


────……ところでこちらは塔の根本。


和泉は、この塔に入るという目的を忘れて、塔に見入っていた。

「ふぅ……」

よくよく見てみると、この塔はとても面白いのだ。

まず、和泉が触れるのを躊躇うこの扉、表面や前の柱に見事な彫刻が彫られている。ハッとするほど迫力があるそれは、上から、横から和泉を見つめていた。
和泉は美術作品に明るくはなかったが、素人のモノには見えなかった。

「ほほぉ……」

ぐるっと塔の周りを回ってみると、壁の所々に文字が彫られていたり、花が描かれていた。文字を指で辿ってみるが、見たことのない字形だったり、意味のなさそうな文字の羅列だったり……。和泉には理解できないが、詩のようなものも彫られていた。

ふぅん、面白い。

夢中になって壁をつたう。

ごちっ

「!……った」

うわー、全然気がつかなかった!
和泉の目の前に突然壁が現れ、和泉は気付かずにそのまま頭をぶつけた。頭を押さえる。
この先は壁に遮られ、行くことができない。

「ぶ」
「え?」

誰かの吹き出す声で、和泉は頭を押さえたまま振り返った。そして顔をしかめる。

「げ」

例の長身二人組が和泉を見下ろしていた。
見られていたか……不覚だ。おい城野、真顔で吹くな。

「まぁまぁ、そんな顔をしないでよ。来てくれたんだね、嬉しいよ」

本心の見えない謎の笑顔で城野が和泉をいざなう。

「え……」

そういえば。自分はここに部活見学で来ていたんだっけ。

そうだ。それで狐が理事長息らしいから、気をつけなきゃいけないんだ。
あれ、そういえば狐は? うるさくない。

「竜胆くん、君はあんな口約束でも来てくれるなんて、本当にいい子だな! 君になら、喜んで僕らの部活を紹介したい……!」

ポッと突然沸いたかのように狐が喋り出す。
和泉は狐をじーっと見つめた。なんだか元気がなさそうだ。
狐が瞳をぱちくりする気配がする。こんなに覇気がないのが、本当に理事長息なのだろうか。

苦渋の選択だが、仕方がない。諦めて見学をしよう。
そして城野に捕まる前に退散しよう。

「あ、はい……よろしくお願いします……」

よろしく、と和泉が言ったが最後、狐から嬉しそうな雰囲気がパァアと広がる。
あぁ……はい、よしよし。なぜか、犬を前にしているような心地になる。

こんなに解りやすい人がいただろうか。しかも面をつけているのに。

「では、こっちから塔に入る!
あぁ、その壁の向こうも塔の一部なんだが、多分、壁は頭突きしても壊れないだろうな。だからそこから中には入れないと思うぞ」

……こいつは天然なのか。
今まで、いろいろな失礼な言動を聞いてきた。さすがに和泉は気づいた。

「ぶ」

城野が吹く。よく笑うやつだ。胡散臭く。
今度は真顔ではなく、少しだけ崩れた。狐のことになると、緩くなるのかな。

そしてサクサクと土を踏んで、例の扉の前へ来ると、狐は無造作に取っ手を掴む。
あ、悪魔の顔が……。呪われそうで触れなかったのに。

「ようこそ! 僕らの部活へ!」

狐は芝居がかった動作で腕を広げ、ようこそ、というようにこちらを向くと、片手で取っ手をひねる。
ガチャン、と音がして扉の開く気配がする。

……そしてなぜか固まった。

「……狐さん、この子が来てくれて浮き足立つのもわかるけど。この扉は引くタイプだったと思うよ」

バッと身を翻し、狐は開いた扉の裏へまわると、手で中にどうぞどうぞする。

さすがに和泉は吹き出して、あははっと笑った。ちょっと長引きながら、ひとしきり笑って、あ、人の前で笑っちゃったな、と気づいた。でもいいや。
やっぱり面白いな、この人。

仕方ないかな。もう、ここに入っちゃってもいいや。

「お邪魔します……」




和泉が学園一胡散臭い部活に招かれる、朗らかな春の午後。