コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: *家出神さんと、男子美術部。 ( No.47 )
- 日時: 2015/10/07 23:51
- 名前: miru* (ID: .pUthb6u)
#9
「それでだなぁ……」
はい、はい、と頷く和泉。
狐さんはそんな和泉をじっと見下ろした。
結局、狐さんの部屋に辿り着けないまま、途中『あっこれ! これはだな……』と始まった狐さんは燭台についてご熱弁中。
さっきの部屋から廊下を進んで、小さな螺旋階段の途中だった。
その階段の途中のくぼみにある、燭台を指差したまま、じっと見下ろす狐さん。その燭台は真鍮だそうです。
「……やっぱり、イヤか?」
「え? 何がですか?」
イヤ?
急に狐さんが言い出したことの意味がわからず、和泉は首をカクンと傾けた。
あ、この階段薄暗いのに、燭台にロウソクがないことですか?
違うか。
「あ、真鍮ってなんでメッキをしているんでしょうね、ってやつですか? あれは、自分の知識不足で錆止めだって……」
「そ、そうじゃなくてだな……」
そして狐さんは少し躊躇って言った。
「君がこの部活に入ることだ。……やっぱりイヤか?」
和泉は目を見開いた。
「あ……はい……そのことですか」
見抜かれていたか、と思った。
自分が中途半端にここにいること。
自分と話してみて、違う、と感じたのか。……やっぱり部活に入れたくなくなったのか。
確か、自分を引き込もうとした理由も、『おもしろそう』だからだったっけ。
おもしろくなんかないし。
もしかしたら、自分なんか、ここにいるべきじゃないって思われてるかも。
狐さんは、多分、美術に真剣だもの。
「別に無理に僕に付き合わなくてもいいんだ。君には君の生活があるし。僕に負い目を感じなくても……」
そう言いながら狐さんは顔を背けた。
和泉の特待生という縛りも、全て解いてから、狐さんは和泉を優しく押し返す。
もう十分だった。
「……そうですね。部活には、入りたくないです。特待生ですし」
いいな、って思ってた。
部活が、この人が。
でも、自分はここにいるべきじゃない人間だったから。
「そっか」
狐さんは、少しホッとしたようだった。
そんな小さなことに、少し傷つく。
「でも、また気が向いたら遊びに来て」
なのに、なんで少し残念そうなの。
「はい。すみません、ありがとうございました。
……もう少しだけ、塔の中を見せてもらってもいいですか」
「…………」
狐さんが去ってしまってから、結構な間、和泉は薄暗い階段に立っていた。
「今度こそ、もう二度と関わりたくない……!」
ちょうど、もう一段登ろうとやっと足を出したとき、後ろから声をかけられた。
「ねぇ」
「えっはいっ」
びびって、パッと後ろに振り返ろうとしてコケる。
そして城野に受け止められた。
「……すみません」
「あはは、何。狐さんにフラれたの?」
「いや、違いますけど……」
でも、やっぱりこの部には入らないことになりました、と体制を立て直しながら報告する。ご迷惑をおかけしてすみません、と。
「別にいいよ。でもなんでまだいるの?
この部、入るのイヤなんでしょ?」
クスクスと笑って、階段を登りながら城野が言う。
だんだんと高くなっていく目線を追いかけて睨む。なんだか事情わかってますよー的な態度に腹がたつ。
別にぃ。関係ないことですよぉだ。
「しょうがない。そんなに塔だけ気に入ったなら、もう少し僕が案内してあげるよ」
だけ、に力を込める城野さん。
「べ、別に……」
「当部、自慢の書庫にご案内します」
その言葉は、城野に背を向け階段を降りようとする和泉の足をぴたっと止めた。
「おぉ……!」
これはすごい。なんだこの本の量。
星下荘のマイルームの書斎も顔負けだ。
濃い、茶色の本棚に、囲まれた本。
壁一面、ぐるっと本、本、本、本……。
全て、本。
和泉は城野に連れられて、螺旋階段を登り、そしてあーだこーだ行ってまた下り、その先の廊下を歩いていた。
急に開けた空間に出ると、そこが書庫だった。
書庫にはドアがなく、通路から直通なのだ。
「どう?」
地震きても大丈夫かしら、とか考えてます。
本があるだけで生きていけると思っている和泉は、あまりの本の量の多さに脳がヒートダウンした。
「……これだけの本って、見たことないです」
「でしょ。狐さんのお父様のものだよ。よく集めたよね、これだけ」
な、なるほど……。
もう一度、和泉は部屋を見渡す。
「え? あれ? ぅえ、ってちょっと待って……!」
和泉はあるものを発見し、本棚の一角に駆け寄った。
ふぉぉお、こ、これは……!
「なにか、気に入ったものでもあった?」
にやにやしながら城野がこちらを見る。
今はそんなのどうだっていい!
……じゃなかった、こほん。
「い、いえ、特に……」
「お、残念。気に入ったものがあれば、読みに来ていいよーって言おうとしたんだけど」
「ほ、ほぉ」
瞳をクリンと動かして、悪戯にこちらを横目で見てくる。
「まぁ、君が入ってくれたらの話だけどねぇ」
「……あっそう、ですか。入りませんよ、自分」
「狐さんが誘ってるのに?」
「はい。……さっきちゃんと断りましたよ?」
「さいですか」
なら、しょうがないかー、と言うように城野は書庫の椅子から立ち上がった。
「……そろそろ帰ります」
「どうぞ。送るよ」
「ありがとうございます」
書庫に入って来たときとは違う入り口から出ると、今度は本を読む専用の小さなスペースがあった。
古そうな部屋の造りだけれど、アームが付いている照明が壁にかかっている。自分のところまで引き延ばして使うのだろう。ハイテクだ。
……いいなぁ。
はっ。
和泉はぶんぶんと首を振って邪念を払った。
そのスペースの一面はガラス張りで、一番端がドアになっていた。
ドアを開けて、リビングに戻って来る。
少し先に、最初に降りてきた突き出ている階段が見える。
ここはその裏側のようだ。
リビングに、狐さんはいない。
「ここまでくれば、大丈夫かな。
初めて来たらガイドなしじゃ探検できない、美術部ならではの迷宮はいかがでしたか?」
「はい……素敵でした」
少し素直になって和泉は答えた。
それはよかった、と言って城野はきれいに笑った。
「だいぶ、狐さんに毒気を抜かれたみたいじゃない?」
悪戯にかけられた言葉に、驚いて和泉は顔をあげる。
「そんなことないですよ。ここまで、ありがとうございました」
「そう。じゃあ、またね」
ひらひらと手を振る城野に背を向けて、和泉は最初の階段に足をかけた。
はた、と思い至って和泉は振り返った。
「城野先輩、狐先輩にも、ありがとうとお伝えください」
狐先輩って……と笑いながら城野は頷いた。
「それと」
もうひとつ、と和泉は付け足した。
怒られるかもしれないけれど。
にっこりと微笑む。
「人を追いかけまわすのはストーカーと同じ行為です、ともお伝えください。それじゃっ」
城野はあっけにとられて数秒固まった。
そして今度こそ城野は吹き出した。
階段を駆け上っていく和泉の影を目で追いかけて、声をかけようとしてやめた。
「面白い子だなぁ……」
「……だろう?」
いつの間にか、そばに来ていた狐さんが言った。
「なんで狐さんはあの子をフったの?」
「な、なんだその人聞きの悪い言い方! 違うぞ! あの子は遊ぶことより勉強を取る、模範的、優秀な特待生君だっただけだ!」
「そっかぁ、じゃあ、狐さんは特待生のあの子の中で、勉強より下の存在だった訳だね?」
「そうなる」
しぶしぶと狐さんは頷いた。
「まぁいいじゃない、部員がふたりだけでも」
「少し前までは四人だったじゃないか……! 寂しいっ」
「あはは、それは僕だけじゃ不満、ってこと?」
「もう少し、増えてもいいものだが……捻くれていないヤツが……」
「狐さんが選り好みしなければいいんじゃないかな」
「うむ、気に入ったヤツがいい」
「じゃあ僕は狐さんに気に入られたヤツ、ということで満足するよ」
少し噛み合っていなかった会話は、一瞬不穏な空気に包まれたが、最後はにこやかに終了した。
「ところで城野、ストーカーとはなんだ」
「人を追いかけまわす変態のことだよ」
「そ、そうか……」