コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: *家出神さんと、男子美術部。 ( No.57 )
- 日時: 2015/10/26 19:14
- 名前: miru* (ID: /6p31nq7)
#12
放課後の物置部屋。
今は和泉の変装部屋となっている。
「……よし」
新人がほぅ……と声を漏らす。
まさか、自分がこんな格好をするとは思わなかった。
鏡の前に立つ。
そして自分の姿が目に入るや否や、バッと鏡から目を背けた。
うっわ自分を見るのが辛くて、3秒と見ていられん。
男子部に乗り込むから、念のため女装の方がいい。
了解。
前髪でやっぱりバレるから、前髪あげてしまおう。
……なんとか了解。
それじゃあ変装しようか。
……できない。
他人事ならいいものに聞こえても、いざ自分事となるとどうもそうはいかない。
矛盾した思いが和泉を支配した状態のまま、和泉の変装は完了した。
前髪はまとめて縛られ、頭の上でぴょこぴょこと踊っている。
服装は女生徒の制服だ。
和泉は千歳に、どうして女生徒の制服を持っているのか、と聞いたが、んんんと首を振って教えてもらえなかった。
だが、和泉には、綺麗な顔立ちをした男に、女装を強制させようとする星下荘の管理人の姿が予想できた。
もう何も聞くまい。
「……かんぺき」
うんうんと頷いて、可愛い、と千歳はにっこり微笑んだ。
確かに、この変装の腕には驚いたけれど……。
「え……やっぱりやめ」
「お礼だから、遠慮、しないで。それとも、精一杯のお礼のつもり、やだ……?」
「う……そんなこと……」
もう一度、鏡に向き直る。
自分の瞳を見た。
黒っぽい瞳の中に、揺れる蒼色。
母さんと、兄さんの、色。
二度と見ることはないと思っていた、この色。
目の上の、悲しそうに下がった眉が、元に戻らない。
やっぱりやめ……。
和泉が千歳を振り返ろうとすると、千歳は和泉の肩をそっと掴んだ。
そしてそのままドアの前へ。
「えっちょっ」
「……いってらっしゃい」
トン、と背中を押され、部屋を出される。
ぎりぎりで振り返って、最後に見えた千歳の顔は微笑んでいた。
綺麗な顔立ちに、今は殺意が沸く。
突然目の前に現れた、放課後の生徒たちの雑踏。
心の準備もないまま、突然すぎて、和泉は数秒フリーズした。
やっと状況を理解し、ハッとする。
「……うっそだろ」
すれ違う生徒が、皆、一様に駆け抜ける和泉を振り返る。
和泉はすかさず、一応用意していたマスクとサングラスをスチャッと身につけた。
そして目にも留まらぬ速さで塔を目指す。
……こうなってしまったからには、作戦を遂行しよう。
スイッチがやっと入った和泉は、キッと前を向いた。
「…………」
って、塔の前に来たはいいけど。
怪しいマスクとサングラスを取る。
女に変装したからといって、塔に堂々と侵入できるようになるはずもなかった。
何やってんだ、自分。
本が読みたい、という目の前のことに捉われすぎだ。馬鹿め。
しゅるしゅると、固めたはずの決意が萎んでゆく。スイッチが、バチッと切れた。
「……何か、用?」
こ、この声は……。
「どうかしたの?」
ここで登場、城野さん。
はい、終わったー。
なんとか動揺を取り繕って、そっ、と優雅に振り向けば、人当たり良い笑みを浮かべて立つ城野。
何か言わなければ。
「……あ。……え……」
改めて、セリフを何も用意していなかったことに気がつく。しかも、声を出せば自分の正体がバレるかもしれない。
み、身動きが取れない。
心臓がバクバクと鳴り出す。
ど、どうしよう。逃げようか。
顔に焦りを浮かべたまま、和泉は城野を見た。
「…………?」
城野は微笑んだまま、頭の上にハテナを浮かべ始めている。
和泉はわたわたとし始める。つー、と冷や汗が背中を伝った……。
っ……だめだ。今回はいったん引こう。
和泉は手を首をふるふると振り、ぺこりと頭をさげると来た道を駆け戻った。
「え」
城野は、謎の少女の謎すぎる行動に身動きが取れずに、少女の後ろ姿を見送った。
あれ、城野が困惑したのか立ち尽くしている。
ラッキー、逃げられるっ。
和泉は校舎内に駆け戻り、物置部屋まで高速移動した。
「はぁ……はぁ…はぁっ」
心臓がバクバクし過ぎて、呼吸が荒くなる。
ここまでくれば、追いかけて来ていたとしても追いつかれないだろう。
さっきは本当に、深く追求されなくてよかったー……。
新人には悪いが、この作戦はなかったことにしよう。
もう、あの本のことだって忘れるからっ……。
混乱する思考の中、和泉はギュッと目をつぶった。
のがいけなかった。
ドンッと、急に腕に走る衝撃。
いきなり近くのドアが開いて手が伸びてきたと思うと、和泉の腕をガッと掴んだ。
「……えっ、なっ何! はっ?!」
腕を掴まれるこの感触……。
あぁ……デジャヴュ……。
扉の中に引き込まれながら、吹っ飛びそうな意識の中、和泉は思った。