コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: *家出神さんと、男子美術部。 ( No.64 )
- 日時: 2015/11/05 19:35
- 名前: miru* (ID: .pUthb6u)
#13
「うっわーっ、やっぱり和泉くん?!」
今、目の前に栞子さんがいる。
なぜだ。
うきゃー、可愛いじゃない! と言いながら、バシバシと自分の肩を叩いてくるのは、間違いなく栞子さんだ。
さっきまで、廊下を疾走していたはず……。
和泉は突然の出来事に混乱していた。
「あのねぇ、私、偶然にも貴方が物置のような部屋に入っていくのを見てしまって! それで、部屋から出てきた子を見れば、可愛い女の子じゃない!」
……あー。
「……バレたー……」
「まったくもう、貴方足が速いわよ! 追いかけるの大変で!」
「……そんな、そっとしておいてくれて大丈夫でしたよ」
「きゃー! やっぱり和泉くんね!」
聞いてねぇ。
し、栞子さん……落ち着いて……。
「栞子さん、このこと、内緒にしていただけますか?」
背の高い栞子を、下から見上げる和泉。
たまらず栞子はバッと和泉を抱きしめた。
「さいっこうよ! あー鼻血吹きそう。
それで? で、何。何でその格好?」
「……し、栞子さん、く、苦し……」
ごめんあそばせ、と離れる栞子。
あら……和泉くんて……もしかして。
顔を上げた栞子は、ニマァと笑った。
和泉はハッとして栞子を見上げた。緊張で背筋が強張る。
ま、まさか……女だと、バレて……!
「もしかして、本当はそっちの趣味があるの? 和泉くん」
「あー……」
……バレてなかったー。
和泉は、はぁぁああと息を吐いた。
ほっとしすぎて気が抜ける。
まぁ、胸がないことについて、自信はあった。
しかし余計な方向に勘違いする栞子さん。
「男の子なのに、もう……最高じゃない……!」
栞子さんは何故か赤くなってガバッと和泉を抱きしめた。
そして再び、和泉を遠慮なくフニフニする。
今、とても栞子さんが危ない人に見えるが、とりあえず自分が男だと勘違いしているままのようなので、とりあえずスルー。耐えろ、耐えるんだ、自分!
嫌な汗をかきながら、栞子の腕の中で和泉はそっぽを向いた。
「栞子さん、どうか、何も見なかったことに……」
栞子はキュピーンと目を光らせると、和泉の肩をグッと掴んで前を向かせる。
栞子さんの顔が、目の前いっぱいに現れた。
とっても怖い。
「もう一度、内緒にしていただけますか? とお願いしてもらえたら、もちろん内緒にするわ」
…………。
視界いっぱいに広がる、ニマニマとした顔。この人、頭だいじょうぶ……げふんげふん。
学院追放と天秤にかけた和泉は、ぐぐぐと眉を寄せて悩んだのち、苦渋の選択をした。
「栞子さん、内緒に」
「もちょっと上目遣い」
「し、栞子さん、」
「前かがみになって、手は胸の前で組んで」
「……栞子さん、あの、内緒にし」
「やっぱり人差し指は唇に添えて頂戴」
あー、もう。
顔の片側が非常に引きつっている。
「や、やだ……。もう、もうやだ……」
無意識に口から溢れる、悲痛な叫びは、栞子さんによって華麗にスルーされた。相変わらず、期待のこもった笑みを浮かべている。
あぁ、涙出そう……。
これは自分じゃないこれは自分じゃないこれは自分じゃない……。
なんとか、自分に言い聞かせれば、乗り越えられる気がした。
和泉は、大きく息を吸って、吐いた。
もうすぐ、自分の中で、何かが終わる予感……。
「……栞子さん、あの……このことは、ふたりだけの、ひみつ、にしてもらえません────」
「────和泉さん!」
突然、背後の扉がバンッと開け放たれた。
ヒュンッと部屋の中に入ってきた人影は、栞子から和泉を守るように和泉の前に立った。
え、え? 何? 何があったの?
驚きすぎて言葉も出ない和泉は、目の前で揺れるふわふわした毛先を認識した。
グレーのかかったこの色は……。
えっ、鈴原?!
- Re: *家出神さんと、男子美術部。 ( No.65 )
- 日時: 2015/11/05 21:58
- 名前: miru* (ID: .pUthb6u)
#13 続き
「大丈夫……?! 和泉さん、変なこと、されてない……?!」
首だけで振り返って、和泉を凄い剣幕で心配する顔は、やはり鈴原だった。
な、なぜ? 何があった?
なんだとしても、とりあえず。
──してもらえませんか、とあともう少しで言えたのに!
あ、あれっ、ちょっと待って。言わなくて済んだんだから、これは喜ばしいことだ。
もう少しで言えたのに、とか、何!洗脳されている自分がいる! 危なかった!
なんで、鈴原は助けに来てくれたんだろう。なんで、自分がここに居ると、知ってたんだろう……。
千歳は、何も言葉を発しないまま、千歳を見上げる和泉を見た。
少し前かがみになったまま、指を口もとに添え、まだ頬が上気したままの和泉を見下ろした千歳は、ビキッと固まった。しかも、心なしか涙目に見える……!
千歳は栞子を敵と認識した。
「……どなた、ですか」
敵意むき出しの猫のような瞳でこちらを睨む、見知らぬ男子生徒をみて、栞子もとても混乱していた。
可愛い(私の)和泉ちゃんを背に、まるで自分から守るように立つ男子生徒。栞子は思った。
姫を守る、騎士気取りか、コラ。
私以外の奴とフラグ立てるなんて許さん。
こちらもこちらで、千歳を敵と認識していた。
「……わたくし、綾小路栞子と申します。和泉ちゃんの、相談相手をさせていただいていましてよ。貴方は?」
ということで、失礼千万な返事を返す。相手も失礼なので、何とも思わないが。
千歳は思った。
誰だ。
「鈴原、千歳……です。和泉さんの、クラス、メート……」
栞子は思った。
ハッ、たかがクラスメート風情が。
今、和泉は確かに、二人の間に散る火花を見た。
「(その、たかがクラスメート風情が私の)和泉ちゃんに何の用ですの? わたくし達、まだお話中でしたのよ? ノックもせずに、扉を開け放ち、その上ズカズカと……失礼ではありませんの?」
スッと和泉に近づき、手を取り引き寄せる栞子。
その瞬間、和泉の顔が軽く引きつったのを、千歳は見逃さなかった。
この人、絶対和泉さんに良くないことしてた……。
千歳は猫のような目を、さらにスッと細める。
その視線に、和泉の背中がゾッとなる。
「…………(うわぁ、何この、収拾不可能な感じ……)」
「和泉さん、嫌がってた。声、聞こえた。……なぜ、ふたりがここに? 和泉さんの目的に、貴女はいない……。……和泉さんに、何をした」
千歳はそっと、しかし栞子に和泉を触れさせるのを許さない力強さで、和泉の手から栞子の手を引き離した。
さらに睨み合いが続く。
これは誤解が突っ走っている。
このままだと、本当に収拾がつかなくなってしまう……! 血を見ることになりかねない。どうしよう……!
和泉は慌ててふたりの間に立った。
口を開こうとする栞子を手で制し、和泉を庇おうとする千歳を腕で抑えた。ふたりは驚いて目を見開く。
「すみません、ちょっと待って。待ってください。誤解です。誤解があります」
和泉からふたりに、改めて正しい自己紹介をさせ、誤解をなんとか解いたところで、ようやく3人はソファに身を沈めた。
和泉は何度か、座って話をしようと試みたが、ふたりとも反射的に身体が動くので、ふたりの自己紹介が終わるまで、和泉は座って話をすることを諦めた。
ふたりが落ち着いたところで、改めて和泉は女装に至った恥ずかしい経緯を栞子に暴露した。
要は全て、自分の自己満足によって起こったことだ。うわぁ、恥ずかしすぎて顔が上げられない。
「ふぅむ。和泉ちゃんは、本の虫って訳ねぇ」
「和泉くん、でお願いします……」
事情を理解した栞子は、ふむふむと頷きながら言った。和泉が男扱いしてほしい旨を言えば、「あら、ごめんなさい」と含み笑いで答えた。ヤな予感……。
流石に先ほどあったことまで話さなかったので、千歳には、和泉が栞子にされていたことは話していない。
それが気に食わないのか、千歳は黙ったままだ。
「私、塔の中に入ったことはないの。でも、私があの子達に頼めば、多分本の一冊や二冊、いくらでも貸してくれると思うわ」
「本当ですかっ」
「でも、私がそれ、やりたくないから却下ね」
「は、えっ?」
「女装作戦、とてもいいと思うわ! わたくし、見守ってますから! 頑張って!」
裏切りだー! 清々しいほどの!
「……ところで、この女装をさせたのは、貴方、ということでよろしかったかしら?」
ふっと栞子が態度を沈め、まるで重大な秘密を聞き出そうとするかのように、重々しく切り出した。
千歳を睨むように見つめる瞳。その瞳の奥で妖しく閃く炎が舞っている。
恐ろしいほど真剣だ。
能面の顔が不機嫌そうなまま、栞子の方へ向いた。
千歳は肯定しようとして、無意識に和泉の手を握る。
「……そう……ですが、な」
「貴方?! 貴方なのね! この素晴らしい女装をさせたのは!」
なにか、と言いかけた千歳の言葉は、興奮した栞子の嬉しそうな悲鳴によってかき消された。
可愛くて我慢ならない、というように栞子は和泉に飛びついた。何この完成度! 可愛すぎて堪んないわ。
あまりの出来事に呆然とする千歳と和泉。
栞子の、たわわとした胸の膨らみによって、絞め殺されそうになっていた和泉から、危うく魂が抜けかかっていた。
唯一、千歳が握っていた左手で、助けを求める。
右手で栞子の背中を叩き、ギブアップを訴えた。
千歳が右手を掴まれて、ビクッと反応した。
「やめて、ください。和泉さんを、離して……」
「うふふふふ……ごめんあそばせ」
和泉から離れた栞子は、名残惜しそうにしながらも、この上ないとても幸せそうな顔をしていた。
ヤバい。
和泉は本能的に感じた。
栞子さんの前で、女装は、二度と、やらない。和泉は心に誓った。
「あ、もうこんな時間……」
ふと気がつけば陽も傾き、朱に染まってきた部屋の中。栞子は高らかに手を打った。
「もう、陽も傾きました。本日の、和泉ちゃん美術部攻略作戦会議はこれにて終了とします」
なぜか取り仕切る栞子さんによって、突飛な会は閉められた。
内容が。内容が、恥ずかしすぎる……。
精神的にとても疲れた和泉は、はぁぁああと大きくひとつ、ため息をついた。
まさか、まさかこんなことになるなんてなぁ……。失敗までして。もうしないと思ったのに。多分栞子さんは……。
「あ、和泉ちゃん。また明日、頑張りましょうね」
と、上流階級の威圧を持って、笑顔で脅してくる。逃がさないわよ? の笑み。とほほ……。
「は、はぃ……。ありがとう、ございます……」
やっぱり、逃がしてくれないよなぁ……。
和泉はもうひとつ、大きくため息をついた。
「和泉さん、帰ろう」
鈴原が自分を呼ぶ。これは、一緒に帰ろう、ということだろうか。
びっくりしたように固まる和泉に、千歳は少し笑ったように見えた。ドアの向こうへ消える。
ハッと我に返って、和泉は悶々と考えた。
え、えーと、まぁ、男ってバレてないし、大丈夫か。
そのことを抜きにすれば、自分に一緒に帰る人が出来るなんて、夢みたいなことだ。
鈴原と、こんなに構えずに話ができるようになるなんて、思いもしなかった。
邪魔な前髪がない分、いつもより表情がわかりやすい。
栞子は、少しだけ嬉しそうな和泉の肩をポンポンと叩いた。振り返ると、途端に栞子さんの満面の笑顔が目に入る。
「まったく、すごい子が友達なのね。和泉ちゃんにとって、いい友達だと思うわ。私の和泉ちゃんは渡さないけど。ふふ」
「そ、そうですね……いい人です……って、」
え……?!
ぼっちに慣れてしまっていた和泉の耳に、友達という言葉はくすぐったかった。
が。
今、栞子さんの爆弾発言を聞いてしまったような……?
「いや、まさか……しおり」
「ほら、和泉ちゃん、閉めちゃうわよ、出て出て」
栞子は、部屋の内装を少し整えながら、和泉を急かす。
実は、勝手に知らない部屋を使っていた栞子だった。
「あっ、すみません」
和泉は慌てて部屋を出る。
その後ろ姿を見送って、栞子はうふふと少し笑った。まったく、本当に女の子なんじゃないかしらってくらい、かわいいわ。
女装作戦が、上手くいくかどうかはわからない。あげはは誤魔化せても、城野が見抜いてしまうかもしれない。そもそも、変装して偽っても、所詮怪しい女子生徒だ。
それも含めて、見守りがいがあるってことね。
栞子は部屋を出るために、扉に手をかけた。
大丈夫よ……女装姿の和泉くんを、カメラでちゃーんと見守るから……うふふふふ……。