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- 幕間 黒猫レイくんのひとりごとPart.2 ( No.54 )
- 日時: 2016/01/09 20:43
- 名前: のれり (ID: R4l9RSpR)
幕間 黒猫レイくんのひとりごとpart.2
「ん……ぅ……」
ひゅうっと吹き抜ける冷たい風に、身を縮こませながら、僕は目を開けた。ついさっきの激しい眠気は嘘だったかのように、今は妙に頭がスッキリしている。
すると突然僕の頭上に暗い影が落ちてきたかとおもうと、首のうしろが生温く湿った何かに触れた。
「ぅわ……っ!?」
飛び上がらんばかりに振り向くと、そこには大福みたいなもっちりとした巨体の猫がいた。真っ白い毛に包まれたその猫がチラチラと舌なめずりをしている。……どうやら、さっきの生温かいものは、この猫の舌だったみたいだ。
「おや、気がついたかい!よかった、よかった!アンタ、まったく目を覚まさないからどうかしちまったかと思って、アタシャ心配したよ!ところでアンタ、何回目なんだい?」
その猫はずずい、と身を乗り出して聞いてきた。
右目にはかつて付いたであろうキズが勲章かのようにデカデカと刻まれている。『アタシ』というからには、メスなのだろうね。うん。
人相……いや、猫相悪いよ、アンタ。
「僕……?何年目だったかなぁ……たしか5回逝ったから、今回は6回目だね。オバサンは?」
「……ちょいとお待ちよ!オバサンじゃないだろう?仮にもその体を産んだのはアタシなんだよ?オバサンじゃなくて、『お母さん』だろうに!ははっ!まぁ、いいか」
オバサンは、そのよく喋る口を長い舌でひと舐めすると、それに……と付け足した。
「アタシャね。……もう9回目なのさ。もうこの年で『アタシ』もおしまい。
長く生きたからね……そんな細かいこと、気になんかしないさ」
「…………」
そう。
僕たち猫は、9回目でおしまいなんだ。
僕たちは、9回、生まれ変わることができる。ほら、よく人間達も言ってるじゃないか。『猫に九生有り』って。あれ、本当なんだよね。
だけど、ね。
僕たちは9回生まれ変わったら、また1からやり直しなんだ。
記憶も、9回ずっと続いてきたものが、また、1から。
考えてみてよ。100年以上も続いていた記憶がぷっつりと途絶えて、また新たに何回も何回も猫として生まれてこなくちゃならない。
僕たちは永遠に終わることのないループの中にいるんだ。
「オバサン……頑張ってね。また、1から……」
「……ふっ……何言ってるんだい、この子は。そんなの、アンタが気にすることじゃないさ!それにね、アタシャまだまだ若いさ!死ぬのなんてこれからまだまだ先のことだよ!」
「…………」
「あぁ、そうだ。アンタどうせ、行くあてなんてないだろう?どうせだったら、アタシと一緒に暮らすかい?」
…………一緒に……暮らす?
「……ダメ……だ」
そうだ。
「……ごめん、オバサン!僕、帰らなくちゃいけないんだ!」
あの子が待ってる。
「どこか、行っちまうのかい?」
「そうだよ!僕の大事な子が、僕の帰りを待ってるんだ!」
愛華が。僕の、愛華が!
「気をつけて、行ってくるんだよ」
駈け出そうとする僕に、オバサンはとても穏やかな声色で語りかけた。
「……うん!オバサン……名前、何ていうの?」
「くっくっ……最後の最後までオバサンか……ふっ……アタシの名前はね、セオラっていうんだよ」
「僕はレイ、だよ。……じゃあ、またね!セオラお母さん!!」
僕は今度こそ駈け出した。
まだフラフラとする足を懸命に動かした。
もう、振り返らない。
だって、後ろで僕の名前を呼ぶ、お母さんの泣き声が聞こえたから。
僕は、レイ。
黒猫のレイ。
愛華の、レイ。
だから、走る。
たとえ、別れが悲しくて、瞳の蛇口がうまく閉まらなくとも走るんだ。
待っててね、愛華。
今行くよ。