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Re: 君に捧げた初恋 (処女作) ( No.12 )
日時: 2015/08/21 17:01
名前: 華憐 (ID: mJV9X4jr)


ピピピ…


目覚ましに手をかける。
と、同時に反対の手で、iPhoneを拾った。


有紗からの通知は昨日のまま。
私は、


[ごめん、寝ちゃってた。
電話、いつでもしてきていいよ!]

と返事すると、ゆっくりベッドから降りた。


半開きの目をこすりながらリビングに向かう途中で、
バイブが低く鳴った。有紗からの電話だ。

思いがけない早さに、階段を降りる足が速まる。


「もしもし。有…」

「初音…ごめん…。」


ヒックヒック…しゃくりあげる声。
有紗は… 泣いていた。


「今から言うこと…。誰にも言わないで欲しい…。」


父も母も仕事に出かけたのだろう。
誰もいないシンと静まり返ったリビングに、
電話口の有紗の声が響くような気がした。


「わたし…死のうとした。昨日、怖くて、寝れなくて、カッターで、手首…」


途切れ途切れの言葉が、うまく聞き取れないのは、
有紗が泣いているからなのだろうか。
それとも、私がうまく事を理解できていないからなのだろうか。


死のうとした。
カッター。
手首。


まるでドラマのワンシーンで語られるようなセリフは、
電話口から私の耳に、無理やり、入り込もうとしていた。


「いろいろ、病気持ちで。わたし。
過食症とか、パニック障害とか。
もうなんだか、寝れなくて、寝れなくてさ…。」


「で、今どこにいるの?大丈夫なの?」


やっとの思いで言いながら、ごくりと唾を飲み込んだ。


「実家。親に電話したら、車で下宿先まで飛ばしてくれて、
強制的に帰らされて、今。」

「よかった。無事なんだね。」


ほっと息をつく。
なかなか続く言葉が見つからない。
私は落ち着きなくリビングを行ったり来たりしていた。


「初音、ごめん。一緒に頑張ろうって、言った。
けど、しばらく学校休むし、ゼミ…」

「そんなのいいから!任せて!
有紗は自分の体のことだけ考えたらいいから、わかった?」


私はたまらず、有紗の言葉を遮り言った。


「…ありがとう」

大きく鼻をすする音に、か細い声。
いつもの有紗ではない、全く別の人が、電話の向こうにいるのが、
容易に想像できた。



電話を切る。
光が差し込みはじめたリビングの床に、私はへなへなと崩れ落ちた。



私は、何も知らなかった。
彼女の抱えているものも、彼女の日常も、
何も知らなかったのだ。


自分で自分を傷つけるほどの深い悩みは、
少しでも彼女を知ろうとすれば、
私にもわかり得たのかもしれない。


でも、私は、知ろうとすらしなかった。
私は完全に、彼女と距離を取ろうとしていた。


彼女を、ひとりにしたのは…
− 私だ。



そばに置いたiPhoneを放り投げた。
壁にあたったそれは、ゴンっという鈍い音と共に、さらに床に叩きつけられた。


ロックをかけ忘れていた目覚ましが、遠くで鳴り続けている。
私は床に座り込んだまま、動けなかった。