コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

参照1500記念読み切り Salut ( No.72 )
日時: 2016/06/04 17:07
名前: 中の人 (ID: Btri0/Fl)

私を好きだと言ってくれる人、39ました。
こんな感じで生きていて、お話を書いてます。
作家として...

「作家として...なんだろう」

紙をぐしゃぐしゃにして、そこら辺に投げ捨てる。
今日でもう何10枚も無駄にした。
紙吹雪だなんて綺麗なものじゃなくて、私の指紋と掠れた黒い文字が残るだけ。

「やだなぁ、難しい...」

私が生まれてきたのが起だとすると、作家になったのは承。
じゃあ転を飛ばして、今、結になろうとしている話は一体?

...ダメだ、普段詩なんて書かないから難しい。無理無理。
って、またなんで私に仕事を回すかなぁ、あの編集社は...。
毎回頑張ってる分だけ少しくらい見返りあってもよくない?
睡眠時間との引換だしさ。

「まぁ、売れないのは私なんですが」

机にぐでぇと突っ伏していると目の前にカタンと軽い音が聞こえる。
...お茶か。

「ココナシさん、如何ですかねぇ」

ケラケラと笑いながら言ってくる。
私をココナシなんて呼ぶ時は大抵馬鹿にしてる時。
畜生め、売れてるからって。

「駄目駄目ですよ、松井ユズ先生」
「そうだろうとは思ったけど、休憩でもしたら?」
「もぉう、助けてよ、柚さぁん...」

涙が出そうになると決まって頭を撫でてくれる。
本当にずるい、それより私にネタを寄越して欲しい。

「また、変な企画に誘われたもんだね」
「...編集社に放火でもしてやろうかな」
「ネジの外れてるお前ならやりかねないからやめろ」

私に関わる異性はどうも失礼って単語を知らないみたいだ。

「しかもお題が"別れ"だよ?私にどうしろって」

頭を抱えて悩むと、彼が急に「さりゅー」と呟く。
さりゅー...嗚呼、Salutか。
作家・松井ユズのデビュー作であり、また最高級の作品。

「俺の作品のオマージュにしたら?」
「ねぇ、Salut 今日はどこへ向かおうかって?」
「うっわぁ、自分で言っときながら懐かしすぎる」
「......戻らないの?」

作家の世界に。
もう1度この人は物語を書く気にはなれないのだろうか。

「戻んねぇよ?」
「なんで」
「俺が書いてきたのは物語じゃないもん」
「だったら尚更...!」

自分でもびっくり。
立つ気力はあったのかお茶がガタンと音を立てて私が立ち上がる。

「何、俺に奥さんとラブラブしてますって甘い作品書かせたいの?」

私をお構い無しにそんな事を言う。
...それは流石にやめて欲しい。

「俺は今、瑞穂の一番の癒し係だしさぁ」
「待って、それは気持ち悪い」
「ひどくね!?」

Salut...か。
松井ユズがそう言うなら案外悪くない話題かもしれない。

「んー、息抜きもしたし一気に書く」
「頑張れ」

欠伸をして部屋から出ていく彼。
私が1人じゃないとなかなか集中できないのを知ってるのか、彼なりの配慮。
...うん、優しい。

作家・松井ユズの最後の作品であり、最高級の作品。
題名は"Salut"。
彼の書いたSalutが影の作品と言われるのならば、私の書きたいSalutは

「光の詩」

ねぇ、サリュー
私が歩いた隣は誰が歩いているの?
きっと可愛くて可憐な汝
ねぇ、サリュー
私の歩く隣には影だった人がいる
いつも私に寄り添ってくれる

ねぇ、松井ユズ先生。
貴方が本を出さなくなった理由、そうじゃないでしょ?
知ってるよ、貴方が好きな赤色のノートパソコンのファイル。
いっつも夜遅くまで書いてるのを。
貴方だって私がそれを知っている事を知っている。

貴方だけが作家のココナシも私も愛してくれる。

いつか戻ってきて、松井ユズ先生。
Salutは別れなんかじゃなくって。

「...分かってるよ」

そんな声が聞こえた気がして。
今度彼の書くSalutは別の意味だといいな。

「...やっぱ難しいな」

ダラダラと書く作家に詩なんて短いの任せるな、アホ編集社。