コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 〜第一章 愛一の求める四角形②〜 ( No.3 )
- 日時: 2015/09/20 09:45
- 名前: ストレージャ (ID: 5NmcvsDT)
■□■□■□DIAMOND
ノートの約半分をでかでかと使った、最高傑作ともいえる大作が完成したのは、ちょうど英語教師が、教科書の音読に心道商五を指名した時だった。
芸術は個人で鑑賞するものだと思っているので——いや、まぁ実際は見つからないようにだが——単語ノートでフタをして、隣の席から優しく囁かれた数字をもとに、たどり着くべきページを探す。数多の落書きページを通り過ぎ、焦って探す。クラスの視線が一斉にこっちに集まる。
おい、照れちゃうだろうが。
言われてから探したせいで異常に時間がかかる。
今度からはテキストを開いてから創作活動に従事することにしよう。昨日も同じこと思った気がするな……。
「どうした、読めないのか?」
余計なお世話だ。
俺は英語は超得意、帰国子女なのかと友人に疑われるほど。中学校課程の英語ならサル語と同じくらい。何それ難しい。
見栄を張ってみたが、ただの得意科目に過ぎない。
「"We were looking for the card, but I couldn't find it.So there are 53 cards in his hand."」
「"Great! Good pronunciation!"」
「さんきゅー」
ちゃっちゃと英文を読み終えて、また芸術作品の鑑賞を始めた。
俺のノートには、でかでかとジョーカーの絵が描かれている。
ふたつに分かれ、上に向かって長く伸びたピエロ帽子と、目の周りの、星形のメイク。白い手袋と派手な衣装。鉛筆の濃淡だけなので白黒の絵だが、その色合いは十分に伝わってくる。
な……なんだと……これは……う……美味い!
おいしくはないと思うぞ。ジャムおにいさんが愛情をこめてつくったからね。たーんとお食べ。
今度、商五特製トランプを作って皆に配ろう。きっと修学旅行でお役に立てるはず、いや、立つ!
少年マンガのようなセリフをカッコつけながら言い放ち、にやりと笑う。
しかし作品鑑賞は、右斜め前方、偏角四十五度の方向からふわりと放たれる、間の抜けた声によって妨害された。
なにかいてんの。
そうひらがなで表記するにふさわしい声。
その音波、その空気を振動させる元凶となった悪人は、喜多神愛一。
という漢字五文字を羅列したネームタグをつけた一人の少女。
三年連続出荷量ナンバーワンの人気者である。(当社調べ)
ジ・インドアと断言できるほどに白い肌が、ひときわ目立つ。生まれつきやや茶色みがかった、ミディアムボブヘア……?
ノー、ミディアムバブヘー。あ、巻き舌を忘れずに。
毛先がくるっと巻いており、遠くからでもシルエットで確認できる。つまりは伝説のポケ●ン的なアレである。
吸い込まれそうな闇色の瞳。そこから溢れ出しそうな光が、まるで太陽を濃縮したかのように輝いている。
童顔でも大人顔でもなく、平均的な中学三年生の雰囲気ではあるが、バランスはかなり良いので、その辺は不自由なく楽しんでいるらしい。爆発しろよ。
今は座っているので分からないが、身長もちょうど真ん中くらいだ。
体重の公開はおそらくよろしくないことなのでパス。まあ知らないけど。
しかしながらこの状況、誠に許しがたい。これでもし、成績表の『作品を鑑賞する能力』にC評価がついたら愛一のせいだ。
邪魔すんな! Don't disturb!
そして愛一は唐突に言う。
「そういえば創士がさ、この絵に似た感じの仮面を作ったらしいよ」
創士というのは、俺の幼馴染のうちの一人。その名も試蔵創士、
芸が達者で口が達者でない、物静かな少年だ。小柄だが、引き締まった体つきのインドアアスリートだ。
ノー、インドーアスリーツ。なんで複数形。
ちなみに現在は別々の中学校に通っているが、去年の暮れまではこっちにいた。短くまとめて言えば、親の転勤で引っ越した。だが頻繁に会うので、いわば日本とブラジル的な遠くて近い国的な。
そして、愛一は六日前に会ったばかりの人間について懐古する。
「それで、仮面がなんだって?」
「この絵に似てる」
愛一はどこか不思議そうな表情で、回答を待つ。これはいつものことで、時々分からないことがあれば、俺に疑問を投げる。
だって真実はひとつだから。あれれーおかしいよー?
「まぁ、昔っから俺は同じ絵しか描かないからな。創士もずーっと見てただろうしな」
愛一にとってお望み通りの回答では無かったらしく、表情は浮かない。
というのもいつものことで、そしてそれから、すぐに持ち前の笑顔を取り戻す。
「ねぇ、英語は出来んのになんで絵はヘタなの? そのうち霞色のメダルでも授与されるんじゃないの」
どこか語尾が踊っているのは気のせいだろうが、愛一はその顔に笑みを浮かべ、俺の素晴らしき絵画を眺めていた。
「ホントね」
ひどく冷たく切り捨てる声。さっきページを教えて下さった、協澤三葉。残念ながら幼馴染である。
漆黒のナチュラルストレート。
その必殺技のような髪に加えて、肌はやはり屋内人のそれだが、まぁまぁ健康的に日光を浴びている感じがしないでもないでもなくない。
目はややつり目で、かなり視力が低く、コンタクトをしている。
視力悪いとか深海魚かよ。早く深海に帰れよ。
美形ながらも、キリッとして凛々しく、怒るととても迫力がある。
普段からやや冷たい雰囲気を纏っており、故に級友らからは、笑顔を隠すミステリアスなクールビューティーなどと言われているが、俺はあいつが屈託なく笑う顔を知っているし、泣いたところも見たことがある。
泣いたのはいつだったかな。まあいいか。
背は女子にしてはやや高く、男子の列の前方に紛れてもなんら遜色ないのだが、そんなことを言うとやっぱり怒られる。
ちなみにこいつも小一からの長い付き合い。
いつも俺の冗談を切り捨てるような酷い奴だ。対抗して縁を切り捨てたい。
けっ、何がクールビューティーだバーカ!
そして言葉の冷たさと同じかそれ以上に、三葉の表情は冷たい。
何その顔。ドライアイス? 水でも被って昇華してほしい。
ドライアイスってすごいよな、固体からいきなり気体になるなんて。すごいです協澤さん。んじゃよろしく。
曰く、学級委員のあいつにとって、授業を聞かずに絵を描いている俺は敵であり、更生させるべき生徒なのだ。だから俺が日本。あいつがGHQ。ゴーホームクイックリー。
だが、否。そんなこと、我の知ったことではない。
と、口を開きかけたところで、この言ってみたかったこのセリフを、そっと胸にしまう。そして新たな想いと共に、俺は心の中で、悪態をつく。
まったく、こいつらダメダメだ。全然わかってない。
「俺の最高傑作を理解する人間がいないとは、世も末だな。もう一度創りなおす必要がありそうだ」
「あんだ誰だよ……」
愛一は嘆く。
神の面前にして、図が高い。ならば処罰を与えよう。
「お前、霞色ってどんな色か本当に分かってる?」
「えっ?…………ち、茶色ぉ……じゃなくて、えっとまぁ霞色みたいなかんじ……?」
窮鼠猫に食われる。トム&ジェリーの結末を飾ろう。
「少し紫がかった灰色よ」
愛一を見る三葉の眼の色だよ、と冗談を言う前に、三葉は模範解答を口にした。
やられた。Wikipedia少年の俺が先を越されるなんて。さようなら、俺のアイデンティティ。フランス語でレーゾンデートル。たまに論説文に出るから知っとくと便利。
そして追撃。
「商五のことだから、どうせ『俺がトランプを作って、皆に配ろう!』、とか思ってるんでしょ?」
人は猫を連れ帰る。俺は捨て猫かよ。段ボールは嫌にゃ!
そして捨て猫は、乱暴な人間を見て落胆する。
「声まで真似すんなよ……」