コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

〜第一章 愛一の求める四角形③〜 ( No.4 )
日時: 2015/09/20 09:58
名前: ストレージャ (ID: 5NmcvsDT)



 三葉の読心術は、ポーカーでは超有利、討論上でも超有利。

 ——しかしただ一つ、俺との会話を除けばだが。

 いや、俺の方が読心術が強いとかではなく、単に俺に嫌われるというだけの話だ。おお、いいこと尽くし。

 そう、彼女はいつも……


「いつも俺の持ちうる矜持を根底から否定してしまうのだ」


「だから心読むなよ……てかお前もうテレビ出ろよ……。どこぞのメンタリズムに勝るとも劣らない実力をお前は持っている。俺が保証しよう」
「アンタらが単純だから分かるだけだって」

「とか言ってこの前、担任の心も読んでたじゃんか」
「あれはあの人が単純なだけでしょ」

「嘘つくんじゃねーよ。あの人は『この人何考えてるか分からないから何だか恐いリスト』メイドバイ商五にランクインしてるんだぞ」

「変なリスト作ってないで真面目に授業受けなよ……」
 愛一にだけは言われたくない。


 ところで、たかが中学生のポーカーなんて金も賭けないただの遊びだ、と侮ってはいけない。なんせ、俺たちのポーカーにはきっちりと、至極残念なポジティブゲーム、すなわち罰ゲームが設定されているんですから。
 俺はかつて、なけなしのプライドを捨て去り、人前では決して言えない何かを叫んだという黒い記憶を持ち合わせている。たしかあの時はドン引きされたな……。

「トランプカードを四十一枚も描くのかぁ。大変そうだけど、頑張ってね。あれ。ジョーカー含めたら四十三枚?」
 窓から入ってきた風が、俺のノートに描かれた道化師を躍らせた。そして俺の頭上にはクエスチョンマークがちらついた。

 四十一枚どっから出てきた。
 しかもなんで素数なんだよ……。均等に配る気ねぇのかよ。
「五十二枚プラスジョーカーが一枚か二枚、合計五十三か五十四枚ってのが一般的なトランプの枚数だろ? たぶん小学生でも理解可能だ。はい、十三かける四は?」

 俺がバカにしたように言うと、愛一は一瞬驚いて、『13かける4は…』と二秒ほど考えてから、今度は口を尖らせた。
 頭上にエクスクラメーションマークが赤く点滅させながら。

 いやいや、多忙な人生を過ごしていなさる。
「そ、それくらい知ってるし! 私たちが使ってるのは五十四枚だし! それくらいわかるんだからバカにすんなっつーのバーカ! この小五!」


 しょうごだけど小五ではないんだが。これでも立派だぞ。
 大丈夫、校長先生が去年「一、二年生のみんな、立派だった」って言ってたから。
 なんで過去形。

「創士から教わった限りではジョーカーは一枚だからな。俺たちが使ってるのは五十三枚だ。残念だったな」
 もう耐えかねたのか、愛一は頬をふくらませて前を向いてしまった。

愛一の自虐行為、即ち自分から攻撃して言い返されてどうしようも出来なくなる、という少し子供っぽいこの一連の流れ、その言動が、俺は案外嫌いじゃない。これだけ言い合っていても一緒にいられるのは、おそらくそれ故のことだと思う。


 しかしこれでまた、美術の成績……は稼げないけど作品鑑賞に興じることができる。大成功。内申ゲット。




 ババ抜き以外のトランプゲームをまるっきり知らなかった俺たち三人、俺と愛一と三葉は、同じく幼馴染である試蔵創士に沢山のトランプゲームを教わった。
ついでにトランプの一般常識も。だから俺たちの標準は五十三枚、これが揺らぐことはない。

 ちなみに創士は同じ中学校ではない。俺たちとは部活の練習試合で当たるとかいうことも起こりえない遠い学校。

 創士と出会った時の話は、説明すると長くなるから、俺が絵を描いてやろう。きっとわかりやすい。

 創士の顔立ちは綺麗に整っているから、描くのが難しいんだよな。
 まず目は優しそうな感じに柔らかいタッチで、輪郭はささっと素早く描く。
 ソフトモヒカンだったっけかな。口は比較的小さい。全体的な表情はクールだけど、柔らかく笑っている感じに。

「なに、またジョーカー描いてんの?」
 隣から尋ねる声。

「創士のつもりなんだけどな。ジョーカーに見えんのかよ。」
 三葉は首を傾げた。

「さっき書いてた絵との差異が分からないんだけど……」
 えぇ……。

 描き直す暇もなく、教室はざわつき始め、昼食の用意がどうだとか、うずらの玉子多めだとか、色んな声が飛び交う。
 俺が描いてしまった二人のピエロは、やかましい喧騒に包まれた。





 欠席者の多い俺の班は、女子二人のみ。ジャンルが違う人たちで、俺と共通の話題を持たない。ちなみに愛一と三葉は俺の前方の班。

 会話にならず、仕方ないので教室の壁に貼ってある書き初めの作品を眺める。
 うちの学校は、何故か四月に、一年の抱負を書くという気持ち悪い伝統がある。
 それは本当に書き初めか? 漢字を見ろ漢字を、これは全然ゾメってない。

 ——『世界征服 協澤三葉』せかいせいふく、かのうさわみつば。
 小五かよ。普段落ち着いてるのに、こういうとこはふざけるから面白い。
 あれ、ふざけてるよね? 多分。
 本気ではないと思う。綺麗なバランスと、その濃淡、太さの芸術はとても素晴らしいと思う。赤い帯がついているので、クラスの中で選ばれたのだろう。

 ——『喜色満面 喜多神愛一』きしょくまんめん、きたがみあい、か。
 お前らしいな。名前だけかっこいい。太さは全体を通してほとんど変化がないが、全体のバランスは良く、丸みを帯びている。

 ——『自由奔放 心道商五』じゆうほんぽう、しんどうしょうご。お前らし……俺か。 うん。やっぱり俺らしい。
 『奔』の字が分からないくせに、辞書を見て見栄を張ってしまったというその事実を墓場に持っていこうとしてるのもやっぱり俺らしい。
 ちなみに愛一が気づいてたのでもう墓場に行けません。俺もう不死身。
 まあいい、おかげで字を覚えたからな。もう忘れたけど。


 心地良い風が字を揺らす。
 その風は何かを運んでくるようで、教室は温かみのある色に包まれる。

 風が来ると、きまっていつも窓を閉めるように促してくる三葉も、そうはしてこないようだった。

 窓の外には、絵に描いたような雲の広がる空。昨日までの曇天続きは、本日をもって断ち切られた。
 それからずっと、窓の外を眺めることで時間をつぶした。


 飛行機の軌跡が、透き通った海のような青い背景に、一本のラインを形成する。
 つられた雲たちも、ゆっくりと泳ぎ、その白くふんわりとした様々な図形は、見ているだけの俺の頭の中に夢を埋め込んでいく。
 その夢たちは、ちっぽけな脳の奥深く、連続した静止画として、像を結ぶ。
 


 あれはダイヤのマーク、あれは何だかクィーンの顔に見える。あれはジョーカー……、は流石にちょっと強引過ぎるかな。
 あれは、キン斗雲みたいだ。
 Wikipedia情報によれば、古代中国の『西遊記』に登場するキン斗雲は、秒速6万キロで進めるらしい。つまり、光の五分の一のスピードで進むことができる。

 もし太陽に向かって飛んでいこうとすると、八かける五、約四十分で表面に到達し、俺は晴れて溶け死ぬことができる。


 死んじゃうのかよ。でも、その前に雲が蒸発して……俺は? あぁ、結局死ぬのか。



 形而上で俺を殺した太陽は、現実の世界においては、柔らかく、およそ八分前の光をお届けしてくれる。
 いえ、うちピザなんて頼んでないんですけど。

 厳密には、光が発生してからは百万年たっているらしいんだが、その辺はよくわからない。今度グーグル大先生に聞いてみるか。

「商五」
 ふと、俺に起立が促される。
 どうやら帰りのHRが終わったらしい。俺はくるりと振り返り、落書きの繁茂する樹海の中、背面黒板の中から、必要事項のみを確認する。

 ——重要事項、なし。
 皆に合わせて、口パクでさようならを言い、鞄を負って教室を出た。




「迸る衝動に〜♪」
 小石を蹴りながら、俺は一歩ずつ進み、そして呟く。

 ——五月十日の心地よい風、そして輝く、ほど良い光。徒歩通学はやはりいい。
 気取った戯れ言に耐えかねて、俺の歩調は、どんどん速度を上げていく。
 巻き起こしたごく小さな風を、薄汚れた靴底に、深く感じとった。